カフェでの役割
僕たちは雪だるまを後にして、喫茶店を探した。カラフルなレンガの家が立ち並ぶ遊歩道を歩きながら、喫茶店の看板らしき物を発見した。そこには【カフェスノウ】と書かれていた。
木とレンガで建てた様な家、オレンジ色の屋根、黄土色っぽい壁が印象を与えている。
「ここにしようか?」
「いいわ」
2段ある階段を上がり店の中に入ると、カランカランとドアベルが鳴り僕らを招き入れた。暖かい空気が凍えた体を包み込む。人は数人居て空席が幾つかあった。
「いらっしゃいませ。何名様でいらっしゃいますか?」
清楚なウェイトレスが聞いてきた。
「あっ2名で」
「かしこまりました、席にご案内致します。こちらへそうぞ」
店内は全体的に、オレンジ色っほい照明が広がり、レンガの柱や木の床などが独特の雰囲気を出している。ウェイトレスの背中を見ながら歩いていると、立ち止まり、窓際のテーブルへと案内された。
「こちらの席におかけください」
レンガの枠に窓が嵌めてあり、その枠の手前には、小鉢の観葉植物や店の卓上カレンダーが小綺麗に置かれていた。
僕らはテーブルを挟んで、向かい合いながら座った。
「ご注文はいかがなさいますか?」
ウェイトレスが笑顔で聞いてくる。僕らは手袋を外してメニュー表をペラペラ見た。
「何が良い?」
「うんとねぇ、私は紅茶とチョコレートケーキで」
「じゃあ僕も同じ物で」
「ありがとうございます、ご注文を繰り返します……」
店の決まりなのだろう、律義に言葉が繰り返される。
「……よろしいでしょうか?」
「はい、お願いします」
「かしこまりました、少々お待ちください」
ウェイトレスは一礼した後、カウンター奥へ戻った。
店内の暖かさに包み込まれていると、ぼーっとして眠くなる、窓の外を見てみると、雪が風に揺れながら降っていて、雪を突いていた鳥が僕を見て羽ばたいていった。
ひるのを見ると、頬杖をしながら窓の外を眺めていた。
「ひるのってさ、その辺の人と空気違うよね」
「え?」
ひるのは目を丸くし驚いて僕を見た。
「何か、オレンジの匂いがするっていうか……」
「ははっ何の事かしら」
「食べたでしょ、ミカン」
ひるのは口に手を当てて、すぐ手を戻した。
「あの雪だるまに被せた赤いバケツ、あれミカンが入っていた物だよね、どこからか持って来た、あるいはどこで買った物か分からないけど」
ひるのは慌てるのを止めて僕の話を聞いた。
「恐らく、僕が顔のパーツを拾いに行った時、何か足りないなと思ったひるのは、頭に被せるバケツが必要だと気付いた、だって顔の表情まで拘ったのにバケツが足りない事に気づかない筈は無い、そこで、何でもいいからバケツを見つける必要があった、そして見つけたのさ、ミカンの入っているバケツをね、ミカンは外に捨てる訳にはいかないから、急いで食べたんだ、誰にも見られずに」
「証拠はあるの?」
「僕はさっき誰にも見られずにと言いましたが、一人だけ見ている者が居たんですよ、それは雪だるまです」
「フフッバカバカしい、あの雪だるまが証拠とでも」
「僕が顔のパーツを拾いに行く前、頭の部分の雪はかなり大きかった、何回か転がせば直ぐ載せられるはずだった、しかし僕がパーツを拾って戻ってきても、まだ頭を体に載せる所だった」
ひるのは目を細め僕を見つめていた。
「ミカンには皮が付いている、それを捨てるのに困ったひるのは、今転がしている雪の中に埋めてしまおうと考えた、つまり頭を調べれば証拠は出てきます」
僕とひるのの間に、少しの静寂が訪れた。
「ふふふっあははははー」
「何が可笑しいんですか?」
僕は冷静に聞くと、ひるのは妖艶な笑みを浮かべながら言った。
「仮に私がミカンを食べたとして、そのミカンは一体どこから持って来るって言うの?」
「んーどこかの店とか」
「甘いわね、この辺のお店なんて、ここくらいのものよ」
「じゃーこのお店から頂いた」
「この店から頂いた、なるほどね、でもねこのお店は喫茶店よ果物が置いてあっても、売る事はしてないんじゃないかしら」
「いや、別に買わなくてもいいんですよ、あれば良いだけですから」
「ふーん、私が盗んだとでもいうの、このお店から」
「違います、僕と出会う前にあらかじめ用意しておいた」
「用意? んーそう考えられなくもないね」
「僕に雪だるまを転がせ誘導させた、ある位置まで」
「ある位置って?」
「橋の終わりです」
「そこに置いてあったってわけ?」
「いいえ、そこには置いてありません」
「じゃあ何処に置いてあるの?」
「何処にも置いてありません」
「あ? はははっ何だやっぱり分かってないんじゃん」
「誘導はあくまで僕の注意を引くための誘導です」
「注意?」
「僕が転がしている時、ひるのは何をしていました」
「後ろにいたじゃん」
「それが死角だったんです」
「いやいや、ずっと離れずに後ろに居たでしょ」
「居なかった時があったんですよ」
「ほーそれはいつ」
「僕が何故それに気づかなかったのか、それは小型のスピーカーとマイクが僕の背中に付いていたんです」
「小型のスピーカとマイク? 何それ」
「遠くに離れても声が聞こえる様に、反対に僕の声も聞こえる様にね」
「いやー気づくでしょ普通、それにいつどうやって付けるの?」
「それは分かりません、肩を叩いた時とか、雪合戦の雪の玉に仕込むとか」
「じゃあそれで付けたとして、何をするの私は?」
「ひるのはそれである行動を取るんです、それは雪の中に隠してあるミカンの入ったバケツを取りに行く事」
「でも、ごごるが転がしている時に取りに行ったとして、普通にバレない?」
「僕は転がす事に集中して、恥ずかしいから早く終わらそうという盲目に囚われていた、だから気づかなかったんです」
「分かった、じゃあ私が手伝った時あったでしょ、雪の玉が重くなった時に、その時、私何も持って無かったよね」
「持っていたんですよ、正確には掛けてあった」
「掛けていた? 何処に」
「ベルトです、後ろのベルトループに掛けてあったんです」
「どうやって掛けるの? そのバケツに取っ手があったとして、そこに通せると思う?」
「あのバケツには仕掛けがあったんです、取っ手を外せるようにしてあった」
「じゃあそのまま雪だるまを転がして行って、で終わった時見えちゃわない、バケツが私の後ろに付いているのを」
「死角的に見えないんですよ、僕が雪だるまを押している時、重くて一緒に押してもらった時、ひるのの顔は見てもわざわざ後ろを見る事は無い、そんな余裕は無いからね、押す事に必死なのと、ひるのが隣にいるという恥ずかしい感じ、良い意味でね、そんな感覚が必然的に死角を作ったんだ」
「ふーん、でも変だよね私がその後、雪だるまの顔の部分を作っている時、私の事を見ていたよね、その時、無かったんじゃないバケツ」
「確かに無かったね」
「ほーらやっぱり、持ってなかったんじゃん私」
「ひるのは僕と一緒に雪だるまを転がしている時、ベルトループからバケツを外して置いてきたんだ、橋の終わりごろ辺りに、それで僕に顔のパーツを取りに行かせている間に、バケツを拾いに行き急いでミカンを食べたんだ、そうじゃありませんか?」
「……残念ね、全く違うわ、あのバケツはね……って推理オタクか!」
ひるのは僕に片手を出しツッコミを入れる。
「ははは、ごめん、何か乗ってくれてありがとう」
「何で、喫茶店で推理ごっこしなきゃなんないの」
「いやー乗ってくれるとは思わなかったからつい」
「でも楽しかったわ、何か推理物の犯人役のヒロインになった感じがね」
ひるのは嬉しそうに両手で自分の顔を仰ぐ。
「お待たせいたしました、紅茶とチョコレートケーキになります」
ウェイトレスが紅茶とチョコレートケーキを持ってきてテーブルに置いた。
「ごゆっくり召し上がってください」
そう言うとカウンター奥へと戻って行った。
「じゃあ、食べますか」
僕はフォークを持つと、ひるのも頷き小さな声で言った。
「いただきます」
チョコレートケーキを食べてみた、濃厚なチョコが口の中で溶けて、スポンジの柔らかさと芳醇な香りがとても高揚感を与えてくれる。
「おいしーわ、食べた瞬間カカオの香りが口の中に広がり、チョコの溶ける感覚とスポンジのふわふわな感じが混ざり合い、後から葡萄の香りが追いかけてくる、スポンジに練ってあるのね、何の葡萄かしら」
「え! 生地に葡萄入ってるの?」
「そう、それとチョコにはココアの香りもするわ」
「ひるのってグルメオタク?」
「……いやいや、素人ですわ」
と言い紅茶を美味しそうに啜った。僕も紅茶を啜ってみた。
「あ、うまい、紅茶の程よい苦みと渋みがさっき食べたチョコと合わさり、すっきりとした後味を残している」
「ええ、芳醇ないい香りだわ、上手に保管されていたのね、うん、口に広がる渋みと苦みそして仄かに感じる甘さ、舌の上で優しく余韻を残して、口の中で広がる深みに後から安らぎを感じるわ」
「うん、そうだね、葡萄の酸味が紅茶を引き立たせて、少し焦がす香りと共に鼻から抜けていく感じだね……って食レポか!」
僕はひるのに片手を出してツッコミを入れた。
「ごめん、乗ってくれるんだもん」
「でも何か面白かったよ、こんなによく味わって物を食べた事なかったから、新しい発見が出来たよ」
店内に流れる曲が僕の耳を触る、今まで気づかなかったが、心地よいサウンドが食事と共に冷え切った体を暖めてくれた。
「これからどうする?」
僕が言うとひるのは窓の外を眺めて言った。
「んー散歩で良いんじゃない」
「さんぽ、じゃあのんびり歩きますか」
僕たちは会計を済ませて、喫茶店を出た。
「キャッ!」
「あぶない!」
ひるのは階段に足を滑らせ転ぶところだった。僕は咄嗟にひるのの手を掴んで助けた。
「大丈夫?」
「ありがとう」
ひるのは立ち上がると、服装を整えてニコリと照れ笑いをした。
外に出ると雲の隙間から除く太陽の日差しが優しく照り付ける。さっきまで降っていた雪が少し小降りになっていた。
僕たちは雪の歩道を歩いた。歩く度にギュ、ギュと靴が鳴る。ひるのは隣にいて僕の後に付いてくる。こうやって何気ない風景を見ながら無言で歩くのも良いものだと思った。僕はひるのに聞いた。
「ひるのは、何かこういう風景を見ながら歩くのって好きなの?」
「好きだよ」
「ふうん、そうなんだ、僕も何か良いと思う」
「ごごるってさ、やさしいよね」
「なんで?」
「私がさっきお店の階段で転びそうになった時、パッと手を出して助けて貰ったから」
「いや、当然ですから……男としてね」
心地よい冷や汗が流れる。恥ずかしい事言っている自分に心で笑ってしまった。
最後までお読みいただきありがとうございます。