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絶対運命曲線  作者: みあ
6/6

第六話

 

「金貨8枚で売ってくれ」 

 

「いや、そんな事を急に言われても」 

 

 路銀も貯まり、いよいよ隣町に出かけようとする前日の事。 

 旅に必要な物を買いこもうと、先日働いた店に入った俺に掛けられた最初の言葉がこれである。 

 

「勇者の持ち物ってのは貴重でね。模倣して作られた物もあるにはあるんだけど……」 

 

 説明しながらも店主の目は俺の手元に注がれている。 

 その説明でこの前の算盤については見当がついた。 

 どういう状況かはわからないが過去に算盤を持ち込んだ勇者がいたのだろう。 

 あるいは最初の勇者のように商売として売り始めた人間もいたのかもしれない。 

 

「ここで働いたよしみで少し色付けるからさ。頼むよ」 

 

 ここまで懇願されても正直困る。 

 なんでこんな物にそれほどの値打ちがあるのか不思議でたまらない。 

 大体、前にここで働いた時は半日ほど働いてせいぜい銅貨5枚。 

 それが現代の日本においてどれだけの価値かはわからないがその晩の食事2人分で消えた。 

 この事実を踏まえると銅貨は多く見積もっても一枚500円ほどだろう。 

 

「金貨8枚か……」 

 

 この国には金銀銅の3種類の通貨があるようだ。 

 でも正直言うと、俺はまだ銅貨しか見た事がない。 

 どんなレートでどれだけの価値がある物なのかさっぱりわからない。 

 

「8枚で足らないなら9枚でどうだ!」 

 

 店主は俺の呟きを催促ととったらしい。 

 知らない所で値段が釣り上がって、今さらどのくらいの価値があるのかなんて聞けやしない。 

 仕方なくそれで手を打とうとした時、突然後ろから声が掛る。 

 

「待ちたまえ、少年」 

 

 少年というのは俺の事だろうか。 

 確かに童顔だと言われる事もあるが一応これでも21なんだが。 

 後ろを振り向くと縁なしの細身の眼鏡を掛けた男がいた。 

 年の頃は20代後半といった所か。 

 短く切り揃えた黒髪に黒い瞳、端正な顔立ちに身長はおそらく180は超えている。 

 黒いスーツに身を包んでいる所から見て彼もおそらく俺と同じ世界の人間だろう。 

 どこかで見た事があるような気もするがこんな知り合いはいないはず。 

 とりあえずイケメンメガネとでも呼んでおこう。 

 

「少年。ここは私に任せてもらえないだろうか」 

 

 イケメンメガネはこれまたどこの舞台から出てきたのかと思うほどの芝居がかった口調で話しかけてくる。 

 これの価格交渉についてだろう。特に断る理由も任せる理由も無いんだがどうしたものか。 

 

「ありがとう」 

 

 この世界には人の話を聞かない人間しかいないらしい。 

 沈黙を了承と受け取ったのか勝手に割り込んでくる。 

 

「じゃあ、俺は適当にそこらの棚を見てるから終わったら呼んでくれ」 

 

 しかしまあ、何でこんな物をそんなに欲しがるんだと思いつつ。 

 手に持ったままのボールペンを胸ポケットに差し込んだ。 

 

 

「金貨12枚で手を打ったよ」 

 

 悔しそうな顔を見せる店主に2本1組100円で買った安物のボールペンを手渡す。 

 代わりに受け取った金貨は思っていたよりも薄くとても小さい。 

 女性の横顔が彫られた、せいぜい1円玉ほどのそれは手の中でシャラシャラと涼しげな音を立てる。 

 

「じゃあ報酬な」 

 

 1枚を摘みあげてイケメンメガネに渡すと何故か驚いた顔で見返してくる。 

 何か問題でもあるのだろうか。 

 

「ありがたく頂いておくよ」 

 

 そう言って笑う男と連れだって店を後にする。 

 

「君も勇者だろう? いつここに来たんだい?」 

 

「1週間くらい前かな」 

 

 僕はひと月くらい前だよ、と男は話す。 

 他の勇者と出会うのは初めてだという彼の態度はとても友好的だ。 

 俺も同じ世界の住人と出会えたことでやっと聞きたい事を聞ける事に気付いた。

 

「ところで、金貨1枚って何円なんだ?」 

 

「なるほど。君は金貨の価値を知らなかったわけだ。道理で簡単に手渡すと思った」 

 

 さすがに正確に円に換算出来るものではない、と前置きされた上での大体の値段を聞いた。 

 

「じゅ、じゅじゅ、10万円?!」 

 

「いや、多く見積もってだよ? 大体5万円から10万円くらいの相場だと思う」 

 

 1本50円のボールペンが最低でも60万円、ひょっとすると120万にも届くかもしれない。 

 それを聞いて思う。旅費を貯めるために今までこつこつと働いてきたのは何だったのかと。 

 

「最初からこいつを売っとけばよかった」 

 

 アローラに出会ってからというもの、散々足元を見られて朝に夕にこき使われるわ。 

 今日だってこうして1人で買い出しに行かされて。 

 メルは手伝うとは言ってくれたけれど、今頃はあの女に適当に言い包められている事だろう。 

 実際にここいるのが俺一人なのがその証拠だ。 

 

「これは返した方がいいかね?」 

 

 イケメンメガネが先程の金貨を人差し指と親指とで摘んで見せる。 

 

「いや、いいよ。最初の言い値と比べれば3枚は得してるんだし、そのくらいは」 

 

 金銭的に余裕があると寛容にもなる。 

 10万円と考えるとアレだがたかだかコイン1枚くらいと考えればそれほどでもない。 

 

「金貨に刻まれた女性は初代の聖女様らしいね。当代の聖女様にはお会いした事は無いけど、きっと綺麗な方なんだろうね」 

 

「ん? 聖女ってのは今でもいるのか?」 

 

 神殿で見た真っ白い石像を思い出す。 

 ありとあらゆる生物の祈りを受け、微笑みを返す聖女。 

 現実にそんな人物が存在するのだろうか? 

 

「選ばれてから一度も神殿から出ることなく神様に祈りを捧げている、という話だよ? まあ僕も聞いただけだから本当かどうかは知らないけど」 

 

 聖女様か。俺が出会った神官といえばメルとアローラの二人だけ。 

 お子様なメルはさておいても、二人とも美人と呼んで差支えはない。 

 それを束ねる女性ともなればかなりの美人に違いない。しかも世間を知らない深窓のお嬢様と来れば、言葉面だけであの彫刻のようにひれ伏してしまいそうだ。 

 

「ところで、君はどこに行くんだい?」 

 

「隣町。知り合いがいるかもしれないんだ」  

 

 こちらの事情をかいつまんで話す。 

 行方不明になった友人がどうやら過去に勇者として連れて来られたらしい事、そしてここに連れて来られた経緯も。 

 

「パンとコーラを奢ったら連れて来られた? それはまた何とも」 

 

 青年の顔に苦笑が浮かぶ。 

 そういう彼はどうなのだろう? 

 

「街角で演説してたんだよ。『勇者を探してます』って何か面白そうだったから見てたんだけど」 

 

 彼をここに連れて来た神官も見目麗しい美女らしい。 

 当然ながらそんな女性が街角に居ればガラの悪いのに絡まれることもあるだろう。 

 それを助けたのがこのイケメンメガネだったらしい。 

 

「ここに集まった人間の中で僕が一番勇気がある、と言われたよ」 

 

 勇気はある。確かにその通りだ。俺なら関わり合いになるのを恐れて最初からそんな演説する女には近付かない。 

 

「受賞式に行く途中だったんだけど断りきれなくてね」 

 

 だからこんな服装なんだ、と笑う。 

 黒いスーツと受賞式、ひと月前にあった事件を唐突に思い出した。 

 

「ちょっと待った。その顔どこかで見た事があると思ったら、繰夜京(くるやきょう)先生?」 

 

 繰夜京(くるやきょう)、新進気鋭の作家としてデビューと同時に何とかいう賞に受賞したかと思ったら突然の行方不明。 

 不思議な服装の女性と歩いているのを見た、チンピラに絡まれていた女性を助けようとしていた等の目撃情報から新興宗教との関わりやチンピラの報復などが予想されてしばらくワイドショーを賑わしていた人物の名だ。 

 あまりにも何度も放送されるものだから芸能関係に疎い俺の記憶にも残っている。 

 

「おや? 僕の名前も有名になったものだね」 

 

 渦中の人物がまさか異世界に勇者として連れて来られているとは誰一人として予想しなかっただろう。 

 真琴もそうだが、意外とこっちに来ている行方不明者は多いのかもしれない。 

 何しろ俺も含めて101人の勇者がこの世界にいるのだから。 

 

「勇者様ーーー!!」 

 

 視線の先には広場の噴水の脇で手を振るメルの姿。 

 その隣にはぶすっとした顔で俺の隣の男を見つめるアローラ。 

 

「ひょっとして……彼女が君の神官かい?」 

 

 その問い掛けなら俺も今しようと思っていた所だ。 

 なるほど確かにあの生真面目な神官なら道端で演説もしかねない。 

 

「しばらくよろしくな、先生」 

 

「ああ。これから長い付き合いになりそうだね」 

 

 改めて握手を交わした俺達は二人のそばへと歩み寄る。 

 

「二人していきなり手をつないだりして、もうそんな関係になったんですか?」 

 

 眉間に皺を寄せたアローラがそんな事をのたまう。 

 

「少なくともお前には言われたくない」 

 

 メルの方にちらりと視線を向けるとアローラは気色ばむ。 

 

「なっ?! 私はただ純粋に……!」 

 

 純粋にねえ? 何の事かわからずに視線を彷徨わせているメル。 

 その手はアローラの服の裾を握っている。恋人同士というより子連れの母親といった様相か。 

 

「まあまあ。これから旅する仲間なんだ。気楽に行こう」 

 

 先生がいきり立つアローラを宥める。 

 

「ええと、何が何だかわかりませんけど仲良くしましょうアローラ?」 

 

「そうそう。いつまでも喧嘩腰だと嫌われるぞ?」 

 

 誰に、とは言わない。本人以外は気付いている。 

 再び顔を真っ赤にさせるアローラを放っといてメルの手を取る。 

 

「あ」 

 

 俺以外の三人が同時に声を上げる。何で先生まで? 

 

「ほら、さっさと行かないと日が暮れるぞ?」 

 

「分かりました! 分かりましたからその手を放しなさい!」 

 

「これはなかなか面白い事になりそうだね」 

 

 何も言わずに俺の横を歩くメルとは対照的に後ろの二人は姦しい。 

 

「そうそう。アローラ、さっきの質問に対する答えだがね。そうなればいい、と思ってるよ」 

 

「では、私達は共同戦線を張れると言う事でよろしいですか?」 

 

 さっきまでとは打って変わって声をひそめる彼等に不審な物を感じながら、街の門へと歩を進めるのだった。 

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