人を殺したが…
蟹民に捧げる
「今、何が思い浮かんでいるの?」
「真っ暗で何も見えないけど、多分海が見えています」
ーー坂口恭平『まとまらない人』より
暗闇。
「ったく、こんな時間に、こんな場所に呼び出して、一体なんだよ」
と、〈食パン〉が言う。
「大変なことになった」
と〈ガムシロ〉が言った。
「どうなっているんだ? どうしてこんなに暗いんだ?」
「大騒ぎしないって、約束してくれるか?」
「する」
暗闇。
いや、よく見たら、目を瞑った時に見えるもやのようなものが、うようよしているのが〈食パン〉には見えた。
完全な暗闇というものは存在しない。完全な絶望というものが存在しないように。
カチッという音。
それは、〈ガムシロ〉が、懐中電灯のスイッチを入れる音だった。
男の死体だけが照らされる。
「ガムシロ! これは一体どういう……」
「しっ!」
カチッという音。
再び、暗闇。
そして静寂。
いや、よく耳をすませば耳の奥で、ごおおおおお……という音がなっていて、どうやら、完全な静寂というものも存在しないらしい、と〈食パン〉は思った。
「人を殺しちゃったよ」
と〈ガムシロ〉の重たい声が暗闇の中に反響する。
「通報する」
と〈食パン〉が言った。
「それでいい」
と〈ガムシロ〉が言う。
「その辺のばかよりも、パンくんに通報される方がマシだよ」
「ちょっと歩こうか」
「うん」
カチッという音。
向こうのドアが照らされた。
二人はそこに向かって歩く。
ドアを開けて、その廃工場から出た二人は、夜景に取り囲まれた橋の上を歩いている。
〈ガムシロ〉の服には血がこびりついていた。
「まだ生きていけるよ。少年法が適用されるじゃないか」
と〈食パン〉が言った。
「もう誰も俺のことを認めてくれないんだろうなあ」
「そんなことない」
「そうかな。もうどうでもいいや」
「そんなことない」
「隠してたけど、俺はものすごいサイコパスなんだ。人を殺すのが好きだ。誰に対しても、友情なんて感じたことない。パンくんにだって」
「嘘だと言ってくれないか」
突然、〈ガムシロ〉がナイフを出して、〈食パン〉に飛びかかった。
ところがその刃は、〈食パン〉の胸には届かなかった。
〈ガムシロ〉が、警官に取り囲まれたからである。
そしてそれからどうなった→