新米騎士ユーコウの1年め
パトレシア 中等部2年 13歳
ユーコウ 正妃親衛隊1年目 18歳
2ヶ月後、ユーコウは首席で卒業した。学業はディーンの方が優秀だったから、くりあがり首席だが。
常勝無敗の首席とはいえ、貧乏子爵の三男坊である。本人は海軍希望。親はできれば王都での配属を望んでいた。
が。なぜだかディーンの予感が当たった。
「ユーコウ・クボ。王宮騎士団正妃親衛隊に任命する」
「ありがたき幸せ。謹んで拝命いたします」
同期たちのざわめきとため息、羨望と苛立ち。数多な感情を背中に受けながら、ユーコウは騎士の礼をとった。
ぶっちゃけ、本人が誰よりも動揺している。右足と左足が同時に出そうなくらいに。
(いや、ねーだろ?! なんでだよ?!)
王宮騎士団正妃親衛隊。
王妃にして正妃ミネルヴァ妃殿下直属の護衛部隊。
それは、サンドライトの騎士団で最も優雅で、最もキラキラしい、末端貴族には縁のないはずの、花形部署であった……。
同じ頃、中等部2年になって初めての夜会で、パトレシアはレティシア王女の侍女と親衛隊、総勢15名に囲まれていた。
レティシア王女はフレデリック王子の異母妹で、今年の秋にデビュタントを控えている。
デビュタント前の令嬢は王族であっても夜会に参加できないが、彼女の侍女や親衛隊は貴族の子女なので、普通に参加資格がある。
それはいい。
別にいい。
「姫さまはたいそう大人しい性質で、遣帝女のお役目はあまりに無体にございます」
「どうか、パトレシア様から憂いを除いて差し上げることはできませんか?」
「美しく、勇敢なパトレシア様なればこそ、でございます」
ようは、「うちのお淑やかな姫さまが可哀想だから、ガサツなてめーが遣帝女になれ」を、慇懃無礼なオブラートで包んで押し付けられていた。
遣帝女とは、帝国との停戦条約で定められた20年に一度の人質行列だ。
貴賤を問わず30人の美少女が集められ、平和の使いとして帝国に護送される。
決して無体はされないが、一時帰国も手紙も許されない。まごうことなき人身御供である。
国境沿いで帝国と小競り合いを続けてきた辺境候の一族は、この制度への嫌悪感が強い。
しかし、規定である「最低ひとりは、侯爵以上の家柄の生まれで年頃の娘を入れること」に当てはまるのは、パトレシアとマリアベル嬢、レシティア王女の3人だけ。
マリアベルは王太子の婚約者だから除外。レシティアは気の弱い深窓のお姫様。と、くればパトレシア一択だが、帝国を厭うアリスト家は、側妃候補を理由にして拒否し続けている状態である。
家ぐるみで「レシティア王女を遣帝女にしろ」とゴネているようなものだ。そりゃ、姫さま大好き軍団も義憤に駆られるってもんだ。
「私の一存では。陛下の命令に従いますわ」
「そこを、パトレシア様が自ら申し上げてくだされば……」
なんだろう。この人たちがつけてるコロン。爽やかで良い香りだけど、思考がぼんやりする。
「今宵はここまでですわ。ご機嫌よう」
パトレシアは、完全に退路が絶たれる前に逃げを打った。
具体的には、囲まれていたバルコニーから飛び降りたのだ。
王女親衛隊は武力より顔面偏差値のお飾り騎士なので、3階から飛びおりたらまあ、追って来られまい。
……と、庭木の影に潜んでいると、ごく近いベンチから違う派閥の大臣たちの声が聞こえてきた。
「やはり健康で頑強なパトレシア嬢こそ、筆頭遣帝女にふさわしいな」
「たおやかで内気なレシティア姫さまには、荷が重過ぎましょうぞ」
「国王陛下には、早急に勅命をお願いせねば」
……こっちもだ。
しかも、声のトーンからして密談ですらない。
パトレシアは、拳を握って唇を噛み締めた。
おしゃべりな中年貴族たちが去ってからも、その場に固まっていた。
大広間に、帰りたくない。
今すぐウェンディと、空を飛びたい。
遣帝女になんか、なりたくない。
フレデリック殿下の側妃に、早急に内定されたい。
パトレシアの我儘は、ひとつも叶わないだろう。
わかっている。自分は貴族だ。与えられた環境を享受しつつ、国に仕える者。
大広間に帰れば、楽しくてたまらないって顔でダンスを踊る。
ウェンディには、休暇に会えば良い。
勅命を受けたら、遣帝女になるのは当然のこと。
側妃が内定するタイミングは、誰にもわからない。
それが現実だ。
パトレシア・アリスト中等部2年 13歳。
子どもの時間が終わって、現実の世知辛さに触れた春だった。
一方、予期せずエリートコースに乗っかってしまったユーコウは、初出勤から出鼻を挫かれていた。
「妃殿下の護衛なら、ちょー厳しい訓練が待っているに違いない」とワクワクしながら詰所に入れば、正妃親衛隊の詰所は詰所じゃなかった。
ビロードの絨毯に、薔薇模様のカーテン。
黒い猫足のテーブルセットに最高級の茶器が並んでいる。
「ユーコウ・クボ少尉。君はまず、紅茶の煎れ方を覚えたまえ」
ユーコウの目がテンになった。
なぜだろう。親衛隊長が優雅に紅茶を嗜んでいる。しかも、すっごく様になっている。
目はテンだが、上司の命令は絶対である
「イエス! キャプテン!」
研修で覚えたての敬礼をすると、騎士にしては線の細い、初老の紳士は、品の良い苦笑いを浮かべた。
ウラヌス・マンティカン卿。伯爵位を持つ武官で、前マンティカン公爵の末弟。つまりミネルヴァ妃の叔父にあたる人物である。
「親衛隊の返事は『ウィ』だ。凛々しく優雅に。私のことは『キャピテーノ』と呼びなさい」
「イ……ウィ、キャピテーノ」
「よろしい。君は騎士クラス卒業だから、王族の所作は習っていないね? だが、知らないでは済まない。我らが御守りするミネルヴァ王妃に、粗相があってはならないからな。わかるね?」
「ウィ! キャピテーノ!」
「……まずは、優雅な返事からはじめようか」
笑いを堪えているのか、閣下の髭が僅かに震えた。
ユーコウは、目をぱちくりとした。
騎士科の先輩たちからは、「最初は、理不尽と暴力に慣れろ。仕事はそれから覚えればいい」と伝え聞いている。
これも「まずは慣れろ」の一環だろうか。
紳士によるレッスンは、非常に懇切丁寧だった。
(自分、どこんちの家令に就職したんだっけ……?)と、首を傾げるユーコウであった。
王妃親衛隊とは、ミネルヴァ正妃を守る誉れ高き騎士。
洗練された紳士淑女かつ、勇猛果敢な剣豪であるべし。
……という建前の実態を知るまで、1週間もかからなかった。
親衛隊の朝は、バラの香りの漂うロッカールームで隊服に着替え、身だしなみを整えるところから始まる。
年齢と階級によってコロンが指定されている。
朝のミーティングは、猫足の円卓で高級茶を嗜みながら。
話題はミネルヴァ妃の予定から、政治的な裏話まで多岐に渡る。情報を共有して黙っておけって職場なのだろう。
人目につく任務が多いので、見目麗しい者が採用される。実際、ユーコウの前後左右に、見目麗しくない先輩はいない。
また、国内外の公務に付き従うため、3ヶ国語以上の日常会話力が必須。書字の美しさも必須。
ある種の外交能力や、貴族特有のふるまいを求められるので、隊長のように家督を継がない高位貴族の令息が多い。
……つまり、完全に場違いであった。
バシバシ鍛えてメキメキ強くなるつもりでいたユーコウは拍子抜けしたが、親は喜んでいる。
ユーコウの家は、貴族税を払うだけでいっぱいいっぱいの、名ばかりの貴族だ。
3人いる息子のひとりが騎士になれたら、万々歳である。
まして王妃親衛隊ならば、王妃に仕える由緒正しき家柄の侍女と結婚できるかもしれない、と。
そりゃ、家つきの美女と結婚できたら理想だよなあと、ユーコウも思う。
素直な性質なので、流れには逆らわない。要領の良さを生かして、波に乗るのも得意だ。
花形部署に所属しながら面倒な身分がないからか、学園時代よりさらにモテるようになった。
身分の高い女性からは理想の愛人、家つき娘からは理想の夫、それ以外の女性からは理想の恋人だと。
稼ぎは良い。顔が良い。しかも、強い。親衛隊トーナメントで、毎回上位に名を連ねる程度に強い。
ベスト8くらいで忖度してることが隊長にバレた時には、「世渡りがうまいな」と笑われた。
学園の剣術大会では常勝無敗だった。
学園時代のあだ名は「紅蓮の騎士様」
今も、たまに言われる。
明るい赤毛に、人好きする笑顔。
食べ物も人間も、ゲテモノでなければ好き嫌いしない。
恋文をもらうのも、告白されるのも、褥に誘われるのも、身分を考慮してつつがなくお断りするのも、彼にとっては学生時代から慣れた、日常の一コマにすぎない。
だけど。
追放竜と対峙した時の高揚感。
目があった瞬間の恐怖感。
武器を手にした瞬間の理由なき戸惑い。
あの日の自分を克服したい欲望。
強くなる選択肢が閉ざされたことを、苦々しく思わない日は来るのだろうか。
「ファルカノス先生の嘘つき。鍛えてやるから海軍に来いって言ったくせに」
たまに、呟いてしまう。
これからも。きっと呟くだろう。




