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雪だるま橋の女神  作者: おんぷがねと
7/9

無力な温かさ

 雪の降る夜道を僕たちは歩いていた、時々吹く風の音に耳を傾け、街灯が点々と続く光を辿っていた。カラフルな家々の窓からは明かりが点いていて、玄関脇には小さな雪だるまや電飾がキラキラと静かに光っていた。


「ごごる、今日はありがとね、付き合ってくれて」

「いや、まあ」

「私が誘ったから、本当はもっと、遊べる場所に行きたかったんだけど」

「いや、楽しかったよ」

「ホントー良かった」


「ひるのって面白いよね、橋の所でいきなり雪合戦しようって言ってきたから」

「あはは、そんな事もあったね、私が一方的に」

「もしかして練習した?」

「したよ、絶対当てれるように」

「だから僕、避けられなかったんだ」

「ごごるが鈍いだけよ、うふふ」


 僕たちは橋の近くまで来ていた。橋の脇に僕たちの作った雪だるまが置いてあるか確認した。僕は驚いてひるのの肩を叩いた。


「ひるの! あそこ見てみて」


 僕は雪だるまを指さした。


「わぁー素敵」


 僕たちの作った雪だるまの隣に少し小さな雪だるまが置いてあった。僕たちは雪だるまに駆け寄った、見ると悲しい表情をさせた僕たちの雪だるまが、笑顔になっていて、隣にある雪だるまも笑顔になっていた。


「誰が作ったんだろう」

「きっと温かい人よ」

「温かい人かー」


 僕は空を見た、しんしんと降る雪は小降りに成って行った。


「そろそろ行きましょう」

「うん」


 名残惜しそうに僕たちは雪だるま達を後にした。

 雪だるま橋に着き、橋の上を歩くと幾つもの街灯が橋を輝かせ、昼間見た橋とは別の姿を見せていた。


「ごごる、この橋の待ち合わせた場所で……お別れしましょう」

「えっ! まあいいけど、また会ってくれるよね」


 ひるのは首を横に振り、寂しい顔をした。


「ねぇごごる、この橋の雪の女神の伝説って知ってる?」

「ああ、確か女が彼を待っていて、いくら待っても来なくて、やがて意識を失い眠りについたとか」

「そう、それで傍には雪だるまが二つ並んでいた」

「うん、悲しい話だけど、それがどうかしたの?」


 少しの静寂が辺りを包む。


「実は、あのおとぎ話には続きがあるの、それはね……」


 その時、とても強い突風が渦を巻いて、僕たちの目の前に何かが現れた。

 僕は目を疑った、それは人間の頭に角が八の字に生えていて、毛皮を身に纏ったが怪物が杖を持って立っていた。


「いい女だ」


 怪物は杖を振ると、ひるのは足元から上へ氷漬けにされていった。


「ごごる、たす……け」


 あっという間に、ひるのは氷漬けになってしまった。

 僕は何も出来ずにただ怪物の行動を眺めていた。

 怪物はひるのに近づき、氷漬けになったひるのに手を添えると、怪物を中心に風が渦巻いた。

 僕は咄嗟に叫んだ。


「待てっ! この怪物野郎」


 すると、渦巻きが収まり僕を睨んだ。


「何だ?」

「ひるのを元に戻せ!」

「お前には関係ないだろう、俺はこいつが気に入ったのだ」


 怪物は氷漬けになったひるのをゆっくりと撫でた。


「気に入ったって、お前は誰だ?」

「俺は雪の悪魔、シクルだ」


 雪の悪魔、僕は思い出した、ひるのと橋で会った時にひるのは言っていた、雪の悪魔が現れたと、本当の事だったのか。


「礼を言うぜ、お前が俺の封印を解いてくれたからな」

「封印? 何の事だ」

「雪の結晶の板を外しただろう」


 雪の結晶の板……時計塔か。


「時計塔のやつか?」

「そうだ、その時この女を見た、いい女だと思った」

「ひるのをどうするきだ」

「このまま俺の世界に飾るだけだ」


 僕は自身を奮い立たせ、シクルに殴り掛かった。


「クソー」


 その瞬間、強い風が吹き付け、僕の体は宙を舞い地面に叩きつけられた。


「邪魔をするな」

「ひるのを返せ!」


 僕は再び立ち上がり、シクルに向かって行った。

 シクルは杖を振ると、地面から氷のつららが何本も生えてきて壁を作った。  

 僕はつららに体当たりして倒れた。


「殺すぞ」


 このままだと、ひるのは助けられない、雪の悪魔に僕みたいな普通の人間が敵う筈がない。誰か僕に倒せる知恵をください。

 僕は跪いて懇願した。


「おっお願いです、どうか元に戻ったひるのに会わせてください、お願いします」


 シクルは首を傾げて言った。


「ダメだ、だが封印から出してくれた礼という事で、1回だけチャンスをお前にやろう」


 シクルは指を鳴らすと、白い霧が辺りを包み込んだ。

 気が付くと辺り一面雪の世界に来ていた。雪以外何もない雪原に僕は居た。


「これを見ろ」


 シクルは、手のひらに一粒の真珠の様な物を見せてきた。


「これと同じやつをこの世界に隠した、それを探してこい、そうすればこの女を元通りにしてやる」

「本当か?」

「ああ、ただし2時間だ、2時間以内に見つけて来ないとこの女は貰う、いいな」

 僕はポケットから懐中時計を取りだし確認した。狂っているのか時計の針は丁度10時を指していた。

「分かった、見つければ良いんだろ」


 僕はシクルを睨み付けた後、雪原を走りだした。

 どこまで行っても白しか見えない雪原、雪の重みが足に掛かり、体力を奪っていった。


 何処にあるのだろう、僕は立ち止まりその辺の雪を手で掘り返した、何も出てこない、本当に隠してあるのだろうか? 真珠……こんな広い雪原からたった一粒の小さな真珠を見つける事なんて出来るのか? それは一体どれ位の確率だろう。


 僕がひるのに出会う確率と雪原で真珠を見つける確率はどっちが低いのだろう。


 計算何て出来ない、偶然でしか無いものだと思う。あの日、買い物から帰る時に偶然ひるのとぶつかったんだ、それが無ければ僕たちは出会う事も無かった。出会わなければ、いつもの様な毎日を送っていたに違いない。


 僕が誘いを断れば良かったんだ、そうすればこんな事に巻き込まれなくて済んだのに。


 ……僕のせいだ、僕があの時、感情的に行動せずもっと冷静に考えていれば変えられたかもしれない、未来は変わっていたかも。


 僕は歩き出した、霧と雪で空と地面の境目が無くなり、白い闇が僕を飲み込んでいくようだった。

 ひるの……ひるのはロオズをおぶってこんな様な世界を歩いたのだろう。家を探しながら、光を求めて。


 体が寒さで悴んできた、歩いてからどれ位たったのだろう。僕は懐中時計を確認した、11時20分と針は指していた。


 このまま見つからなかったら僕たちはどうなるのだろう、ひるのは連れて行かれ、僕は殺される。諦めたくない、ひるのを助けたい、助けなきゃ……。


 足がもつれ倒れそうになる、僕は踏みとどまり再び歩き出した、闇雲に探しても見つからないのかもしれない、当てもなくその辺を一生懸命探しても見つからないだろう。


 僕は見つける気がないのか?


 違う、その辺を体力の続く限り引っ掻き回したい、見つかるまで、でも僕の思考が寒さで言う事を聞いてくれない。


 ひるのを助けなくても良いのか? ひるのは何故会えないと首を振ったのだろう、僕に魅力が無いから、僕が頼りないから、ただ気に食わないから、いや違う何か理由があるはずだ、会えない理由が。


 何故ひるのは僕を誘ったのだろう? 僕の買った卵がぶつかったショックで割れて、悪いと思ったから、仕方なく誘った、1回だけ付き合ったら終わりという感じで、だからもう会いたくないと思ったのかな。


「クソッ」


 僕は雪を蹴散らした。何でもっと聞かなかった、何でもっと会話をしなかった、そうすればもっとひるのの事が分かったのに、出来なかった、怖かったんだ何か下手なことを言って嫌われるのが、僕は臆病な男だ。


 僕は膝を付いた、寒さで感覚が無くなり意識が朦朧としていた、結局見つからない、どうでもよくなっていく感覚と何とかしないといけないという感覚が戦って、悪い方に勝利が決まろうとしていた。


 僕はその場に倒れた、雪に埋もれる様に体を捧げた。何も感じない、何も見えない、最後にひるのの顔を思い返した、あのあどけない笑顔を……。


「ダメだ……僕はもうだめだ、ごめんひるの助けられなくて……僕はひるのの言う……温かい人には成れないみたいだ……」


 雪が僕の体に覆い被さっていく、薄れゆく意識の中で不思議な声が聞こえてきた、それは優しく品のある声。


『……貴方は暖かい人ですよ、私は貴方を見ていました……』

「……だ、れ」


 吹雪の中、その声だけが澄みきった様に聞こえて来る。


『その人が喜んでいたら一緒に喜び、悲しんでいたらそっと傍に寄り添い、危険な目に会いそうになったら、優しく手を差し伸べ、共に行動し、共に困難を乗り越えて来ました、だから貴方は温かい人です』


 僕は言葉も出なかった、ひるのと出会ってから今までの事を思い返していた。


『貴方は何となく行動したのかも知れませんが、私の体に積もっていた雪を手で優しく払ってくれました……』


 僕は目を開き、雪の冷たさも感じぬまま言った。


「あ、あなたは」

『そう、私は』


 その時、突風が吹き抜け僕は目を閉じた、風が唸り僕に降り積もている雪を掻き消していく。気が付くと風が止んでいて僕はゆっくりと目を開いた。


「……ここは」


 僕は倒れたまま首を動かし辺りを見た。すると目の前に突然足が現れた。


「起きろ」


 僕は首を上に向けると、雪の悪魔シクルが僕を見下ろしていた。僕は立ち上がりシクルを睨んだ後、目をそらし下を向いた。


「見つけたのか?」


 シクルは手のひらを僕の目の前に差し出して来た。

 僕は首を横に振り、唇を咬んだ。


「フンッそれは残念だ」


 シクルは僕を嘲り、凍り付いているひるのに手を触れた。


「やめろーやめてくれー!」


 僕はシクルに飛び掛かり両手で体を抑えた。一瞬風が頬を走ると鋭い痛みが僕の懐に刺さった。


「うっ」


 僕はその場に蹲り倒れた。僕の顔に杖の先がグリグリ押し付けられる。


「邪魔なんだよ、お前は負けたんだ、俺が何故お前を生かしていると思う、どうやっても助けられない、何をやっても無駄だという事を知り、もがき苦しむ姿を見たかったからだ」

「……真珠さえ見つければ」

「真珠? あぁあの石ころか、あんな物は嘘だ、隠して置くわけ無いだろう」


 そんな、嘘だ、ひるのを返す気なんて最初から無かったんだ。


「生かしておいてやるだけ有難く思え、お前は自分の無力さを悔いながら生きて行くんだ」


 シクルは再びひるのに近づき手を添える、白い竜巻が起こりひるのを連れ去ろうとしている。僕は手を伸ばしありったけの声で叫んだ。


「ひるのー!」

「嘆くがいい、女一人救えない自分をな」


 一陣の風が辺りを吹き付ける、その時何者かがシクルの腕を咬みついた。


「ぐっ」


 シクルはそれを振り払うと、咬み付いていたものを見た。


「何だこの犬は?」


 そこには瑠璃色の犬が低い姿勢で唸り声を上げていた。


「ラピス!」


 ラピスはシクルに飛びつき毛皮を引き裂く、それから顔に飛びつき鋭い牙で攻める、シクルは杖を使いそれを薙ぎ払う。


「邪魔をするな!」


 シクルは杖を振り氷のつららを上空から何本も落としてきた、ラピスは素早くそれをかわす、それからシクルの背中に回り込み首元を目掛けて咬みついた。


「グッ」


 シクルはラピスを手で掴み放り投げた。


「もういい! そんなにこの女が大事か」


 シクルは両手で杖を持ち振り上げた。


「何をするー!」


 僕は立ち上がり、シクルに飛び掛かった。しかしシクルに睨まれた瞬間僕の体が動かなくなった。

「あ……」


 力を入れても動かない、声も出せない、金縛り見たいな感覚が僕を締め付ける。


「ガウッ!」


 ラピスが立ち上がり飛び掛かる。するとシクルは口から白い息を吹きかけ、ラピスの足を凍り付かせた。


「そこで大人しく見ていろ、この女の最期を」


 シクルから杖が振り下ろされる。

 どうする事も出来ず僕は泣いていた。周りが静かになりゆっくり動く映像が上映される、それと同時に僕の頭の中でひるのとの出会いから今までの思い出が再生された。


(お怪我はありませんか?)

(雪合戦しよう)

(雪だるま作ろう)

(おごってもらうわよ)

(助けてあげましょう)

(わぁー素敵)

(きっと温かい人よ)


 僕は目を閉じ、握り拳に力を込めた。


『やめなさい』


 どこからともなく不思議な声が聞こえて来た、それは前に聞いた事のある声、その声は僕だけではなく、全体に聞こえていた。


「な、なんだ?」


 シクルは杖をひるのに当たる直前で硬直していた、何かを焦っている様なそんな感じにも見えた。


『貴方はそんな人では無いはずです、忘れてしまったのですか?』


 ふわっとそれは現れた。そこには薄いローブを身に纏った女性が立っていた。


「あ、あ……そのペンダントは」


 シクルは震えながら涙を流していた、その女性がゆっくり近づいて来ると、持っている杖を力なく地面に落とした。それと同時に僕の体が軽くなり元に戻ると、ラピスとひるのも元に戻り倒れていた、僕はひるのに駆け寄り抱き上げた。


「リ、リージュ」

『そう、私です』

「その体は?」

『はい、私は死んでしまいました、あの日に』

「すまん、行けなかった」

『いいんですよ、大丈夫です、何か理由があったんでしょう』


 シクルは残念そうに下を向いて話し始めた。


「俺はあの時、時計塔で時計の狂った針を直していたんだ、作業中君から貰った真珠を落とし拾おうとしたら、俺は足を滑らせて時計塔の中に落ちてしまった、片腕と両足を骨折し動けなくなり、這って扉まで行きそこから出ようと試みた、だが、扉は開かなかった、塔の鍵を外して中から入らず、外側の梯子から登ってしまった事に気づき、助けを求めて、声に出ない声で誰かを呼んだ、しかし俺の声は吹雪にかき消されて、誰の耳にも届かなかった、階段を上がろうとしたが痛みで無理だった、寒さで体が震え始め死を待ちながら幸せな奴らを妬んだ、そうして俺は凍死した」


 一陣の風が雪を舞い上げ吹き抜けた。


『そう、そんな事が、だからそんな姿になってしまったの』

「俺が全て悪かったのだ、許してくれリージュ、だが、何故君まで死んだ」

『私は待っていたの貴方が来てくれるのを、ずっと待っていました』

「俺の事なんか待たなくても」

『約束をしました、貴方と』

「約束?」

『信じる約束を』

「俺がお前を必ず迎えに行く」

『私は貴方が来るのをずっと待っている』


 シクルは悪魔から青年へと姿を変えた、青年は僕を見て申し訳なさそうな表情で言った。


「お前の名前は何だ?」

「……ごごる」

「ごごるすまない事をした、そのひるのという女を大事にするんだぞ」

『ごごるさん、貴方は温かい人ですそれを忘れないでくださいね』

 

 シクルとリージュは抱き合いながら、空高く舞い上がり静かに消えた。




最後までお読みいただきありがとうございます。



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