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ある秋の日の、辺境令嬢 VS紅蓮の騎士様

パトレシア 中等部1年 

ユーコウ 高等部3年


辺境の結婚式から遡ること6年前ーーー。




(いきますわよ! 『紅蓮の騎士様』!! 貴方に初黒星をつけるのは、私とウェンディですわ!)


高く羽ばたく飛竜ワイバーン。

闘技場の空から、直下行の攻撃。

対するユーコウは、右手に長剣、左手に半月刀を構え、静かな眼差しで攻撃者たちを見つめている。


「お覚悟!」


新入生で唯一、ベスト8に駒をすすめた令嬢は、勝利を確信していた。


しかし、パトレシアの渾身の突きと、ウェンディの疾風のブレスは、攻撃対象に届かない。

客席からは辛うじて身をかわしたように見えただろう。

だが、パトレシアは瞬時に手綱を引いた。


「ウェンディ、右に飛翔!」


しかし次の瞬間、ユーコウはウェンディの鼻先に軽々と着地していた。そして、ワイバーンの眼球すれすれに長剣の切っ先を、パトレシアの首すれすれに新月刀の刃先を這わせて試合を決めた。


「え?! あ………!」


「勝者! ユーコウ・クボ!」


審判が「試合継続不可能」の旗を上げた。

一瞬の沈黙。のちに、大歓声。


「ユーコウ先輩すげえ!」


「ユーコウさまあ!!!」


「辺境のワイバーンライダーに勝つなんて……!」


降り注ぐ讃辞の中、ユーコウは速やかに剣を引き、パトレシアとウェンディに騎士の礼をした。


「貴重な体験を、ありがとうございました」


一瞬、悔しさを忘れてしまうくらい、完璧な所作だった。

愕然としたパトレシアには、ほとんど無意識に礼をかえすことしか出来なかった。




控え室の扉を開けると、学友たちが拍手で迎えてくれた。


「パトレシア様、お疲れ様でした!」


「ベスト8入賞、おめでとうございます!!」


パトレシアは軽く目を見開いてから、微笑を浮かべて頷いた。


「ありがとうございます。ユーコウ先輩は優勝候補の筆頭とはいえ、数刻で負けてしまいましたわ。面目ございませんでした」


「とんでもない」


予選の3回戦で棄権した王太子フレデリックが、パトレシアの手を取った。

フレデリックは12歳にしては長身だが、パトレシアの方がだいぶ目線が高い。


「新入生がトーナメントに勝ち進んだのは、そのユーコウ以来6年ぶり。女性では、叔母上以来16年ぶりの快挙だ。キミは我らの誇りだよ」


キラキラした青い瞳、邪気のないまっさらな笑顔を、パトレシアはポーっと見惚れた。

声が変わり始めた過渡期の、絶世の美少年。

身分の高さに驕ることなく、優しく公平な王子様。

高身長で1年生の誰よりも強いパトレシアを、騎士としても淑女としても尊重してくれる人。


パトレシアは、この王子様の側妃候補である。

正式発表は、先送りされているけど。


「ありがたきお言葉。よりいっそう精進いたします」


微笑を浮かべ、胸に手を当てて騎士の礼をすると、学友たちがさらに拍手を強めた。

王太子の前で口にするうつけはいないが、「さすがは、フレデリック殿下の側妃候補」と称賛する空気が満ち満ちていた。




パトレシアたちが客席に戻ると、早々に決勝戦が始まっていた。

学園入学以来、常勝無敗の『紅蓮の騎士様』ユーコウ・クボと、高等部に入ってから頭角を現し始めた『射干玉の騎士様』ことディーン・ホメロスが、試合開始と同時に決勝戦進出を決めたらしい。


公式戦では負けなしのユーコウだが、模擬戦ではほとんど互角。今が伸び盛りのディーンに、たびたび黒星を許している。


ふたりは大接戦を繰り広げ、白熱のあまり、しばしオーディエンスは沈黙と大歓声を繰り返した。


パトレシアとの戦いでは息一つ切らさなかたユーコウが、ディーンとの戦いでは何度も叫び、闘志を剥き出しにしては、本気で斬りかかってゆく。


どちらかといえば、新月刀で狙いを定めて大刀をふるうディーンの方が、二刀流で動きが派手なユーコウよりも冷静かもしれない。


4時間に及ぶ接戦の末、ディーンの新月刀が宙を舞い、石畳に落ちた。

ユーコウ・クボが6年間常勝無敗の経歴を引っ提げて優勝を飾ったのである。


割れるような拍手。大声援。

勝ったユーコウも、負けたディーンも、汗だくのボロボロだ。


ふたりは闘技場の真ん中で握手を交わすと、セカンドステージとばかりにその場でアームレスリングをはじめた。

審判をしていた数学教師(なぜか王弟殿下)に、「ド阿呆。腹減ってんだから、とっととはけろ」と、ぶん殴られた。


会場は笑いと歓声に包まれた。パトレシアも声を出して思い切り笑った。握っていた賞状がくしゃっとなった。





「ウェンディ、ごめんね」


その日の夜、パトレシアはウェンディと屋内闘技場の屋上にいた。


「一緒に戦ってくれたのに、負けちゃって」


ウェンディは「きゅ?」と首を傾げてから、くいーっと胸を逸らした。胸のあたりの鱗は柔らかく、ブラッシングが気持ち良いらしい。

パトレシアが専用のブラシでごしごしすると、ウェンディは「きゅ!きゅ!」と尻尾をふった。


学園に併設された屋内闘技場の屋上は、ワイバーンライダーを輩出するアリスト辺境候の一族と、その送迎に来るワイバーンに解放されている。


辺境は道が悪く、いくつもの難所を越えなければ王都に辿り着かない。早馬でも往復で10日はかかる。

しかし、ワイバーンに騎乗を許されたワイバーンライダーなら、悠々と空路で15時間ほどである。


お友達を学園に送ったワイバーンは、鱗を掃除してもらうと、そのまま帰ってしまう。

石の家がごちゃごちゃしていて、湿気の少ない王都が、あんまり好きではないのだ。


アリスト辺境候の血筋は、特に、このワイバーンに好かれやすいらしい。パトレシアも、物心つく頃にはウェンディの背に乗っていた。


そんな親友ウェンディに、「新学期早々、剣術大会があるから、帰る前に窓からちょこっと見てほしい」と、わがままを言ったのはパトレシアだ。

ところがウェンディは、なぜかそれを「一緒に戦ってほしい」と受け取ってしまった。


たしかに、ワイバーンで試合をしてはいけない決まりはない。王弟ファルカノス先生も「棄権は自由だけど、ま、行けそうなヤツは、経験積んどけ?」と無責任に煽るから、ウェンディは大喜び。

予選から楽しく暴れて、パトレシアは戦うより引き止めるのに必死だった。


ちょっと、楽しかった。

それに、浮かれていた。


辺境貴族の嗜みとして、パトレシアは10歳から辺境軍で魔獣退治に参戦していたから。

ウェンディがいなくても、王都の学生に負ける気はしなかった。


だけど、結果は惨敗。


今思えば、ユーコウはウェンディだけに注意を払い、パトレシアなんか眼中になかった。


基本、ワイバーンは自分のお気に入りを背中に乗せたいので、お気に入りが怪我をするような飛行や戦闘を避ける傾向がある。怪我をされたら一緒に空を飛べなくて、つまんないからだ。


ウェンディは、ユーコウとパトレシアの実力差を読み、パトレシアの安全第一で立ち回った。


もし、パトレシアがユーコウと同格まではいかなくても、多少のポイントがとれる程度だったら、彼女は「ウキウキ戦って、楽しく勝つ」をめざしただろう。


ウェンディの初動でパトレシアの実力を推し量ったユーコウは、ウェンディの望みどおりパトレシアに傷ひとつ負わせずに圧勝した。


パトレシアは、敵を知らず、己も知らず、ウェンディに守られてきた自覚さえ持てず。


「ウェンディ……私、悔しいわ」


大きなブラシで鱗をゴシゴシしながら、パトレシアは歯を食いしばった。

昼間は、ちゃんと笑えた。

王太子の側妃に相応しい気品と、国防の最前線である辺境候の娘としての矜持を持って、堂々と振る舞えた。

でも、痩せ我慢も限界だ。

赤褐色の目から、ポロポロと涙が溢れおちる。後から後から溢れて、溢れて、止まらない。


「きゅー……」


ウェンディが、その頬を舌の先でちょんちょんとぬぐってくれた。その優しさに、ますます泣けた。


悔しかった。憎いとさえ思った。

ワイバーンライダーに圧勝しながら驕らず、どこまでも紳士然としたユーコウが、ではない。


『ウェンディと一緒なら、誰にも負けない』と奢っていた自分に、腹が立って腹が立って、しかたがなかった。


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