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絶対運命曲線  作者: みあ
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第五話

 

「で、シェリルってのはどんな奴なんだ?」 

 

 神殿へと向かう道で前を歩くメルに尋ねる。 

 

「第100位の神官ですけれど、素行は悪い、門限は守らない、儀式の最中に居眠りする、とどうしてあんな娘が神官になれたものかと不思議に思います」 

 

 俺は一応、メルに尋ねたつもりなんだけどな。 

 何故かメルの隣を歩くアローラが俺の問いに答える。 

 ところで、お前の勇者はどうしたんだ? 

 

「良い人ですよ、すごく」 

 

 メルが隣の親友の言葉を否定するかのように呟く。 

 

「例えば?」 

 

「食事に肉や魚が出た時に野菜と取り替えてくれたり……」 

 

 それは良い人とは言わない。 

 そういえば、メルは肉や魚を一切食べない。 

 どんなに小さな欠片であったとしてもきれいに取り除いてから口にする。 

 てっきり神官の教義の中に肉食の禁止とかがあるのかと思っていたが、その話を聞く限りではどうやら違うようだ。 

 

「メル」 

 

 アローラが静かに咎めるように少女の名を呼ぶ。 

 

「命を頂いてるんでしょう。わかってます」 

  

 口を尖らせるメル。

 何度も同じように好き嫌いを諌められたのだろう。 

 二人のやり取りにはどことなく慣れたような雰囲気が見受けられる。 

 

「他には?」 

 

 場の空気を変えるように、続きをうながす。 

 

「私の知らなかった事をいっぱい教えてくれました」 

 

 以前推測した通り、メルは相当な箱入りお嬢様だったらしい。 

 食堂での注文の仕方や生活必需品を揃える店すらもシェリルから教わったそうだ。 

 

「そういえば、街の子供たちの遊びでお金を掛けてサイコロ?でしたか、それの目を当てる遊びが流行ってるそうで。私もシェリルさんと遊んでみたんですけど負けてばっかりで」 

 

 お前、それ騙されてるから。間違いなく賭博の一種だから。 

 そう口にしようかとも思ったが、キラキラとした笑顔を見ると口に出すのもはばかられる。

 

「その次の日にはお菓子を抱えきれないほど買って来て、アローラには内緒だって……あっ!」 

 

「へぇ? 私には内緒なんですか。まったく、あの娘ったら……」 

 

 アローラは少しむくれたような表情を見せていたがやがてふっと微笑みを浮かべる。 

 

「安心しました。私がいなくともメルがしっかりやっているようで」 

 

 どこをどう聞いてもしっかりしているようには聞こえなかったが。 

 

「アローラとシェリルさんには本当に感謝しています。2人のおかげで私はここまで来れたんですから」 

 

 ここまでも何も、まだ街から出てすらいないんだが。 

 

「こら。まだ始まったばかりでしょう? 礼を言うのは全てが終わってからよ」 

 

 当たり前といえば当たり前。 

 けれど、この2人には俺なんかが知らない歴史があるんだろう。 

 笑い合う2人の姿を見ていると、何か俺忘れられてないだろうかという気持ちがひしひしと湧き上がって来るが気のせいだろうと思いたい。 

 

「着きましたよ、勇者様。……勇者様?」 

 

 良かった。俺、忘れられてなかった。 

 人知れず、感動に心を打ちふるわせる。 

 

「……どうせ、前を歩く私たちの腰付きでも見て妄想してたんでしょう? いやらしい」 

 

「待て。その言葉には断固抗議させてもらう」  

 

「えっそうなんですか?」 

 

 あっさり信じるなよ、お前は。 

 アローラを盾にするように後ろに隠れる少女に指を突き付ける。 

 

「前に言っただろうが。俺はお子様には興味無いんだよ」 

 

「私も前に言ったと思いますけれど、お子様じゃありません!」 

 

「ふう。おふたりの仲が良いのはわかりましたから、ここが神殿の前であることを忘れないでください」 

 

 ふと周りを見渡すと、神殿に集まる人々の視線が痛い。 

 中には露骨に俺を睨みつけて来る奴すらいる。 

 

「なあ。何で俺ばっかり睨まれてんだ?」 

 

 何度も何度もどこへともなく頭を下げるメルを横目に、呆れた様子のアローラに尋ねる。 

 

「そんな事、メルが可愛いからに決まってるでしょう?」 

 

 お前、もう俺に対しては隠す気ないのな。 

 

「あ、あのっ、ごめんなさい! お騒がせしました!」 

 

 相変わらず、何故か人々は少女を遠巻きにしながら通り過ぎていく。 

 そんな人々に必死に謝るメルを見ながら思う。 

 どうやら、この少女にはまだまだ俺の知らない秘密があるのだろうと。 

 それが何かまではわからないが。 

  

 

 神殿の中に一歩足を踏み入れる。 

 そこはもう外の世界とは隔絶された空間だった。 

 壁に施された精緻な彫刻の数々、祈りを捧げる少女の姿や数多くの何とは判別しがたい多種多様の動物達が一つの方向に向かって頭を下げている様子が描かれている。 

 外には多くの人々が行き交い喧噪に満ち溢れていたのに対し、ここはあまりにも静粛で厳かな雰囲気に包まれていた。 

 

「ここは?」 

 

「ここは祈りの間です。神殿に入る者はここで神に祈りを捧げる事になっています」 

 

 そう言いながらメルは彫刻に描かれた少女と同じように祈り始める。 

 両膝を地面につき、両手のひらを合わせるように組んで頭を垂れる。 

 見ると、メルから一歩下がった位置でアローラも同じような姿勢で祈っている。 

 

「やっぱ、俺もしなきゃいけないよな?」 

 

「当然です、と言いたいところですけど、仮にも勇者であるあなたは私達とは作法が異なりますので、ここでは頭を下げるだけで結構です」 

 

 仮にも、という言葉にちょっとムカつきながらも、何となく手を合わせながら頭を下げる。 

 その方向には装飾の施された祭壇があった。 

 そこに祀られている女性をかたどった像は真っ白な石で作られ、見る者に微笑みを投げ掛けている。 

 おそらくあれが聖女様なのだろう。 

 

「あれが聖女様?」 

 

 そう問い掛ける俺に、祈りを終えた2人が教えてくれる。 

 

「はい。この世界に危機が訪れた時、勇者を召喚して共に戦い、破滅の危機から救ったと伝承に残されています」 

 

「神より授かった剣を持ち、この世すべての闇を切り払った勇者様と聖女様の物語はこの国では子供でも知っています。ふぅ……」 

 

 俺の顔を見ながらため息吐くんじゃねえ。 

 自分でもどうして選ばれたのかわからないんだからしょうがないじゃないか。 

 

「あーそうだ。肝心のお前の勇者様はどこにいるんだよ? 夜毎迫って逃げられたのか?」 

 

 好みで選んだという話だからきっとメルのような華奢な見た目の少女なのだろう。 

 何も分からない異世界に連れてこられたうえにこんなのに付きまとわれたら逃げるのも当然だ。 

 出会ったことも無いもうひとりの勇者に対する同情の念は尽きない。 

 

「な、な、な、何という事を言うんですかっ、失礼な!」 

「そうです! アローラは身持ちが固いって有名なんですから訂正してください!」 

 

 アローラは真っ赤な顔で狼狽している。意外とこちら方面には初心らしい。 

 一方のメルは……果たして意味がわかって言っているのだろうか? 

 身持ちが固い、転じて、男っ気が無い。こいつの場合はそれにプラス女好きという事実が組み合わさるのだから身持ちが固いのは当然といってもいい。 

 

「いや、だってなあ。こいつの好みで選んだんだろ? 今頃寂しがって泣いてんじゃないか?」 

 

 目の前の少女が同じような立場になったらきっと泣くだろう、というか泣いてたし。 

 初めて出会った時の泣き顔を思い出す。 

 けれど、2人は俺の言葉にきょとんとした表情を浮かべる。 

 

「あの男がそう簡単に泣くわけがないでしょう。それで泣くような可愛らしい人間だったらどんなにいいか」 

「あはは……あの方の泣き顔はちょっと想像できないですね」 

 

 あの男? 男なのか? 

 

「えっ? あれ? 男? でも好みで選んだって……ふむぐっ!」 

「ちょっとこっちへ! この勇者様と大事なお話があるから待っててね、メル」 

 

 口を押さえられ有無を言わさず物陰へと連れ込まれる俺。 

 メルに声が届かないだろう距離まで離れると声をひそめながら言う。 

 

「何か勘違いされているようですが私は女好きじゃありません。あくまでもメルが好きなだけです」 

「いや、一緒じゃん、それ」 

「違います! そこらの女とメルを一緒にしないでください!」 

 

 恋は盲目、とはこういう事を言うのだろうか。 

 声をひそめながら怒鳴るという離れ業を見せた女に気圧されるようにして頷く。 

 

「じゃあ、あれか? わざわざ男を選んだのはメルを欺くため?」 

「欺くだなんて……。あの人はアレでその、少しはかっこいい所もあるんですよ? どこか私に似た匂いもしますし」 

 

 あー何か。男は別腹っすか。何かもうやってらんねー。 

 少々やさぐれた気分になりながらメルの元に帰る。 

 

「お話しは終わりましたか?」 

「ああ。もういいからちゃっちゃと済ませようぜ。何か疲れてきた」 

 

 元々、ここに来たのは何か理由があっての事。 

 路銀集めだってまだ半ばなのだ。こんな所で油を売ってる暇は無い。 

 

「ではこちらへ」 

 

 案内された先には大きな扉。 

 重そうな木製の重厚なドアを2人掛かりで押し開いた彼女達は俺に中に入るよう促す。 

 

「神託の間です」 

 

 石で造られた殺風景な部屋の真ん中に輝く真っ白な光の柱。 

 目測で直径1メートルくらい、高さは3メートルといった所か。 

 この世界に来て初めて見たファンタジーな光景に心が躍る。 

 ……まあ、メルが空を飛ぶ所とか見たけど。あれは正直ノーカウントだ。 

 

「ここで何をするんだ?」 

 

 疑問を投げ掛ける俺にメルが答える。 

 

「勇者の武器を神様から授けられるんです。さあ、あの光の中に手を」 

 

 俺はドキドキする心臓の高鳴りを感じながらそっと光の中に手を差し入れた。

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