大富豪殺人事件
ミーンミンミーン。
「厄介な事件だな」
「真夏の密室殺人事件ですね」
「みろ。財参有造氏のこの姿を。金貸しで恨まれていたとはいえ、難儀なものだ。金はあの世に持っていけないからな」
俺は、床に血まみれで横たわる財参氏を、哀れに見つめた。
「奥さん。その時の状況を教えて下さい」
そこに立つのは、財参氏の妻である、財参星衣さんだった。
「あれは昨日の晩の22時頃でした。私はその時お風呂に入っていて──」
「ちょっと待って下さい」
私は話し始めた彼女を止めた。
「え?」
「お名前……星衣さんとおっしゃるんですか?」
「ええ。夜に生まれたものですから。親が星のように輝く子であって欲しいと願いまして」
「いやいやいや」
「え?」
いやいや、「ざいさんほしい」て。どんな名前よ。とても怪しいぞ。奥さんを疑ったその時だった。部屋の中に慌てたように中年の男二人が入って来た。
「父さん、父さん! 長男の子来です!」
「ボクは次男の芽当です。まさか父さんがこんなことになるなんて!」
そういって有造氏に抱き付いてオイオイと泣いていたがちょっとまて。
「ざいさんねらい」に「ざいさんめあて」って! これは母と共謀して有造氏を殺害したのでは?
「回りは悪くいいますが、我々にはとってもいい父でした。なかなか母との間に子どもが出来なかったので、私が生まれたときには「子」どもが出「来」たことを喜んでこの名前をつけてくれたのに。父さん!」
「ボクの名前は、太陽の光がたくさん降り注ぎ「芽」に「当」たるようにと……。父さん!」
なに、その名前説明! どうでもいいよ。この歳でこんなに父親を慕う息子がいるだろうか? これは怪しい……。
考え込んでいると、部下が老婆を連れて来た。
「警部。この屋敷で昔から勤めている使用人の一人を連れて来ました」
「よし。話を聞こう」
老婆はおっかなびっくりといったような感じで話し始めた。
「この屋敷で働いて60年になります、濃津涌サイと申します。旦那様の幼い頃から勤めております」
「ちょちょちょちょ」
「え?」
私は老婆の話を止めた。なにその名前。「濃津涌」なんて初めて聞いたぞ?
「ワシの信州の田舎の方ではめずらしくない苗字なんですけどね」
いや聞いてないよ。なんで勝手に話し出すの? 「濃津涌」については、まぁ百歩譲っても名前を続けて読むと「こいつはクサイ」って! よく刑事が犯人を疑うときに使う言葉じゃんかよォ! ゲロ以下の臭いがプンプンするときにも使用可。
だいたい、サイなんて名前がこの世にあるのかよ。怪しすぎる……。
「ワシらの時代は、子どもが長生きするように動物の名前をつけるなんてことはザラにありました。ちなみにマルコポーロは旅の途中で一角獣を見たそうで、それは我々が思い描く美しいものではなく、とても醜い姿だったとの記述がありますが、それはどうやらサイのようです」
はーーー!? なにその話。事件に関係ある? 後半の話が長すぎて、前半の話、忘れるところだったよ!
うーん。これは捜査を撹乱するためか? 怪しい。怪しすぎるぞ?
すると部下が、今度は老人を連れて来た。
「警部。住み込みで働く、男性を連れて来ました」
「よし。話を聞こう」
今度のも濃津涌ばあさんと同じくらいの歳のじいさんか……。
「えーと、ワシの名前は伊治文史といいます。事件のあった時間はすでに寝ておりまして……」
「ストップ」
「ほ?」
なにぃ? ここに来て、またまた怪しいヤツが出て来ちゃったぞ? 名前が「これはあやし」。「これは怪しい」に繋がるじゃ無いか!
「伊治家は青森では珍しくなく、元々は伊治と言いましたが、役所に届けを出す際に誤って「り」を抜いて提出してしまい、それから伊治を名乗るようになりました」
どうでもいい。なにそのエピソード! そもそも、文史て。
「名付けた父が文学青年を志していたものですから。その反動でワシは文字も満足に読めない植木職人ですがねぇ」
うるせ。どいつもこいつも、父が父がうるせぇんだよ。なんだその名前エピソードはよぉ。
いずれにせよ、コイツの名前も怪しいだろ。
するとまたまた部下が別な使用人を連れて来た。
「警部。またまた使用人を見つけました」
「よーし分かった。話を聞こう」
今度は、有造氏より少し若めの男性だった。この暑いのに長袖。気になる……。
「日焼けがイヤなもので暑苦しい格好ですいません。小五輪玄といいます。そういえば、22時頃、怪しい声を聞きましたが──」
「待てーーーい!」
「ん?」
小五輪玄?
「コイツはクロ」だと? 犯人と9割がた確定したときに使う用語じゃあないか。
「小五輪は和歌山の田舎じゃ良くある名字でして」
また始まった。自分の田舎あるある。もういいよ。それに濃津涌ばあさんと名前ほとんど被ってるよね。
そんでなに? 使用人の名前の頭文字、「こ」率高!
「父が武田信玄の崇拝者で、一字を貰いまして、この名前になりました」
知らねぇよ。聞いてもいねぇ。そんで和歌山のクセして武田信玄って。そこは紀州徳川とか紀伊国屋文左衛門とか、和歌山偉人をたてろよ。
なんなんだよ。怪しい。怪し過ぎる。
「警部。またまた怪しい使用人を見つけました」
「怪しいの? よし。連れて来い」
部屋に入って来たのは中年の男性。どんだけこの屋敷には使用人がいるんだよ。
「勤めて十年。愛子守義琉です。この白シャツにべったり赤いのがついてるのは、イタリヤのデザイナーの作品です」
怪し過ぎるーーッ! 名前もそうだけど、今ここにそのシャツ着てくる? 殺害現場だよ? 疑って下さいって言ってるようなものじゃねーか!
「ん? このシャツですか? 確かに瓜田に履を納れず、李下に冠を正さずとは申しますが、オシャレはどうしても譲れません。ちなみに、愛子は宮城にも見られる地名で、珍しいものではありません」
いや全然オシャレじゃねぇ! そんでなんだ「くゎ」へのこだわり。李下は李下でいいんだな……。そこは李下じゃねぇの?
そんでこっそり苗字の説明入れやがって。こいつは怪しすぎる。
「ちなみに、名前の守義琉は父が己の義を大事にする男になって欲しいという願いから名付けたような気がします」
気がします!? 憶測? ちゃんと聞いてないのね。だったら言わなくてもいいんだよ?
なに、このおしゃべり大好き容疑者たちは。聞いてもいないことペチャクチャペチャクチャしゃべりすぎでしょ。
「警察を前に緊張しちゃうものですから」
………………。
誰だ今しゃべったの? こんなにいっぱいいるんだから手を上げて発言しろよな?
ホントにコイツら、マジで怪しすぎ。
「警部。またまた見つけました」
「今度はどんなヤツだ」
入って来た男はサングラスをして、手には革手袋。夏なのに革ジャン、革パンと黒尽くめの男だった。
「旦那様には生前目を掛けて頂きました。鈴木繁仁と申します」
とうとう鈴木を「どうみても」って読ませちゃったよ! どうなってんだ、この小説はよォー!
「ウチの島根じゃ、よくある苗字なんですけどね」
また始まった。ペチャクチャペチャクチャ。勝手にしゃべんじゃねぇ! 鈴木は全国的によくある苗字だよ! 問題は読み方なんだよ!
そんでなんだよ! お前の名前「どうみてもはんにん」!? 鈴木のインパクト強すぎて今気付いた!
「どうみてもはんにん」
黒尽くめの「どうみてもはんにん」
こりゃ決定でしょう!?
「繁仁という名前は、尊敬する父親が仁愛を持って生きるようにと願いを込めてつけてくれた名前なんです」
え? なんだその間。
別にいいよ。名前エピソード言わなくても。名前エピソードを言うゲームじゃないんだよ? 殺人事件なんだからよぉ。
もう、どいつもこいつも怪しい。逆に難しくなってきた。
「警部」
「今度は誰だよ」
入って来た30台女性は手に包帯を巻き、指先には絆創膏を貼っていた。
「すいません。今料理をしていたものですから。調理場担当の藩任死代です」
「くぉい!!」
「???」
もろ! もろだよ。「はんにんですよ」って言っちゃってるよ! 今までは匂わす程度だったのによォ!
「大分じゃ珍しくない苗字ですけどね」
聞いたことねぇ! みんな口揃えてなんなのそれ。どうでもいいんだよ。その地域では珍しくないとかそういうの。
そんでなに? 名前に「死」って入ってるじゃん! 縁起でも無い。
「豊臣秀吉は、最初の子どもに「拾」と名付けましたが、夭折してしまったので、次子の豊臣秀頼の幼名には「捨丸」と、縁起の悪い名前をつけて邪気を祓ったのは有名な話です」
うーん。ここの人たちはところどころでウンチクを入れてくるなぁ。そうなんだ。縁起の悪い名前をねぇ……。でも親が「死」って名付けるってなんかねぇ……。
「父ちゃんをバカにすんな! 父ちゃんは酒さえ飲まなけりゃ、日本一の大工なんだ!」
キャラかわった!! 親馬鹿にされてキャラ変わっちゃったよ! えー。突然過ぎる。つか大工は江戸弁だろう。さっき君、大分って言ってなかったっけ?
あと……死って! 英語の当て字やん! 父ちゃん酒飲みながらつけたのかよ!
出生届受け取る役所も、それでよく通したな……。まさにお役所仕事。
「警部。大丈夫ですか?」
「ああ、少し混乱してしまってね。スマンな、ヤス。はぁぁぁーー!!?」
「???」
そ、そういえば、さっきから横にいるこの部下の名前は──ッ!
安田康男!!
どこをとってもヤス!
ヤスと言えば犯人!
犯人と言えばヤス!
それがなに? って分からない人は「犯人はヤス」でググって下さいよ。
身近に。こんな身近に最も怪しいヤツがいたなんて!!
私がたじろいでいると、ヤスは有造氏のご遺体を一瞥した後に、重く閉じられたその口をゆっくりと開いていった。
「私の父は──」
ヤスが己の過去を語り出す。
「健康な男子に育って欲しいと願って、この名前をつけてくれました」
うぉい! お前もかよ! またお父さんからの名前エピソード!
はっ! 待て!!
どいつもこいつも怪しいと思っていたが、ひょっとして、ここにいる全員が犯人なのでは!?
アガサ・クリスティも思いつかないようなトリックなのでは!?
※注:思いついてます。
やられた! この犯人達に囲まれた私は口封じに──。
その時、私の携帯電話が鳴り響き、部屋の中は静まりかえった。その中で私は電話を取る。
「もしもし。なに!? 犯人が自首してきたって!? それで、犯人の名前は!? ……田中一郎?」
◇◇◇◇◇
事件は終わった。とても難解な事件だった。こうして事件を解決しても空しさだけが残る。
しかし、いつかこんな痛ましい事件がなくなることを願って、今回の事件ファイルを閉じることとしよう。
ちなみに、私の名前は尾雉賀今一。
高知ではありふれた苗字。
父が、今を一番楽しめとの願いを込めて名付けてくれました。
※この作品はフィクションであり、登場する苗字、名前は全て架空のものです。