5-9 アンスリウム山の内部ダンジョン〜地下3階のフロアボス〜
「ここは……、なんでこんなことに……」
ゼラは、地下3階に降りるなりその胸中が思わず口をついて出た。でもそれは、ミミリたちも同じだった。
ここは、既に人が通った痕跡がある。なぜなら、松明が灯されているからだ。
しかし――――――先遣隊は先程のフロアでピンチを迎えていたというのに……、いったい……。
「また、モンスターハウス……⁉︎ ……っていうか……」
「そのうえ、あれがフロアボスよね?」
「――はい、あれが……」
うさみの魔法、灯し陽の灯りを点けて確認してみると、地下2階のモンスター数とほぼ一緒の数のモンスターが、ここ、地下3階にもいる。間違いなくモンスターハウスだ。
……でも、ここは……。
一言で言い表すならば、「凄惨」。
地下2階で活躍したミミリのモンスターの倒し方なんて、可愛らしいものだ。
ここに広がるモンスターたちは、なんとも惨たらしい状況にあった。それ以上は傷つける必要がないのではないか、というほどの無数の刃傷をつけて、まるで弄ばれたように、あたり一面、転がっている。状態が悪いために、採集できるドロップアイテムも少なそうだ。
――そして、その奥の玉座に君臨する者は、おそらく地下3階のフロアボス――!
赤い豪奢な生地のソファに、金のフレーム。肘置きに両肘をついて項垂れている、そのフロアボスは――。
腰あたりまでの長いストレートの銀髪で顔を隠し、手元のフリルが可愛らしい白ブラウスに黒のフロントスリッドのマーメイドスカートを身に付け、その丈の短さがなんとも艶かしく、横かけバッグの紐が食い込んだ白ブラウスから垣間見える豊満な胸も目を惹くものがある。
……何故……
「「「「……ヒナタさん! な、なんでヒナタさんがフロアボスに?」」」」
「ヒナタさん、なにがあったんですか?」
「待て! ミミリ!」
駆けつこうとしたミミリを、ゼラが止めた。
たしかに、ミミリたちが来たと言うのに顔も上げず様子がおかしい。
他の先遣隊もやはりいないようだし、1人で闘ったのであれば、疲れ果てて反応もできないのてあれば、わからなくもないが……。
――明らかに様子が違う。
温厚な素振りもなく、項垂れて……何故か顔を上げない。
「まさか……蛇頭のメデューサが女性も操るようになったとか……? 洗脳されてるの?」
全員の身体に、悪寒が走る。
もし、そうだとするならば、鬼神の大剣使いヒナタに誰が勝てるというのだろうか。しかも本来、仲間だというのに。
ヒナタは、玉座からゆらりと立ち上がった。
大剣の留め具を外して、ブゥンとひと上げ風を切り、大剣を肩に置く。
「さあああ、早く、かかってきなさいヨォ」
ゼラに挑発の言葉を浴びせるヒナタ。
「く、クソッ! 闘わなきゃダメなのか! うさみ! 魔法を! みんなはドームへ」
「わかったわ! 剣聖の逆鱗! 聖女の慈愛! 守護神の庇護!」
ゼラは全身に紅く揺らめく炎を纏い、パーティーへ向かう敵対心を一身に受け止めた。
そしてうさみは、ゴクリと息を呑む。
――正直、保護魔法――聖女の慈愛があっても守りきれないかもしれないわ。
うさみは周りに倒れているモンスターを見て、額から汗を垂らした。汗は自身の綿に吸われ、汗の通り道だけ綿の色が滲んで濃くなる。
C級とはいえ、モンスターハウスをたった1人で乗り切るとは。一介の冒険者がなせる技ではない……これが『鬼神の大剣使い』なのだ。
「ど、どうしよううさみ! 【メリーさんの枕】を投げても叩き切られそうだし……」
「俺の弓では到底叶わないだろうな」
「そうね、足止めできるならまだしも……」
うさみの言葉に、ミミリはうーんと考え呟いた。
「足止め……ヒナタさん……。
――――! ――――――そうだ!」
ミミリはおもむろに、うさみの保護魔法――守護神の庇護のドームの中に練金釜をドォンと出して錬成を始めた。
「ミミリちゃん? 一体……」
「ミミリの閃きはいつも鋭いの。信じましょう。私たちは、ゼラのサポートを!」
「ああ!」
◆
「ヒナタさん、正気に戻ってください!」
「私には、欲しいモノがあるのヨォ、譲れないワァ」
――ギィン!
斧と大剣がぶつかる、嫌な音が響き渡る。
ゼラは短剣では最早、ヒナタの圧倒的な馬鹿力を受け止めきれないと思い、諸刃の剣として蒼の刃広斧で闘っていた。
ただ、攻撃するわけにもいかず、防戦一方だ。
ゼラの斧技――霜柱を使わずとも、手がどんどんと霜焼けになっていく。もって数分。どこまでみんなを守れるだろうか。戦闘中のゼラは、そんなことを考えながら活路を見出せずにいた。
「アハハハハ! なんで攻撃してこないわけぇ? 負け犬のコシヌカシめが」
――ビクンッと、特定の言葉に身体が反応してしまう。
「ーー! くそ、コシヌカシっていう単語に身体が勝手に反応する」
「あーっはっはっはぁぁ! コシヌカシ」
またもや身体がビクンとしてしまうゼラ。
逃げる小動物を追い詰めるようにゼラを壁際に追い込んでいくヒナタ。
「ぐっ! やべぇ」
ヒナタはーー不気味な笑い声を上げながら、片手だけで大剣を振るい、ゼラは全身で攻撃を受け止めた。――しかし!
――まずい、このままでは、壁に背中を打ちつけちまう! 逃げ場がない!
ゼラが背中への衝撃を覚悟したその時、
「――風神の障壁ッ」
――ビュウウウウ!
ゼラの周辺に突如現れた緑色の風壁に、ゼラは一瞬のうちに守られた。強く背中を打ち付けるはずだったところを、絶妙なタイミングでうさみが救う。
――ギラリ。
「や、やばいわ」
今の援護で、ヒナタの敵対心がうさみに向いてしまった。ここには、拘束魔法――しがらみの楔を放つために役立ちそうな木々もない。
さもなくば、ヒナタを傷つける魔法しかない……。
「くそっ! なんで俺はこんなに無力なんだッ!」
バルディは、ヒナタに当てないように矢を付近に当て威嚇する――が、効くはずもなく。
――――――万事休す――――――!
大剣は、大きく振りかぶりドームを狙う。
――ガツン! バリィン!
「ぐっ、ぐうううう……」
苦しむうさみ。
一撃、二撃と食らううちに、もろくひび割れていくうさみの魔法。バルディは弓をかなぐり捨て、うさみの前に立ちはだかり、両手を広げて盾になるつもりだ。
ゼラも走ってこっちへ向かってくるが、それまでにドームが耐えられそうにない。
「ど、どうしたら……」
「まずい……」
「ウフフ! 捕まえたわヨォ! 観念なさいっ」
眉をへの字に下げながら、恍惚の表情を浮かべるヒナタ。完全に鬼神化しているヒナタは、最後の一撃をドーム目掛けて振りかざす……!
――もう、間に合わない――!
と、その時。
「――錬成完了! 回収ッ!」
――ほわぁん、と途端に香ばしい肉の匂いがダンジョンに漂った。
「に、肉……?」
すんでのところで、ヒナタの大剣がピタリと止まる。
「ヒナタさん、一角牛の角煮、できましたよ! ご飯にしましょう?」
「ミミリ、何言ってるの? 相手は鬼神の……」
「はぁ〜い」
「「「……………………………………は?」」」
鬼神の大剣使いヒナタは、大剣をしまい、ミミリが出した屋外用の椅子に腰掛けた。
「ご飯、楽しみですぅ」
あれほどの狂気を見せていたヒナタは、おっとりにっこり微笑んで、ほがらか〜になっている。楽しそうに両頬を両手で包み、まるで幼い少女のように。
「「「あ、ありえない……」」」
驚くうさみ、ゼラ、バルディ。
その傍ら、ミミリはせっせと配膳を始めていた。
「ミミリちゃんの料理、楽しみだわぁ」
「ふふふ。間に合って良かったです」
「「「……」」」
ゼラ、うさみ、バルディ、戦意喪失。
ゼラたちは思った。
――やっぱり最強なのはミミリかもしれない。
ゆっくり更新ですみません。
楽しんでいただけましたら幸いです。




