第四章 パレット
パレット。それは、対キメラ特殊作戦班の名称だ。キメラの出現予測ポイントを秘密裏に入手し、出現したと同時に殲滅活動を行う。
「……出てくる時と場所がわかるなら、出てくる前に対処できないのかよ」
尖った声を出すオズに、ブルーはこともなげに答えた。
「残念ながらね。数が数だし、あいつらいろんなところに潜んでるから。この日、と決められた日以外は陰に潜んで姿を現さない。あの数を虱潰すのは無理だ。それに、奴らが大規模に襲うのは今までキメラの攻撃にあったことのない街ばかり。そこに、何日後にキメラがやってきてこの街を破壊します、逃げてください、なんて言ったところで誰も信じないし。こっちの行動にも色々と問題が出てくる。なんせ、非公式部隊だからね」
ようやく少しばかりの平静を取り戻したオズは、ブルーから現状説明を受けていた。いまだに恐ろしくて眺められないアレニアの街並みを映す画面を視界の端に、ただじっと、数字と文字列が行き来する大きなモニターを見詰める。ブルーの指がキーボードの上で跳ねるたび、そこには数字や文字、時にはグラフのようなものが表示されては消えてゆく。
「でも、じゃあ、キメラに襲われた人たちは……」
「割り切るしかないね。百人を百人助けられるなんて、夢みたいなことがこの世にあるものか。一を捨てて九十九を助ける。それが今できる最善の選択なんだよ。死んだ人には申し訳ないけどね」
「そんなの! ……そんなの、」
「間違ってようがなんだろうが、現状これ以上のいい選択肢はない。避難警告の件だってね、早すぎれば向こうが襲撃の日時をずらすだろうし、僕らが張っているのがばれれば、ここじゃなくて他の街で襲撃を起こすかもしれない。と、言うか確実にそうするだろうね。あれらを一網打尽にするにはそれなりの時間と設備がいるし。けどまあ相手も馬鹿じゃないしダミーとそうじゃない情報の精査と複数個所の同時襲撃は何とか対策を考えないとな……」
「他に部隊はいないの?」
「いない、とは言えないけど。まあ、直接的な戦力はレッドだけだね。複数の箇所を同時に襲撃されたら、一番被害が重そうなところから対処していくしかないんだよ、今のところ。パレットをゲームで例えると、剣士が一人と僧侶がいっぱい、みたいな図式?」
ブルーは絶え間なく指を跳ねさせながらつらつらとオズの言葉にこたえていく。特に考えをまとめずに話しているのか、たまに独り言が混じっている。
「大本を叩ければいいんだけど、それもね、現状では現実的じゃないし」
「えっ、黒幕が分かってるの!?」
「まあね。でも、叩けない。規模が違いすぎる。こっちはいちレジスタンスだけど向こうの後ろ盾は国家だ。勝率が半分切ってる戦いは戦う意味がない。半分どころじゃないな。勝っても負ける。それが今の俺らと黒幕の関係。今は偽善者ぶっていたちごっこする以外、できることはないんだよ」
そういうブルーの横顔は、相変わらず無表情だ。淡々と事実だけを述べている、という体で画面をにらみつけている。思考が追い付かない。追いつかない頭で、ブルーの言葉を反芻していたオズは目を見開いて聞き返す。
「……国?」
「そうだよ」
「ま、って、黒幕って、そんな」
「そうだよ」
うそだ、とオズは小さく口の中で呟く。
「この国の政府が黒幕ってこと……!?」
「だから、そうだよ。敵は政府……というか、政府と政府お抱えの研究機関だね。キメラを作ってる機関が政府の中にあるんだよ。って、言っても大概の人は笑って終わるだろうし、うかつにこういうこと言うと殺されるだろうから気を付けてね。あ、ちょっと黙って。……レッド、首尾はどう?後そこ十メートル先左」
『上々、って言いたいが、多すぎだ。鬱陶しい。左、了解』
「いい感じに君の周りに群れてるよ。さっきから中心部にでかい反応があるから、そいつ殴ってればちょうどよく終わると思う」
『分かった。……っよいせっと、地下の様子は?』
「今のところ隔壁のロックが効いてるから、地下から出られはしないけどキメラが入ってくることもない。そんな感じかな。外の様子を確かめようとする人らもいたけど、外から逃げてきた人がなんか言ったんだろうね。落ち着いてるし、暴動も起きてないよ、今のところは。まあ、早く開放するに越したことはないけどね。そこ右にいったらあとは真っ直ぐ」
『っらあ! 了解! 急ぐ』
スピーカーはひっきりなしにレッドが暴れる音を拾っている。画面上のアレニアの地図には黄色い無数の点が散在し、その中を赤い点が突き進んでいる。赤い点がレッドなのだろう。彼女が通った跡は綺麗に黄色い点が消えている。
「ま、そんなことでね。悪の組織と戦うヒーロー、みたいな綺麗なもんではないけど、政府のやり方が気に入らないから反抗してるのが今のパレットかな。他に聞くことある? 今ならちょっとは手がすいてるけど」
そう言いながらもブルーの手は止まらない。画面を見つめる目もまた、逸らされることはなかった。
「……キメラ。キメラって、何。レッドはなんで……あんな」
「キメラね。あれは生物兵器の最終形態だよ。バイオ科学と機械技術の融合。いかに殺せる、従順なペットが手に入るか、って感じで生み出されたんじゃないかな。半分は戦争科学の産物。でも、戦争する国もないのに引っ張り出してきた意味が解らないんだよな。ま、キメラ自体は技術者っていう変態が生み出した化け物、って考えればいい。体のほとんどが機械で代替されてるから修理簡単、量産は大変だけど回収さえできれば何度でも使えるんだから、政府って立場はずるいよね。どれだけ壊しても沸いて出てくる。当たり前だよ、破棄する側がリサイクルしてるんだから。しかも、もとになった動物の思考回路も弄ってるからね。プログラムには絶対服従。開発者や政府の要人は、あの地獄絵図に放り込まれても絶対に襲われない。そういう風に作られた生き物たちだよ」
オズの言葉にかぶせるように放たれた言葉は、これまでと変わらない口調に声色だがややとげを含んでいるように聞こえた。オズは少し考えて、それでも言葉を重ねることを選んだ。
「……レッド、は? 普通の、女の子……じゃ、ないよね。あんなもの、振り回せるなんて」
「……銃大剣のこと? あれでも、軽く作ってあるんだよ」
ブルーは少しの沈黙の後、しらをきるようにそんな答えを口にした。オズは口の中でがんぶれーど、と呟く。沈黙が下りる中、レッドの息遣いとキメラたちを薙ぎ払う音だけが聞こえてきていたスピーカーから、言葉が発された。
『ブルー、いいよ。説明して。連れてきたのは私だから』
「でも……。……いや、分かった」
『うん』
再びスピーカーは沈黙する。ブルーはキーボードを叩く手をいったん止め、ベストの襟に引っ掛けていたマイクの音をミュートにする。そして再びキーボードを叩き始めると、焦らすようにゆっくりと口を開いた。
「……レッドは、」
そういって、再び口を閉ざす。言い辛い、というよりは、言葉を探しているようだった。もう一度口の中でレッドは、と繰り返して、ブルーは話し始めた。
「レッドは、所謂強化人間、だ。実験と研究を積み上げた、人の知性と機械の強靭さ、バイオ技術での高速再生。それらを、持った人間だよ」
「そ、れって」
「……知性を持った、人型の、キメラともいえる。開発はこっちが先なんだけどね。開発コードはKILL DOLL。殺戮人形として、作られたんだよ。レッドは」
淡々と、ブルーは語る。
「いや、作り変えられた、が正しいかな。もとは、ただの、女の子だよ。今も。ただ少し、力が強くて死ににくいだけのただの女の子だ」
余計な感情を込めないように、込めないようにと抑圧された声は、しかしそれでもどこか悲痛な色をたたえていた。
「……そっか」
「そう。……まあ、女の子って歳でもないけどね。同い年だし」
「えっ」
しんみりとした空気から一転、オズは素っ頓狂な声を上げていた。
「はは、歳を取らないんだよ、レッドは。もちろん、見た目だけだけど」
ブルーが愉快そうな声を上げる。再びベストの襟に手を持っていき、ミュートにしていた音声を復活させた。
「えっ、待って、ぶ、ブルーって何歳!?」
「ん?27」
声色だけでブルーが笑う。つられて、こんなに緊迫した状況下であるにもかかわらず、オズも笑ってしまった。
『和んでるとこ悪いんだが。でかいのを見つけたぞ、ブルー』
「ん、分かってる。電波妨害エリア編成率98%。編成終了次第キメラの中枢データにハッキングを開始する。完了予測時間十分。頼むよ、レッド」
『了解』
レッドの自信を含んだ声とともに、戦いの火蓋は切って落とされた。