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5-22(幕間)人は大切な何かを失うことで初めて耐性を取得できる


「嬢ちゃん、本当にいるのか? 蛇の毒」


 居酒屋食堂ねこまるの店主、ガウリはとても心配そうな面持ちでミミリに問う。なんせ、()()蛇頭のメデューサが操っていた蛇たちが有していた毒だ。ガウリとしても、処分するのに困るので引き取り手がいることはありがたいが、なんせ相手が13歳の少女なのだから、自然と心配になるものだ。


「助かります! それで攻撃用アイテムを作ろうかなって思ってて……例えば、麻痺蜘蛛の脚の粉末とか、睡眠(スリープ)(フライ)の鱗粉と混ぜるとか……」


 ニコニコ顔で昂るミミリ。

 一同、――――――――――――――絶句。


 ガウリだけでなく、うさみやゼラも絶句した。ミミリは錬金術になると、途端に勇敢(?)になる。毒を調合しようだなんて、普通の女の子は思いもしないだろう。


「そうそう、それで……」、と、うさみはやっと正気にかえり、コソコソと周りの者を集めて確認し始める。


「で、できたわけ? 蛇酒は……コソコソ」


 ガウリも応じてヒソヒソと応答する。


「おう。もちろんだ。微量の毒はアルコールが飛ばしてくれるらしい。試飲したが問題なかった……余程()()()()なヤツじゃなければ毒なんて皆無だな。少なくとも俺は平気だった……ヒソヒソ」

「しかも美味しいんですよね、そんなに嬉しそうに話すってことは。……それで、バレてはないんですよね……ヒソヒソ」




「誰かに隠し事してるんですか?」

「「「「――――――ヒイィィィィ!」」」」




 全員は、奇声にも似た悲鳴を上げた。

 悲鳴を上げたのは、ミミリたちだけではない。()()()()()()()だ。


「それで、できたんですよね、蛇酒。一杯くーだーさいっ!」


 そこにいたのは、うさみたちの計らいのおかげで無事冒険者ギルドに返り咲いたデイジーだった。そして、介添人としてコブシも横にいる。もちろんコブシは、既に頭を抱えていた。


「デッ、デイジーさん! なんで蛇酒のことを⁉︎」

「――? なんでって、この間お忍びで兄と食事しに来ていたからですよ〜。大丈夫、ローデさんには黙っておきますって」

「(お忍びで来てたことはみんなわかってましたけど、)ローデさんに秘密にして欲しいと思ってるんですか?」

「そうですよね? だって『酒豪』、ですもんね? ローデさん」


 ――――――――――違う。


 店内にいる誰もが思った。

 内緒にしたいのは『酒豪のローデ』ではなく、『酒乱のデイジー』だと。


「どれくらい美味しいお酒なんでしょうねぇ」

「きっ、禁酒はどうしたんですか?」

「あぁ、今後は一杯だけにするって兄と約束しましたから安心してくださいね。ああー楽しみ! 酒1グランプリ以来ですもん」


「おやっさん、ご馳走様! じゃ、これで」

「ここに代金置いてきます。急いでるんで、つっ、釣りはいいんで!」

「俺も、そっ、そうだ! 用事があったことを思い出したぞ。代金はテーブルに置いていきます。じゃっ!」


 1人、また1人と会計を済ませて出ていく客たち。気づけば、ミミリたちとデイジーとコブシだけになっていた。


「みんなどうして帰るんでしょう? みんな多忙なのね〜」

「はぁ〜。(お前のせいだよ、デイジー」


 コブシは頭を抱えてうずくまった。


「なあ、ミミリちゃん、妹が酒嫌いになる薬とか錬成できないかなぁ」

「うう〜ん。私、薬師(くすし)じゃないので少し難しいご相談ですね。んー。飲酒がトラウマになるように、いっそのこと抜いた毒、全部混ぜちゃうとかっ! ……なんちゃって〜」


 ――――――――――――――絶句。


 ミミリ、恐ろしい子。


「やっ、やだなぁ、半分冗談ですよ」

「半分本気かよっ、まぁ、ミミリの言うことは一旦置いておいて……。デイジーさんに一杯あげるんですか?」


 ガウリはここにいる面々を見てボソリと呟く。


「B級3人に、C級1人か……。片や相手はC級。いや、だけどなぁ」


「なんの話です?」


 キョトン、とするデイジーに、


「ああ、冒険者の頭数の話さ。デイジーちゃんが酔闘拳繰り出してきたら、止められるかどうかっていうな。一応、バルディも呼ぶか……」

「いっ、いやですよ〜そんな。たった一杯ですよ? いくら私でも……」

「……美味いんだよ」

「――えっ」

「……アザレアの銘酒フェニックスに張る美味さなんだよ」


 そのガウリの一言で、全ては決した。


「ーーハッ!」


 ガウリは思わず、口を押さえる。


 

 ――チャポン、チャポン……。

 

「銘酒の音が聞こえます〜」


 ――ゆらり。


「うまい、うますぎる」


 ――――ゆらり……。


「銘酒の音〜」


 ――――――ゆらゆらり……。


 ガウリの蛇酒へ釣られるように、黒い影を帯びたデイジーがゆらりと立ち上がった。一歩、また一歩とおどろおどろしく近づいてくる……。


「素晴らしいのお酒の匂いがする〜。お酒〜! 蛇酒をクダサイ〜」


「うわあああああああああ!」


 ――結局、止める隙も与えられず、蛇酒は奪われてしまった。


 店内の誰もが凍りついたその時、思わぬところで助け舟が。こんなこともあろうかと、先程店を後にした客が気を利かせて、バルディを居酒屋へ緊急招集しに行っていたのだ。


 もちろんバルディは何が起こっているのか露知らず、とりあえず現場は向かい、トントン、と扉をノックする。


「居酒屋食堂ねこまるの特務って、一体なんなんだ? ガウリさーん! 来ましたよ〜! ーー! これは……」


 デイジーは本当にバルディも来てしまったことで少し苛立ちを覚えた。デイジーは至って平静であるのに(今は)。


「みんな大げさなんですよ! 一杯だけなんですからッ! ――ゴクッゴクッ」


 バルディはメンバーを見て瞬時に察した。これは危険だ。偶発的な巻き込み事故じゃない。自分が呼ばれたのは人為的策略だ、と。つまりは、仕組まれたのだと。


 デイジーは勢いよく蛇酒をグイッともうひと呑み。その横で、コブシは既に床に頭を擦り当てて土下座をしている。

 なんて哀れなコブシ……。誰もが思ったその時、名実共に悪名高い『酒乱デイジー』に突如()()が表れた。


 ドカン、とデイジーは行儀悪くテーブルに片足を置いた。


「ゼラくんてさぁ! どうなの一体! コシヌカシなのそれともスケコマシなの?」


「は、はいっ⁉︎」


 自分が矢面に当たるとは思っていなかったゼラは、驚きのあまり聞き返した。


「私いっっっっっっっっっっつも思うんだけど、そんなに悠長にしてていいわけ?」

「ええ?」


 ゼラも周りも、デイジーの豹変ぶりについてゆけない。ただ1人、コブシだけは土下座を続けているのみだ。それも、ゴリゴリと床に頭を擦り付けて……。あぁ、なんて哀れな兄だろう。


「悠長っていうのは……?」

「あーそう、触れていいわけね? じゃあ触れるけど、押しが弱いのよ! 推しのね! コシも弱いくせに」


 錬金術士のミミリはピンと来て、先程のガウリの言葉を復唱する。


「『余程()()()()なヤツじゃなければ毒なんて皆無だな』っていうのはこのことだったんですね。

 それに……あ、あの〜デイジーさん、まさか……」

「あたしはフツーよ? ミミリちゃん」



 ――――――――――――――絶句。


 敏感、だった。

 そう誰よりも、酒に敏感だった。

 だけれども、彼女(デイジー)は鈍感だった。

 蛇酒のことを内緒にしたい相手は、自分(デイジー)であったというのに。

 まさか酒豪のローデのことだと誤認するとは。

 そして、性格が変貌していることも自覚がない鈍感っぷり。


「あ、あの〜」

 

 と、ミミリは言葉を続ける。


「あのー。デイジーさん、なんだか、毒舌になってません?」

「「「「『毒舌のデイジー⁉︎』」」」」


 デイジーは羽織っていたカーディガンを脱ぎ、ワイルドなタンクトップ姿へ。これから酔闘拳でも行いそうな勢いだ。

 デイジーはミミリにビシィッと人差し指で指す。


「じゃあ言わせてもらうけど、ミミリちゃ……」


 ミミリの話題が出たところで、兄のコブシはサッとミミリの耳を塞いだ。


「ちょっ、ちょっとコブシさん、聞こえないです」

「ごめん、でも名誉を守るためなんだ。()()の」

「俺の⁉︎」


「言わせてもらうけど〜、ミミリちゃんのファン、どれだけいるかわかってるわけ? この間教会行って同い年のジンとシン、デュランとも会ったんでしょう? バルディ言ってたわよ。ミミリちゃんがかわいいって言われてたって」

「エッ!」


 デイジーは最後に残った一口を、グイッと一気に呑み干した。


「どうすんのよ。押しも弱けりゃコシも弱い、コシも弱けりゃスケコマシッて。ミミリちゃんを横取りされてもいいわけ? アンタの冒険者の等級はBでなくてHね」

「H?」

「ヘタレのHよ」

「――――――――!」


 ――デイジーの毒舌タイム、終了。

 そしてゼラ、生命力枯渇により腰を抜かす。


「はぁ〜」と深いため息をついたうさみは、悩ましげに眉間に手を当てた。


「コッ、コブシさん! 聞こえないですぅ」

「あっ、ごめんごめん。もう、終わったから」

「? 何かあったんですか?」


 (ようや)くコブシの耳栓から逃れたミミリだけ、わけがわかっていない。


「俺はもう……ダメだ……」

「ええっ⁉︎ どうしたのゼラくん? 蛇の毒、吸い込んじゃった?」

「あぁ……蛇女の毒気を吸い込んだみたいだ……」

「ええええっ! 解毒ってどうやるんだろう」

「ちょっ! 蛇女って、それ言い方ひどくない? アンタに、ちゅーこくしてあげてるのにッ」


 うさみはゼラの肩にポンと触れながら、


「大丈夫よ。時が来れば癒えるから。……たぶん」


 と言い、コブシはただひたすらゼラに土下座をした。


 ――それだけで、終わったのならばどれほどよかったか。被害者はもう1人いたのだ。そう。緊急招集された、バルディだ。


「バルディってさぁ」

 

 いつもはバルディ()()呼びなのに、最早敬称すらない。


「は、はいっ!」

「バルディ、アンタはミミリちゃんのおこぼれでCランクになれたのよ、わかってる?」

「は、はい。それはもちろん、わかってます(なぜか敬語になるバルディ)」

「それにアンタはもともとDランクっていうか……なんかこう、Dランクもしっくりこなかったのよね」

「で、でも、冒険者の最低等級はDじゃ……」

「DじゃなくてEよ、E」

「実力足りないのは、わかってますよ……」


「「「「ひ、ひどい……。これはただのイジメだ……」」」」


 ここまで酒に敏感な者が他にいるだろうか。

 ここまで人に言葉の刃物を向けるものが他にいるだろうか。

 『酒乱』、『泣き上戸』ときて『毒舌』。

 最早デイジーは三冠王だ。


「ああ、冒険者の能力がEって言ってるんじゃなくてね。アンタ十分強いわよ」

「それは、どうも」

「じゃあ、なんのEかわかる? アンタはイヤラシイのEよ。なんなら人情屋とか泣き虫のNでもいいのよ?」

「ひ、ひどすぎませんか。蛇頭のメデューサの石つぶてよりつらいんですけど……」


 コブシは、床に頭をめり込まん勢いで土下座をしている。床はミシミシと、コブシの心情を表すかの如く悲鳴を上げる。当の本人は、額から出血しそうな勢いだ。


 憐れコブシよ。

 コブシの受難は、いつまで続くのだろうか……。


 ◆ ◆ ◆ ◇


 そんなこんなで、『毒舌デイジー』による被害者は2名となってしまった(うち1人(バルディ)は人為的な巻き込み事故)、瀕死に至らせてしまったわけではあるが……。

 

 苦労人コブシに免じて、今回の騒動はここだけの話、ということに収まったので、デイジーの冒険者ギルドの進退に影響を及ぼすことはなかったという。


 災難に遭ったゼラとバルディはというと、新たなスキルを備えていた。 


 それはまさかの――毒舌耐性★★★☆☆星3つ。


 普段からうさみなどの毒舌に耐えているゼラも、最近からかわれがちなバルディも。


 耐性ランクが上がったために、今後の冒険が楽になるかどうか……は知る由もないが、本当にスキルが備わったのであれば、被害者とはいえ一応役得者と言える。

 ただ本当に効果があるのかは、検証してみないとわからない眉唾物だ。


 そんな2人に、うさみのダメ押しの一言でこの場は幕を閉じる。


「私は役得なんていらないから、毒舌吐かれたくないわん。自分が惨めになるもの」



 ゼラとバルディは、その場で静かに、意識を失った……。


シリアスから一変、のほほん回へ。

作者としても、ゼラにはいつも申し訳なく思っています。笑

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― 新着の感想 ―
[良い点] ミミリちゃんもほんわかしてそうで時々闇属性ですよね笑 そして毒酒を飲んで毒舌に? 新たな毒舌キャラにいつもながらに不憫なゼラ君とバルディ。 さらに哀れなコブシ……。 女性キャラが強くて男性…
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