5-20(終話)兄弟の再会 前編 sideゼラ
思い出の中の教会とほぼ変わらない景色。
少し変わったことがあるとするならば、俺が最初に教会を訪れた時のようにオンボロになってしまっていることだ。
――ふと、作業中の少女が目に入る。
そうだ。
女神様たちが、教会の横に井戸を作ってくれたんだよな。一人では水を汲めなかったのに、あんなに逞しくなったのか……。
ゼラは1人の少女を見ながら、愛おしそうに目を細めると、少女とパチリと目があった。
――ガシャンッ。
ああ、せっかく井戸から水を汲んで来ただろうに。驚かせちゃったな。
「ゼラ……お兄ちゃんだよね……?」
「「ええ? ゼラお兄ちゃん?」」
サラに続き、ジンとシンの声もする。
「「「ゼラお兄ちゃ〜んっ」」」
みんな、一斉に駆け寄ってきた。
可愛い可愛い、俺の弟妹。
ギュッと抱きしめて存在を噛み締める。
「サラ、なんの音なのです? 大丈夫ですか?」
「シスター」
シスターは変わらず淑やかに、ニコリと微笑んだ。
「おかえりなさい、ゼラ」
「「「そうだった! おかえりなさい! ゼラお兄ちゃん」」」
「ただいま……シスター、みんな……」
僕は……いや、俺は……帰ってきたんだ。この教会へ。振り返れば、こんなにも頼もしい、仲間を連れて……。
◇ ◇ ◇ ◇
「あの、デュ、デュランとトレニアは、元気にしていますか……?」
バルディさんは、おずおずとシスターに聞く。
「ええ、今は川下の町へ働きに行ってくれています。ゼラが働いてくれていた所と同じパンケーキ屋さんですよ」
「そう……ですか……」
先程からカタカタと震えが止まらないバルディさん。俺はその気持ちが、すごくわかる。ミミリも同様で、バルディさんの背にそっと手を添えていた。
早く会いたい、でも、会うのがこわい。
きっと緊張の糸が張り詰めて今にも切れそうなんだ。
◇
「ねぇ! 貴方、すごく可愛いわ! どうして動けるの? ねぇ、私とお友達になりましょう?」
先程から何度もうさみに勧誘しているのは、11歳になったユウリだ。くるくると動いて可愛らしいうさみにずっと釘付けになっている。
うさみはうさみで上機嫌だ。
「いいわよ。お友達になりましょう! 私はねん。魔法も使えるのよん? 見てて! ――清浄の温風〜ミンティーを添えて〜」
うさみが【ミンティーの結晶】を一粒空へ放り投げると、結晶は一瞬にして粉砕され、粉末となって温風に乗り部屋全体を優しく包み込む。
清涼感のある温風は、あっという間に綺麗さっぱり部屋中を磨き上げてしまった。そして、なんと身体も洗いあげたかのようなさっぱりとした仕上がり。
「女神フロレンス様!」
シスターは、大仰に膝をついて瞳を閉じ、祈りを捧げる。
「や、やだ! 違うわよ〜。説明するわね」
◇
すべての部屋は、うさみの魔法によって掃除された。まるで女神様がやってきてくれた時のような感覚に再び陥る子どもたち。
俺は、とりあえずダイニングテーブルに座って、これまでの経緯を説明することにした。
「そう、ですか……。ミミリさんが、女神フロレンス様の……。神のお導きに感謝いたします。そして、うさみさんが半身、というわけですね」
「はい、そうなんです。……あの! 父と母は、再びこの教会へ来ることはありませんでしたか?」
ミミリは、椅子から立ち上がって食い気味に質問した。俺は、ミミリに落ち着くように着席を促す。
「それが……、あれ以来、一度も。会えるといいですね。女神フロレンス様のご加護が、貴方様にありますように」
「そう……ですか……。ありがとうございます」
「ミミリ、残念だったな」
「うん、でも……。もっともっと名声を集めて、有名になって。絶対見つけてみせるの」
「そうだな! 俺も、付き合うよ」
「「「「ええっ、ゼラにお兄ちゃん行っちゃうの? 教会に、帰ってきてくれたんじゃないの?」」」」
「ごめん。俺は、また冒険に出ようと思うんだ。ミミリたちの両親や、その他の使命のために……」
「や、やだぁ〜」
ユウリは大泣きした。けたたましいほどに。
それもそうかもしれない。
年長者の俺抜きで、今までみんなで力を合わせてやってきたんだもんな。さみしくて、辛いこともたくさんあったに決まってる。
俺は、ユウリを抱き寄せる。
「ごめん、ごめんな、ユウリ……」
「今度来る時は……」
「うん」
「また、うさみちゃん連れてきてね」
「俺が必要じゃないんかいっ」
室内は、笑いに包まれた。
しかし、緊張が解けない者が1人。
そう。バルディさんだ。
「ただいま〜!」
「あっ帰ってきたよ! デュラン、トレニア! おかえりなさい」
バルディさんは、椅子から立ち上がった。
お互いに、目が合う。
ミミリや、ジンやシンくらいの歳の頃の男の子と女の子。
バルディさんと同じ黒髪で、男の子は短髪、女の子はバルディさんみたいに後ろで一本にキッチリ結っている。
「デュラン……トレニア……」
バルディさんが手を伸ばそうとすると、デュランは短剣を持ち出してトレニアを庇った。
「お前、誰だ!」
「そう……だよな……。自己紹介が遅れてごめん。……迎えに来るのも、遅れてごめん……。俺は、バルディ=アザレア。アザレアの街に住んでいる、君たちの兄だ」
――カラァン、と、デュランは短剣を落とした。
他の子どもたちも、信じられない様子でザワザワしている。
それも、そうかもしれない。
俺は、みんなの気持ちはわからなくない。
シスターがいくら優しいとはいえ、教会の生活はカツカツでかなり厳しい。
それを今更、迎えに来た、と見ず知らずの男性に言われても、にわかには信じられないだろう。
「どうして……どうして今になって……」
「本当にごめんな。遅くなって」
堂々巡りになりそうな話し合いに、俺はスッと手を上げる。
「俺から、説明してもいいかな?」
「ゼラお兄ちゃんだったら、聞いてもいいけど」
『ゼラお兄ちゃん』
バルディさんは、デュランのその言葉に、微笑みながらも哀しそうな顔をした……。
◆
「ええっ! じゃあ、ゼラお兄ちゃんたちが悪いモンスターを倒したのか?」
「そうなんだ。バルディさんも一緒にな。バルディさんはずっと2人を探していたんだ。門番にもなり、冒険者になり。本当に2人のために尽力していたんだよ」
「そう……なのか……」
デュランに引き換え、トレニアはずうっとデュランの服の裾を掴みデュランの影に隠れているだけだった。やはり、失語症というものは簡単に治せるものではないのか、と俺は思う。
ーーパァン!
ミミリはいきなり両手を合わせて注意を引いた。
「ねぇ、みんなお腹空きませんか? せっかく出会えたんですもの。パーティーしましょう?」
「「「「パーティー?」」」」
「いいわね、ミミリ!」
その言葉に、少し顔が陰るシスター。
「ですが、お恥ずかしいことに食糧に余裕がないんです……」
シスターの申し出に、ミミリはご心配なく! と【マジックバッグ】の中からダイニングセットを出した。
「え〜いっ!」
ーードオオオオン!
ミミリの細腕によって出されたダイニングセット。それも、あの小さな【マジックバッグ】から。
みんなが驚くのも無理はない。
「ええええええええええええ!」
「お姉ちゃん、力持ちなの?」
「そうなの! 見てみて! この力こぶっ」
ミミリは右の細腕で精一杯力こぶを作ってみせるが、ぽこりと浮かび上がるぐらいで大して変わらない。
俺は思わず突っ込みそうになるが、子どもたちは
「「「「お姉ちゃんすごーい」」」」
と興味深々だ。
俺は思わず、クスリと笑う。
「でしょー! あとはね〜」
と言いながら、次々と錬成アイテムを出していく。今日はご馳走だ。
「「「「すご〜い」」」」
子どもたちの目は、爛々と輝いた。
「バルディ」
「ん?」
うさみは、バルディの肩にピョンと乗る。
「ここはひとまず、ミミリに任せましょう」
「そうだな……なんか申し訳ないけれど」
「んもー! 申し訳なくなんかないわよっ! 私が抱きしめてア・ゲ・ル♡」
「うっ、うさみちゃ……前が、前が見え……」
「「「「「はははははは」」」」」
教会内は笑いに包まれた。
――このまま、デュランとトレニアも、打ち解けてくれたらいいんだけどなぁ。
ゼラは空元気のバルディと、警戒心の解けないデュランとトレニアが心配でならなかった。
第5章はまだしばらく続きます。
引き続きお読みいただけたら嬉しいです。




