1-17 メリーさんの毛を求めて
ミミリたちは、錬金術の本『楽しい錬金術〜戦闘入門編〜』に載っていた【メリーさんの枕】を錬成するため、草食系モンスターのメリーさんから入手することができる、メリーさんの毛を求めて採集作業に出かけている。
機会があれば、ミミリが錬成した【弾けたがりの爆弾】の効果を試そうと、【マジックバッグ】の中に準備してきた。
そしてゼラの訓練も兼ねられたらなお良い。
今日は採集作業兼実地訓練といったところだ。
ミミリたちは川を越えて、森の中の開けたある場所を目指している。
今のところピギーウルフなどのモンスターとは出会っていないが、もちろん警戒は怠らない。
今日のパーティーは、先頭にアルヒ、次いでうさみ。そしてミミリ、後方にゼラだ。
ポチは今日はお留守番。
ポチが近くにいたら、モンスターがポチを恐れて近づかないかもしれないからだ。
ポチは100年余りの時を経て、この森の主のような存在になったそうだ。固有スキル「召集の遠吠え」でモンスターを誘導することができるらしい。
それはなんとも心強いことなのだが、モンスターとエンカウントしないとなると、ミミリたちの訓練にならないので、お留守番してもらっている。……はず、なのだが……。
……うさみもアルヒも気がついていた。ポチが距離をとってついてきていることを。
ポチも今日の実地訓練の狙いはわかっているので、ちゃんと邪魔にならない程度の距離は保ってくれていた。
心配するポチの気持ちはわかるので、うさみアルヒも敢えて気が付かないフリをしている。
……もちろん、ミミリとゼラは気がついていない。
今日の目的地は、「清水の溜まり場」だ。
アルヒがよく、清水を汲んできてくれる場所。
この清水の溜まり場の近くには、柔らかい若葉が生えていて、それを目当てに草食系モンスターがやってくるらしい。
狙うはモンスターのお食事時。
若しくは若葉を食べ終わった後の睡魔がやってきている時間だ。運が良ければ、メリーさんのお昼寝中にそっと毛を刈らせてもらう計画なのだ。
ミミリたちは、錬金素材アイテムが欲しいからといって無闇矢鱈と殺生しないよう心掛けている。
……とは言うものの。
必要に迫られた場合にモンスターと闘うようにしたいと思うのだが、モンスターの大半は好戦的であるため、川を越えた採集作業はモンスターと闘うことを覚悟しなければならない。特にピギーウルフは、好戦的なモンスターの最たるものだ。信念を貫くことは、なかなか難しいだろう。
ミミリたちは目的地に到着した。
草葉の影から「清水の溜まり場」の確認を試みる。
「いると思うわ。探索魔法により感知。イエロー3体。こちらには気づいてないはずよ」
「……いましたね。メリーさんが3体です」
ミミリも草を掻き分けて、ドキドキしながら確認する。
初めて訪れた「清水の溜まり場」。
溜まった水に空の青さと白い雲、遠くの山陵が濃い灰色に映っている。まるで清水の溜まり場が一枚のキャンバスのようだ。
周りには、背の低い柔らかい若葉だけでなくミミリより背の高い草も生えており、草に赤い実を実らせている。背の高い草と実も水に映り込んでおり、キャンバスに賑わいを持たせていた。
この一帯は、森とは違う空気が漂っている気さえしてしまう。景色と相まって、なんとも清々しい空気。
……いた‼︎
3体のモンスター。どうやらあれがメリーさんらしい。こちらへお尻を向けて、モサモサと若葉を味わっているようだ。
葉を食べるたび、薄茶色の毛がフワッフワに揺れる。ピンク色の小さなしっぽの先端だけ、毛の隙間から顔を覗かせている。
残念ながら、お昼寝中ではなかった。
まるで警戒心なく無防備に若葉を食べているように見えてしまうが、メリーさんは他のモンスターからも狙われやすいモンスターらしいので、「常に警戒してるでしょう」とアルヒは言う。
つまり、すでにミミリたちに気がついているかもしれない、ということだ。
どのタイミングで草むらから出ようか、とうさみが思案している中、ゼラが疑問を口にした。
「……なぁ、あれ、羊じゃないのか? メェ〜ッて鳴いたら羊だと思うぞ?」
「……うぅーん。確かに、羊と言われれば羊なのかもしれないけど…。ゼラくん、近づいてみよう? 毛をくださいって、正直にお願いするの!」
「いくらなんでも、私でもその提案ビックリしちゃったんだけど……。でもまぁ、考えてもわからないから行ってみますか!」
「習うより慣れろ、というご主人様から頂戴したお言葉に従い、ミミリの意見を尊重します」
今日はミミリにとって川を越えた初めての採集作業。
……アルヒに安心してもらうためにも、頑張っている背中を見てもらわなきゃ。自分で一歩、踏み出すんだ。
ミミリは先陣を切って、メリーさんたちの前に姿を現した。ゼラたちも続けて草むらを出る。ゼラはミミリの斜め前に出て、身体でミミリを少し隠した。
「あの〜、メリーさん。こんにちは。いきなりのお願いなんだけど、メリーさんの毛、もらっていいですか?」
「……本当にお願いしたわこの子」
メリーさんたちは、一斉にミミリたちを見た。
黄色く小さな愛らしい目。少し垂れた目もさることながら、全体の見た目がフワモコで愛らしい。キュルンとした眼差しで、小首を傾げた。小さい口で若葉を頬張り、モシャモシャと小刻みに噛んで味わっているようだ。
「可愛いわね」
「あれ、意外と平気……なのか⁇」
ミミリたちが警戒心を緩めようとした時。
「メリイィィィィ‼︎‼︎‼︎」
メリーさんたちの小さく愛らしかった瞳は二回り以上大きくなって、垂れ気味の目はつり上がり、真緑色に変化した。
口に含まれていた若葉は、勢いよく地面に吐き捨てられた。
「ーー‼︎ ……メェ〜じゃなかったよ⁉︎」
「ほんとだな」
ミミリもゼラも、予想に反した鳴き声に驚く。
「私も思ったけど今はソコじゃない! ……聖女の慈愛‼︎」
透明でじんわりと暖かい保護膜が、ミミリたちを包み込む。
メリーさんたちはぷくっと頬を膨らませ、顔をこちらへ向けた。
「来ます! うさみ、ミミリと貴方は防御魔法をかけ動かないように。ミミリ、錬成アイテムを試したいところでしょうが、ゼラのために控えてください。」
「……はい!」
「わかったわ。……守護神の庇護!」
邪魔にならない場所へと、うさみを抱きかかえて移動したミミリ。
うさみが防御魔法を唱えると、寄り添うミミリとうさみの背後に、長剣の柄を両手で持ち、剣先を地面に突き刺した灰色の石像が地面から現れた。薄いピンク色をしたドーム型の結界と共に。
ミミリたちは石像の庇護のもと、ドームの中で身を小さくする。
「ゼラ、うさみがかけてくれた保護魔法で致命傷には至らないはずです。それでも当たるとかなり痛むはずですのでご注意を。先方の弾が尽きるまで、避けてください。これはいい訓練になりますよ」
「……はい! ……って弾⁉︎」
ビュッ‼︎
メリーさんは、アルヒに向かって口から何かを吐いた。目で追えないほどではないが、かなりのスピードだ。
アルヒはなんなく、ヒラリと横に避ける。
アルヒを狙って放たれた「何か」は、地面に落ちてジュウゥゥと白い煙を上げている。
「アルヒさん、これって……!」
「察しはついているでしょうが、酸、です。メリーさんは興奮すると酸弾を飛ばします。うさみの保護魔法なしに被弾した場合は、被弾した部位が溶けるでしょう。」
ゼラは恐怖で身震いした。
「うさみ、ゼラに剣聖の逆鱗を」
「えっ、でもそれだとゼラが……!」
「……‼︎」
うさみもミミリも、アルヒの指示に動揺する。
俊敏さ、脚力、腕力が増す代わりにモンスターの敵対心を集める諸刃の剣。この状況下でゼラ一人に剣聖の逆鱗をかけたら、間違いなくメリーさん3体の酸弾の的となるだろう。
「ゼラ、貴方の決意が本物であるならば、特訓の好機と捉えてください」
ゼラはギュッと拳を握り、メリーさんたちを見据えた。
「……もちろん本気だ! うさみ、俺からも頼む。魔法、かけてくれ!」
ゼラは【忍者村の黒マント】を脱ぎ、ミミリに向かって投げた。うさみが認識したマントは、石像のドームを通過してミミリの手元へフワッと落ちる。
「ミミリ、持っててくれ!」
「っもう! わかったわよ! 剣聖の逆鱗!」
うさみは心配が過ぎて怒りあらわに魔法をかけた。
「ゼラくん、気をつけて!」
ゼラの周りを炎が紅く揺らめく。
アルヒに注目していたメリーさんたちは、全員がゼラに照準を合わせた。
ビュッ‼︎
ゼラはサッと横に避ける。ゼラを狙った酸弾は地面に落ちてジュウゥゥと音を立てた。
「……身体が軽い! これが魔法の効果か」
ビュッ‼︎
「ーー‼︎ ゼラくん‼︎」
もう1体のメリーさんが放った酸弾がゼラの左頬を掠めた。
「ーー‼︎ ッテェ……」
掠めた頬から、顎を伝って血が地面に落ちた。
さらにもう一発。
メリーさんの酸弾が、ゼラの鳩尾にクリーンヒットした。
「オエッ。……くそ」
ゼラは吐き気を抑え、腕で口を拭って呼吸を整える。
「気を抜いてどうするのです! 保護魔法がなかったら、左頬は溶け落ち、鳩尾には穴があいているところですよ。モンスターは3体! 全てのモンスターの軽微な動きから、照準と弾道を見極めるのです!」
「……はい!」
……避け続けること5分。
ゼラはだんだんメリーさんの癖がわかってきた。
ぷくっと頬を膨らませてから発射まで、最短でも3秒はかかる。また、顔の正面から真っ直ぐにしか飛んでこない。変化球はなさそうだ。射程距離は10数メートル程度の模様。そして充填までに最低10秒はかかる。
分析の代償に、数発被弾したゼラはいたる所から血を滲ませている。
さらに酸弾を避け続けていると、充填までに倍近くの時間を要するメリーさんがでてきた。
「メリイィィィィ……」
メリーさんが張っていた四肢は力無く震えだし、上半身を屈めて後ろ脚だけピンと張った。
「……⁉︎」
更なる攻撃かと身構えたが、前屈したメリーさんは前脚で器用に毛を脱いで、丸裸になって細い身体で森の奥へ走って行った。
「……へ……⁇」
残り2体も、酸弾が尽きた後、自ら毛を脱いで、それを身代わりに置いていき、森の奥へと走って行った。
「だ、脱毛したぁ‼︎」
「……終わった、のか……⁇」
「えぇ。メリーさんは酸弾が尽きると、自ら毛を差し出します。お疲れ様でした。ゼラ。最後の方は特に、良い動きをしていましたよ」
「へへへ、やった……!」
「ホッとしたわ、良かった……」
うさみが防御魔法を解くと、石像は地面へ還っていった。
「すごい、すごかったよゼラくん‼︎」
ミミリはゼラに飛びついて抱きついた。
「痛い、痛い、ミミリ、ありがとな」
ゼラはポンポンとミミリの頭を撫でる。
「っ、ごめんね! 怪我、治療しなきゃ。【ひだまりの薬湯】、良かったら飲んで?」
ミミリは【マジックバッグ】から一杯の【ひだまりの薬湯】を差し出した。温かい薬湯を一口飲むごとに、失われた体力が徐々に補填されていくようだった。傷口が、シュウゥと音を立てて塞がっていくのがわかる。
「ありがとう。生き返るよ」
「見直したわ、ゼラ。アンタなかなかやるじゃない。」
うさみは腕を組んで、照れくさそうにフイッと横を向いた。
「ありがとう、うさみ先輩?」
「……ふ、フンッ!」
「ははは‼︎照れてやんの」
ーー‼︎
うさみはゼラの頬をつねりながら、探索魔法で新たな敵を感知した。
「探索魔法により感知! ……パープル! 1体、みたいね」
「……今度は私が頑張る番だね!」
ミミリは両手でギュッとマジックバッグの紐を掴んだ。
……私も、ゼラくんみたいに頑張らなきゃ!
メリーさんの、酸
…すみません。笑
次話は明日の投稿を予定しています。
よろしくお願いいたします。
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執筆活動の励みにさせていただきます。
どうぞよろしくお願いいたします。
うさみち




