8話 最後の審判
十二月二十五日 夜 二十時
「……え?母さん…?」
先程まで普通に話していたはずの母の頭が何故か床を転がっていた。
そして頭をまるまる失った母の身体は力が抜けたように、ドシャリと血の海に崩れ落ちた。
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
遥斗は姉の叫び声がとても遠くから聞こえた気がした。
(一体なにが起こったんだ?あれ?何で母さんの頭がここに?え?母さん?)
驚きの表情のまま、時が止まったかのようにピクリともその表情を変えない母の頭が、鮮血を撒き散らしながら遥斗の足元に転がっていた。
「遥斗!窓!窓!」
姉の呼びかけに遥斗は気の抜けた表情で、母が開けた窓を見た。
怪物、そう表現出来る者が窓すぐ向こう側にはいた。
白色の陶器の様な生気の無い皮膚を剥き出しに、目は無く、顔と思しき部分はクチバシの様に前に突き出ていた。
そこから頭の後ろまで大きく裂けた口元から、グロテスクな口内と無数の牙を覗かせている。
放心状態だった遥斗は、その光景に驚きよりも、母を殺した仇が目の前にいる事実に身体からふつふつと怒りと憎悪が湧き上がり、我に返った。
ーー殺す。
遥斗が人生で初めて明確な殺意に目覚めた瞬間、窓の向こうにに立つ怪物は、鋭く凶器の様な長い爪が生えた腕を勢い良く振り下ろし、軽々と壁を壊し家に侵入してきた。
怒りで頭に血が上っている遥斗は、近くにあった椅子を手に取り、その怪物に殴りかかった。
その時、遥斗は突然横から姉に突き飛ばされた。
「…っ!」
突然の事に驚きながらも遥斗は姉へと視線を移し、絶望した。
彼女は背中から怪物の鋭い爪によって腹を貫かれていた。
涙を流し懇願するかのような表情で遥斗を見つめ、仕切りに何かを伝えようと口元を動かしている。
そして、腹を貫くその爪先がゆっくりと引き抜かれ、彼女の最後の言葉は遥斗に届くことなく、虚しくその命を散らした。
「嘘だろ…?姉ちゃん!?姉ちゃん!!!」
その呼びかけに応えるものは、この空間には一人も残されていなかった。
あぁぁあぁぁあぁあぁぁぁぁ…!!!
「…殺す…殺して…やる…殺してやるぁああぁぁあ!!」
遥斗の中で何かが弾けた。
その圧倒的な怒りと殺意に呼応するかのように、気づけば遥斗の右手には一振の、漆黒に染まった長剣が握られ、左手の甲には真っ赤な光を放つ刻印が浮かび上がっていた。