5-8 アンスリウム山の内部ダンジョン〜地下2階モンスターハウス〜
「モンスターハウスかよッ⁉︎」
思わずゼラは叫んだ。
暗闇に光る、無数のモンスターの光る目。赤に黄に……。何体いるかわからない。まさにモンスターハウスだ。
――ガタンッ!
不幸にも、ゼラがモンスターハウスに驚いて声を上げた途端、それまで開かれていた階段の通路がガタンと閉められた。
「――トラップ⁉︎」
バルディが言うや否や、うさみはすかさず、
「――守護神の庇護!」
保護魔法を唱え、パーティー全員を保護ドームの膜で覆った。ドームの内側から見えるのは淡くぼんやりと光るダンジョン。
見えるのはギョロリと光る瞳。1体2体の話ではなかった。これは……数十体はいる。
「これはちょっと、たくさんすぎるよね、うさみ」
「ええ。一斉に攻撃されたら、私の保護魔法じゃあ耐えきれないと思うわ」
突然放り込まれたモンスターハウス。
戦局に活路が見出せない。
不幸はとめどなく続く。
「ウッ」
ゼラはその場へ跪いた。
「ーー‼︎ ゼラくん!」
「ご、ごめん。――ハァッ、ハァッ……。やばいな……。俺、息が……」
――ゼラのトラウマの発症。
いつも頼りになる前衛のゼラ。
暗くて狭く感じる暗闇の中、頼れる存在もいなくなり、更にまずい状況に。
「ハァッ……ハァッ」
両親を失ったかの日の苦しみが蘇り、呼吸が乱れ始めた。
「ゼラ! 深呼吸だ。大きく吸ってゆっくり吐け。呼吸を意識しろ。大丈夫だ。頼りない俺だが、いざとなったらお前の盾になるくらいの覚悟ならあるさ! 死なせはしない」
「バルディ……さ……ん」
そんな事情は考慮されるはずもなく、テールワット、ほろよいハニー、麻痺蜘蛛までも。視線が一斉にこちらを向く。
ギョロリと光るモンスターの瞳と淡く光るドームの光だけが頼りの状況下、多勢に無勢。明らかに分が悪い。
しかも、ドームの光ゆえに先方にはこちらが全て見えている。加えて、前衛のゼラが不調となると本来の力を発揮できないすらまである。
「「「キュウウウウウウ!」」」
考える余裕を与えてくれるはずもなく、モンスターたちが向かってきた。
――シュッ!
「行けッ!」
バルディは矢継ぎ早にテールワットたちを射ってゆく――が、数の暴力に打つ術なし。
モンスターの総数すら、仄暗い暗闇で何体いるか定かではない。
今だに揺らめくモンスターの瞳の数。そして足音から察するに、射抜けたのはほんの数体だろう。
うさみは右手を掲げながら、苦しそうに言う。
「今ここで更に灯し陽の灯りを点けようものなら、余計に丸見えで確実に狙われると思うわ。こちらの手の内がバレてしまうし……ゼラが本領を発揮できない以上、私たちがやるわよ! ミミリ、バルディ!」
「うん! 頑張る」 「俺はみんなの盾になるさ!」
ミミリは【マジックバッグ】に手をかけながらうさみに言う。
「うさみ……。……からくりパペットの作戦で行こうと思うの。それの、飛び跳ねなくていいバージョン。うさみのこのドームは、うさみが認識したものなら通ることができるでしょ? でも逆にうさみが許可しないモノは通過できない。うさみはキツイと思うけれど……」
「ええ、でも耐え切れるかはアレだけどね。……それに、その作戦にはゼラが」
「やるよ……。ハァッ、ハァッ俺がドーム外に向かって、注意をひいて一発……。一発ならだけなら……やってみせる」
「こんな状況になってまで頼ってごめんね、ゼラくん。でも、ゼラくんがチャンスを作ってくれたらあとは私が。バルディさんは、ひたすらモンスターを狙ってドームを死守してください」
「あっ、ああ……!」
うさみはミミリがやろうとしていることを思って、重たい表情でゾワリと顔を触る。
「湿気が、やばそうね。でも、文句言ってられないわ」
「……湿気?」
バルディだけ意味がわかっていない中、作戦は進められた。
「ごめんなさいバルディさん。あとで説明しますからッ」
「了解! 俺は俺のやるべきことを!」
ゼラは【マジックバッグ】の中に手を突っ込んで、凍えるような蒼の刃広斧を手に取った。
「よろしくな、相棒……!」
……ざまぁネェほどに苦い顔しやがって。仕方ネェなぁ、最近俺様はあの嬢ちゃんのせいで甘やかし気味で仕方ネェ。けど、協力してやるぜ、相棒(仮)! ……勘違いするなヨォ! 蛇野郎との血湧き肉躍る闘いへ向けた前菜だからナァ!
「ありがとう! いくぞ! 霜柱!」
ゼラはドーム外に飛び出して右手の蒼の刃広斧を勢いよく地面に振り下した。
――ザクッ、ガガガガ……!
振り下ろされた斧から、周りのモンスター目掛けて無差別に迫り行く何本もの霜柱。視界が悪いので目標も定まらず、手当たり次第四方へ飛ばしていく。
この状況下頼りになるのは、モンスターの眼光と、眼光を反響させる霜柱の光、そしてうさみの薄いピンク色のドームの光だけ。どれくらいのモンスターにどのような効果があるのかまでかは、残念ながら確実視できない。
「次は私の番だね! えっーと……」
ミミリはモゾモゾと【マジックバッグ】からアイテムをさぐり、【絶縁の軍手】をはめた上で、錬成アイテム2つとあるモノを取り出した。
「いっくよ〜! まずは、【ゆるゆるシャボン液】〜!」
ミミリが投げた【ゆるゆるシャボン液】のもったりした泡は、霜柱の上に降り注ぐ。
「キュエエエエエ?」
近くに迫ってきたモンスターの様子から、泡が身体にまとわりついていることが見てわかった。
モンスターに効果があるかは定かでないが、動物の中には油を全身に纏っていないと生命活動に支障が出る場合があると、ミミリは本で読んだことがあったのだ。
――効くといいけど……。
この作戦は、全てが手探り。
でも、これだけモンスターに囲まれているなら、不確実でも、やるしかない。
「みんな! 大きく息吸ってね!」
「「「え? 耳塞いでねじゃなくて?」」」
「うん、息をいーーーーっぱい吸って」
全員の予想は、全く違った。
いつもならここで、爆弾やらなんやら耳に刺激があるものを投げているはず。
「いっくよ〜! ただの、熱湯《・》!」
「「「熱湯⁉︎」」」
うさみたちは、耳を疑い、慌てて大きく息をする。
ミミリは【マジックバッグ】から物を出し入れする時際、重量に応じて自身の魔力を代償にさせて、例えば小屋のように重たい物でも軽々扱える……ので、ミミリが今持っているあの大きさの物を扱える理屈はわかるのだが……。
――その物とは、まるで村人全員でパーティーをするときに使いそうな寸胴よりも、もっと大きな大鍋に沸かされた沸騰する熱湯だった。
「えーいっ!」
ミミリは、勢いよくモンスターたちに向かい、振りかぶって浴びせかけた。
「「「「「「ギュアアアアアアアア」」」」」」
断末魔のような、モンスターの声。
と同時に、熱風とも言える蒸気がダンジョンに舞い上がった。
ミミリたちは、うさみの保護魔法のドームでなんとか耐えているが、それでも息苦しさと身体の内から湧き上がる汗は止まらず、呼吸も苦しい。
「ハァッ、ハァッ……」
ゼラが一番苦しそうだが、なんとか耐えられているようだ。
――そして極め付けは――
「えーい! 【ぷる砲弾(雷)】!」
「「「「ギュアアアアアアアア!」」」」
「「「………………………………」」」
――ミミうさ探検隊、一同、呆然……。
ミミリの作戦はこうだ。
①ゼラの霜柱による瞬間冷却で大多数のモンスターの身体の自由を奪う。
②【ゆるゆるシャボン液】で肌にからみつくほどの粘着性のある液を振り撒き、モンスターが纏う生命活動に必要な身体を覆う油を洗い落とす。
③熱湯で茹で上げる。
④【ぷる砲弾(雷)】でみんな仲良く感電。
もちろん、【ぷる砲弾(雷)】程度ならうさみのドームでカバーできると計算済み。(ミミリの試算では6割くらい。笑)
――パキン……! パキパキ……!
――ジュワアアアアアア!
――バチバチバチッ!
氷に水を注ぐと氷に亀裂が走るように、
身体を覆う油がない動物に熱湯をかけると身を守る術がなく倒れゆく。
そして最後に、絶望とも言える衝撃の雷を落とす……。
仲間すらも、紡ぐ言葉が見つからないほどの攻撃力を見せたミミリ。
「灯し陽の灯り」
うさみがダンジョンに明かりを灯すと――ほとんどのモンスターは倒れていた。
――シュッ!
「行けっ!」
最後に、撃ち逃したテールワット一匹をバルディが狩ったその瞬間……、勝負は決した。
――ゴゴゴゴゴゴゴゴ………………!
「あっ! あそこ……!」
「どうやら、狩り終わったみたいね。みんなお疲れ様」
「みんな、ありがとう。モンスターのドロップを拾って、先に進もう」
モンスターハウスを攻略したことで、下へと続く隠れ階段が姿を現し、地下3階への活路は開いた。
そこにヒナタはいるのか。
……はたまた……、宿敵の蛇頭のメデューサがいるのか。
そして、行方不明のマールの行方は……。
「行こう」
とりあえず下に降り進む前に、うさみの回復魔法で全開してから向かうこととなった。
ゆっくり投稿ですみません。
お楽しみいただけましたら幸いです。




