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《おいおい、ライネまでインしてくるってマジか!?》
興奮した様子の〈チーム〉専用チャットが流れてきたのは、俺がログイン人数を確認して苦笑いをこぼした直後だった。
〈チーム〉とは、いわばギルドのことである。
俺は付き合いが一番古い相棒に向けてチャットを返す。
《よう。久しぶりだな、エイジ。やっぱりログインしてたか》
五年ぶりとなるゲーム内でのやり取りに、俺も内心興奮して少し手が震えていたけれど、内容はクールを装ってみた。
《もちろんだぜ。いやあ、ほんっと久しぶりだな!!》
《ウチもいるにゃー!!》
再会を喜ぶ男たちの間に、猫語のやかましげなログが割り込む。
たったそれだけのことで、現役でプレイしていた頃の雰囲気を思い出し、懐かしさが胸に込み上げた。
相手の流儀に従って、俺は挨拶を交わす。
《ミドちんも久しぶりだにゃ》
《おひさにゃ! ライネ!!》
(エイジとミドちんの二人。……感動の再会だけど、これで全員だろうな)
そう思った時だった。
《久しぶりね、ライネ》
「え」
まさかの三人目の登場に、俺は思わずリアルで声を出して固まった。
(そういえばエイジが、ライネまで、とは言っていたけれど……)
まだ信じられない気持ちのまま、急いでキーボードを叩く。
《アリシアもインしてたんだ》
《うん。私もついさっきね。インするのはあの日以来》
あの日以来――
俺がRSOの現役プレイヤーとして活動していたのは、高校と大学に通っていた七年ほどで、就職を期にすっぱりと引退したのだが、同学年のアリシアも同時期に引退していたのだ。
そして、その後は特に連絡を取り合うこともなく、各々の人生に邁進することとなった。
唯一、エイジとだけは年の初めに挨拶がてら軽く話をしていて、ミドちんと一緒に今もなおRSOを続けていると聞いていた。だから、今日ログインすれば彼らに会えるかもしれないと予想していたのだが、アリシアもこんな末期にインしているとは思わなかった。
《その反応的に、二人で話を合わせてきたってわけではないっぽいな。じゃ、こうなったのは帰巣本能かw》
からかってくるエイジの例えは、実に的を射ていた。
《その通りかもな。けど、流石にあいつらはいないか》
《ルッツとエクレアは子供がいるしにゃー》
ミドちんが、六人で結成した〈チーム〉の残り二名の名前を挙げる。
ルッツとエクレア。
ゲーム内でうんざりするとほどの熱々っぷりを発揮し、ついにはリアルでも結婚に至った二人。今では珍しくもないネトゲ結婚のお手本のように、出産後は子育てに専念するべく潔く引退していったのが、五年も前のこと。
奇しくも俺とアリシアも引退目前であり、RSO最後の思い出として六人で盛大なパーティを開いた記憶は、消えない宝物の一つとして残っている。
《子供ももう五歳になったんだっけ》
俺の独白のようなチャットに、
《五歳……きっと可愛い盛りよね》
アリシアが感慨深げに返す。
それぞれ、
《まあ、な》
《だな》
《ねー》
と同意を示すと、文字だけのやり取りにもかかわらず、四人の間に若干しんみりとした空気が流れるのを感じた。
《ま、ライネとアリシアが帰巣本能で戻ってきたんなら、あいつらにはあいつらが築いた“愛の巣”があるってことさ。幸せにやってるだろうよ》
エイジが上手いこと言った風に結論付け、ムードを変えるようにさらに続ける。
《それはそうとライネ、そんな辺境でじっとしてないでさっさとアズマに来いよ。んで、早くボイチャ繋げよな☆彡》
あっという間に紡がれた文章が、この男のネットゲームの年季を物語っていた。
《わかった。すぐに向かう》
俺はヘッドセットのマイクの位置を調整して、〈チームチャット〉のボイス機能をオンにする。同時に、転移アイテムを使用したライネが光に包まれて消えていき――やがて画面が暗転した。
* * *
『リバイバル・ザーガ・オンライン』の大きな特徴に、プレイヤーが世界に与える影響の多大さが挙げられる。
MMORPGであるにもかかわらず、サンドボックスゲームのようにフィールド上の草木や岩を除去して土地をならせる〈開拓〉もその一つであり、同様にプレイヤーは好き勝手に〈建築〉や〈植林〉、〈栽培〉が可能で、大勢が団結して時間をかければ、地形そのものを変化させることだってできてしまう。
そうして、唯一無二のこの世界は、数万に及ぶプレイヤーの作為と、開発がアドリブ的に追加していく単純なAIを持ったNPCの手によって、無作為に作り変えられていく。
舞台となる大陸も、そのまんま〈アトランダム大陸〉と名がつけられていた。
今、ライネが降り立ったここ、東の大都市〈アズマデン〉に広がる純和風の風景にしても、元は何もない荒地だった。
どこまでも続く石畳。その両脇に並ぶ幾本もの桜の木。何でもないように見える生け垣一つをとっても、誰かの手によって作り出されたものなのだ。
そしてこれもRSOならではの特徴なのだが、〈アズマデン〉という都市の名前すらもプレイヤーの間で決められたものだった。
東西南北に大都市を作るという、全プレイヤー共通のワールドミッション。
それが完成間近に迫った時、安くないゲーム内通貨を払うことで、自分が考えた名称を提示できる期間があった。そして出揃った案の中からプレイヤーによる投票が行われ、もっとも票を集めたのが〈アズマデン〉だったというわけだ。
これは蛇足になるけれど、名前が決まった当時、俺はなんとなく納得がいかなかった。俺自身が案を出したわけでも、絶対にこれのほうがいいと思う名前があったわけでもないのに、なぜだか素直に受け入れられなかった。
動物園のパンダだったり、新しくできた建造物の名称の募集があったりするが、ああいうのに参加したことがある人は、この感覚がわかるだろうか?
あるいは、自分の住む町の名前が変わった経験がある人には、理解してもらえるかもしれない。
もちろん、今やここが〈アズマデン〉であることは、自分の分身がライネと呼ばれることと同じくらい馴染んでいる。結局、どんなものが選ばれても最初は違和感があって、次第に慣れていくものなのだろう。
それでも、誰かさんが考えた“七転八倒”みたいな名称が選ばれなかったのは、幸いだったに違いない。
「やっぱ、スシテンナットウはないよなぁ……」
俺の呟きはしっかりマイクに乗っていたらしく、
『おい、古い話を蒸し返すんじゃねえ!』
エイジから不満の声が返ってきた。
『あのギャグのために、俺は百万ゴルドも使ったんだぜ? なのに集まった票は、なんとたったの12票だ! 笑いも大して取れなかったしな』
「ギャグ? あの時は自信満々だったじゃないか。もし俺の案が通って石碑に名前が刻まれたらどうしようって、鬱陶しかった」
『はははは、懐かしいな。……いや、今日という日にまたこうやって話ができて、俺は嬉しいぜ、ライネ』
気恥ずかしいセリフを真面目な調子で吐くエイジに、俺も素直に応じた。
「ああ、俺も嬉しいよ、エイジ。本当に久々だ」
『ウチもいるにゃ~』
チャットと同じく、語尾に“にゃ”を付けた女性の声が届く。
「もちろん忘れてないにゃよ、ミドちん」
ミドちんの操るキャラクターは、猫耳と尻尾を有する〈ミャウラ〉という種族だ。だからか、彼女は初期から“にゃ”を付けて喋っていた。
チャットだけならまだしも、ボイチャでそんな喋りをするのに初めは面食らったものだが、みんなすぐに受け入れて、逆にこっちからも“にゃ”を付けて返したりするのが俺たちの日常になっていた。
『ふふん、忘れてないのならよいのじゃ』
キャラがブレるのも、ままあることだ。
「……それで、アリシアは?」
俺が控えめに問いかけると、素早くチャットが流れてきた。
《私もいるにゃ》
その一言で得心いって、俺は一人頷いた。
六人で〈チーム〉を結成した俺たちは、攻略に出かける際も大体そのメンバーでパーティを組んでいたが、アリシアだけはボイスチャットを使っていなかった。
メンバーの音声は聞くことができるが自分は喋らない、いわゆる“聞き専”というやつだ。
住所や家庭環境といったリアルの情報は、本人から話さない限り追及しないこと――という不文律が〈チーム〉の中であった。そのため、アリシアが喋らない理由を俺は未だに知らない。
もともと〈チーム〉内にボイチャを繋がないことを責める空気は皆無で、むしろアリシアがそこに引け目を感じていないか気遣う場面のほうが多かったと思う。
だから、彼女だけ文章で会話をするこの状態が、やはり俺たちの日常だった。
しかし、先ほどの返答を見て少し落胆している自分に気づく。
もしかして今日ならば、アリシアの声が聞けるかもしれない。
そんな期待があったということ。
(まあ……俺もみんなに告げていないことがあって、それを今さら告げる気もないから、他人をどうこう言う資格はないんだけど)
「アリシアも久しぶり」
できるだけ平常心を意識をしてそう言うと、
《さっきも言ったけれど、せっかくだからもう一度言うわ。久しぶりね、ライネ》
やや呆れた様子の返答が来た。
五年前と変わらないクールな雰囲気に、俺は軽く笑みを浮かべる。
画面上では、〈アズマデン〉の帰還ポイントである青い巨石の前で、ライネを囲むように三人のキャラが集合していた。
そのうちの一人が、複数のダンスモーションを組み合わせて手と足と尻尾を振り回し、奇妙な踊りを披露する。
白を基調とした〈クレリック〉のローブをはためかせ、キュートな猫耳フードの中で鮮やかなピンク色の髪を弾ませている彼女が、〈ミャウラ〉のミドちんだ。
〈クレリック〉とは言うまでもなく、HPと状態異常の回復役としてパーティに欠かせないクラスのことである。
隣では、強化と弱体を得意とする〈吟遊詩人〉のエイジが“お辞儀”のモーションを限界まで連打し、リアルでは有り得ない速さでキャラクターの上半身をカクカクさせて遊んでいた。
エイジのキャラは、〈アルブルフ〉という長い耳を持った種族で、ぶっちゃけて言えばエルフである。美しい金色の長髪に、緑のマントと羽根付き帽子をお洒落に着こなした美男子キャラだが、今は変態的な動きのせいで台無しになっていた。
俺もヤツに向き合い、にやにやしながらキーを連打する。
しばらくの間、ボイスチャット上にカチカチという打鍵音と、二人の馬鹿な男の笑い声がうるさく響いた。
『ははは! これだけで一日は遊べるな!』
エイジの他愛ない冗談に俺は苦笑する。その一方で、こいつなら本当にこのままやり続けかねないので、ツッコミを入れることにした。
「いや、それは無理があるだろ……。せっかくなんだし、何かやるかどこか行くかしないか? さっきからアリシアさんの視線も痛いし」
言いつつも、ふざけた動きを止めない俺たちから少し離れたところで、とんがり帽子をかぶったアリシアが棒立ちしていた。
アリシアのクラスは、遠距離から攻撃魔法を放ち、大ダメージを出すことを生業としている〈ウィザード〉だ。
帽子もコートもミニスカートも、黒や紺などの暗色でデザインされた、いかにもといった感じの代物で、開かれたコートの前方からは色っぽい太ももが覗き見えていた。胸の辺りまですらっと伸びた銀髪は、毛先だけ内側にカールしている。
その表情はデフォルトのままなのに、なんとなく冷めた目でこちらを見てるように感じるから面白い。
『おお……確かにこっちを睨んでるな。リアルでは罵声も浴びせてるかもしれん』
《浴びせてません》
エイジの軽口を即座に否定する。と同時にアリシアは、前屈みになって指を突き出す、“問い詰める”のモーションをした。彼女は喋らないぶん、こんな風にキャラのモーションを多用して、コミュニケーションを取るのだ。
ちなみに、俺とアリシアの種族は同じで、〈ヒューマン〉という。
その名の通り、RPGならどこにでもいる、ただの人間だ。
「それで、何かいい案はあるか?」
『んー、なんかやるっつっても、もうこの時間だしなあ……。ミド、どうだ?』
『うーん、そうだにゃあ……。あ! ライネとアリシアは〈アガルタの滅亡〉前に辞めちゃったにゃ? んでんで、せっかく四人いるんだし、シャドスピでもやってみるかにゃ?』
『ああ、そりゃあいいな!』
現役組二人の会話から飛び出した単語に、
《しゃどすぴ? 車道でスピン?》
アリシアが疑問を投げかけた。
その正式名称を俺が口にする。
「〈シャドウスピリッツ〉――か」
『お、ライネは知ってるっぽいな』
「まあね。引退したあともネットで情報を見たりはしてたんだ」
『なるほどな、引退してもその勤勉さは変わらんか。じゃあRSOオタのライネはともかく、アリシアのために俺がストーリーを要約しつつ、解説してしんぜよう。――時間が惜しいから、現地に向かいながらな』
『にゃーい』
《お願いしますよ、先生》
『おう、任せてくれって』
五年のブランクを感じさせないやり取りで方針が決まり、移動速度アップの楽曲――〈快足のポロネーズ〉を演奏したエイジを先頭に、一行は〈アズマデン〉の中を移動していく。
かつて人で溢れていた大通りは、プレイヤーの姿がほとんどなかった。
そんな閑散とした道を走りながら、エイジが口を開く。
『ミドが言った〈アガルタの滅亡〉ってのは、RSO最後の拡張DLCだな。発売したのが大体二年前で、お前らが辞めてから三年経った辺りか。……懐かしいぜ。DLCが出たらまたみんな帰ってくるんじゃないかって、ミドがしょっちゅう口にしてたなあ』
『……だって、六人でプレイしてた頃が楽しすぎたんだもん。ルッツとエクレアが引退しちゃって、ちょっとしたらライネとアリシアも辞めちゃって、そんで残ったのは引きこもりのおっさんだけだったし』
『おっさんて……、年はお前もそんな変わらんだろうが。――しっかし、お前らが辞めてすぐの頃は、このやかましいミドがいつもしょげてて、なかなか面白かったんだぜ? ぜひお前らにも見せてやりたかったなー』
『んもー!! エイジなんか嫌いにゃ!』
ミドちんがいじけてみせて、エイジが笑う。
そんな二人の会話を、俺はこの世界に残してきた思い出と向き合うような気持ちで聞いていた。
出会いがあれば、必然、別れもある。永遠に続く人間関係なんて存在しないのが世の真理だ。だからこそ、人は人との出会いに感謝し、ともに過ごす時間を大切にする。たかがゲーム、MMORPGでの付き合いだとしても、それは変わらない。
俺は、そんな大切な仲間を置き去りにしてRSOを辞めていった。
もちろんそこに悪気なんかない。リアルを優先させるためにゲームを辞めるのは仕方のないことだ。
とはいえ、どこか申し訳なさを感じていたのも事実だった。
だから、あの時と変わらないこの雰囲気に触れられたことが、心から嬉しい。
『はっはっはっ。嫌いとか心にもないこと、無理して言うもんじゃないぜ?
……って、あれ? ライネもアリシアも、やけに静かじゃないか?』
「――いや、エイジとミドちんは、本当に仲がいいなと思ってね」
『まあな』
『まあにゃ』
「ふふっ、ははは」
息の合った漫才のような返事に、思わず噴き出してしまう。
(ああ、こいつらと出会えて本当に良かった――)
なんて、今日ばかりは思ってみたりするのだった。
と、そこで、
《コホン。仲がいいのはとてもよろしいことですが、解説のほうも忘れずにお願いしますよ、エイジ先生》
しっかり者のアリシアが皮肉を交ぜつつ、話の軌道修正を促した。
こうして会話が脱線してしまった時は、文字で示される冷静なメッセージは強いのだ。
先生役のエイジが、
『あ、すまんすまん』
と謝罪を入れ、解説を再開させる。
『えーと、〈アガルタの滅亡〉のストーリーは、プレイヤーたちの活躍によって苦戦を強いられ続けていた魔族軍が、二つの秘術を発明するところから始まるんだ。
一つは、人類が支配する地域の中心部、〈アガルタ〉に直接部隊を送り込むっていう転移魔術でな。実際、拡張DLCが発売した当時は〈アガルタ〉がボロボロになってて、結構ショックを受けたもんだ。
まあ、今はそれすらもリバイバルされたあとだから、跡形もなくボロボロだった跡形もないけどな』
アリシアが“頷く”のモーションをする。
《ふむふむ。もう一つは?》
『もう一つは〈シャドウ化〉って秘術でな。プレイヤーの影を抽出して、姿や能力をそっくりそのまま具現化させて従わせるっつー恐ろしい術だった。つまり魔族軍は、人類軍と同じ戦力の〈影の軍勢〉を手に入れて、それを突然、〈アガルタ〉に送り込んできたんだ。そりゃあ、一晩で滅ぼされもするって話さ。
って言っても、悪は最後に負けるのが物語の常ってわけで、プレイヤーはなんやかんやで〈アガルタ〉を取り戻し、〈影の軍勢〉は魔族の支配地域に文字通り影を潜めるだけの存在になりました――と』
《じゃあ、シャドウスピリッツっていうのは、その影の軍勢と戦うのね?》
『その通り。アリシアは優秀な生徒だな。〈シャドウスピリッツ〉は〈影の軍勢〉の殲滅を目的に、敵地に攻め込むって設定の、バトルコンテンツなんだ。
――ただな、これが前代未聞の超高難易度コンテンツだったのさ』
終わりの一文を、大仰にゆっくりと告げるエイジ。
講義を受けていたアリシアは、
《ちょっと待って》
と断りを入れ、次いでもっともな意見を返す。
《超高難易度コンテンツって、エイジとミドちんはともかく、私とライネは厳しいんじゃないかしら……?》
アリシアがそう思うのも無理はない。俺たちが引退してから実に五年――レベルの上限は上がり、装備もより強いものに更新されているからだ。
「待った待った、今、俺の聖剣〈エクスカリバー〉を馬鹿にしたのかね?」
それをわかっていて、あえて俺が尊大に言うと、
『ふっ、〈エクスカリバー〉なんて所詮は過去の遺物。今や世界に200本以上も存在してる庶民装備にゃぜ』
ミドちんが鼻で笑って一蹴した。
「な、なんだと……。俺が手に入れた時は世界に二本しか存在してなかったのに」
《聖剣(笑)》
『ははは! 言われたい放題だな!』
アリシアに煽られ、エイジに笑われ――。
なんというか、俺は大満足だった。
『だがまあ、アリシアの不安なら問題ないぜ?』
エイジがそう言って、話題は元に戻る。
『さっきも言ったように、〈シャドウ化〉は能力をそっくりそのまま具現化させるんだ。だからアリシアとライネのレベルが低い分、相手もその状態で戦わなくちゃならない。条件は同じなのさ』
《条件は同じ……なのに、超高難易度コンテンツなの?》
『うむ。なぜなら〈シャドウスピリッツ〉の敵が持つ戦闘AIは、途轍もなく強力な上、戦うごとに学習して強くなっていくからなのだ!』
『なのにゃ!』
エイジ&ミドちんが、まるで自分たちが開発したかのように得意げに言った。
《じゃあ……将棋とかチェスのAI戦みたいなもの、なのかな?》
『言い得て妙というか、まさにそんな感じだな。これから俺たちが挑むのは、一番簡単な四人用の初級だ。ほかには六人用の中級、八人用の上級、十二人用の特級があるんだが、特級は実装された初日にツーパーティがクリアして以来、誰もクリアできていないっていう鬼畜っぷりだ。
あの〈RSOデータベース〉でさえ、特級は空白のままだからな』
アクセス数トップの攻略サイトを引き合いに、エイジが呆れた事実を語る。
アリシアはその説明で納得したらしく、走りながら再度、頷いて見せた。
《そっか。普通は日が経つほど攻略法が確立されてクリアできるようになっていくけど、AIが強化されちゃうなら、逆に日が経つほど難しくなっちゃうのね》
『そういうこと。こんなシステムをMMOに組み込むなんて、斬新な試みだったんだが……まあ、あんま流行りはしなかったな』
『ウチらも何度か挑戦してみたけど、中級から上はもう少しで勝てそうなところにいくのもしんどかったにゃー』
エイジとミドちんの二人からはそこまで批判的な色は感じられなかったが、大衆の〈シャドウスピリッツ〉に対する評価はもっと低かったことを俺は知っていた。
「ネットの掲示板なんて、すごい荒れようで見れたもんじゃなかったな」
開発者のオ〇ニーの代表例として、最近でも槍玉に挙げられることがあるくらい伝説的に不評だったのだ。
いわく、プレイヤーが勝てないのを見て楽しんでいる――と。
『俺も見てたぜ。個人的には、挑戦的なコンテンツで好きだったけどな! じゃあ熱心に通ったかと訊かれたら、そこはノーコメントだが……』
《そんな不評なコンテンツに、今から私たちは挑むのね?》
アリシアの鋭い指摘を受けて、三人が苦笑いを漏らした。
『……あー、ミドも言ったけど、しんどいのは中級以上だからな。初級ならたぶんなんとかなるだろう。――お、見えてきたぜ』
エイジの案内で走り続けた一行は、桜が芽吹く小高い山の前で立ち止まった。
山の一箇所に設けられた百段はあるだろう急勾配の石段を、四つのキャラクターが無感情に見上げる。
『ここを上れば着いたも同然だぜ』
リアルなら息切れ必死の石段だが、キャラたちは怯むことなく足を踏み入れる。そして一分とかけずに上り切ると、着いた先にあった、四角を描くように配置された四つの鳥居に出迎えられた。
鳥居に囲まれた石畳の地面には、青く光る魔法陣が。それがブーンという低い音を響かせ、起動中であることを示していた。
《こんなの前はなかったよね?》
アリシアの疑問に、エイジが楽しそうに答える。
『うむ。これは魔族軍がアズマに戦力を送る時に使っていた秘術を、逆に人類側が奪って使っているという、人間のたくましさが垣間見える転移装置なのだっ!』
《……なんだか、やられっぱなしの魔族軍が可哀想に思えてきたわ……》
『ははっ。ま、そのおかげでシャドスピのエリアまでワープできるんだ。それでも可哀想ってんなら、アリシアは歩いてっても構わないんだぜ?』
《それとこれとは別問題です》
アリシアはクールにそう告げて、一歩前に出た。
エイジが“肩をすくめる”のモーションをして、魔法陣の上に乗る。
しばらくすると地面から眩い光が沸き立ち、美形のエルフは透明になって消えていった。
残った俺たちも魔法陣の上に乗る。三人が色彩を失って消える間際――アリシアが正しい用法で“お辞儀”のモーションを繰り出した。
《魔族さんありがとう》
* * *
画面の暗転――
二秒の空白のあと表示されたエリアは、巨大な洞穴の中のような、不気味で薄暗い空間だった。グロテスクな造形の石灯篭が、等間隔に二列並べられ、灯された紫の火がぼんやりと道を形成している。
《なんか……出そうな雰囲気ね》
『〈影の軍勢〉って言うくらいだし、暗いところが好きなんだろ』
エイジの適当な考察を聞き流しつつ、少し進むと、カタカナとアルファベットが組み合わさったような魔族文字が空中に浮かべられた、半透明の防壁があった。
『これがコンテンツの入り口な。でだ! ここでライネに無茶振りなんだが、今の俺らが勝てるような、マーベラスな作戦を考えてくれないか? こういう役回りはいつもお前だっただろ?』
無能な権力者よろしく丸投げしてきたエイジに、しかし俺は即答してみせる。
「わかった――というか、もう考えてある」
『おお? マジかよ』
『えー? とか言って、ただの脳筋アタックじゃにゃいの~?』
ミドちんの訝しげな声はスルーして、半ば得意げになりながら言う。
「シャドスピをやるって決まった時から、ずっと考えてたからな。上手くいくかはまた別だけど……」
《さすがライネ》
(――!!)
さすがライネ。
あの頃から変わらず全然デレてくれないアリシアから贈られた、たった六文字の言葉に、不覚にも頬が緩んでしまうのを感じた。
『流石RSOオタだな!』
なんか耳を撫でていったこれは無視して、俺はさっそく本題に入る。
時間は、あまり残されていないから。
「じゃあ、説明するよ――」