4-8 ゼラの過去〜デュランとトレニア〜
「誰か! 助けてえええええ」
僕が女神フロレンス様に見惚れていると、突然、薬屋の外から悲鳴が聞こえてきた。
「坊やはここにいるように!」
寡黙な騎士さんは僕にそう告げて、店外へ駆け出していった。続けて女神フロレンス様も。
本当は言いつけを守ってここで大人しくしていなければならない。どのような事件に巻き込まれるかわからないのだから。
それは、わかってる。
――でも僕は……。
「コラッ! 坊主! 行ったらダメだ!」
薬屋のおじさんの静止も聞かず。
騎士さんの言いつけも守らず。
僕は――慌てて外に飛び出した。
――胸騒ぎがするんだ……。
なんとなく、わかってしまう。
――ヤツの、気配を感じるんだ……!
自分の直感を信じて、勢いよく薬屋から飛び出した僕。
――この日僕は、見たこともない光景を目の当たりにすることになる――。
◆ ◆ ◆
事件は薬屋の前で起きていた。
薬屋の外の小さな広場。この町の中心だ。
さらに中央に一本、青々とした葉を茂らせる木があり……その木の真ん前で、男が2人陣取っていた。
なんと男たちは1人ずつ、ジンとシンたちと同じくらいの年齢の男の子と女の子を人質に取っている。
男たちを取り囲むように牽制する町の人々。
でも、相手が刃物を持っている以上、どうにもできない様子だった。きっとさっきの悲鳴は、この人々の中の一人だろう。自分ではどうにもできないから、助けを求めたんだ。
「たす……け……」
捕らえられている男の子は辛うじて搾り出すかのように声を出せたが、女の子は震え上がって声を出すこともできなそうだ。
ジンとシンほどに小さい子を人質に取るとは、なんて非道なヤツらなんだ。
しかも――許されざるべきは、子どもたちはすでに、無事ではないということ。
どうみても無理やり攫われたんだ。必死の抵抗のあとが見られる。特に男の子に切創傷が多く、所々血が滲み出ていた。女の子は殴られたようなアザが両腕両足に。
――こいつら……!
僕ははらわたが煮え繰り返った。
5歳の僕にだって、ヤツらの「意図」はわかる。顔は「商品」だ。顔以外を傷つけて無理やり攫い、恐怖心で心を制圧し言うことを聞かせているに違いない。
僕は無意識に腰の短剣――父さんの形見に手をかけた。
すると、女神フロレンス様がそれに気づき、僕の前に一歩出て左手を広げて僕を制止する。
「貴様ら……許すまじ!」
騎士さんは腰に携えた剣を鞘からシュルンと抜いた。銀色の長剣。陽の光を反射し、切っ先は金色にも夕陽にも見えた。
「その子たちを離すんだ!」
「ひゃあっはははハァ! 俺たちはあのお方のモトニィ! お届けしなきゃあならネェんだァァ」
「そうだァァァ〜!」
上半身を揺らしながら、途中目を泳がせ……言葉の抑揚も不安定に話始める男たち。
「ねえ、貴方、コイツら様子が……」
女神様が言う。
騎士様も小さく首肯した。
僕は、やはり、と思った。
禍々しい紫色の炎のようなものを纏っている――コイツらは……!
「操られてるんだ! 蛇頭のメデューサに! 蛇頭のメデューサは、光る黄の瞳で男を意のままに操る! 身体能力も上がるんだ! ……だからっ」
無力な僕はただただ叫んだ。
僕の知りうる情報の全てを、騎士様たちに、託すために。
「――そうなのね! っていうことは……」
「ああ。生捕りにして吐かせよう」
情報を託したのはいいものの中々手が出せないはずだ。何せヤツらには人質がいる。――それもとても幼い人質が。
――ただ、それは僕の杞憂に過ぎなかった。
「貴方!」
「あぁ!」
女神様の掛け声を合図に、放たれた矢の如くヤツらへと距離を縮める騎士様。
あまりのスピードで、ヤツらは持っていた刃物を人質から離し、騎士様へと突き向ける。
――その時だった。
「――しがらみの呪縛!」
女神様がなにやら唱えると、広場中央の木の中から茨のような蔦が樹皮を突き破り……あっという間にヤツらを締め上げた。
その瞬間、ふわりとその場へ倒れ込む子どもたち。優しく受け止めたのは、騎士様だった。
――あっという間の救出劇。
僕を含め、その場にいた者たちは呆気に取られた。これが――魔法……。
間を置いて、何もできず手をこまねいていた僕も観客たちも一斉に感謝の拍手を女神様たちに贈った。
女神様は、茨の蔦に釣り上げられたヤツらに詰め寄る。
女神様の怒りが、蔦に現れているようだった。茨の棘がヤツらの皮膚へと食い込んでいく。
――ポタリ、ポタリ。
血が滴る。
この茨の蔦――おそらく攻撃魔法は、捕らえられていた子どもたちと同じ目に遭わせてやろうという意図の表れのような気がした。
「さぁ、吐きなさい! アンタらを操っていたボスはどこにいるわけ⁉︎」
……すると……
犯人たちの顔色が一瞬にして石色に変わり、眼球は真っ赤に血走り、目から血の涙を流れてゆく。
「メデューサ様……申し訳ありま……おやめ……くだ……」
それが、ヤツらの最後の言葉だった。
そのままヤツらは……事切れた。
「相当な手練れね……。蛇頭のメデューサ……」
その場にいた誰もが、震え上がった。
川上の街を廃墟にしたという、蛇頭のメデューサが、この川下の町にも息を吹きかけようとしているのだから……。
◆ ◆ ◆ ◆
捕らえられていた子どもたちを、とりあえず薬屋へ運び込んだ。
一番驚いたのは、薬屋のおじさんだった。店の外へ出なかったから、一人状況がわからないのだ。
だけど、悪い人じゃないようで、店の薬でなんとか治してやれないものかと、必死に薬をかき集めている。
「大丈夫ですよ、店主さん。貴方、この子たちを床に寝かせて」
「ああ」
床へ横たわる子どもたち。
切創傷も、顔のアザも、見るからに痛々しい。
女神様は右手を掲げて呪文を唱えた。
「――癒しの春風!」
優しい風が、子どもたちを包み込んでいく。
すると、切創傷も、顔のアザも初めからなかったように治療された。
「アンタ……すげえなぁ。薬屋は商売あがったりだ。……なんてな。治してくれて感謝する。見ず知らずの子どもたちだが、子どもが痛めつけられるのは見るに耐えんよ」
薬屋のおじさんは深々と頭を下げた。
優しいおじさんだった。
「見ず知らずの子どもたち? この町の子どもではないの?」
「あぁ、見たこともない。どこの子だろうなぁ」
薬屋のおじさんの言葉を受けて、騎士様は屈んで子どもたちに問う。
「君たち、名前は? どこから来たんだ?」
――もぞり、と上体を起こしたのは男の子だった。男の子は、確かめるようにゆっくりと話し始める。
「僕はデュラン。こっちは双子の妹のトレニア。……それ以上、思い出せない」
「ショックで記憶が欠けてしまったのかしら」
女神様の言うとおりだった。
――デュランとトレニア。
得られた情報はこれだけだった。
そして……。
デュランとトレニアに、更に災難は降りかかる。
「……! ………………!」
物言いたげだが、言葉が出ないトレニア。
――トレニアは、事件のショックで……失語症になってしまっていた。
連載もなんと今回で130話です!
皆様のおかげでここまでお届けすることができました。ありがとうございます。
デュランは記憶を無くし、トレニアは失語症になり。まだ3歳そこそこの子どもたちは文字を書くことができません。
ミミリ母の魔法では、精神疾患を治すことができないため、この子たちが元の家に帰れるのには時間がかかりそうです……。
次話もよろしくお願いいたします。
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うさみち




