偶然な調和
雪の舞い降りる午後、手袋をしていても悴む手、そんな厳冬の候。彼女との待ち合わせ場所まで歩いていた。レンガ作りの歩道が白い雪で覆いかぶさり、ここが歩道なのかと疑うくらい積もり始めている。
空を見上げると、僕の白い息が上空に舞って消える。灰色の厚い雲を眺めながら雲の上に太陽があるのかと思うと羨ましくなる。いつもと違って見える風景は、幻想的でどこか懐かしい感じがした。
上着のポケットから懐中時計を取りだし、時刻を確認する。
午後12時40分を指していた。
彼女との待ち合わせにはまだ時間がある。
――知り合ったきっかけは、僕が買い物から帰るとき、壁沿いの道をいつも通り歩いていた。曲がり角を曲がろうとして足をその方へ向けた。そのとき不意に現れた彼女と僕がお互いぶつかってしまい、その衝撃で、僕の買い物袋の中身が地面に散らばって、彼女はチラシみたいな物を落としていた。
お互いが『すみません』と言いながら、落としたものを拾いあう。
僕の方は早く拾い終わったので、彼女の落としたものを拾い手渡した。
「あ、これどうぞ」
「すみません」
「あの」
「あのっ」
僕たちはほぼ同時に言葉を発した。
『お怪我はありませんか?』
僕と彼女の声がハモる。少しの間があったあと彼女は言った。
「平気です、あなたは大丈夫ですか?」
「大丈夫だよ体は、でも」
僕は買い物袋の中を見せた。
「あっ! ごめんなさいっ」
玉子の殻が割れパッケージが絵画のように色彩を放っていた。
「弁償します、おいくらですか?」
「いや、大丈夫ですよ、お互い怪我しなくて良かったですね」
僕は早々にその場を立ち去ろうとした。
「あのっ」
彼女のちょっと高い声が耳を走り僕は振り返った。
「もし、宜しければ今度お茶でもしませんか?」
彼女は少し手を前に出しながら、恥ずかしそうにしている。
僕は驚いて、その場にまた買い物袋を落としそうになった。
「えっ! あっあーいいーですよ」
「じゃあ待ち合わせは、この町の『雪だるま橋』に明日の午後1時くらいに来てくださいね」
そう言うと彼女は小走りに去って行った。
後ろ姿を見送りながら、幻影でも見ているような錯覚に僕は陥りそうになった――。
雪だるま橋は知っているが初めて行く場所だ。
「あれか?」
左側に橋が見えた。雪で覆いかぶさる雪だるま橋。橋の入り口の脇には街灯が立っていて、それが橋の中央やその先に点々と連なっていた。橋の入り口まで来て足元を見ると、人々が通った足跡が沢山ついていて、そこから覗く暖色系のレンガは僕の足を誘う様に待ち構えていた。
どこまでも伸びる橋。橋の向こうには陸地があり、カラフルな家が建ち並んでいる。橋の中央まで歩いて行くと、広い空間が有り、中央には街灯が立っていた。その街灯の下には、雪で覆い被さった像が置かれている、脇に石碑みたいな看板が有り僕はそれを読んでみた。
「ゆきのめがみ?」
【雪の女神】それはこの町に伝わるおとぎ話。
【誰もいない静かな夜。しんしんと降り注ぐ雪。氷の橋で女は彼が来るのを待っていた。悴む手、震える体、何も聞こえない、時間が過ぎるたび存在が消えていく。寒さで感覚を見失い女はその場に跪いて願った『お願いです、どうかあの人に会わせてください』体は言うことを聞かず、意識を失い女は雪の中で眠りについた。その傍らには雪だるまがふたつ並んでいた】
「……あっ! だから雪だるま橋」
僕は雪の被った像をそっと優しく手で払った。雪の女神像が姿を現した。
その像は跪き、薄いローブの様な物を着ている。雪の結晶の様うな少し大きめのペンダントを首から下げ、髪は長く目をつむりどこか寂しい顔をしていた。
僕は、傍にある長椅子に腰を下ろそうとして、積もっている雪を手で払った。
冷えた椅子に座り、一息ついて周りの景色を見た。
相変わらず灰色の厚い雲、その真下には川が流れている。全体的にうっすらと霧がかかっていて、鳥の飛ぶ羽音が綺麗に聞こえてくる。
人通りは少なく、静かに雪が降り積もっていく。
肩についた雪を払いながら、僕は自分の服装を確認した。
黒のロングコート、黒のセーター、黒のズボン、黒のブーツ、黒の手袋。
別に黒が好きという訳じゃない、目に付きやすい色を選んだ訳だが……失敗だな、きっと。
最後までお読みいただきありがとうございます。