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リバイバル・サーガ・オンライン  作者: Lut
終章 「末期と終末」
4/22

1-4

〈シャドウスピリッツ〉での劇的な勝利は、RSO人生最後の戦闘として、十分に満足いくものだった。

 だから、再び〈アズマデン〉に集合した俺たちは、まだプレイしていないほかのコンテンツに手を出すこともせず、残りの時間を世界の散策に使った。


 最盛期には目で追えないほどのチャットが流れ、ハイエンドクラスのPCですら表示人数を制限しなければ動作が重かった、東西南北の四大都市。

  東の〈アズマデン〉

  西の〈ヴェスタカノッサ〉

  南の〈サウスフィガロ〉

  北の〈セーベルヘイム〉

 大陸の中心〈アガルタ〉


 かつての活気は見る影もない、寂しげな都市を巡りながら、それらのマーケットで自作自演の売買をして、プレイヤー名と購入履歴を遺すという遊びを(エイジがやっていたので俺たちも真似)しつつ、思い出話に花を咲かせた。

 あんなことがあった。ここでこんなことをやった。

 話は尽きず、懐かしい記憶が無数に蘇ってくる。


 高校の入学祝いに買ってもらったPC。

 ほんの気まぐれから買ってみた『リバイバル・ザーガ・オンライン』。

 高一の春――〈アガルタ〉から東を目指した俺は、同じく東を彷徨っている一人の男と意気投合してフレンドになった。

 やがて、そのエイジというプレイヤーと行動を共にすることが多くなり、二人で敵陣の奥地を探検している時に偶然助けたのが、ミドちんとアリシアの二人組で、しばらくは四人でプレイする日々が続いた。


 いつだったか、ミドちんから六人の〈チーム〉を作りたいという話が出て、二名の募集をかけてみた。

 どんな人が来るだろうか? 怖い人だったらどうしようか?

 期待と不安まじりに、四人でドキドキしながらメッセージを待った。

 そしてやってきたのが、ルッツとエクレアの二人だった。

 二人は俺たちとすぐに馴染んで、それからは毎日のように六人で遊んだ。

 RSOのプレイ時間=彼らと過ごした時間と言っても過言じゃない。

 素敵な出会い、素敵な時間だった。 


 ふと、スマホを手に取る。

 現在の時刻は午前3時25分。深夜も深夜だ。俺がログインしてからあっという間に、二時間以上が経過していたらしい。


 俺たちに残された時間は、あと僅かしかない。


『さて、俺はちょっと外を見てこようかな』

 エイジが何気ない感じで言った。


 今、俺たちが操る四人のキャラクターは、〈チーム〉でいちから建てた大き目のログハウスの中で、木製のテーブルを囲んでゆったりしていた。

 RSOにはスタミナの概念はないため別にキャラを休ませる必要はないのだが、椅子代わりとして置かれた丸太に自分の分身を座らせていると、なんとなく俺自身も落ち着いた気分になるから不思議だ。


「ああ、わかった」

『ちゃんと時間には戻るんだよー』


 俺とミドちんの了承を得たエイジは、

『わかってるって、んじゃ行ってくるわ』

 と告げるも、羽根付き帽子をかぶった美男子は腰を下ろしたままだった。

 つまり、外を見に行ったのはリアルのエイジだということ。


 しかし、それとは別に席を立つキャラがいた。

 とんがり帽子を頭に乗せたアリシアだ。

《私はハルバハーラ様のところにいってもいいかな?》


 その突然の申し出に、俺は一瞬だけ躊躇したが、

「……わかった。アリシアはほんとにヤツがお気に入りなんだな」

 結局は送り出すことにした。


 ハルバハーラとは、このログハウスから遠くない小屋でひっそりと暮らしているNPCのことだ。“この世界の根源に関わる大賢者”という役回りから、ミッションやメインストーリーにも顔を出してくることが多く、なおかつNPCきってのイケメンなのである。

 

 そんな人気が出ないわけがないキャラを彼女は昔から気に入っていて、自他ともに認める熱狂的なファンだった。

 そもそも〈チーム〉のマイホームをここに造ることにしたのも、アリシアが熱心にこの場所を押したからなのだ。

《森と湖に囲まれたここがベストだと思うの!》

 と美しい景観を理由にしていたけれど、その本心はヤツにすぐ会いに行けるからということは、全員わかっていた。わかっていて、珍しく熱くなっているアリシアに負けたのだった。


 ちなみにハルバハーラの種族は〈アルブルフ〉であり、俺はなぜ〈ヒューマン〉を選んでしまったんだ……と後悔したのも、今となっては甘酸っぱい思い出だ。


『なーに? ライネ、まだNPCに妬いてるのかにゃ?』

「妬いてません」

 からかってくるミドちんの言葉を否定しつつも、ログハウスを出ていくアリシアを名残惜しい気持ちで見ている自分にも気づいている。


 その思いを払拭するべく、俺は話題を振った。

「そうだ、ハルバハーラと言えば、結局あの謎はわからなかったんだよな」

《野木さんの秘密のこと?》

 真っ先に食いついたのは、当然の如くアリシアだ。

「そうそう」


 野木さん――

 急にリアルな人名が登場したが(エイジのことはともあれ)、それもそのはずで現実の人物の名前である。

 その正体は、RSOを作ったゲーム会社『エキセントリカ』のプログラマーだ。

 ゲームシステムの基盤を手がけた人物で、大勢のプレイヤーが好き勝手な開拓を楽しめる〈アトランダム大陸〉は、彼がいなければ実現しなかったとまで言われている。


 そんな野木さんが、書籍化された設定資料集の中で、特に思い入れのあるNPCとして語ったのが、件の大賢者――ハルバハーラだった。


『――実は、ハルバとあの小屋には、ちょっとした秘密が隠されているんですよ。といっても、ゲームプレイにはまるで関係ないですし、プレイヤーのみなさんには見つけようがないことなんですが。

 ――じゃあなんでそんなこと言ったのかって? 

 うん。確かに言う必要はなかったですね(笑)というわけで、聞かなかったことにしてください。探そうとしても、時間の無駄になりますから――』


 不敵な笑みを浮かべた写真を添えてそう書かれていれば、探したくなるのが人のサガだ。当時はあの狭い小屋に人が押し寄せて、明らかに物理法則を無視した家宅捜索が行われたりした。

 だが、そんなお祭り騒ぎも、一週間も経過しないうちに言われた通り時間の無駄だったという結論がなされ、RSO七不思議の一つとして名を残すのみとなった。

 

《小屋の中も外も、本棚の本だってきちんと全部調べたし、あれでわからなかったんだから、もう野木さんに直接訊くしか方法はなかったと思うわ》

「まあ、ね」

 マイホームが造られてからというもの、ログアウトする場所は余程のことがない限りハルバハーラの小屋で――なんて、ストーカーもドン引きなこだわりを持っていたアリシアが言うのだ。

 やはりプレイヤーでは知ることができない何かだったのだろう。


『エイジ遅いにゃー。もうそろそろ時間になっちゃうのにー』

 いつになく切迫したミドちんの声。

 スマホを見ると3時30分になっていた。


「本当だ。俺もちょっと飲み物を取ってくるよ」

『にゃー。急いでねー』

《いってらっしゃい》


 無線のヘッドセットを首からさげたまま、冷蔵庫へと歩く。この時のために用意してあった好物の炭酸飲料を手に取って、蓋を開ける。プシュ、といい音がした。続いてシュワシュワと気泡が弾ける音を楽しんでから、缶を傾ける。

 冷たさと炭酸が一気に喉に襲い掛かってきて、思わず目を瞑った。


 ――美味い。


『おいおい、空はすげーぞ!!』

 顎の下。外していたヘッドホンからひどく興奮したエイジの声が聞こえた。

『まるでSF映画だぜ! お前らも絶対見たほうがいいって!!』


『ウチは見ないって決めてるもーん。ゲーム画面に集中するの』

《私もハルバハーラ様を拝むので忙しいから。ああ、麗しい……》


 にべもない女性陣に、エイジが呆れて言う。

『マジかよ……。ライネは見てるよな?』

「ああ、窓から見てるよ。凄いな……」

 俺は心から驚嘆していた。


 北西の空が、深夜三時半にもかかわらず、稲光のように明るい。

 その元凶である青白く輝いた物体が、遥か上空に浮かんでいる。月の数倍ほどの大きさに見えるが、実際は月のほうが十倍以上も大きいらしい。


 つまり、この物体がそれほど近く、地球に迫っているということ。


 窓から見渡せる家々のほとんどから、小さく灯りが漏れていた。今日だけは無理してでも起きて、この光景をひと目見たいと思った人たちなのだろう。

 一方でカーテンを閉め切り、むしろ眠って過ごしたいという人の気持ちも、痛いほど理解できた。だけど、この地鳴りのような、歓声と悲鳴と絶叫が入り混じった騒音の中で、安眠が得られるのか――わからない。


 地上の至るところから、打ち上げ花火が弾ける前の火球のようなものが飛翔していた。詳細は俺には知る由もないが、いろんな国が発射した核弾頭ミサイルか何かなのだろう。上空に浮かんだ物体の表面で、いくつもの大爆発が起こる。その様子が、ここからでもしっかり確認できた。

 それでも、それらの膨大なエネルギー全てを意に介さず、物体はどんどん大きさを増していく。

 

 まさに終末の光景――。


『ここでホーリーが発動する、なんて超展開は、ないんだろうな……』

 古いゲームのネタを持ち出したエイジの声は、震えていた。

「まあ、そうだろうな……」

 炭酸を握っている俺の手だって、さっきから震えが収まらないのだ。


『リアルでも魔法が使えれば、なんとかなったのかにゃあ……』

《ハルバハーラ様が地球にいれば、余裕で破壊できたのにね……》

 有り得ない妄想。そうでもしていないと、気が狂ってしまいそうだった。


 目の前で――実際には何千キロも離れているにもかかわらず、眼前に感じるほど壮大なこの光景は、今までに感じたどんな恐怖よりも恐ろしい。

 

 ああ、もう間近に迫った、死という現実。

 せめて悔いを残さないようにと、俺は言葉を紡ぐ。


「みんなと過ごした日々は、誰がなんと言おうと俺の一生の宝物だった……」


『俺だってそうさ。今日こうしてまた会えて、めちゃくちゃ嬉しかったぜ……』


『ウチもね、みんな優しくて、面白くて……。生まれてきて良かったって、みんなのおかげで思えたんだよ……』


《私も引退してからいろいろあったけど、ここで過ごした時間が一番楽しかった》


 普段なら気恥ずかして言えないようなことを、涙まじりに好き勝手語る。

 そして最期に、示し合わせたかのように四人の言葉が重なった。



  ありがとう



 ――さあ、あとは黙って受け入れることしかできない。

 回線の切断が先か、意識の途絶が先か、肉体の消滅が先か。


 輝かしい日々も、苦悩の毎日も、全ては過ぎ去った出来事になり――

 思い出が詰まったこの世界とも、おさらばである。


 無慈悲な無作為によって地球へ襲来した小惑星――〈ジュノー〉

 人類は尽力するも、運命の力による衝突を阻止することは終ぞ叶わず。

 西暦2032年6月25日。日本時間、3時33分。


 世界は終末を迎えた。

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