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5-18 魅惑草の苗木の鎮魂歌

 

 アザレアが歓喜に沸いた日から数日経った。

 街は未だに、興奮冷めやらずにいる。


 その渦中にいるのは、ミミリたち。


 街の悲願であった蛇頭のメデューサの討伐。

 目撃情報だけで依頼達成報酬が300,000エニーという破格の報酬であることからも、アザレアが討伐にどれだけ心血注いでいたのかがよく窺える。


 街中がミミリたちへの感謝で溢れる中、街人たちはその感謝の気持ちも含めて上乗せした報酬を差し出したかった。目撃ではなく、討伐を達成してくれたのだから。


 しかし、ミミリたちは期待を裏切り、この報酬を辞退した。


「連れ去られた子たちを親元に帰すための費用にして欲しい」


 というのがミミリたちの願いであるからだ。


 この選択は、町長だけでなくアザレアの街人全員を感服させた。


「本当に、報酬はいいのか?」


 と、バルディに聞かれもしたが,


「もう、これ以上悲しみは連鎖してほしくないから、連鎖を断ち切るためにも、役立ててほしい」


 と、ミミリたちの総意で辞退することとなった。



 そして、報酬以外にも賞賛されるべき出来事があった。それは、冒険者の等級だ。ミミリたちは、新米冒険者のDランク。それが、今回の多大なる功績を踏まえ飛び級でBランクへと昇級した。

 子どもたちを救ったヒナタもCランクからBランクへ。サポートに徹したバルディはDランクからCランクとなった。


 アンスリウム山に向かうためには、C級2人以上の冒険者が同行すること、という条件がある。

 今までは誰かの助けがなければ行くことができなかったが、今回の飛び級により無事問題がクリアになった。

 つまりは、アンスリウム山に向かい、その向こう側へと行く準備が整ったということだ。


 そう、ゼラの故郷、川上の街につながるかもしれない地へと行けるようになったのだ。


 ◇ ◇ ◇ ◇


「バルディさん、私たち、アンスリウム山にもう一度行こうと思います。頂上の隠れ穴から入って、蛇頭のメデューサがいたフロアを抜けて……行こうと思うんです。きっとその先に、川上の街があるような気がするから……」


 ミミリたちは、冒険者ギルドで忙しくしているバルディを迎えに来た。


 バルディが、攫われて来た子たちの情報を得るためローデと組んで鋭意活動中であるのは承知のうえ。

 ただ、アンスリウム山の向こうに川上の街が本当にあるのなら、さらにその先に、バルディの可愛い弟妹、デュランとトレニアがいる教会があるはず。誘わずにはいられなかった。


「ありがとう。俺も行きたいけど……でも……」


 言い淀むバルディ。身元のわからない子どもたちはたくさんいる。それを、ローデ1人に押し付けて良いものか、デュランとトレニアのようにさみしい思いをしているであろうこの子たちを放置していいものか……。

 行きたい本心とは裏腹に、申し訳なさがバルディを引き留めていた。


「いや、俺は……」

「行きなさいよ、バルディ」


 バルディの言葉を遮ったのは、ローデだった。ローデは、いつもの凛とした表情ではなく、幼馴染の顔をしてバルディに微笑みかける。


「今まで貴方が頑張ってきたのも……。頑なに、町長の息子を名乗りたがらなかったのも……。その理由はわかっているわ。全部、まずは蛇頭のメデューサを討伐しなければ、という責任感からよね」

「それは……そう、だけど……」

「やっと、やっと……解決したのよ。ミミリさんと、バルディのおかげでね。貴方も、問題解決に一役買ったのよ。もっと自信を持って、たまには感情に素直になって? 待ってるわよ、きっと。デュランとトレニア」

「でも……」


「お兄ちゃん、いつもありがとう! 弟くんたち、迎えに行ってきて! 待ってるよ! 僕はお兄ちゃんが助けに来てくれたら泣いて喜ぶよ」

「そうだよお兄ちゃん、あたしたち、家族に会いたいもん。だからこそ、迎えに行ってあげて。絶対絶対、待ってるよ」


「子どもたち……」


 「人情屋」のバルディは、涙が止まらない。そんなバルディに、そっとハンカチを差し出すローデ。


 微笑ましい光景に、ミミリは堪らなくなってバルディの服の裾を軽く引っ張る。


「行きましょう、バルディさんっ」

「そうよ〜! 待ってるわよ、きっと」

「バルディさん、バルディさんと会えたら、トレニアの失語症、治るかもしれませんよ」


 決め手になったのは、ゼラの言葉だった。


「失語症……。そうだな。行こう。……みんな、ありがとう」


 こうして、ミミうさ探検隊とバルディのアンスリウム山への冒険が再び始まることとなった。


 ◆ ◆ ◆ ◆


 一度攻略したからゆえか、アンスリウム山の内部ダンジョンはあっさりと攻略できた。麻痺蜘蛛も、モンスターハウスも、なんてことはなかった。

 もしかしたら、蛇頭のメデューサの討伐を経て、ミミリたちもレベルが上がったということなのかもしれない。


 順調に、蛇頭のメデューサを討伐したフロアの奥に続く通路を抜ける。

 通路の先……、到着したその場所は……。


 ――そこに広がる世界は――


「こ、こ……ここ……は……」


 ゼラは膝をついて嗚咽した。

 瓦礫が所々に残り、枯草が舞う殺風景な場所。


「あの猫型の井戸、見覚えがあるんだ。その隣には、俺の大好きな、ケーキ屋さんがあってさ……」


「ゼラくん」 「「ゼラ……」」


 ミミリたちの予想は当たっていた。

 ここは、ゼラが住んでいた街、川上の街――。今となっては廃墟の街と呼ばれる場所だった。


「うっ、ううっ、うううあああ〜」


 人目も(はばか)らず泣くゼラを、ミミリもうさみもそっと抱きしめ、バルディはゼラの肩に手を添えた。


「前は、たくさん、あったんだ……。もっといろいろ、あったんだ。活気があって、人もたくさんいて。襲われたあの日、俺の、誕生日……だったんだ……」

「ゼラくん……」


 ゼラの心の底から湧き上がる感情も、涙も止まらない。


「ごめんみんな。力がなくて、弱くて、ごめん。俺だけ……俺だけ助かって……ごめん……。ごめん……なさい……。うわああああ!」


 ミミリには、ゼラに掛ける言葉が見当たらなかった。できることは、ただ、側にいるだけ。うさみとバルディと一緒に、ゼラの心に寄り添うだけだった。


 ◇ ◇


 ひとしきり泣いた後、ゼラは、(ようや)く顔を上げた。


 そして。

 涙を拭いて、見渡して。


「ごめんみんな。時間もらってもいいかな。ちゃんとみんなを、弔いたいんだ」

「もちろん、一緒にやろう」

「そうよ」

「ちゃんと、安らかに眠れるように、整えよう」

「ありが……とう……」


 瓦礫を片付け、枯れ草を刈り……そのままの状態で無惨にも放置されていた生きた証などは、お墓を作って弔った。


 ここに着いた時はまだ昼間だったが、全てが片付くころには、もう、夜になっていた。


「ここで、休ませてもらおう」

「ありがとうみんな」


 ――その時だった。


「キャアッ!」

「ミミリ⁉︎」


 ミミリが【マジックバッグ】から小屋を出そうとした時に、勝手にモゾモゾモゾモゾと、たくさんの()()が出てきたのは。

 この苗木は、アルヒと一緒に住んでいた家の川向こうの森で勝手に【マジックバッグ】へと入り込んで来た、森の窪地の舞踏会をした「魅惑草の苗木」たちだった。


「えっ⁉︎ どういうこと?」


 ミミリが驚く合間にも、テトラ型の鞘を実らせた苗木たちは自ら廃墟の街の土へと根を張ってゆく。


 ーーカタカタ、カサカサ、サラサラ……。


 小気味良い音を奏でながら、根を張る魅惑草の苗木たち。どんどんと、彩られていく。


 そう。まるでここはーー。


 アルヒと共に冒険した、()()緩やかな窪地に広がる、色彩豊かなテトラ型の鞘を実らせる舞踏会場のよう。


 テトラ型の鞘が色鮮やかというよりは、鞘の表皮が薄さゆえか、白い半透明の鞘から中身の種なのか実なのかわからないものの多様な色が透けて見えているだけかどうなのかは、以前と変わらずわからなかった。自発的に動くというのも、なんとも不思議な苗木。


 ーーカタカタ、カサカサ、サラサラ……。

 

 鞘の中身の形状で奏でる音が違うのだろうか。

 小気味いいほど耳障りのいい音が聞こえて、ここが()廃墟の街だというすら忘れてしまうほどに――色彩豊かなテトラ型の鞘を実らせた魅惑草の苗木たちは、()()()()に、次々に根を張った。


「綺麗ね……」

「不思議な草だな、ミミリちゃんが作ったのか?」

「……」


 ゼラだけは、この光景に涙が出て何も言えなかった。次々と、涙が溢れ出てくる。


「違うんです。元は、私が住んでいたところに生えていた草花で……。勝手に【マジックバッグ】の中に入って冒険についてきてくれたんですけど……


 ……住む場所を、探してたんだね」


 魅惑草の苗木は、ここを定住先と決めたようだ。

 ミミリの手元に残ったのは、虹色のスパイスをテトラ型の鞘に収める苗木のみ。この子はまだ、冒険を共にするようだ。


 ーーカタカタ、カサカサ、サラサラ……。


 色彩豊かなテトラ型の鞘が奏でるメロディー。この場所で聴く音は、まるで鎮魂歌(レクイエム)のようだった。


 すっかりと暮れた空の下、出した小屋の暖色の明かりに照らされる魅惑草の苗木の色鮮やかな色彩に目を奪われ、心を沈める鎮魂歌(レクイエム)には耳と心を奪われて。


 空を見上げれば、満点の星々が――亡くなった人々の魂に見え、――まるで天に還ってゆくかのようだ。


「素直に表現することが不敬であったら申し訳ないけれど……。とても、綺麗ね」

「あぁ、俺も心が洗われるようだよ、うさみちゃん」


 環境に見惚れるうさみとバルディの横で、深呼吸したゼラ。少し瞳を閉じて、そしてゆっくり開き、ミミリを一心に見る。


「最高の弔いだよ。ミミリ、ありがとう」

「ううん、私たちこそ、この場に一緒に居させてくれてありがとう。そして、魅惑草の苗木ちゃんたちも、ありがとう」


 ーーカタカタ、カサカサ、サラサラ……。



 そしてゼラは、満天の星空を仰ぐ。



 ーーみんな、ありがとう。俺、みんなの分も頑張って生きるから。絶対絶対、生きるから。だからどうか、安らかに……。




 魂の安寧を願って慎ましやかに、そして決意を新たに、ゼラは(そら)に、亡き人々に、そして両親に想いを馳せたーー。



第1章で出てきた魅惑草、ここで伏線回収となりました。

次話もお読みいただけますと幸いです。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 感動的で幻想的な描写に思わずウルウルしてしまいました。゜(゜´ω`゜)゜。 廃れた故郷を見るのは寂しいですよね(T_T) そこを色鮮やかに染めてくれる魅惑草たち。草の気持ちは分かりませんが…
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