3-37(終話・後編)人と人とが行き交う街アザレア〜大切な貴方へ〜
「ミミリ、ゼラ。心の準備はいい?」
「うん」 「あぁ」
錬金釜の横のテーブルの上には、一枚の手紙。
これは、遠く離れた地で暮らすアルヒからの、大事な大事な贈り物。
手紙を前に、うさみはパーティーの年長者としてミミリとゼラに心の準備を促した。
「綿のと対で発動する手紙とは、面白い仕掛けよの。ふぅむ……、錬成アイテム、とな」
と言いながら横目でミミリたちを見ているのは、手紙の横で背を丸めた雷竜。今はドラゴンの姿ではなく、黄猫姿に変化している。
「ふぅ、緊張するね。じゃあ、いくよ……!」
ミミリは両手で手紙の端を掴み、反発しないよう魔力を流した。
すると手紙は宙へ浮かび上がり、眩い光を放ち始め――そしてうさみは、浮かび上がった手紙を見上げながら、両手を掲げた。
――うさみを介して、アルヒからの手紙が綴られはじめる……。
『大切な貴方へ
拝啓
おだやかな小春日和が続いています。ミミリ、うさみ、ゼラにおかれましてはますますご清祥のこととお慶び申し上げます。
さて、私たちの近況を申し上げたいと存じます。
アユムは毎日料理の腕を磨いております。特にはちみつパンケーキはゼラに肩を並べるくらいの美味しさがございます。
ポチとも頻回にお会いしており、アユムのはちみつパンケーキでティーパーティーなるものを開催しております。
今日は雷竜様がお越しになり、貴方たちが無事に『審判の関所』をクリアした旨、お伺いしました。心よりお喜び申し上げます。
――『審判の関所』を抜けた地――
まだ見ぬ世界とは、どのような世界なのでしょう。
目新しいアイテムや、魅力的な食べ物。
そして人々……。
たくさんの出会いに心を躍らせ、また、懸命に冒険していることでしょう。
思いやりにあふれ、優しい貴方たちならば、どのような地へ行っても大丈夫だと、信じています。
こちらのことは、ご心配なさいませんよう。
アユムもポチも、そして私も、元気に過ごしております。
末筆となりましたが、貴方たちの冒険が輝かしいものとなりますよう、心よりお祈り申し上げます。それでは、お身体をご自愛ください。
敬具
小春日和の吉日
アユム・ポチ・アルヒ
ミミリ様
うさみ様
ゼラ様』
――シュウウウゥ……。
手紙の終わりと共に、うさみが纏う光も優しく収束していった。
「もっ、もうっ、アルヒってば、事務連絡じゃないんだからっ、堅いのよ、もうっ」
うさみの目から落ちた大粒の涙が、ぽたり、ぽたりと木のテーブルに落ちては、水玉模様に滲んでゆく。
「ふふふ。でも、アルヒらしいね」
ミミリは涙袋に指を添わせ、うっすら浮かんだ涙を拭う。
一方で、ゼラはというと……。
「うっうっう……。アルヒさんも、アユムもポチも、元気でよかった……!」
我慢することなく泣いていた。
「も、もう、ゼラくんてば……泣いたら……泣いたら……うっうっううう〜」
「そうよ、もっともっと泣きたく……うううう〜」
「ごっ、ごめん……俺……」
堪えることなく泣くゼラにつられて、ミミリもうさみもますます泣いてしまった。
「まったく、困ったもんじゃのう。んんん〜伸びるわい」
雷竜は、四肢をピーンと伸ばして丸めた背を反らせ大きく伸びをしてから、背筋を正して座り直した。
「まぁ、右も左もわからない地でこれまで頑張ってきたんじゃ。緊張の糸が切れたというわけかのう」
雷竜は抱き合うミミリたちに優しい眼差しを向けながら、ふぅっと鼻から息を吹いた。遠路はるばるやってきたというのに先程から誰も相手にしてくれないので、内心がっかりしているのだ。
……まったく……、ドラゴンの郵便屋さんを差し置いて、いつまでも抱きつきあってからに……。
「ゴホン! 小童よ……」
「あっ! そうだ!」
「「「――?」」」
雷竜がゼラにだけ苦言を呈そうとしたところで、ミミリは突然大きな声を上げ、【マジックバッグ】の中に手を突っ込み……あーでもないこーでもないと探し物を始めた。
「あっ、あったあった。はい、ライちゃん、どうぞ」
「こ、これは……」
ミミリは【マジックバッグ】からある錬成アイテムを取り出して雷竜に差し出した。
【雷様の思し飯(一角牛バージョン) 電撃(中)】
ピギーウルフの肉の代わりに、一角牛の肉を【魅惑の香辛料】と【雷電石の粉末】で漬け込んで、よく味が染みたところで、【火薬草の結晶】の火力を活かして外はカリッと、中はレアに焼き上げた逸品。
これは、いつか雷竜に会った時にプレゼントしようと大切に保管していた錬成アイテムだった。
突然のプレゼントに、雷竜は目の色を変えて喜んだ。よっぽど嬉しかったのか、すぐに食べずに眺めている。
「ぬうぅ。小娘のくせに、粋なことをしおって〜」
言葉尻に反して、雷竜のしっぽはふわりふわりと左右に揺れる。
「な、なぁ……、ミミリ、めちゃくちゃ刺激強くないか、これ」
先程とは違う理由で目をこするゼラは、その元凶ーーミミリが雷竜にプレゼントした肉をじいっと見る。
いつの間にか工房の中まで刺激的な臭いが充満してしまっている。瞬きの回数が増えるほどの刺激のうえ、鼻頭を叩いたように鼻にツンとくるものまである。
「うん、すっごくスパイス効いてるの。うさみは大丈夫?」
「んんんん〜ん〜(大丈夫じゃなーいッ! 呼吸しないように意識してるわ)」
刺激が強ければ強いほど、雷属性の頂点の雷竜にとっては大好物。ミミリの計らいで、雷竜の機嫌はすっかりよくなった。
「腕を上げたのう、小娘。
――さぁ、緑のに返事を書いてやったらどうじゃ。ワシはしばらくこの子(【雷様の思し飯(一角牛バージョン))と対話するからの」
「んんんん〜ん(対話って……よっぽど嬉しかったのね、雷竜)」
雷竜は幸せそうにうっとりとした表情を浮かべて、再びテーブルで丸くなった。
「んっんん、んんっんんんん〜(まったく、人騒がせな嗜好してるわよね)」
「ふふふ。そんなこと言わないで、うさみ。……そうだ、とりあえず換気するね」
「んんんん〜(ありがとう)」
「どういたしましてっ」
うさみとミミリのあまりにスムーズなやり取りにゼラはボソリと嫉妬混じりの声を上げる。
「俺もミミリたちみたいに『ん〜』だけで会話出来ないとな。家族なんだから。
もっとバニーレベル上げてくか……!」
決意を新たにしたゼラの呟きは、耳のいいうさみにはバッチリ聴こえていたようで……。
「んふふん。(あらま、ゼラってば可愛いところあるじゃない)」
うさみは、わる〜い顔をしてほくそ笑んだ。
◆ ◆ ◇
ここは、人と人とが行き交う街、アザレア。
華やかなようでいて経営難、と言われていたのが信じられないくらいに、街は回復の兆しを見せている。
その一役を担ったのは、とある見習い錬金術士である、というのは有名な話。
アザレアの銘酒、『フェニックス』、【酒漬けレーズンの冷んやりジェラート】などの名産品に加えて、【一角牛の暴れ革】を使った防具による防衛力強化まで……。
これらは全て、見習い錬金術士の少女、ミミリたちの功績によるもの。
そして今日、ミミリにもう1つ、大層な噂が追加された。
――雷属性の頂点、雷竜様の孫娘。
ミミリたちの偉業は、瞬く間に広まっていく。
ミミリの工房へ直接依頼が舞い込むのは、遠くない、未来のお話……。
◆ ◇ ◇
ねぇ、アルヒ。
今ね、ライちゃんにお手紙を託したところ。
アルヒ、きっと、びっくりするよ。
私、たくさん、できることが増えたんだよ。
優しい人たちと、たくさん、出会えたんだよ。
今なんてね、冒険者になって、工房も開いているの。
早く、会いたいよ。
私、頑張るからね……!
ミミリは大きく息を吸って、元気いっぱい、伸びをする。
「さぁ! 今日も工房、頑張ろう!」
「そうね! 見習い錬金術士の錬成工房、オープンよんっ! さぁ、窓のカーテンを開けてっ、ゼラ」
「そうだな! 今日も頑張るか」
気づけば、工房の前には行列が出来ていた。
ミミリはバタン! と元気に扉を開けて、元気いっぱいに挨拶をする。
「おはようございますっ! 討伐も採集もお任せください! ご依頼達成の報酬は、情報でお願いできますか?」
第3章終話、いかがでしたでしょうか。
この後、幕間、回想と続き一度完結設定させていただきます。
第4章に向けて構想を練り直し、そして定期更新できるようストックを貯めたのち、連載を再開いたします。
よろしくお願いします!
さて、話は戻りますが、幕間は前編、中編、後編、後書きへと続く長いお話になってしまいました。
ですが、書いていてとても楽しかったので、皆様にもお楽しみいただけたらいいな……そんな期待を込めた作品でもあります。
では、次話、幕間でお会いできますように。
次話もよろしくお願いいたします。
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最後までお読みくださりありがとうございました。
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うさみち




