5-2 凪ぐ風とざわつく胸中
「ええっと、理想としてはサングラスみたいな感じで……、モンスターの魅了を防げる感じで……」
『そうすると反射効果のある錬金素材アイテムが必要になるわね……』
「そうなんです〜」
「「「………………」」」
ミミリが瞑想の湖の美少女と何を喋っているのかは、ミミリしかわからない。
みんなで考えようと言ったものの、ミミリの言葉だけで、聞こえない、見えない美少女の言い分を推測するしかない。
「なぁ……俺、思ったんだけど」
ここで、ゼラが言う。
「俺が【マジックバッグ】とやりとりしてる感じって、今こうしてミミリが独り言言ってるように見えてる感じ?」
「「うん」」
うさみとバルディは、同時に頷く。
すると、久しぶりのしゃがれ声がゼラの脳内に響いてきた。
……ヒャーッハッハッハッハァ! ウケるぜ、相棒(仮)! 引かれてるんじゃあねぇのカァ。
「うるさいぞ、もう。ちゃんと自分で危機感感じたわ」
ゼラが脳内の声に反論した途端、うさみとバルディはザザッと後ろに2、3歩退がった。
「やだ、ゼラ、反抗期?」
「俺はゼラをそんな弟に育てたつもりは……」
「いや……、違……」
……ヒャーッハッハッハッハァ! 最高だぜ相棒(仮)!
「それはいいんだけどさ、今回、【マジックバッグ】の中身に入っている、からくりパペットの斧を使わせて欲しい」
ゼラの真剣な面持ち。
心からの願い。
――もう、うさみもバルディもからかわなかった。
……あの嬢ちゃんにこないだ注意されたとこだしナァ。お前が俺様の願いを叶えてくれるなら使わせてやらないこともないゼェ。
「それって、どういう……」
……俺様は、退屈なんダァ。死線を越えるような闘いがしたい。生きるか死ぬか、ギリギリのナァ。――バッグのクセにとかシケたこと言うんじゃネェぞ。俺は「生」を実感したいんダァ。
「じゃあ、俺は、どうしたら……」
……相棒(仮)が蛇頭メデューサってヤツの討伐の前線に立つならいいゼェ。血湧き肉躍る闘いを経験させてくレェ。……俺様ハァ、死線をくぐり血を浴びテェんだ!
「……当然だ……。俺が前線に立つ。この生命を危険に晒そうとも」
……交渉成立ダァ!
――パチン、と【マジックバッグ】の留め具が開く音がした。
ゼラは、恐る恐る【マジックバッグ】に手を突っ込む。もう、手を突っ込んだ拍子にガブリと噛まれたように蓋がしめられるようなことはなかった。
「ありがとう。相棒」
……お安い御用サァ! 約束は守ってクレよナァ。
「約束する」
ゼラは、氷を扱うことができる蒼の刃広斧をからくりパペットとの戦闘後、初めて手に取った。
「ゼラ……」
うさみは、心配そうな面持ちでゼラを見つめる。話の流れから、どのような経緯で交渉したのかうさみには伝わった。
バルディも、経緯まではわからないが、ゼラの決意を身に染みて感じとる。
――ゼラは斧を天高く掲げる。
重量はあるが、扱えるほどの腕力は充分にあるようだ。
……ただ……
「痛ッテェ! 凍傷になりそうだ」
ゼラの右手は、真っ赤に膨れ上がっていた。――そう、子どもが雪の日に夢中で雪と戯むれた時になってしまう、霜焼けのように。
「【マジックバッグ】にしまうときには冷たさも熱さも感じなかったんだけどなぁ。不思議だ。今は雷を短剣に纏うイメージで体内を巡る魔力を手に集中させてるから副反応とかなのかな……」
「痛そうね……」
「痩せ我慢できないくらい、痛い。手の感覚があまりないのに、痛いほど手が熱いんだ」
うさみはすかさず回復魔法をかけようと、右手を高く掲げたが――ゼラは左手で静止した。
「ありがとう、本当は痛いから魔法かけてほしいけどさ。これは……俺自身が乗り越えなきゃいけない。ホラ、俺の師匠が言ってただろ?
『一段上へと成長を望むなら、常に努力と時に覚悟と。稀に荒療治も必要ですからね』ってさ!」
うさみは、その言葉を聞いて、クスリと笑う。
「そうね……。アルヒ、言っていたわね」
うさみは彼女へ想いを馳せ、薄暗くなった夜空を目細めて愛おしそうに見上げて微笑んだ。
「こうしちゃいられないわ! バルディ! 食後には私たちも特訓するわよ!」
うさみは、勢いよくリクライニングチェアから降りた。
バルディは「もちろんだ!」と言いつつも……
「まずは夕食を作らねぇと。食事当番、俺1人になっちまったからさ」
と嫌な顔ひとつせずニカッと笑った。
「「……よろしくお願いします」」
うさみもゼラも、クスリと笑いながらバルディへ一任した。
◇ ◇ ◇ ◇
ミミリはバルディの作ってくれたスープを急いで食べた後、ずっと練金釜と向き合っている。
――ゴリゴリ、パリンと、木のロッドでなにかを潰している。時折、弾けるような音が練金釜から聞こえてくるが、錬成の進捗は最早ミミリたちにしかわからない。
いつもなら「あーでもないこーでもない」と言いながら錬成するミミリも、集中して錬成に没頭している。隣に瞑想の湖の美少女がいてくれることも大きな心の支えとなっているのだろう。
ゼラは、というと……。
手が霜焼けしようが、足まで凍傷になりかけようが、座禅を組み、両膝に斧を置き両手を添え、瞑想を続けている。
――雷の荒療治を思い出せ……。氷と同化するんだ……。
ゼラの集中力は凄まじい。
その横では、洗い物を済ませたバルディが、木から落ちゆく葉に向かって矢を放っていた。
百発百中とはいかないが、練習のせいあってかだいぶ精度が上がっている。
「俺にも属性が扱えたらな……」
とバルディは言う。
これに対して、助言したのは新しい魔法を練習中のうさみだった。
「もう一度失神するなら、可能性あるかもよ?」
「……? ……もう一度?」
ちなみにうさみが言うもう一度とは、気付かぬうちに(そしてバルディの記憶からも抹消された)雷竜に打たれた雷撃のことを言っている。
「なぁんてね。
今は無理しないでできることをしましょう。今バルディに必要なのは気配を断つ練習をすることね。バルディには木陰に隠れてここぞというときに撃って欲しいのよ」
「ああ……やはり撃つべきは……残る片目だな……」
「私も、そう思うわ」
――瞑想の湖に、夜空の半月が映り込む。
柔らかな風が凪ぐものの、それぞれの胸中は穏やかではない。
ミミリは新アイテムの錬成を。
ゼラは属性の習得を。
バルディは動く物体を射る特訓を。
うさみは新魔法の練習を。
――今日の野営は、長い夜となりそうだ。
体調不良のため、投稿頻度が落ちていてすみません。無理せずゆるりと投稿していきます。




