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辺境のウェディング・ベル

辺境では、花婿が空を飛ぶことがある。

花嫁も、たまに飛ぶ。

辺境が誇る飛竜騎士(ワイバーン ライダー)にとって、結婚式とは相棒のワイバーンに人生のパートナーをお披露目する儀式でもあるからだ。


この日の新郎新婦は、各々のワイバーンを駆り、飛翔していた。


裾の長い純白のパンタロンドレスに、真紅の髪をなびかせる花嫁は、結婚と同時に新辺境伯爵を拝命したパトレシア・レガシィ。

アリスト辺境候の娘であり、才色兼備のワイバーンライダーである。


花婿のユーコウ・レガシィは、王宮で文官をしているクボ子爵の三男。

辺境候の娘にして、女辺境伯のパトレシアの入り婿としてはいささか低すぎる出自だ。

しかし、ユーコウには女権力者が無一文でも伴侶にしたくなる美貌と、辺境警備隊長として赴任したその日にワイバーンに認められた武勲がある。


なにより、パトレシアの胎には新しい命が宿っていた。

逆玉を狙わせたパトレシアの勝利だと、彼女は信じている。が、ユーコウはユーコウで、先に惚れたのは自分だと宣言して憚らない。


つまり、パトレシアの父と兄がキレようが、あまりの格差婚にユーコウの両親が蒼白して倒れようが、相思相愛だ。これでいいのだ。


だって、お互いのワイバーンが祝福してくれたのだから。


若者たちは屋根に登り、娘たちは湿原の花をふり、子供たちは輪になって踊っている。老人は笑い、兵士たちは角笛をふき、ワイバーンライダーたちは、上空から花を降らせてふたりを祝福した。


「パトレシア様! バンザイ!」


「婿様、かっこいー!」


愛しい民たちの祝福に、パトレシアの頬は上気し、その瞳はキラキラ輝いている。

ブーケを投げて手を振れば、未婚の少女たちがそれを追って走り出した。「月華炎花(げっかほのか)」という花で、自ら発光する性質がある。月夜の火山帯に花開き、それから1週間程咲き続ける、希少な花だ。


「大人気っすね。嫁さんが好かれるのは嬉しいけど、なんか妬けるなー」


「花が珍しいだけですわ? 先輩の人気には負けます」


ユーコウにとって世界一美しい笑顔に、思わず肩を竦めた。


「もう先輩、じゃないっすよ? お嬢様」


ふたりは、王都の貴族学園の先輩後輩である。

パトレシアが中等部1年の年に、ユーコウは高等部3年だった。

剣術大会で彼に惨敗したパトレシアにとって、ユーコウとは自分の弱さや驕りを気づかせてくれた先輩だったが、それ以上の接点はなかった。

会話をかわすようになったのは、王宮騎士になった彼が辺境警備隊長に就任してからだ。


「先輩こそ。私だって、もうお嬢様ではありませんわ。先ほど、国王殿下から正式に伯爵位を賜りましたでしょう?」


「では、我が君とお呼びしても?」


お転婆な妊婦は、口を尖らせた。そして、ひらりと自らのワイバーンから跳躍して、愛しい配偶者に抱きついた。


「わ、た! 危ない! パティ! だめだろ!」


「やっと、呼んでくれましたわね。私の名前」


辺境随一の美女が口角をあげて笑えば、ユーコウは妊婦とは思えないほど細くしなやかな腰を抱き寄せた。

腰は細いが臀部には程よいボリュームがあり、18歳とは思えないほど完成された女性美を誇っている。

今でさえ大輪の花みたいなパトレシアは、この先どれほど美しく花開き、ユーコウを魅力し続けるのだろう。


「貴女は、高嶺の花過ぎるんすよ。身分だけじゃなくて、存在そのものが。月華炎花(げっかほのか)かっつーの!」 


「あら」


「もー! ほんと美人! 側妃候補から外された殿下のお気持ちが、生涯さっぱりわからんわ!」


喋り方が素になるユーコウ。パトレシアはくすくす笑いながら、挑戦的な眼差しを向けた。


「うふふ。あの方は、婚約者様にベタ惚れですもの。私だってイヤだわ。貴方以外と褥を共にするなんて」


「す、ストレートっすね。相変わらず」


日に焼けた頬は照れても色が変わらないが、その表情から愛情と焦りを読み取ったパトレシアは、ますます笑みを深めた。


「私、この幸せを、生涯享受したいですわ。いいでしょう? ね? 旦那様」


「だだだだ、旦那様って……!!! もー! 美人が可愛いこと言うの、反則!」


抱きしめて唇を塞げば、領民たちからいっそうの歓声があがった。


真新しい教会から、祝福の鐘が鳴り響く。

拝命したばかりの女伯爵の結婚式が、最初の福音とは縁起が良い。


真夏の陽光に照らされて、空を飛ぶワイバーンたちの鱗が、赤くキラキラと輝いている。

子どもたちが、地面に落ちた鱗を拾い、日に透かして遊びはじめた。大人たちもそれを拾い、今日のよき日の記念に持ち帰るだろう。


こんなにのどかで牧歌的な結婚式が執り行われても、しかし、ここは帝国との国境。

いつ小競り合いが起きてもおかしくない、紛争地である。

警備の事情で、王都からの来賓は、国王陛下と王弟殿下、宰相夫妻、教会の大主教のみだ。

ユーコウ側の参列者も、両親以外は腕に覚えのある男性親族のみ。お互いの友人を呼ぶことは、とうていできなかった。


だけど、ふたりは幸せだった。

辺境とは、国防の最前線。自分たちは、王都の友を守る砦になったのだから。



ワイバーンたちが空を駆り、夏の花が舞い散るこの日の空を、大地を、湿原の香りを、伴侶の笑顔を、ふたりは生涯忘れないだろう。












欄外裏話。


国王陛下=パトレシアたちワイバーンライダーより格上のドラゴンライダー。超人レベルに強い。

王弟殿下=王族なのに平日は数学教師。新郎新婦の担任。週末は海軍元帥をしてるドラゴンライダー。陛下の双子の弟。

宰相夫妻=奥様は王姉。ライダーじゃないが、双子の喧嘩は物理で止める女傑。


警備する必要がある人は、宰相と大主教のおじいちゃんだけ。


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