約束のあやとり
僕はひるのを見た、眠ったままの冷たい体が僕の腕に伝わる。ラピスがひるのの動かない手を顔で擦る。
「ひるの、目を覚まして」
僕はひるのの体を揺すったが起き無い。静寂の中、僕はひるのに言った。
「ひるのは素敵な人だ、やっと気づいたよ、ひるのに出会えて良かったって」
僕はひるのの頭を優しく撫でた。
「僕がまた会ってくれるよねって言った時、ひるのは首を振っていたね、僕はそれでも良かったんだ、もう会えなくても、ひるのからとても良いモノを沢山貰ったから、思い出が綺麗すぎたから、これで終わりになっても、素敵な思い出をありがとうって言いたいんだ、だから……だから起きてよ」
一粒の涙が僕の頬から流れ落ちる、その落ちた涙はひるのの頬を流れた。
「……うーんハーブの……香り、ん? ごごる!?」
ひるのは目をパチパチさせて、恥ずかしそうに僕を見ていた。
「ひるの、良かった!」
僕はひるのを抱き寄せた。
「ちょちょっとごごるくん、恥ずかしいから」
「あ、ごめん、立てる?」
「うん」
ひるのはまだ感覚が戻らないらしくフラフラと立ち上がろうとしていた、僕はひるのの手を握り立ち上がらせた。
「ワンッ」
ラピスが尻尾を振り喜んでいる。
「ラピスどうしてこんな所に?」
「覚えてないのか?」
「私、たしか足が氷になって行って……」
ひるのは不安そうに自分の足や体を見ていた。
「ラピスが助けてくれたんだ、僕たちをだから大丈夫、全部終わった」
「ありがとうラピス」
ひるのは屈んでラピスを両手で撫でた。
「私ね、夢を見てたんだ」
「夢?」
「うん、私が雪に閉じ込められて泣いている所に、ごごるが雪を掻き分けて助けてくれる夢」
ひるのは立ち上がり僕を見た。
「ごごるも私の事を一生懸命助けてくれたんでしょ」
「……いや、僕は」
「ありがとう、助けてくれて」
ひるのは僕の手を両手で握った。
僕はうれしい反面、寂しくも感じた、それはもう手を握る事は無いと感じたからだ。
「もう、僕と会ってくれないんだよね」
ひるのは俯いて目を閉じた、何かを念じる様に僕の手を強く握ると優しく離した。
「私ね、怖いんだ、待ち合わせで来てくれないのが」
「来てくれない?」
「待ち合わせた時間に来てくれない時に思っちゃうんだ、事故に遭ってしまったのとか、何かの事件に巻き込まれてもう会う事が出来ない場所に行ってしまったとか」
ひるのは橋の手すりに手を置いて、下の流れる川に目を向け遠くを見つめていた。
「大丈夫、大丈夫だよ、僕は必ず来るよ、いや先に来てるよ絶対」
ひるのは切なそうな顔を僕に向けた。
「約束しよう、信じる約束」
「信じる約束?」
「僕がひるのより先に待っている、ひるのは必ず迎えに来る」
「私が必ず迎えに行く?」
ひるのは微笑んだ。僕はその笑顔を穏健な眼差しで見つめた。
「そう、そうすればいい」
僕とひるのとの間に優しい風が吹き抜ける。見ると空がいつの間にか晴れていて、星たちが輝き辺りを照らしていた。
「ごごる」
「なに?」
「ごごるは、雪の女神の伝説の続きって知ってる?」
「あ、そう言えばそれ聞こうとして……」
「その話の続きはね、二つの雪だるまが精霊になって、離れ離れになってしまった二人の宝物を探しに行くの、一つの雪だるまは真珠をもう一つの雪だるまは雪の結晶のペンダントを、雪だるま達はどうにか探し当てて、二つを引き合わせたの、ペンダントの真ん中には窪みがあってそこに真珠が嵌る仕掛けがしてあって、二人は再び会う事が出来たのよ」
「へー会えたんだ」
何となく僕は分かっていた、二人を引き合わせたモノ、お互いに交し合った誓い。会いたいけど会えない時、共に交換した印、お互いがいつも肌身離さず持ち歩いているモノ、私はあなたのここにいるよと。
「くしゅん」
ひるのはくしゃみをした。両手で自分の体を抱くように擦っていた。
「あー寒い、帰ろうよ」
「うん、あーラピスどうする?」
「そうね、じゃあ私が一晩預かるわ、夜も遅いし」
「そうか、それなら安心」
ラピスはとても喜んでいた。
「ねぇひるの」
「なに?」
「ひるのと出会えてよかったよ、素敵な思い出をありがとう、さよなら」
僕は振り返り歩き始めた。
「ちょっと、待って!」
ひるのが僕を呼び留める。
「どうして急に帰るの? 明日の約束して無いじゃない」
「約束?」
「そうよ、明日の約束をしましょう、信じる約束、ごごるが言ったんだよ」
「僕と約束しても破るかも知れない、ひるのを悲しませるかも知れない、自分が弱いから」
「そんな事ないよ、ごごるは私を守ってくれたんでしょ、雪の悪魔から」
「あれは必至でそうしたかったから」
「それで十分だよ、だから明日またここで会いましょう、一緒にラピス返しに行かなくっちゃ」
「明日も会ってくれるの、いや会いたい」
「うん、私も会いたいよ、だから今日と同じ時間に雪だるま橋にきてね」
「分かった、約束するよ」
「じゃあまたね」
「うん、また」
こうして僕たちは、それぞれの家に帰って行った。
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