5-17 アザレアの歓喜
「マールッ」
「ママ、パパ〜!」
攫われたマールは無事、両親の温かい懐へと帰っていった。抱きしめ合う親子。自然と、居合わせた全員が目に涙を浮かべて拍手を送った。
「皆様、なんとお礼を言ったらいいのか」
両親は深々とお礼をするも、当然のことだと町民は言う。本当に、心温かい良い街だ。
「おいっ、ヒナタじゃねぇかぁ!」
「お久しぶりです! ガウラさん」
誰かと思えば、普段は寡黙なガウラさんの声。それもそのはず。ヒナタが旅立って、迷子になり帰ってこれなくなったのは何年前だっただろうか。
それも、バルディの弟妹、デュランとトレニアを探しに行ってのこと。ヒナタの肩の荷も、これで漸く下りたのだ。
「アザレアの皆様! 町長としてお礼を申し上げます。この度は、マールや子どもたちを助けてくれておりがとうございました。
……………………そ、それに……
デュランや、トレニアの情報まで……。なんと、なんとお礼を言ったらいいのか……」
町長として、涙を流して深々とお礼を述べる町長のペラルゴ=アザレア。幼い子どもを失って流れた十数年の歳月は、父親の傷を抉るには十分な年月だった。
「それに関しては、ゼラたちのおかげだ。本当にありがとう」
バルディも、涙を浮かべてお礼を言う。
「いや、俺も両親の仇を……討てましたから……」
「ゼラくん……」
「おかえりなさい、バルディ」
「ありがとう、ローデ。本当に、ありがとう」
町長の補佐役として全体の指揮を採っていたローデも、漸く肩の荷を下ろしバルディを労う。お決まりの如く、ポケットに忍ばせていたハンカチをすっとバルディに手渡した。
「涙、拭いて?」
「あぁ、ありがとう」
◆
――蛇頭のメデューサ。
あのモンスターがもたらした被害は甚大なものだった。何故子どもたちを攫っていたのか。そしてその子どもたちはどこから連れてこられたのか……。その真実は闇に葬られたままとなってしまった。幼子が明確に自身の住まいの特徴を話すことは難しいため、親元に帰すには相当な時間と労力がかかるだろう。まずは子どもたちを傷つけないよう、情報を聞き出さなければ。他にもやらなければならないことはたくさんある。
――けれど、アザレアは諦めない。
これからは子どもたちを親元へ帰すことに尽力する。アザレアが負った傷は深かったが、これからも全力を尽くしてゆく。
なぜならもう、脅威は去ったのだからーー。
◇ ◇ ◇ ◇
「蛇頭メデューサの蛇をとってきただとおおお〜⁉︎」
大きな声を出したのは、居酒屋食堂ねこまるの店主ガウリ。耳がつんざくような声を上げたので、ミミリたちは思わず耳を塞いだ。
「そっ、そうなんです。状態の良い蛇を採ってきたんですけれど、なかなか量が多かったから例えば蛇のお酒とかに加工できないかなぁって」
「「………………………………」」
「あと、切れていたり焦げていたりした蛇も実は拾ってきたんですけれど、そっちは武器屋虎の威に持って行こうかなって。だってもったいないですもんね! 加工しないと! モンスターの性格はアレでしたけど、モンスターのドロップアイテムの質はいいですから」
「ま、俺らは助かるけどよお……」
「「………………………………」」
「あっでも蛇の抜け殻も採ってきたんですよ! それはなにかと錬成できないかなぁと思って私がこれから研究を……」
「「………………………………」」
先程から、言葉を発しない者が約2名。
ゼラとうさみは、絶句している。
バルディは一旦解散して、今回連れて帰ってきた身元のわからない子たちの救助に尽力するという。おそらくこの場にいたら、同じく絶句していただろう。
どうしてもミミリの錬金術士の情熱に気押されてしまう。
「……? む〜!」
ここでミミリはうさみたちの様子にやっと気がつき、拗ねるようにぷく〜っと顔を膨らませる。
「ね、ねぇ……、そんなに、おかしい?」
「ぷはっ」
堪えきれずにゼラは笑う。
うさみも、ゼラの肩の上でクスクスと。
「「さすが錬金術士だと思ってね」」
「むむ〜。 なんかちょっとからかわれている気がするよ」
「あ、そうだ嬢ちゃんたち。この蛇はありがたくいただくがな。もちろん、ちゃんと洗浄して毒の対策もするつもりだ。蛇酒にはおそらくできるだろう。でも……」
「わかってます」
「ええ、わかってるわ」
「俺も」
「「「デイジーさんには、内緒ですね」」」
◇
「ふふふ。蛇……酒……」
どこからともなく、不気味な声が聞こえる。
――この声が聞こえるまでは、全く気がついていなかったのだ。
目深にフードを被ったデイジーが、密かに来店していたことを。同じ円卓で、コブシが早速頭を抱えていたことを。
そのコブシと目があったミミリたちがお互いにフリーズして動けなくなったことは、当然のことだった。
「新しい蛇酒ですか……うふふふふふ」
せっかくお忍びできていた(あれだけ騒ぎを起こしたデイジーなので)というのに、早速入店していたことがバレてしまったデイジー。
それも、店内の全員に。
この場にいる誰もが、あの黒歴史(デイジー暴飲暴走大事件)を思い返し、その再来を思い描いたのは、言うまでもない。
◆ ◆ ◆ ◆
工房に帰ったミミリは、早速蛇の抜け殻でなにかを調合している。それも、満面の笑みで。
思った以上に魔力を使ったうさみは、ミミリの練金釜の横の椅子ですやすや寝息を立てている。
ゼラはというと、2階のキッチンではちみつパンケーキを焼きながら、例の約束を果たそうとしていた。
「なぁ、血湧き肉躍る闘い、やっただろ?」
……あぁ、確かにナァ。
「覚えてるだろ? 約束。名前で呼ぶって。考えておいたか?」
……いや、俺様はそんなガラじゃない……第一、俺様のこの性格で前の持ち主には捨てられて、ずっと審判の関所の宝物庫で眠っていたんだからサァ。お前もきっといつかは……
「じゃあ、俺と一緒だな。俺には親はもういない。いるのはミミリとうさみたちだけだ。俺と一緒だろ?」
……そうだけどヨォ
「お前が名前を決めづらいんだったら、俺が決めるよ。性格も、武器の切れ味も毒舌も。なかなかに鋭い、【ナイフ】でどうだ?」
……ナイフ、かぁ、気に入ったゼェ。
………………………………………………………………相棒
「これから、よろしくな、ナイフ。あと、紅の刃広斧もそろそろ練習させてくれよな」
……それとこれとは話が別だぜ、相棒(仮)!
「照れやがって……イテェッ!」
【ナイフ】の留め具で、パチンと叩かれたゼラの右手の肘。
一歩前進したものの、仲良くなるのは、まだ先のようだ。
◇ ◇ ◇ ◇
「ご飯できたぞー!」
「は〜い」
「むにゃむにゃ……あーふ。はぁぁい」
ダイニングテーブルに並べられたゼラ特性のはちみつパンケーキ。美味しい理由は、幼い頃のバイト経験が活かされていたと知り、ミミリたちがなるほどと納得したのは最近のこと。
「「いっただっきまーす」」
「召し上がれ」
「ねぇゼラくん、うさみ。ゼラくんのパパとママのお墓参りも、バルディさんの弟くんたちがいる教会も。絶対に行こうね」
「そうね。バルディを連れて行ってあげなきゃ」
「ありがとう。デュランとトレニアも喜ぶはずだ」
積年の願いも、宿敵の仇討ちも済ませたゼラ。
そして、なんとかゼラの力になることができたミミリたち。脱力感があり、達成感もある、程よい塩梅の疲れ具合。
「はちみつパンケーキも美味しいけど、せっかくだし、もっともーっとご馳走にしよっか」
「ミミりん、いいわね」
「おいおい、出し過ぎじゃないか?」
ミミリの【マジックバッグ】からさらに、ピギーウルフの焼肉や、一角牛のステーキやメシュメルの実のスープも出されて、食卓は華やかに。
そしていつの間に仕入れたのか、お子様用のシャンパン風ドリンクまで。ミミリは満面の笑みで栓を開ける。
ーーポンッ! シュワワワワ〜!
「キャー! シャンパンが噴火したぁ〜」
「なんで俺の方に全部飛んでくるんだよ〜!」
「ゼラくん、ごめんなさーい!」
「ふっ! 日頃の行いね。ゼラ。可哀想に、水も滴る良いなんちゃらにはなれなかったようだけれど」
「なんだとうさみコノヤロー! ……なんでもないですゴメンナサイ。その振り上げた右手をしまってもらえますか」
「さあ、どうしようかしら」
「ごめんってー」
ーーとにかく、今は、自分たちを労って。
「「「かんぱーいっっ!」」」
幸せと達成感は、料理を美味しくする最高のエッセンス。充足感に包まれた今夜の宴は、とても長くなりそうだ。
シリアスモードから一変しいつものゆるふわな光景へ。
作者はどちらの場面も書いていて楽しいです。




