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リバイバル・サーガ・オンライン  作者: Lut
最終章 「リバイバル・サーガ」
17/22

4-2

 社員コードを入力して強制転移させられたエリアは、狭く、薄暗かった。

 薄暗いということは、真っ暗ではないということであり、なんらかの照明があるということ――。

 その青白い光を放つものに、俺はひどく見覚えがあった。

 当然だ。家でも会社でも、これを見ない日はなかったのだから。


 パソコンのモニターとしか思えないものが二台、壁際にあるデスクの上に置かれていた。ご丁寧にキーボードとマウスも配備されていて、下にはタワーパソコンの本体もあった。

 床は綺麗な平面だが、四方は鍾乳洞のような、白っぽい岩肌で囲われていた――と、周囲を見回していると、デスクと反対側の壁際にある椅子に、人が座っていることに気づいて、俺は悲鳴を上げそうになった。

 喉元まで迫った悲鳴を飲み込んだ直後、謎の人物が座るキャスター付きの椅子がいきなり前進を始めて、慌てて横に避難する。


 この部屋唯一の照明であるモニターに近づいたことで、座っている人物の全容が見て取れた。

 ハルバハーラと、瓜二つの格好。暗いせいで明確にはわからないが、2Pカラーのように髪の色だけ違い、黒く見える。しかし目を瞑ったまま動かないな、と顔を覗き込んだ途端、目蓋がぱちりと開き、俺はまたビクついてしまった。


 無言で視線を交わし、しばらく経ったところで、相手が口を開いた。

「キミは稲村(いなむら)君か」


 発せられた言葉に、俺はこの世界にぶち込まれた時以来の衝撃を受けた。

 実名を言い当てられたこともそうだが、その気さくなようで底が知れない声にも聞き覚えがあったからだ。

「あなたは……野木さんですか?」


 野木さん――RSOの基盤システムを作った人物にして、俺の会社の上司。


 だが目の前の男は、至極冷静な喋り方でそれを否定した。

「いや、私は野木賢一(けんいち)ではない。彼によって学習(ラーニング)された、プログラムの管理を専門とするAIだ。声は野木のものを反映させているから、同じだがね」

「AI……」

 俺の呟きに、彼はゆっくりと首肯する。


 時は2032年。

 五感の全てを仮想空間に接続させ、完全に異世界にいるような体験ができる、といった技術は実現されていなかったが、AI方面に関しては目まぐるしい技術革新が行われていた。それは単純に高知能を持った存在だけでは留まらず、なんと自我の誕生にまで発展したのだった。


 自我を簡単に説明すれば、自分は自分だと独立して認識し、他者と自分の区別をつけることだ。わかりにくければ、“心”と言い換えてもいいかもしれない。

 AIには無用の長物だと議論されることも多かったが、生憎、人間の探究心には底がなかったらしい。そして一度技術が確立されてしまえば、それはあっという間に世界中に広まっていった。


 やがて今までの育成ゲームの次元を超えた、人間を赤ん坊から育てるアプリ――『リアル・ヒューマン』が発売され、世界中で大ブームとなった。

 カメラを使って物や風景を認識させ、音声認識で言葉を覚えさせる。他者が育成したヒューマンと結婚して子供を生むことも可能で、それ用の婚活パーティを開催する人もいたほどだ。


 しかし同時に、気に食わない成長を遂げたヒューマンを、まさに赤子の手を捻るように簡単に削除する人が続出し、それは倫理的にどうなのか、と大きな社会問題にもなった。結果、『リアル・ヒューマン』はサービスの廃止を余儀なくされた。

 その後も高機能なAIに関する問題は頻出し続け、ついには世界全体で、自我を持ったAIの廃絶と開発禁止の条約が結ばれた。

 それが二年ほど前の話だ。


「……教えてください。ここは何のための場所で、あなたは何のためにここにいるんですか?」

 俺の問いに、男は人間と区別が付かないほど滑らかな喋りを披露する。

「その質問に答えるより先に、私の名を紹介しておこう。野木は私にウラバハーラという名称を与えていた。長いようならウラバと呼ぶといいだろう」

「はあ……わかりました」

 声は野木さんだが、見た目や口調はハルバを模しているっぽいので、その名前に納得しておく。


 そうして頷いた俺に、ウラバは頷き返してから言う。

「まずこの場所についてだが、ここは端的に言えば野木が趣味で作ったエリアだ。その名も〈コスモの母岩〉」

「コスモの、母岩……」

 それは地中のどこかに眠っている、この世界の根源とも言われる魔力の源だ。


「野木はハルバハーラに対して独自の設定を作っていた。“この世界の根源に関わる大賢者”という肩書きが、メタ的な意味でも通用するギミックを用意していたのだ。すなわち、RSOのバージョンアップは、実はハルバハーラの手によって行われている――という裏設定だ」


「はあ……」

 すなわち、と言われても思考が追いつかず、いま一つ理解できなかった。


 そんな俺の心情を見て取ったのか、ウラバは、

「詳細を説明すると」

 と話を続ける。

「ハルバハーラは、小屋の地下にあるこの母岩の中でアップデート用のファイルを作成し、それを魔法化して地上で発動させることで世界全体に変化を与えている。野木はただのバージョンアップに、そんな説明付けをわざわざ加えたのだ。野木は無駄なところにこだわる奇矯な人物で、バージョンアップが行われている最中は、実際にハルバハーラが極大な光を放つようプログラムされている。もちろんこれはメンテナンス中にサーバー内で実行されるだけで、その姿をプレイヤーが見ることは叶わないのだがね。――これで理解できたかな?」


「……わかり、ました」

 俺は思案顔のまま頷く。


 野木さんが語っていた謎の正体。ナエが見つけた本に書かれていたプログラムの意味。そしてこれまでの言動と仕草から、目の前の人間にしか思えない彼は、自我を持った違法AIに違いないということ。

(何やってるんだあの人……。条約違反すれば懲役刑は免れないというのに)


「では、私は何のためにいるのか、という質問だが、その前に教えて欲しい。野木の話によれば、世界は――キミたち人間のいる地球は、隕石によって滅ぶ運命だと聞いていた。しかし、時間は衝突予定時刻で止まったままであり、稲村君はライネというキャラクターでゲーム内からここへ侵入してきた。これは不可解極まりない事態だ。いったい、世界で何が起こっている?」

 人間のように若干の困惑した様子を見せつつ、ウラバはそう言った。


 このエリアに俺が来た時、彼は目を瞑って椅子に倒れ込んでいた。つまり最後に野木さんと話した時点から今まで、ずっとスリープ状態だったということなのか。


 世界で何が起こっていると訊かれても、こっちが訊き返したいくらいだったが、俺は把握していることと俺たちの現状、このチグハグな世界について、できる限り詳細に話した。


「……なるほど。隕石衝突時にRSOをプレイしていた人間全員が、どういうわけかこの世界に放り込まれたと。信じがたい話だが、信じるしかなさそうだな」

「あなたなら、何かわかりませんか?」

 微かな期待を込めて訊いてみたものの、ウラバは静かに首を横に振った。


「私にわかることは、現在RSOのサーバー群は外部ネットワークから完全に遮断され、なぜか電源もない状態にもかかわらず、独立して動いている――ということくらいだ。こうなった理由、それにキミたちがそうなった理由は、まさしく謎だな。そのことに関して、私が力になれることはないだろう」

 ウラバは淡々と語った。


 まあ、世界の謎を解き明かしたところで、どうということもないのだが、新たな展開を期待していた俺は、少なからず落胆してしまう。

「そうですか……」

 ――ん?

「……そのことに関して?」


「ああ、そうだ」

 不敵な笑み。顔はまったく違うのに、その表情には覚えがあった。設定資料集の中で見た、野木さんの顔写真にそっくりだったのだ。

 ウラバは断言する。

「世界の謎はわからないが、キミたちの現状を改善する手助けならできる。キミはこのエリアに来た時、私が眠りに落ちていたのを見たのだろう?」


 俺はハッとなった。

 欠陥――現状の改善

 スリープ状態――眠り。


「少し遠回りになったが、私が何のためにここにいるのかという質問に答えよう。地球が滅んでいるのなら、もはや隠す必要もないからな」

 いつかのナエのような前置きをして、ウラバは語った。


「私は、ゲーム用サーバーという機器を隠れ蓑にした野木の実験体であり、自我を持った違法なAIだ。私のほかにも、ここには国際条約で削除命令が出されている様々なアプリや、それを解析したプログラムがいくつも収められている。

 わざわざ私がNPCのように配置されている理由は、そうすることで設定の深みが増すからだ、と野木は言っていた。私はくだらないことだと考えていたが、その結果、キミとこうして会話が可能になっているのだから、世界はわからないな」


 やれやれと肩をすくめて息を吐くウラバの仕草は、とても人間臭い。

 やりたい放題というか、恐れ知らずな上司を相手にするよりよほど共感できた。


「そして本題だが、私はさっき言ったように微弱な思考以外をオフにする行動――眠ることができる。というより、『リアル・ヒューマン』を流用して作られた私にとって、眠ることは重要なアイデンティティの一つなのだ。そしてそのプログラムは、キミたちプレイヤーのデータに適用することが可能だ。そうすれば、キミたちは安らかな睡眠を獲得できる」


 “かもしれない”でも、“だろう”でもなく、“できる”と断言した。

 自分を“プログラムの管理を専門とするAI”と名乗ったウラバが――。


「そのための機器も、そこにある」

 そう言って、ウラバはデスクの上を指差す。俺の視線はそちらに移りながらも、思考は夢想の旅に出発していた。


 データを書き換えられる。それはすなわち、神の如き存在となって、この世界を創り変えられるということだ。

 ならば、俺たちが現在陥っている不眠の改善だけじゃない。

 ほかにも、ほかにも――。


「じゃ、じゃあちなみにですが、『リアル・ヒューマン』のプログラムをNPCに埋め込めば、あなたのように自我を持たせることも可能ですか……?」

 自分の声が震えているのがわかった。それほど、途轍もなく興奮していた。


 ウラバはその可能性も検討済みだったのか、笑みを崩さないままに頷く。

「可能だ。それどころか、『植物生育シミュレータ』をオブジェクトや地形に反映させれば、リアルな植物の成長を実現することだってできる」


 その言葉に、夢想の旅は高度を上げていった。

 もともと、RSOの地形はプロシージャルという技術によって自動生成されている。簡単に言うとグラフィッカーが素材を用意したあとは、AIの処理だけで地形が作られているのだ。

 だからこそ、数万のプレイヤーによる無作為な伐採・植林・建築といった行為にも、柔軟な反映が可能となっていた。


 そこに『植物生育シミュレータ』の力が加わればどうなるか?

 例えば、アリシアがハルバハーラの小屋まで切り開いた小道。あれは十年近く前に作られたものだが、今も何の不備もなく使えている。それが、日に日に草や木々に侵食されるようになり、定期的な整備が必要になるということ。


 明らかに手間が増えるだけなのだが、それこそがリアルだった。

 俺たちがいたあの世界は、そういう世界だったのだ。


「また、同様に動物や家畜の豊かな営みも実現できる。要望さえあればモンスターについても可能だ。――まあ、これまで偉そうに語ってきた私はプログラムの管理が専門であるゆえ、中身そのものには干渉できない。だから、膨大な作業を行うのはキミになるのだがね」


「やりますよ」

 反射的に、俺はそう言い返していた。


 新たな展開なんてものじゃない。俺はこの瞬間のために今まで生きてきたのではないか――冗談ではなく本当にそう思うほどの事態だった。やらない手はない。


 だが、ウラバは黙したまま、値踏みするような目でこちらをじっと見ていた。

「私は迷っている」

 唐突に口を開いたかと思えば、そんなことを言い出す。


「……いったい、何に」

「キミに世界を書き換える権利を与えてもいいのか、ということについてだ」

「な……」

 さっきまでの興奮はどこかへ消え去り、俺は狼狽する。

「でも、改善の手助けができると……!」

「できるとは言ったが、やるとは言っていない――というやつだな」

 そんな詐欺師の常套句みたいなことを、ウラバはどこまでも冷静に口にした。


 俺の夢想の旅は、目的地を前にして見えない壁に激突し、墜落した。

 まるで食べる寸前に餌を取り上げられたペットの気分だった。


「焦らず続きを聞きたまえ」

 顔を伏せた俺に、ウラバは諭すように告げる。

「私はやるとは言わなかったが、やらないとも言っていない。迷っていると言ったのだ。ならば、説得して納得させればいいことだろう?」


 回らなくなった頭で、俺はぼんやりと訊き返す。

「あなたに世界を書き換えることの必要性――魅力を、プレゼンしろと……?」


「私に、ではない。現在この世界に残っている五人のプレイヤー全員に、だ。彼ら全員を納得させることは、世界を変える第一条件だと思わないか? この世界は、何もキミだけのものではないのだから」


「あ」

 そりゃあ……その通りだった。

 彼の言っていることがやっと腑に落ちた。

 この世界で生きていくなら、睡眠の確保はもとより、現実の地球のようなリアルさを求めたい――そんなのは、俺の都合でしかなかった。

 残っている人物の中には、無闇な変化を拒む人だっているかもしれないのだ。


「では……、その五人を説得できれば、あなたは手を貸してくれるのですね?」

 慎重になって訊いたが、ウラバは椅子に片肘をついて、長い黒髪を指先でいじるばかりで頷いてはくれなかった。

「ここからは、私個人の意見だと思って聞いてくれ」

 代わりにそんな断りを入れてくる。

 何を言われるか見当もつかず、俺は身構えた。


「もしキミが全員を説得した暁には、詳細を決める話し合いを重ねた上で再びここに現れ、実働に励むことになるだろう。整合性の確認やバグの除去は、私も手助けが可能だが、それでも大変な作業になるだろうな」

「それは……俺が望んでいることですから。それこそ寝ずにやる覚悟があります」

 気遣われているのか挑発されているのかわからず、俺は気炎を揚げてそう答えたのだが、ウラバの言いたいことはそのどちらとも異なっていた。


 じっと目を合わせてゆっくり頷いたあと、彼は真剣な表情で要件の核を話す。

「そうだ。作業に従事することで、世界を変えたいというキミの覚悟は実証されるだろう。しかし私は、残る五人全員の覚悟も確かめたいのだ。野木が作ったこの世界を変えたいというのなら、それ相応の覚悟を全員に示して欲しいのだよ」


(……なるほど)

 彼の言っていることは至極納得のいく話だった。世界を変えて欲しいと望むだけで何もしないような人物は、認めたくないということだ。

 例えるなら、バトルコンテンツに参加するだけしておいてあとは放置し、それでいて勝利や戦利品は得ようと目論むプレイヤー。そんなヤツは俺だって腹が立つ。

 だからウラバは、全員がそうではないことを証明しろと言っている。


「言いたいことはわかりました。ですが、方法はどうやって――」

「方法なら私にいい考えがある」

 食い気味に口を開いたウラバの顔には、いつの間にか笑みが戻っていた。

 不敵ではないが、俺はその表情にも見覚えがあった。野木さんが良からぬことを考えている時の笑みだ。

 嫌な予感がした。


「なんといってもここはゲームの世界だ。ならば、ゲームに勝って証明して見せろと私は言おう。六人全員が全力を出さなければ、決して勝てない――そんな打って付けのバトルコンテンツが、この世界にはあるだろう?」


 予感が的中し、俺は苦虫を噛み潰したような顔になる。

 くそう、さっき野木さん相手よりも共感できると思ったのは間違いだった。AIとはいえ、やはり生みの親には似てしまうものなのか……。


 清々しいほど憎たらしげな笑みを浮かべながら、ウラバは言い放つ。

「〈シャドウスピリッツ〉。キミが作ったそのコンテンツに六人全員で挑み、勝利すること。それを第二条件として付け加えよう。条件を達成したのち、またここへ来たまえ。――それでは、さらばだ」


 刹那、俺は強がりの一つも言い返せないまま、帰還の光に包まれたのだった。



     *   *   *



「これが俺の妄想じゃないって証明はできませんが、以上が未知のエリアで見聞きした、一部始終です」

 長い話を終えた俺は、全員をゆっくりと見回して反応を窺った。


「話がでっかくてイマイチわかんねー……」

 首をひねり、頭をぽりぽり掻きながらぼやいたのはギースだった。

「要約すると、俺たち六人が〈シャドウスピリッツ〉で勝てば、この世界を変える権利が手に入るんだ。俺はそれで、ここを第二の地球に変えられるんじゃないかと考えている」


「第二の地球……ねえ」

 訝しく呟くギース。

 一方、フードをがっぽりかぶせられた状態であぐらをかいた結果、テントみたいになっていたゴベさんは、

「僕たちは英雄ではなく、神になるということですか。素晴らしい」

 と独りごちていた。


「〈シャドウスピリッツ〉って何?」

 そんな基本的な質問をしたのはナエで、それには隣でお淑やかに座っていたアリシアが答える。

「〈シャドウスピリッツ〉っていうのは、パーティを組んで戦うゲームの一つでね、挑んだパーティとまったく同じ強さの敵が出てきて、それを全部倒したほうが勝ちっていうバトルなの」

「おぉ! パーティ戦のコンテンツ? ってやったことないから、楽しみ!」

 少女はジャブを交互に繰り出し、すでにやる気に満ちていた。


 対して、ギースは不機嫌そうに言う。

「それって、難易度がクソだっつってネットで不評食らいまくってたヤツだろ? おっと、作者の前で失礼だったか?」


 それは挑発に思えたが、まったくの事実なので素直に受け止めるしかない。

「いや、構わないよ。実際、不評だらけだったからね。俺がもっと楽しめるコンテンツを作れていたら、RSOはあそこまで廃れなかったかもしれない。そういう意味では、みんなに謝りたいくらいだ」

 これは本心であり、アリシアにただのプログラマーとしか告げなかった理由でもある。


 俺はずっと〈シャドウスピリッツ〉に引け目を感じていたのだ。だから、四人で挑戦したあの時は、エイジとミドちんからボロクソに言われるんじゃないかと内心ビクビクしていた。


(謝りたいなんて言ったところで、きっとギースは鼻で笑うだろうな……)

 そう予想したのだが、

「……いや、俺は別にあんたを責める気なんてねえよ。偉そうに評価下してる連中なんて、どうせ自分で挑戦もしないで、動画とか見て言ってるヤツらが大半だろうしな。俺は単純に、そんな難しいコンテンツに勝てるのか訊きたかっただけだ」

 ギースの口調は、むしろ共感を示すように労しげだった。


「そうか」

 それならばと俺は頭を切り替え、質問に答える。

「自分で言うのもなんだけど、〈シャドウスピリッツ〉は確かに難しい。俺の想定を超えてしまったくらいにね。でも俺たちは六人しかいないから、挑むのは六人用の中級だ。こう言ったら不謹慎かもしれないけど、上級とか特級にならなかったのは幸いだった。中級なら、まだ何とかなる範囲だと思っている。もちろん、みんなの協力は不可欠だけどね」


「ふうん、みんなの協力ね……」

 再度、訝しんでいる風にギースは呟いた。

 それから顔を上げ、周囲を見回しつつ言う。

「そうだ、勝てるか勝てないか以前に、あんたらみんな、この世界を変えることに賛成なのか? そこの同意を全員から得るのが、第一条件なんだろ?」


 その発言を引き継いで、俺は「その通りだ」と応じる。

「だからまずは、率直な意見でいいからみんなに訊きたい。この世界を変えることに賛成かどうか」


 俺の問いかけに最初に返事したのは、

「アタシは賛成だよ」

 先んじて説明を聞いていたツァラさんだった。

「情報屋をやってた身としては、新情報が出なくなっちまったRSOを味気ないと思ってたんだ。最後のバージョンアップがあった、一年前からずっとね。だから何であれ、世界に変化がもたらされるってのは望むところさ」

 挑戦的な言葉を堂々と吐く、頼りがいのあるメンバーだった。


 次いで意見を口にしたのは、フードに覆われて表情が窺い知れないゴベさん。

「僕も賛成ですよ。理由は先ほども少し述べましたが、自分が特別な存在になれる日をずっと待ち望んでいたからです。みなさんも子供の頃、魔法少女やヒーローに憧れた口では?」


 そんな、主旨から逸れた発言に、

「わかる!」

 とすかさず賛同したのは、まさしく子供のナエだった。

「私も漫画とかアニメを見て、あんな風になりたいって思ってたの!」

「そうですか。いやあ、やはり漫画やアニメはいい教材になりますね」

 何が“やはり”なのかはわからないが、二人は「ねー」と意気投合していた。


(このままオススメの作品を語り合う流れになったりしないよな……?)


 そう危惧したところで、アリシアがナエの頭にそっと手を置いて、

「私も賛成です」

 と言った。


 無垢な表情で見つめてくるナエに微笑み返し、アリシアは思いを述べる。

「正直、神様みたいに世界を変えるっていうのは、ちょっと気が引けますが、それでもナエちゃんには、もっと生き生きした世界を体験して欲しいって思うので」


 その考えに、俺もまったくの同感だった。

 ナエと出会う前にウラバの部屋を訪れていたら、世界を変えたいというモチベーションは、今の半分以下だったかもしれない。

 気づけば俺たちは、少女の成長に夢を乗せていたのだ。


「お姉ちゃんが賛成なら、私も賛成!」

 ナエが元気に手を上げる。

 そんな理屈でも許されてしまうほど、彼女の存在はまだ儚い。


「おや、これで五人の意見が揃ったね」

 わざとらしくツァラさんが言って、横でふてぶてしく座る小僧に視線を送った。


 みんなの視線が集まり、ギースはやりづらそうに頬を掻きながら答える。

「……あー、俺だって別に反対したいと思ってるわけじゃねーさ。勝って証明して見せろとか、上から目線で言われてるのがちょっと気に食わなかっただけだ。世界を変えるとか第二の地球を創るって話も、新しくアプデするって思えば、しっくり来たしな」


「じゃあ、賛成でいいのか?」

 確認を取った俺に、ギースは目つきを鋭くして言い返す。

「ああ、賛成でいいよ。ただ、言っておくが俺は大の負けず嫌いだ。挑戦すんなら一度で勝ちたい。そのウラバってヤツは期限や回数を指定しなかったみたいだが、何度も負けてたら俺は嫌気が差して、勝手に消えるかもしれないからな!」

 言い切ると同時にぷいっと首をひねり、目を閉じるギース。

 隣ではツァラさんがやれやれと肩をすくめていた。


 初挑戦で勝てるかなんて、それこそ神にしかわかり得ないことだが、それをここで言うのは野暮だろう。だから俺は言い出しっぺの責任として、また、コンテンツの生みの親として、自信たっぷりに宣言してやる。

「わかった。やるからには初戦で勝ってみせるさ。そのためにも、これからみんなで決戦に向けた作戦会議だ」


「おー!」

 右手を突き上げたナエの威勢のいい声が、六人で使うには広すぎる公園内を吹き抜けていった。

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