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3/20

辺境令嬢は、紅蓮の騎士様と共闘するっ!


次の日の放課後、中等部1年の教室に、高等部3年生がやってきた。

昨日、剣術大会で優勝したユーコウ・クボだ。


「アリスト辺境候令嬢パトレシア様をおねがいします」


教室にいた学生たちが「ユーコウ先輩だ!」「かっこいい!!」などとざわめき始めた。


「どうしたの?」


どうやらパトレシアは不在らしい。室長をしているフレデリック殿下がこちらに来た。

ユーコウは騎士の礼をして「昨日、闘技場のロッカーに入れっぱなしだったみたいで」と、槍の持ち手につける金具を差し出した。


「アリスト家の紋章が入ってますから、パトレシア様のかと」


「ああ。辺境槍のだね。知ってる? パトレシアの使ってた槍は、持ち手をこれに取り替えると、伸縮自在になるんだ。最長10メートルくらいだよ。昨日は対人試合だったから、付け替えてたんだ」


「え。何でこっちを使わなかったんすか?」


「魔獣退治用だから。辺境の騎士は、魔獣用の武器を決して人に向けない」


「かっこいいっすね!」


「だろ? 三叉矛で生徒をつつく数学教師にも、見習ってほしいよねー」


キラキラ笑顔が上品なフレデリックも、武器の話になると男の子だ。初対面のユーコウと意気投合する姿に、教室にいた女子生徒たちがパタパタと倒れた。

入学して5ヶ月。フレデリックの美少年ぶりにようやく慣れたところに、紅蓮の騎士様の気さくなスマイルが追加されたのだ。タイプの違う美形無双。眼福を通り越して、視覚への暴力である。


「それにしても、珍しいな。あの子が忘れ物なんて。マリアベル、パトレシアの今日の予定、聞いてる?」


王太子の流し目を受けて、婚約者のマリアベルが前に出た。


「はい。パトレシア様でしたら、放課後演習倶楽部に弟子入りするとおっしゃってました」


「はあ?! な、なんで……!」


不敬も忘れて前のめりになるユーコウ。首を傾げるマリアベル。


「一から修行し直すとかなんとか……」


「いやいやいやいやいや!」


フレデリックは不自然ではないタイミングと距離感で、ふたりの間に入った。


「ユーコウ先輩、放課後演習倶楽部って高等部の倶楽部だよね? 経済的に、家庭での鍛錬が難しい生徒たちの為の」


「や、不良の溜まり場です! 騎士クラスで落ちこぼれた連中の吹き溜まりっていうか! あんな綺麗な子が、弟子入りなんていったら!」


言い終わる前に走り出すユーコウ。


フレデリックは軽く瞬きをした。


「マリアベルは男6人女2人チームで保健室で待機して。パトレシアは大丈夫と思うけど、危害を加えようとする側が、ね。皆はファルカノス先生を探して。私はユーコウ先輩とは別ルートで演習場に行く」


満12歳の王太子は、慣れた口調で指示を出した。






その頃パトレシアは、屋外演習場で空を見上げ、絶句していた。


「嘘……信じられない……!」


左手に対人用の槍を、右手に自らのベストを握りしめて空を睨む。

放課後演習倶楽部の先輩方が、「早く脱げよー」とか言っているが、もはや耳に入らない。


パトレシアは叫んだ。


「耳を塞いで地面に這いなさい! はやく!!!」


反射的に言いなりになる者、ポカンと首を傾げる者、「びびってんのかよ! ワイバーンライダーのお嬢様が!」と爆笑する者。次の瞬間、鼓膜を破るような轟音と共に突風が吹き、倶楽部生たちが吹っ飛ばされた。


「くっ……!」


パトレシアは、槍を抱くように体を丸め、受け身をとるだけで精一杯だ。

気がつくと、傷ついた羽を広げ、幼馴染のワイバーンが眼前に立ち塞がっていた。


「ウェンディ!」


ウェンディの背後で、銀色の翼の魔獣デュポンが、頭から地面にめりこんでいた。

着地失敗というか、着地する意思もなく突っ込んだようだ。全身を震わせながら、地面に埋まった頭を引っこ抜こうと悶えている。


「先輩たち、逃げて!!!」


パトレシアがいくら叫んでも、腰が抜けたり、気を失ったりで、誰ひとりまともに動けない。


「ひぃぃい…!」


「た、助け……て」


演習倶楽部とは名ばかり。継ぐ家督もなければ学問もふるわず、騎士クラスに在籍しながら准騎士採用試験にも受かる見込みがない、努力もしない劣等生の掃き溜だから。騎士を目指す者として立ち向かう気概など、ない。

が、パトレシアからしたら、劣等生も王都の騎士も魔獣の前では大差ない。

サンドライトで魔獣と戦った経験を持つのは、辺境民と海軍だけ。王都の民は通常、魔獣を見ることなく一生を終える。王宮仕えならば、騎士でさえも。

ならば、みんなまとめて守るのが、辺境のワイバーンライダーってものだ。


「先輩たちの安全を確保! 逆方向に誘導しましょう!」


「きゅ!!!」


しかし、ウェンディの全身からは美しい鱗がはがれ落ちていて、羽も傷ついて飛行が安定しない。


「くっ……! 対魔獣用の持ち手を、置いてくるのではなかったですわ……!」


パトレシアは、対人用の持ち手をつけた槍を、強く強く握りしめた。

デュポンは硬質の鱗で全身が覆われていて、通常の武器が全く効かない。

唯一の弱点は眼球だ。辺境槍が伸縮自在で10メートルまで伸びるのは、デュポンの眼球から脳髄まで一気に突き刺すためだ。

元来、デュポンは他の種族と関わらない。辺境の湿原で同族と群をつくり、静かに悠々と暮らしている。

しかし、脳障害をおこしたデュポンは、ワイバーンを餌と勘違いして執拗に追い回すようになる。

「追放竜」と呼ばれる個体で、多くは同胞に咬み殺され、遺体は捨て置かれる。が、ごく稀に息を吹き返す者がおり、ワイバーンたちの天敵となるのだ。


地面から頭を引き抜いたデュポンが、落雷のような声で吠えた。

目は血走り、うつろで焦点が合わない。

「沼の王者」と呼ばれる誇り高き種族の面影は、ない。


「この騒ぎなら、じきにファルカノス先生が駆けつけてくれますわ! ウェンディ、陽動して時間を稼ぐわよ」


「きゅ!」


狙いを定めたように、ウェンディを見下ろすデュポン。

巨大な口から、緑色の涎が流れ落ちる。

パトレシアはウェンディへの執着を利用して、校外の森の方向に誘導した。

しかし、疲れ果てたウェンディが大地に腹部をつけてしまった。ここぞとばかりに大口を開くデュポン。


(視力だけでも奪ってやる!)


パトレシアは死角から槍を眼球に突き刺した。が、やはり長さが足りない。


「グアア!!!」


痛みで顔を上げたデュポンに、槍を持っていかれた。

手を離すも、受け身が間に合わず。パトレシアはしたたかに背中を打った。

デュポンは眼球に槍を刺したまま、動けないウェンディにかぶりつく。


「ウェンディ、真横に避けろ!」


その時、デュポンとウェンディの間にひとりの青年が割って入った。

キラキラ光る半月刀とスラリとした長剣の刀身。二刀流の、赤毛の青年。


「オレが引きつけます! パトレシア様はあいつらを避難させて下さい!!」


「へ? ゆ、ユーコウ先輩?!」


ワイバーンを目にした追放竜は、エサ以外に興味を向けない。新たな闖入者など、歯牙にもかけない。

ユーコウはそれを利用してデュポンの背後にまわりこんだ。


「ウェンディ! 2時の方向に退避! 1秒置いて垂直に飛べ!」


ワイバーンは普通、お気に入りの言うことしか聞かない。ウェンディは特にじゃじゃ馬で、パトレシア以外には手に負えない子だ。

だが、ユーコウの指示で最小限の動きで攻撃をかわせると察したのだろう。指示されたタイミングで、垂直に飛んだ。

食らいつこうとしたデュポンは、自らの長い尾で脳天を強打して地面に伏した。


「グォアアア!!」


怒り狂って立ち上がり、地面を削りながら突進するデュポン。


「もう一度! 真横に避けろ!」


鋭い爪が、ウェンディの鱗をスレスレをかすめる。

ユーコウの半月刀が、わずかに軌道を逸らしたのだ。半月刀はふたつに折れて、地面に落ちた。


「くっそ! 馬鹿力め!」


二刀流の剣士が、両手で残った長剣を構えた。


「先輩! デュポンは剣じゃ倒せません! 弱点に届かないの! 逃げて!!!」


気を失った生徒たちを引きずりながら、パトレシアが叫ぶ。


「……逃げたら、死ぬじゃん。こんな綺麗な飛竜が」


ユーコウは冷や汗をぬぐい、ニヤリと笑った。


全長3メートルほど。細身で手足の短いワイバーンは、地上戦が苦手だ。しかも、羽と尾が傷ついたウェンディは、思うように空を飛べない。


対するデュポンは全長5メートル。手足が長く、爪が長く、全身を硬質な鱗で覆われている。飛行速度もワイバーンを上回る上、弱点は目玉くらしいしかない。


追放竜に狙われたワイバーンは、捕食されて絶命する。それが運命だ。

パトレシアの先祖たちは、長い辺境槍を駆使し、追放竜からワイバーンの群れを守ってきた。


「がんばれ! ウェンディ」


「きゅ!」


我を失っているデュポンに、智略を巡らせた狩りはできない。体型的に真横から真後ろに動くのが苦手で、陽動にまごついては怒り狂っている。


ユーコウたちは、ジリジリと後退した。

ウェンディに気を取られている限り、生徒たちに危害はないだろうが……さすがのユーコウも、足がもつれてきた。


その時、デュポンの双眼に、一瞬だけ叡智の光が宿った。

それは、本来なら尻尾も残さず完食できたはずのワイバーンに指示を出し、チョロチョロと立ち回る小さい生き物の存在を認め、『こいつを潰せば、食事にありつける』という現状認識。


つまりユーコウにとってはありがたくも何ともない正気であった。


前足、爪、牙のラッシュがユーコウに向かう。


「げ! まじかよ!! ウェンディ逃げろ!」


攻撃の的を絞らせないよう、あえて怪物の足元で走り回るユーコウ。


「先輩、目ーつぶって!!」


先程、教室で謁見した美少年が、木の影から飛び出してきた。

少年は、フレデリックは、デュポンの額に飛び乗ると、手にしていた袋をぶちまけた。

飛び散る深紅の粉末。

視界を失い、痛みに悶えるデュポン。

フレデリックは眼球に刺さったままの槍を、デュポンの動きを利用して引き抜き、ひらりと着地した。


「殿下?!」


手にした槍の持ち手を付け替えると、ぐんと腕を前にして槍を伸ばす。先端の鏃が、凶悪な菱形に変形した。


「先輩、これを! 弱点は眼球だ! そのまま脳天まで突き刺して!」


フレデリックは、そのあまりに長い槍をほいとユーコウに投げた。そしてウェンディに駆け寄り、口に氷のような何かつっこんだ。


「これ、食べて! 良い子だから! 血を止めなくちゃだから! ……吐くな! 食え!!!」


前半の慈愛と後半の強制力のギャップに、思わず嚥下するウェンディ。

丸くて黒い目が、本気で涙目になっている。


ほとんど反射で槍を受け取ったユーコウは、赤い粉末を振り払おうと、前脚で目をかくデュポンに向き合った。

あの粉末が何なのか、ユーコウにはわからない。

目に入った粉末が苦痛で苦痛で、身悶えてる今がチャンスだ。


なのに、ユーコウは動けなかった。


獲物を倒すための最強の武器を手にしながら、肩を前に出すことすらできない。


(オレ……殺すの、か?)


ぞくり、と背中が震えた。


目の前の怪物を殺さなければ、後輩たちや王太子、側妃候補の令嬢が、真紅の翼で空を駆けるワイバーンが、失われてしまう。


わかってる。


なのに、金縛りにかかったみたいに、体が動かない。


「先輩!! 逃げて!!!」


背後から響く、パトレシアの悲鳴。

赤い粉に塗れた目が、たしかにこちらを向いた。

その目は濁っているのに。この怪物は狂っているのに。

尖った歯が乱立する口を開き、噛み砕かんと鎌首を下げたのに。


「下がれユーコウ! 槍を貸せ!!」


ウェンディに付き添っていたフレデリックが飛び出した。

間に合わない。

フレデリックが槍を手にする時、ユーコウは噛み砕かれているだろう。


「くそっ!」


フレデリックの顔が歪む。


しかし、デュポンはユーコウを食らえなかった。

全速力のフレデリックを、立ち尽くすユーコウを、髪の長い男が追い越したから。

男は軽々と跳躍し、手にしていた三叉の鉾で眼球を一突した。

そして、鉾ごと自らの腕をずぶずぶと眼球にめりこませ「お、届いたじゃん?」と笑った。


横倒しに倒れる巨体。

巻き上がる土埃。

地面を這う亀裂。

危なげなく着地した数学教師が、ユーコウの手から辺境槍を取り上げ、長さを戻した。


「ヒヨッコにしちゃー上出来だ。よく持ち堪えたな」


平日は数学教師、休日は海軍元帥の王弟ファルカノス。

海竜(シーサーペント)騎士(ライダー)でもある彼は、魔獣との戦いに慣れているのだろう。

眼球につっこんだ腕が、デュポンの体液を浴びて炎症を起こしているのに、平然としている。


「あ……」


今さらながら、全身が震える。ユーコウは心臓のあたりの布地をつかんだまま、地面に両膝をついた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] お馴染みの皆様の五年前、微笑ましいなーと思いつつ読ませていただいております。 が。 >三叉矛で生徒をつつく数学教師にも、見習ってほしいよねー シーサーペントやクラーケンを一撃で沈める…
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