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リバイバル・サーガ・オンライン  作者: Lut
終章 「末期と終末」
3/22

1-3

【バトルエリアに侵入しました。制限時間は30分。

 どちらかが全滅するまでこのエリアから出ることはできません。】


 システムメッセージの出現とともに、俺たち四人は〈シャドウスピリッツ〉専用のバトルエリアに飛ばされた。

 前方には石灯篭が円を作るように配置されていて、その内側がこれからの戦場となる。ゲーム内の雰囲気よりもプレイの快適さを優先させているため、先ほどよりはいくらか明るく、見やすい。


 さて、〈シャドウスピリッツ〉のバトルが始まろうとしているが、先に注意事項を告げなければならない。このコンテンツには、通常の戦闘とは異なる特別な仕様がいくつかあるのだ。それがこちらになる。


 バトルエリア内での装備の変更禁止。

 アイテム、蘇生魔法の使用不可

 姿が消える魔法の使用不可。ただしアビリティは可。

 全てのMP回復効果の無効化。

 そして、サブクラスの無効化だ。


 RSOでは、メインクラスが使えるアビリティや魔法のほかに、サブに設定したクラスのアビリティや魔法も使える、というシステムが存在する。

 活用にはサブに設定するクラスのレベル上げも必要で、当然メインで使用した際よりも魔法の効果などは落ちるのだが、その恩恵にあやかる人は多かった。

 サブに〈クレリック〉を選んで回復魔法を使う――などが代表例だ。


 しかし、ここではそれが無効化され、加えて上記の制限もかかってくる。

 つまり、俺たちは限りなく単純化された駒となった上で、同条件の相手を倒さなければならない。そのため、重要なのは何よりも戦略だ。まさにアリシアが言ったように、ゲーム性は将棋やチェスに近いと言えるだろう。


 ちなみに今回は関係のない話だが、同じクラスは最大二人まで、参加可能レベルは50から、という制限もついている。

 これは例えば、何のアビリティも覚えていないレベル1の〈モンク〉が十二人で特級に挑み、ただの殴り合いによって勝敗が決まる――といった状況を避けるための措置だ。


 では話を戻して、俺たちの戦力を確認しておこう。


 ライネ :〈パラディン〉 レベル70 盾職(タンク)

 アリシア:〈ウィザード〉 レベル70 魔法攻撃職アタッカー

 ミド  :〈クレリック〉 レベル90 回復職(ヒーラー)

 エイジ :〈吟遊詩人〉  レベル90 支援職(デバッファー)


〈チーム〉で活動していた頃はこれに、

 近接物理アタッカー&サブ盾の〈ダークナイト〉――ルッツと、

 遠隔物理アタッカーである〈狩人〉――エクレアの二人がいたため、バランスが取れていたのだが、今の四人では攻撃力に欠けたパーティと言わざるを得ない。


 とはいえ、〈シャドウスピリッツ〉は相手も同条件のバトルだ。

 であれば、気にするべきはクラス構成よりもレベル差のほうになる。

 レベルが10違えば格上とされるこの世界で、俺とアリシアはエイジとミドちんの二人より20も低い。この差は非常に大きい。


 RSOの戦闘は、魔法や攻撃系アビリティを除けば、メイン武器による通常攻撃が主なダメージソースであり、当然アタッカーのほうがその一撃も強力になる。

 しかし今回の条件に限れば、アタッカーではない〈吟遊詩人〉や〈クレリック〉の攻撃でさえタンクの俺が耐えるのは厳しく、またアリシアの攻撃魔法にしても、エイジやミドちんに効果的なダメージを与えるのは難しいということだ。


(だけど、それならそれでやりようはある)


 頭の中で動きを復習していると、魔法の詠唱開始を告げる、しゅわーという音が響いた。四人のキャラクターを幾何学模様の光が取り囲み、カキンと小気味いい音が律儀に四回鳴る。ミドちんが唱えた防御力増加の魔法だ。

 続けて、鼻歌交じりに強化魔法を配っていく。


 横では、エイジが命中力と攻撃速度を上げる強化の楽曲を奏でている。そうする傍ら、やけに感心するように呟いた。

『相手にも一人、手強そうなイケメンがいるな』

  

 なんの遮蔽物もないシンプルなフィールドの奥に、四体の人影が見える。

 対峙する彼らの背格好や髪の色、身に着けている装備に立ち姿までもが、こちらと同じだった。違うのは二点。肌の部分が漆黒に染まっている点と、両目が妖しく紫に光っているということ。

 これが――〈影の軍勢〉。


「手強そうなイケメン――なるほど、俺の分身のことか」

『お前の分身は……アレと俺の一騎打ちだけでいいんなら、話は早いんだがな』

「そりゃ、聖剣が牙を剥いて一瞬だからな」

『ははは、言っとけ』


 そんな俺とエイジの軽口を当たり前のように流して、

《久々だから、上手くやれるか心配……》

 アリシアが、らしくなく不安を漏らした。


『何、負けたって別に世界が滅びるわけじゃないんだ。上手くいかなかったら全部ライネのせいってことにして、気楽に行こうぜ』

 なおも軽口を続けるエイジに、俺も大口を叩いてやる。

「いいぜ。失敗した場合は俺が責任取って、みんなに一千万ゴルドずつプレゼントしようじゃないか」


 すると、愉快な仲間たちは、

『聞いたか!? よし、全力で手を抜くぞ!』

『にゃ!』

《おk!》

 途端に色めき立ってしまった。


 俺はトーンを落として言い返す。

「……やっぱなしで。気楽に、でも真面目に行きましょう」


 そんな話をしながらも強化は終わっていて、準備万端だった。


『んじゃま、打ち合わせ通り行ってみますか!』

 エイジが円形のフィールドの手前に引かれた青いラインぎりぎりまで移動する。このラインを越えれば戦闘が始まり、〈影の軍勢〉も動き出すのだ。

 

 ライネが腰から聖剣を抜き放ち、戦闘態勢に入る。

 これは何も一世一代の大勝負じゃない。エイジも言っていたように、負けたって失うものなんてないのだ。久々のRSOの戦闘を楽しむくらいの気持ちでいい。


(だけど、できることなら勝ちたい)

 そう思いながら、俺は軽く吠えた。


「じゃあ、行くぜ!」

『にゃー』

《おー》 


 緩い返答とともに四人が一斉に駆け出す。

 さっきまでベースとパーカッションのみだった控えめなBGMが、一気に音色の数を増やし、戦いを盛り上げる。


 陣形は、一応は盾職タンクである俺が先頭を切り、少し離れてエイジとアリシアが左右に続き、しんがりはヒーラーのミドちんが務めるという、菱形のオーソドックスなものだ。

 同時に走り出した四体の影も、同様の陣形でこちらへ向かってくるのが見えた。素直でよろしいことだと褒めてやりたくなる。


 互いのパーティが中心部に集い、先頭を行く盾同士がいざぶつかるという瞬間。僅かにだけ前方に出ていたアリシアが、範囲睡眠魔法の〈スリーピングスフィア〉を詠唱開始した。


 多数VS多数のセオリーは、主に二つ。


 一つは、パーティの要であるヒーラーから狙って倒すこと。だからこそ、それを避けるために両陣営は〈クレリック〉を最後方に配置している。


 そして二つ目は、睡眠や麻痺、移動阻害などの状態異常を与えて行動不能にし、数の有利を取ることだ。


 アリシアの〈スリーピングスフィア〉が発動すれば、少なくとも同レベルである“影アリシア”と“影ライネ”は眠らせることができる。

 睡眠の状態異常は、ダメージを受ける以外にも治癒魔法で解除が可能だが、相手にその手間をかけさせただけ、こちらは優位に立てる。


 だからこそ、そうはさせまいと敵の“影アリシア”が飛び出し、魔法詠唱中のアリシアに向かって〈サンダーショック〉を唱え始めた。

〈サンダーショック〉とは対象一体をスタンさせ、1~2秒という短時間ながら、全行動を不能にする魔法だ。特徴として詠唱時間がかなり短く、詠唱を中断させるための魔法と言っても過言ではない。


 だからこそ、その行動は読みやすい――!


 敵の〈サンダーショック〉の詠唱ログが流れた時、俺とエイジは声を揃えて、

「よし!」

 と叫んでいた。


 ログを確認してからでは反応できないほどの詠唱速度でも、ログが流れる前なら間に合う。

 アリシアに向けられた〈サンダーショック〉は、直前に俺が使った一度だけ魔法を代わりに受けるアビリティ〈マジックカバー〉によって、ライネに飛んでくる。

 当然ライネはスタンさせられるが、かぶさるようにミドちんの〈キュア〉が発動し、即座に回復する。


 そして、〈スリーピングスフィア〉が放たれ――

 “影ライネ”と“影アリシア”が睡眠状態に陥る。


 状態異常をレベル差で抵抗(レジスト)した“影エイジ”は、呑気にも肩書きだけの盾である俺に向かって、防御ダウンの歌、〈崩壊のセレナーデ〉を発動させていた。


 遅れて“影ミド”が、眠らされた仲間に〈キュア〉をかける。

 数秒だけ夢を見させられていた影二人。彼らは目覚めるなり、弱体を終えて意気揚々と短剣を抜き放った“影エイジ”とともに、攻撃を仕掛けてくる。

 そのターゲットは、俺が操るライネだ。


 迫る野郎どもの影。さらには“影アリシア”による攻撃魔法の詠唱ログ。

 それを見る前から、ライネは一度も振るうことのなかった聖剣を鞘に戻し、誰もいない横方向への遁走を開始していた。


 さて、ここまで仕事をしていないように見える、こちらのエイジ。

 あいつはいったい、何をしていたのか?

〈吟遊詩人〉の楽曲魔法は、総じてほかの魔法より詠唱時間が長い。

 開幕に放ったアリシアの睡眠魔法とほぼ同時刻、密かに竪琴を奏でていたエイジの演奏が、今――完了した。


「ナイスだ!」

 思わず相棒に賞賛の声を浴びせる。


 このゲームの移動速度は、特殊な装備かアビリティでもない限り、どのキャラも同じ速度になる。しかしライネは、エイジが発動した〈快足のポロネーズ〉の効果により、通常の1.5倍の逃げ足で戦線を離脱する。

 結果、敵の攻撃魔法の範囲外まで離れ、不発させることに成功した。

 

 ちなみに〈快足のポロネーズ〉は移動専用の楽曲であり、普通は戦闘では使われない。なぜならほかの曲と違い、敵に何らかの行動をするか、敵から何らかの行動を受けるかのどちらかで効果が切れてしまう、という仕様があるからだ。

(例えば“影アリシア”の〈サンダーショック〉を受けた時点で効果が切れる)


 だからエイジには、開幕の攻防が落ち着いてライネに矛先が向いた直後に演奏が終わるよう、タイミングを計ってくれ、と無茶を頼んでいた。

 そしてヤツは、それを見事にこなしてくれたのだ。


『ざっとこんなもんさ』

 気取ったエイジの声が、今だけは頼もしい。


 ライネを追いかけていた“影ライネ”と“影エイジ”の二体は、すぐに追いつけないことを悟ったらしく、アリシアに狙いを変える。


「悪い、やっぱりタゲは取れなかった」

 俺は仲間に詫びつつ、報告を入れた。

 実は俺は、ポロネーズが発動する寸前に“影エイジ”に〈プロヴォーク〉を使っていた。これは〈パラディン〉には欠かせない、敵対心を取るためのアビリティだ。

 この挑発アビが決まれば、戦線から“影エイジ”を五秒間引き離すことができたのだが、やはり20というレベル差によってレジストされてしまった。


『ま、問題ないだろ!』

 言いながら、エイジが“影ライネ”に迫って短剣を振るう。

 同時にアリシアも同じ対象に向かって攻撃魔法の詠唱を開始していた。


 吟遊詩人の鋭い攻撃。加えて炎魔法〈ファイアストーム〉の直撃で、激しく燃え上がる影のライネ。

 派手な炎のエフェクトが消えた跡には、燃えカスと化した赤髪の雑魚がいた。


『順調にゃ!』

 ミドちんの歓声。

『ライネよっわ』

 エイジの敵味方を一緒くたにした嘲笑。

「まあ……うん」

 なんだか釈然としない俺。


 いくらレベル差があるとはいえ、タンクである“影ライネ”をこんな簡単に倒せたのには、もちろん理由がある。


 それは、現在フィールドの端から戦闘を眺めている俺のキャラを見れば一目瞭然で、聖剣以外にインナーしか身に着けていない、いわゆる“裸”だったのだ。

 じゃあいっそのこと〈エクスカリバー〉も外しておいて良かったのでは?

 と思うかもしれないが、武器すら持っていないと敵がガン無視してしまう危険があった――というのは口実で、聖剣だけは手放したくなかったという俺のわがままなので、気にしないで欲しい。


 そんなことよりも、個人的に今の戦闘で注目したい点が一つあった。

 数ある攻撃魔法の中から、アリシアが〈ファイアストーム〉を放ったところだ。


 基本的に攻撃魔法は、ダメージと比例して詠唱時間が長くなり、消費MPも多くなる。〈ウィザード〉をやる人の中には大ダメージを出すことを至上主義として、MPのあらん限りに強力な魔法を連発する人もいるが、我らのアリシアさんは、

《オーバーキルなんてMPの無駄よね? むしろ恥じゃないかしら?》

 なんて平然と言ってのける御方だった。


 つまり彼女は、エイジの短剣の初撃で、“影ライネ”のHPが減るスピードを計算し、詠唱時間と与えるダメージを考慮した上で〈ファイアストーム〉を選択した。

 その読みはズバリで、燃え上がった“影ライネ”のHPは数パーセントまで一気に減り、直後のエイジの斬撃でゼロになったのだ。上手くやれるかと不安がっていたものの、最適な魔法を選ぶ勘は健在だったらしい。


 少し補足すると、各クラスには三時間に一回しか使えない〈アルティメットアビリティ〉というものが存在する。例えば〈パラディン〉なら〈インビンシブル〉であり、効果は30秒間、物理攻撃から完全に無敵になるというもの。

 これは裸であろうと使われれば厄介なため、バトルエリアに入る前にあらかじめ使用しておいた。こういったアビリティの再使用時間クールタイムも含めて、相手はこちらと同条件になるのだ。


(しかし、あれだな……こうも自分の考えた作戦が上手くハマると、気持ち良くて仕方ないなあ……)


 油断してる時が一番危ないのは、長いMMORPGの経験上理解しているつもりだが、存外〈シャドウスピリッツ〉も面白いじゃないか――なんて、すでに勝ち戦の軍師になったような気分に浸ってしまう。


 現在の戦況は、相手を一人減らして有利になったこちら側が、次のターゲットである“影アリシア”に攻撃を仕掛けるところだった。

 対する敵の魔女はというと、ライネへの攻撃が失敗に終わってすぐ、今度はアリシアに向かって詠唱を開始していた。

 氷属性の攻撃魔法、〈アイストルネード〉。

 その詠唱時間は10秒。


 標的にされたアリシアは、“影エイジ”からも攻撃を仕掛けられていた。

 お互いに〈吟遊詩人〉と〈ウィザード〉の二人がかりで相手の〈ウィザード〉を落とそうという図だ。


 詩人の斬撃にその身を脅かされながらも、アリシアは果敢に自分の影に接近し、片手で握ったロッドをガツンと振り下ろしてダメージを稼ぐ。


 エイジとアリシアの二人から猛攻を受けつつ、それでも詠唱を続ける影の魔女。魔法の詠唱は、物理攻撃を受けた際に中断される場合が多いが、〈クレリック〉の強化魔法にはその中断率を軽減させるものもある。

 かくして〈アイストルネード〉の詠唱は中断されることなく、なおも続く。


(……アリシアならわかってるはずだけど)

 そう思いつつ、俺は気が気じゃなかった。俺の体内時計ではもう10秒が経とうとしている。敵の魔法は、いつ発動してもおかしくない。


 だが次の瞬間に発動したのは、狙いすまされたアリシアの〈サンダーショック〉だった。雷の衝撃で“影アリシア”はスタンし、詠唱が強制的に止まる。


 信じていたものの、俺はほっと息をついた。

 

 頼みの魔法も不発に終わり、HPを急速に減らしていく影の魔女。

 後方には〈クレリック〉が控えているが、そのHPは回復されなかった。

 レベル差があって食らうダメージの大きい彼女を回復しても、無駄にMPを浪費してしまうだけだからだ。


 エイジに短剣で斬り刻まれ、アリシアからもダメ押しの〈ウィンド〉をもらった結果、敵の〈ウィザード〉は地面に倒れた。


『眠れ、アリシア……。お前はライネの十倍は強かったぜ』


 いちいち俺を引き合いに出すエイジはシカトして、今の攻防を振り返る。

 アリシアの〈サンダーショック〉を警戒せず、詠唱時間の長い〈アイストルネード〉を唱えた辺りは、初級AIゆえの甘さといったところだろうか。

 とはいえこの場合は、魔法の詠唱中は移動や通常攻撃ができない――という仕様を最大限に生かすため、ギリギリまでスタンさせなかったアリシアが流石と言えよう。RSOでは敵の詠唱ゲージなどが表示されないため、発動までの時間は体感で計るしかないのだから。

 

(もう俺は離れて観戦しててもいいかもな)


 仲間の頼もしさを再確認して、胸中でそう呟いた時、“影エイジ”に斬られ続けていたアリシアのHPが底をついた。

 いぶし銀の働きを見せ、地に伏した彼女は、

《あとは任せたよ……ぬわーーっっ!!》

 役目を果たし終えた者の余裕か。

 過剰なやられボイス付きのお茶目なチャットで仲間を鼓舞した。


『あはは、任せとけ!』

『仇は取るにゃ!』


 さあ、戦況はいよいよ中盤から終盤に差し掛かるといったところ。

 盤上ではエイジと“影エイジ”が殴り合い、それをミドちんと“影ミド”が遠くから回復するという布陣で戦いが繰り広げられていた。


 戦闘で脅威となる睡眠魔法は、何も〈ウィザード〉の専売特許ではない。〈吟遊詩人〉にも〈休戦のララバイ〉という単体睡眠曲が存在する。それによってエイジが眠らされるのは問題ないが、ミドちんが眠ってしまえば形勢が一気に逆転してしまう。

 そのため、ミドちんはエイジに回復魔法が届きつつ、敵の“影エイジ”による妨害が届かない距離を保たなければならない。

 それはつまるところ相手にとっても同じで、結局は単純な殴り合いに落ち着いているのだった。


 しかし、ここで忘れてはならないのが、俺たちのほうが先に“影アリシア”を撃破しているという点だ。アリシアが倒されるまでの間、こっちは“影エイジ”にも攻撃を加えている。だからHPの減りは相手のほうが速い。

 今は回復魔法も惜しみなく使われているため、両陣営の詩人のHPは5割以上にキープされているものの、〈クレリック〉のMPが尽きるのはあちらが先だろう。


 しばらくの間、短剣を相手に斬りつけるザシュという音と、〈ヒール〉のほわんとした効果音が交互に繰り返された。

 

 そして予想通り、“影エイジ”のHPが5割を切っても回復が飛んでこない瞬間が訪れた。

 こちらはミドちんが最後のMPで〈ヒール〉を唱え、エイジのHPを6割強まで回復させる。


 ここからは、砂時計の砂が落ちていくのをじっと待つような、静かな時間だ。

 同じ装備、同じレベル、同じ種族に同じステータスゆえ、ほとんど同じスピードで減っていくHP。

 

 HPがついに2割を下回った敵の詩人は、最後の仲間に託すように攻撃力アップの曲、〈猛攻のマーチ〉演奏し始めた。

 それを模倣して、エイジも同じ楽曲を奏でる。すでに勝ち確といってもいいほど優位な状態。ならば、眠らせて演奏を中断させよう、なんて余計な気は起こさず、相手と同条件になるように動くだけでいいのだ。


 お互いの攻撃力が上がったことで、戦いは決着へ向けて加速していく。

 

 先に力なく膝を折ったのは、至極真っ当な結果で“影エイジ”だった。

 それを合図に、〈クレリック〉の二人が武器を手に取って猛然と駆け出す。


『行くにゃー!』

 

 もはや前線も何もない局面。

 BGMも大サビに入り、いよいよ大将戦といった雰囲気が漂う。


 そんな、〈吟遊詩人〉同士の戦闘から流れるように始まったラストバトルだったが、二対一の有利な状態で戦えたのは、なんと10秒にも満たなかった。

 まだ1割強は残っていたエイジのHPを、“影ミド”がたったの二撃で食らい尽くしたからだ。


『ミド……、お前はライネの100倍は強かったぜ……ぐふっ!』

 あえなく倒れ込みながら、相方のミドちんを遠回しに讃えるエイジ。

「100倍は言い過ぎ……じゃあ、ないかもな」

 

 ――ミドちんには、ごく一部の人たちの間で語り継がれた、伝説があった。

 彼女の正式な名前は、ミドルファス。それは別のゲームで伝説的な強さを誇った剣聖の名前をもじったものであり、だからプレイ当初は、剣を扱うクラスをメインにする予定だったらしい。

 しかし、〈クレリック〉専用のフード装備の可愛さに負けて、悩んだ末に転職を決めたという過去があった。


 ところが、ソロでモンスターと殴り合ってるうちに、内なる闘争心が刺激されたのだろうか。気が付けば彼女は、〈クレリック〉でも使える攻撃用の装備に興味を示すようになっていた。

 そして、そういう風変りな装備もちゃっかり用意されているのが、MMORPGというものなのである。


 ヒーラー用の装備をしっかり高水準で揃えつつ、攻撃用の装備集めにも精を出すミドちん。時折その手伝いに駆り出されていた俺は、それ自体はやぶさかではなかったものの、これが役に立つ来る日がくるのか? なんて疑問を持ったこともあった。


 結果から言って、役に立つ日は来たのだ。


 今でも色褪せることのない記憶の一つ。あれは六人パーティ×三の十八人という大所帯で、ドラゴン族の強力なモンスター〈ティアマット〉と戦った時のことだ。

 一か月に二回しか出現しない超レアモンスターかつ、超高性能の装備をドロップするため、長らく取り合いの極致となっていたエリア――〈龍王の谷〉。

 その日、運よく戦闘権を獲得できた俺たちは、何度もシミュレートした戦法で、順調に〈ティアマット〉のHPを削っていた。


 しかしそこで、不慮の事故とも言えない悲劇が起きた。

 メインの盾が倒れ、サブ盾である俺との交代になった時、まさかのまさかでソロプレイヤーが乱入して、悪意に満ちた攻撃を加えてきたのだ。


 RSOは、設定次第ではプレイヤーに対しても攻撃できる仕様になっている。

 だけどプレイヤーを倒したところで、アイテムを奪えるといったメリットは何もない。統一サーバーによって運営されているため、ほかのサーバーに逃げることもできないし、キャラの名前を変えることも、他種族に転生することもできない。

 プレイヤーキルなんてすればすぐにSNSで晒され、肩身が狭くなるデメリットしかない。なのにそいつは――今となっては名前も思い出せないが――最高に最悪なタイミングで俺を攻撃してきたのだ。


 俺は〈ティアマット〉の猛攻とPK野郎の悪意に耐え切れず、気づけば戦闘不能になっていた。プレイヤーに攻撃されるなんてあまりにも想定外で、呆然として、手が動かなかった。

 PKをおこなったプレイヤーは、戦闘不能になるまでフリーのモンスターと同じ扱いになる。周囲で見ていたライバルパーティと仲間たちが団結して、ヤツは一瞬で処刑された。


 害悪は排除できたが、俺たちの戦況はよろしくなかった。盾が誰もいない状態で戦闘を続行するしかない、非常事態に陥ってしまったのだ。

 

 それからは、見るも無残な泥仕合の幕開けとなった。

 蘇生魔法が繰り返され、ゾンビのように立ち向かっていくプレイヤーたち。

 だけどパーティを立て直すには至らず、果てはデスペナルティの連続によって、レベルダウンさえしてしまう。

 アタッカー陣が玉砕覚悟の攻撃を加えることで、〈ティアマット〉のHPを少しずつ削るものの、討伐よりも先にMPが枯渇していく。


 一人、また一人と立っている者がいなくなり、その度に周りで見ていたライバルパーティがじりじりと近づいてくる。俺たちが全滅したあと、〈ティアマット〉の戦闘権を自分たちのものにするために。

 彼らの行動は恨めしかったが、その気持ちは理解できた。

 PKに遭ったのは可哀想だけど、このチャンスは見逃せない。

 俺が見ている側だったとしても、そう思っただろう。


 ボイスチャットは、たった一人のプレイヤーによってギスギスしていた。ゲーム内の戦場では、すでに十七人が倒れたままになっている。

 そこで最後まで生き残っていたのが、MPが尽きたミドちんだった。


〈ティアマット〉のHPはあと1ドットしか残ってないのに。

 生存しているのがアタッカーだったら、まだ望みはあったのに。

 地面を舐める自キャラを見つめながら、誰もがそう悔やんでいただろう。


 そんな中、次々と装備を早着替えするミドちんの姿があった。

 お気に入りの猫耳フードを脱ぎ捨て、決して可愛いとは言えないクリティカル率アップ効果の付いたターバンを頭に巻き、神聖な杖を投げ捨て、トゲトゲの鉄球が先端についた棍棒、〈モルゲンステルン〉を構える。


『にゃー!!』


 雄叫びを上げつつトゲトゲを振り上げるミドちん。

 体重差が数百倍はあるだろう〈ティアマット〉の重い一撃を、堂々と真正面から受け切り、振り下ろした窮鼠の反撃はクリティカルのログが流れ――。


【ミドルファスは、ティアマットを倒した。】


 なんとも無機質で淡白なメッセージを、俺は信じられない思いで見つめた。


 やがてパーティは蘇生され、ライバルプレイヤーたちから賞賛の拍手が送られた時、俺は感極まって泣きそうになったのを覚えている。


 ちなみに超高性能の装備はドロップしませんでした――というのがオチだ。


 舞台は現在に戻る。

 画面の中では、ミドちんと“影ミド”が愛用の〈モルゲンステルン〉で殴り合っている。バトルエリア突入前に確認させてもらったが、彼女の攻撃用装備は全部位が極限まで強化されていた。

 あれに殴られれば、今の俺では二撃すら耐えられないだろう。


 HP状況は、やはり先にダメージを与えているぶんこちら側が有利で、8割強を残しているミドちんに対して、相手は7割といったところ。


 と、不意にミドちんの体からビリビリとした電撃のようなエフェクトが溢れた。

『食らいにゃ!』

 威勢のいい声を上げた一瞬あと。高く飛び上がった猫耳〈クレリック〉が華麗な前宙を決め、その勢いのまま両手で握った〈モルゲンステルン〉を叩きつける。


 片手婚スキルを窮めた者だけが使える武器アビリティ。

〈デッドリークラッシュ〉だ。

 地面が粉砕されるエフェクトが派手に散らばり、それによって相手のHPがぐっと削られて残り3割ほどになる。


 聖職者クレリックとは何だったのかという殺人的な技だが、ミドちんが使えるのならその影もまた使えるのが道理。同様に放たれた〈デッドリークラッシュ〉を食らい、ミドちんのHPも4割まで削られた。


 互いのHPは1割ほどの差がついたまま、徐々に底へと向かっていく。


 このまま進んでも勝率は九割を超えている戦況。

 プラスしてこちらは、ひっそりと俺も生存しているのだ。彼女の攻撃に二撃すら耐えられないと言ったが、逆を言えば二撃なら身代わりになれるということ。


 だから俺が〈アタックカバー〉を――10秒間だけ物理攻撃を肩代わりするアビリティをミドちんに発動すれば、勝利は限りなく十割に近づく。


(なら、使うに越したことないよな)

 そう思い、ライネを喧嘩の仲裁よろしく、〈クレリック〉二人の間に滑り込ませようとした時だった。


『ライネっ! 邪魔をするにゃ! 騎士同士の戦いを汚すつもりにゃ!?』


 怒声が鼓膜を揺らし、

「ご、ごめんなさい……」

 俺は思わず謝ってしまった。

 己の分身であるライネも、身がすくんだように足を止めていた。


(騎士は俺のほうなのに……)

 と反論してやりたくもあったが、生憎と今のミドちんはバーサクモードのご様子だし、そっとして置くことにする。

(まあ、俺が今さら出しゃばる必要、なかったですよね……)

 怒鳴られた影響から、若干しゅんとした気持ちになり、また観戦モードに戻ったところで――ミドちんのHPが目に見えて削られた。


『おいおい、ちょっとマズイんじゃないか?』

『ふん! そのくらいでなきゃウチの相手は務まらないにゃ!』

 エイジの声も届いていないのか、怒りの猫娘はアドレナリンを放出させていく。


 HPが大きく削られた原因は、敵の攻撃が二連続でクリティカルヒットしたからだ。このゲーム、クリティカルが出ると防御力を無視してのダメージとなるため、相手が強固なほどダメージの伸びが凄まじくなる。

 かくいうミドちんが〈ティアマット〉にとどめを刺せたのも、5パーセントにも満たないクリティカルをあそこで引き当てたからなのだ。


 ミドちんが身にまとう攻撃用装備は、防御力が決して低くなく、クリティカル率も底上げされている。そこには、運の偏りが発生した場合にHP差を覆す、というリスクが潜んでいた――。


『嘘ぉ!?』

 驚愕するミドちんの声。

 まさかの三連続クリティカルヒット。


 ゲーム側のチートを疑いたくなるような運の悪さで、ついに並んでしまった二人のHP残量は、僅か0.5割。魔の四連続目こそ来なかったものの、攻撃を食らうタイミングは我らがミドちんのほうがほんの少しだけ早く――。


(あ、〈アタックカバー〉使わなきゃ)

 と俺が思った時にはすでに遅かった。


『そんな馬鹿にゃー!!』

 敵のHPを1ドット残して、ミドちんは騎士道精神に殉じていった。


 そして息つく暇もなく、仲間を屠った悪鬼羅刹が、まだ血が足りないとばかりに最後の獲物を見つけて襲ってくる。

「やべっ……」

 俺は反射的に敵に背を向け、キャラを走らせたものの、円形のフィールドで逃げ切れるはずもなく。


『ライネ! 逃げてないでウチの仇を取るにゃ!』

『そうだぞ! さっさとぶち当たって砕け散れ!』

《聖剣(笑)の力を、私は信じてるわ……(笑)》


「くそっ、お前ら……」

 すでに舞台から降りて、言いたい放題の仲間たち。あいつらへの怒りを闘争心に変えて、ライネは鞘から〈エクスカリバー〉を抜いた。


 こちらは満タンのHP。

 だが、レベル70の裸の男。

 あちらは鍛え抜かれた装備に身を包んだレベル90の化け物。

 だが、残りHPは1ドット。


 レベル差が20もあれば、まず攻撃が当たるのかさえ怪しい。当たったところでクリティカルが出なければ、ノーダメージに等しいだろう。

 

 果たして、先に攻撃判定を受けたのはライネのほうだった。

 感情があればガクガクに震えていたに違いない俺の分身へ、血塗られたトゲトゲが振り下ろされる。

 ぐしゃっという痛々しい音を鳴らして大きく仰け反るライネ。

 そのHPは、一撃で7割も奪われていた。

 

 やはり二撃目は耐えられない。

 だから、次のこちらの攻撃がラストチャンス――。


 超格上の相手に装備も着ていない状態で攻撃を命中させ、なおかつクリティカルを出す確率なんて、きちんと計算すれば1パーセントもないかもしれない。


 それでも――

「1ドットすら削れなくて、何が聖剣か――っ!!!」



 

 かくして――

〈シャドウスピリッツ〉初級の戦いは終幕した。


【エリア内の全ての敵を倒しました。

 30秒後に元のエリアに戻ります。】


 祝福する気がまるで感じられない、定型文の勝利メッセージ。

 七つの死体が横たわる戦場の中でただ一人、ぽつりと立っている裸の男。


「は……ははははは」

 その光景がシュールすぎて、俺の口から笑いがこぼれた。

 それが仲間たちに共有されていく。


『はははははははは!!』

『あはは! ライネすごー!!』

《私は信じてるって言ったyp》

『ははははは! いや、おもしれえ……何が聖剣かーって! しかも勝つしよ……はは、ははははは!!』

「はははははは!!」

『あははははは!!』


 爆笑の渦となったボイスチャット。声は届かないが、乱れたタイピングを見るにアリシアもきっと笑っているだろう。 

 たとえ負けていても、誰かを責めることなく笑いに変換されていただろうけど、それだけに勝ててしまったのがたまらなく面白いのだった。


 俺たちはひとしきり笑って、

「はあ……。しかし、勝てるとは思わなかった」

 一段落して、一息つく。


『まるで、あの時の再現だったなあ』

『ウチが〈ティアマット〉をボコボコにした時ね! あー、面白かった。でも興奮しすぎて、ちょっと疲れたかもにゃあ……』

『思いっ切り叫んでたしな。大丈夫か?』

『へーきへーき』


 時間が経つにつれ、激戦の興奮がゆっくりと落ち着いていく。

 楽しい瞬間が、楽しかった瞬間へと移り変わっていく。

 そして冷静になった頭で、どうしても考えてしまう。

(ああ、こんな楽しい時間は、もう二度と来ないんだよな……)


 アリシアも似たような気分に浸っていたのか、

《最後にみんなといい思い出ができたよ。とても面白かった》

 そんな嬉しいメッセージをくれた。


『そうだな。大満足の結果だった』

『うんうん。シャドスピやろうって言って良かったー』

「俺の見せ場も作れたし、シャドスピを提案してくれてありがとう。ミドちん」

『お礼はいいから、一千万ゴルド欲しいにゃあ』

「あげません」

『ちぇっ』


 戦闘終了のあと、俺たちはシステムの力によってバトルエリア前の薄暗い洞穴に退出させられていた。ライネ以外の三人は、依然として戦闘不能状態のまま地面を舐めている、哀れな格好である。


『んじゃま、このあとまたどっかに行くにしても、一旦アズマに戻るか』

 エイジの提案に、

「そうだな」

『にゃーい』

《おk》

 異論なく同意する面々。


 アズマからここに来るのに使った転移装置は、不便にも片道切符なんだよな……と俺が確認したその瞬間、三人が一斉に次元の狭間に吸い込まれていった。

 戦闘不能なのをいいことに、そのまま帰還ポイントへワープしていったのだ。


「ちょっ――」

 死んで戻るのは、転移アイテムがない場合の常套手段だが、少しくらい俺に遠慮してもいいじゃないか。そう思いながらアイテムストレージ内をくまなく探すも、転移アイテムがどこにも見当たらない。


 どうやら、ログインしてすぐに使用したあれが最後の一個だったらしい。


『おやおや? ライネ君だけ帰ってこないな? んんー?』

 わざとらしいエイジの声と、

『あそこで負けておかないからにゃー』

 理不尽なミドちんの言い分が、スゴクムカツク。


「お前ら……戻ったら覚えとけよ!」

 そしてライネは一人、戦闘不能にしてくれる強めのモンスターを求め、洞穴の中を走り回るのだった。

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