1-1 終章「末期と終末」
モニターが暗転して二秒――
3Dでリアルに描かれた、薄暗く鬱蒼とした森が表示された。
同時に、妙に物悲しい気持ちになるロウテンポのBGMと、ちょろちょろというSEがヘッドホンから再生される。
蛇口を閉め忘れた時に聞こえるような、この音の正体は、苔むした岩と岩の間を流れている、いつ枯れてもおかしくないほど細い滝だった。
画面の中央では、赤い短髪に白銀の鎧をまとった人間――ライネと名付けた己の分身が、意思もなく体を軽く揺らしながら立っていた。
(そうだ――俺はこのゲームを引退した日、最後のログアウトの場所としてここを選んだんだった。……この暗い雰囲気が、なんだか落ち着くんだよな)
懐かしい記憶に浸りながら、改めてキーボードとマウスを操作し、メニュー画面を開く。実に五年ぶりのログインにもかかわらず、淀みない操作で全エリアの接続人数の表示を実行させた。
【日本時間:2032/6/25/(金)0:32
全エリアをサーチした結果:329人が見つかりました】
「ははっ……」
この期に及んでもなお、なのか。
この期に及んだからこそ、なのか。
300人を超える人間が未だこの世界に執着していたという事実に、俺は思わず苦笑いをこぼした。
『リバイバル・サーガ・オンライン』
頭文字のRSOをそのままローマ字読みされたり、リバサガといった呼び名で親しまれたこのゲームが発売されたのは、もう12年も前――2020年のことだ。
ジャンルはMMORPG。当時の主流だった、ほとんど手間のかからないキャラ育成や、きちんとストーリーが進行できるよう過剰なまでに親切設計されたライトなゲームたちを嘲笑うかのように、RSOは現れた。
『このゲームは一年程度では遊び尽くせない!
プレイするには人生を捨てる覚悟が必要だ!』
発売前のそんな宣伝文句は、一部のゲーマーに懐疑的ながら深い興味を植えつけた。そして発売され、徐々に面白さが周知されるにつれ、コアなファンを獲得していくこととなる。
『凶悪な魔物たちによって世界は支配され、僅かに残った人類は地下で息を潜めて暮らすほかなかった。しかし、それから200年が経った現在、人類は反撃のための力を十分に蓄えた! さあ、人類よ! 今こそ立ち上がり、魔物に奪われた土地を再興していこうではないか!!』
プレイヤーはそんな役割を与えられ、始まりの地下都市〈アガルタ〉から地上へと這い出ていく。役割を与えられたといっても、そこからは自由だ。好きなようにエリアを進み、モンスターを倒し、レベルを上げ、荒れ果てた土地の開拓や新たな町の建築を行い、思い思いに人類の支配地域を広げていけばいい。
だが、先述したように、このゲームはおよそライトなものではなかった。
ゲームが有利になるような課金要素は一切なし。
徒歩で移動すれば、一つのエリアを越えるのに30分は当たり前。ソロで戦えば自分と同レベルのモブモンスターでさえ苦戦を強いられ、倒しても得られる経験値は雀の涙ほどしかなく、死んで戦闘不能になれば低レベルだろうが容赦なく経験値をロストする。
クエストやミッションの目的地はマップに表示されず(というかミニマップが存在しない)、NPCとの会話だけをヒントにしらみ潰しに探していくしかない。
RSOの目玉である開拓にしても、斧や鎌の〈製作〉はもちろん、伐採した丸太や刈り取った草の束を運ぶ道具まで作る必要があり、それらの運搬中にモンスターに襲撃されることもしばしばあった。その時の戦いは必死の一言だ。負ければ道具は壊され、当然、経験値も失い、たくさんの時間が無駄になってしまう。
実際、負けたことも何度もあったけれど、あれは本当に惨めな気分になる。
俺、何でこのゲームやってるんだろう? と疑問を感じることもあった。
だけど、その疑問の答えは考えるまでもない。
なんだかんだ言って、楽しかったからだ。
当時、まだ高校一年生だった俺には、あの世界で起こる全てが新鮮だった。
どんな苦労も、RSOを楽しむ上でのスパイスに変わっていった。
それまでにプレイしたゲームに比べれば理不尽にしか思えないほどの過酷さが、プレイヤー同士に一体感と仲間意識を生み、もっと仲間の役に立ちたいという思いが、プレイ時間を加速させていく。
モンスターに襲われているプレイヤーから救援要請が届けば、俺なんかでも力になれるかもしれないと急いでキャラを走らせた。キャラが死んだ時の損失の痛さは身をもって知っているからだ。
なんとか救援に成功したあとは、その場でパーティを組んで、自分がクエストの途中だったことも忘れて相手を安全地帯まで送り届けた。その時、俺と同じように駆けつけてきたプレイヤーが《なんかMMOの黎明期に戻ったみたいでさ、楽しくてたまらないんだ》と言っていたのを今でも覚えている。
俺はMMOの黎明期も、全盛期も知らない。
だからその頃のことはネットの書き込みから想像するしかないが、俺にとってのMMOの全盛期は、まさしくRSOだった。
サービス開始から一か月後のこと。
俺は1000人ほどのプレイヤーとともに、〈アガルタ〉から出て東方面の開拓に尽力していた。魔物の脅威を排除し、土地を整え、建材を集め、こつこつと建設を進める。
そして小さいながらも初となる拠点が完成した時、その計画に関わっていた全てのプレイヤーが沸いた。
飛び交う歓喜のシャウト。
雪崩のように流れていくチャットログ。
ところ構わず暴れ回るキャラクターたち。
俺もにんまりと笑顔を浮かべて、太ももを馬鹿みたいにバシバシと叩いていた。
忘れようにも忘れられないあの瞬間、俺は間違いなくあの世界の一員だった。
だが、そんな輝かしい日々も全ては過ぎ去った出来事であり、思い出が詰まったこの世界とも、もうすぐおさらばである。
四つの拡張DLCを発売し、最盛期には日本のみで同時接続十万人を記録した、『リバイバル・サーガ・オンライン』
しかし、時の流れによるプレイ人口の減少は止められず、一年前の最後のバージョンアップ及び、月額料金無料化という経緯を辿って――
2032年6月25日。
本日をもってサービスは終了し、世界は終末を迎える。