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絶対運命曲線  作者: みあ
3/6

第三話

 携帯電話に目を遣る。 

 11時50分。 

 既に約束の時間を2時間近くオーバーしている。 

 

「大学の合格祝いだって呼び出したのはお前だろうが。また、寝坊でもしてんのか? まったく」 

 

 彼女の番号を呼び出すも、何故かつながらない。 

 女性のアナウンスが延々と流れるだけだ。 

 

「はあ。また充電するのを忘れてるんだな。来たら昼飯奢ってもらおう」 

 

 昼飯のメニューを思い浮かべながら、彼女を待つ。 

 そして、空腹を抱えながらそのまま夜まで待った。 

 結局、彼女が俺の前に現れる事は無かった。 

 そう、永遠に。 

 幼馴染の一人の少女、一ノ瀬真琴は俺の世界から忽然と姿を消したのだった。 


 


  

「ふわぁあ。あー何か夢見てたような気がするんだけど」 

  

 何気なしにアゴに手を遣る。 

 異世界でも、やっぱヒゲは伸びるんだな。 

 目覚めて最初に思ったのはそれだった。 

 ちなみに、神殿にあるメルの部屋に泊まったが断じて同じ布団では無かったと言っておく。 

 

「おはようございます、勇者様」 

 

「ああ、おはよう」 

 

 挨拶を返すと何故か顔を赤らめる少女。 

 

「あ、あの、勇者様って、寝顔は意外と可愛いんですね」

 

 神殿での朝のお勤めを果たしてきたと話す少女の頭に拳をグリグリと押し付けながら尋ねる。 

 

「お前、髭剃りとか持ってないか?」 

 

「あぅぅ、持ってないです」 

 

 まあ、そりゃそうだ。 

 ガキっぽいとはいえ、こいつも女。 

 髭剃りなんぞ持っているわけが無い。 

 と思ったが、何やら化粧台の引き出しをゴソゴソと漁っている。 

  

「ヒゲソリは無いですけど、カミソリならありますよ」 

 

 メルが右手にカミソリを取り出し、こちらに見せる。 

 さすがに良く見かけるT字カミソリではないが、直刃の真っ直ぐなカミソリだ。 

 使い捨ての薄っぺらとは違い、ずっしりとした重みが伝わってくる。 

 

「それでいい、っていうか、ヒゲソリとカミソリは同じ物じゃないのか?」 

 

 俺の疑問に、メルは首を傾げる。 

 

「そうなんでしょうか?」 

 

「さあ? 俺にもわからん」 

  

 とりあえず、何やら本を広げて調べ始めるメルを尻目に、化粧台の鏡を覗き込む。 

 

「これくらいで大丈夫かなっと」 

 

 T字しか使った事の無い俺は恐る恐る刃を肌に当てて動かす。

 ゾリゾリという低い音と共に鼻の下に伸びていた無精ヒゲが削られていく。 

 次は、アゴだ。 

 顔を上げて下目使いで鏡を覗き込む。 

 そーいえば、何でカミソリなんて持ってんだ、こいつ? 

 神官とは言うものの、現代の尼さんみたいに髪を剃ってるわけでも無し。 

 ……やっぱり、ムダ毛処理とかに使ってるんだろうか。 

 ………… 

 …… 

 

「痛っ」 

 

 上の空でそんな事を考えてたのが悪かったのだろう。 

 アゴの下に鋭い痛みが走る。 

 指で拭うと赤い液体が付着する。 

 

「あっ! 血が出てるじゃないですか?!」 

 

 メルがそんな俺の様子に気付いて、懐から取り出したハンカチのような布を傷口に押し付ける。 

 

「いや、そんな大層なケガじゃないって……」 

 

 その手を外そうとつかむ俺に、メルが怒る。 

 

「ダメです! 少しだけ我慢しててください!」 

 

 少女はそう言うと、目を瞑る。 

 様子を見ると、何やら口の中で呪文のような物を呟いているようだ。 

 まさか、魔法とか?! 

 そういえば、一応ファンタジーな世界なのだ。 

 しかも、神官といえば癒しの呪文くらいは使えるはず。 

 俺はウキウキしながらその瞬間を待った。 



 ……長いな、オイ。 

 いつまで掛かるんだよ。 

 口の中の呪文はまだ続いている。 

 かれこれ3分くらい経っただろうか? 

 

「ハイ。もう大丈夫ですよ」 

 

 軽やかな声と同時に布が外される。 

 傷口を触ると、もう血は止まったようだ。 

 でも、小さな痛みは残っている。 

 これは、ひょっとすると……? 

 

「なあ、今のって?」 

 

 俺の疑問の声に、彼女が答える。 

 

「神の奇跡ですよ」 

 

「魔法、じゃないのか?」 

 

 呟きを聞きつけたのか、少女は俺の言葉を一笑に付す。 

 

「何言ってるんですか、勇者様。魔法なんて普通の人間に使えるわけがないじゃないですか。もっと現実を見てください」 

 

 まさか、ファンタジー世界の住人に「現実を見ろ」なんて言われる日が来るとは思わなかった。 

 少しヘコむ。 

 まあいい、さっき思い付いた事の検証をしてみよう。 

 ズボンのポケットに入れておいた携帯電話を取り出す。 

 貧乏フリーターには不釣合いな最新機種、ストラップには通販で見つけたソーラー電池付きだ。 

 店長が、連絡が取れないと不便だからと持たせてくれた物なのだが、以前持っていた携帯のデータを入れてたりするのは店長にはナイショだ。 

 

「あっ、何ですかそれ?」 

 

「後で見せてやるから、とりあえず今の『神の奇跡』ってのをもう一度やってくれ」 

 

 渋る彼女に携帯をちらつかせながら交渉する。 

 

「うぅーわかりました。その代わり、後でちゃんと見せてくださいね!」 

 

 再び目を瞑る彼女を見て、時間を合わせる。 

 合図と共に呪文のような物を唱え始めるのと同時にボタンを押す。 

  

 しばらくして、呪文が終わり彼女が目を開く。 

 同時にもう一度ボタンを押す。 

 

 画面表示は『00:03:11』。 

 うん、間違いないな。

 

「ただの止血法じゃねーか、こら」 

 

 興味深そうに画面を覗き込む神官の頭を平手ではたく。 

 

「そんな、人の頭をポンポン叩かないでください。馬鹿になったらどうするんですか」 

 

 心配するな、もうそれ以上はならねーよ。 

 

「何ですか?」 

 

「何でもねーよ」 

 

 不審な眼差しでこちらを見つめてくる少女としばし睨み合う。 

 が、バカバカしい事この上ない。 

 

「約束ですよ。早くそれを見せて下さい」 

 

 目を逸らした俺に詰め寄るように、少女の顔が近付く。 

 うわ、結構キレイな顔してんな。 

 そういえば、前にコイツとキスしたんだよなあ……。 

 

「今のは全然『神の奇跡』じゃねーだろ。だから、約束は無しだ」 

 

 つい照れ隠しにそんな事を言ってしまう。 

 

「あっ、ひどいです。さっきのはシェリルさんに教えてもらったんです。『神の奇跡』って聞きましたもん」 

 

 シェリル? 

 また違う名前が出てきたな。 

 

「そのシェリルってのは、どんな奴なんだよ?」 

 

 そう問い掛けると、目を瞑って天を仰ぐ。 

 思い出そうとしているようだ。 

 

「私より3つ下で、背は同じくらい。基本的に無口で、えと……人をからかうのが好きな人です」 

 

「自分で解かってんじゃねーか。からかわれてるんだよ」 

 

 俺の言葉に思うところがあったのか、うなだれてしまう。 

 だが、すぐに顔を上げて叫ぶ。 

 

「わかりました! じゃあ、本当の『神の奇跡』を見せてあげます!」 





 そして、連れて来られたのは大きな公園のような場所。 

 この街の住民が思い思いの場所で自然を満喫しているようだ。 

 

「ここなら、人に迷惑掛ける事もありません」 

 

 公園の中央に進んで行くと、人々がすっと避けて行く。 

 遠くからこちらを見付けると、遠巻きに眺めるようにして避けて行くのだ。 

 神官って実は嫌われてるんじゃないだろうか? 

 そう思ったが、中には地面に平伏している人間もいる。 

 この街の人間は傍目には日本人と同じような容姿をしているようだ。 

 俺の見る分には日本の公園の風景とほとんど大差ない。 

 ただ、生えている木々が見た事無い種類だったりするだけだ。 

 

「この辺りでいいでしょうか」 

 

 立ち止まった俺達を、人々が遠巻きに見守るように輪を作る。 

 俺としてはすごく人目が気になるんだが、少女は全く気にならない様子で両手を左右に広げる。 

 

「参考までに聞きたいんだが、何をするつもりだ?」 

 

「空を飛ぶんです!」 

 

 自信ありげに言い切ったメルの姿に、再び高揚感を覚える。 

 空を飛ぶ、か。 

 確かに人が空を飛ぶなんぞ、物理法則に反している。 

 それこそまさに『神の奇跡』と呼ぶにふさわしいだろう。 

 

「よし、やってみろ!」 

 

「はいっ!」 

 

 元気に答える彼女の姿はどこか輝いて見えた。 


 

 

「なあ、参考までに聞きたいんだが、恥ずかしくないのか?」 

 

 メルは何故か左右に広げた手を上下にパタパタと動かしている。 

 いわゆる、子供がよくやる鳥の物真似のような感じか。 

 あれから数分経ったが一向に空を飛ぶ様子が無い。 

 

「鳥をイメージしてるんです! 黙っててください!」 

 

 神の奇跡って……。 

 ふと見回すと人々はこの異様な光景にも一言も発していない。 

 むしろ、平伏する人間が増えたほどだ。 

 俺はこの拷問のような時間が早く終わる事を祈っていた。 

 

『あー、神様。聞いてるなら、この馬鹿を空に飛ばさせてやって下さい』 

 

 現実から逃避するように目を伏せると、人々の驚愕の声が響く。 

 顔を上げると、目の前には地面から10cmほど浮いた少女の姿。 

 真っ赤な顔をして必死に腕をバタつかせている少女が叫ぶ。 

 

「ほら、勇者様! 飛んでますよ、飛んでますからね!」 

 

「あ、ああ……そうだな」 

 

 何かこう、目の前の光景に圧倒されて何も言えない。 

 凄いと思うより以前に、正直恥ずかしい。 

 だが、周りを見た俺はさらに驚かされた。 

 遠巻きに見ていた人々が皆、平伏しているのだ。 

 中には涙を流して祈っている者もいる。 

 さすがに、この状態は耐えられない。 

 

「よし、わかった。俺が悪かった。さあ、帰ろう!」 

 

 地面に降りて、荒い息をつく少女を抱えてひた走る。 

 未だにひれ伏す民衆の間を突っ切ってとにかく走り続ける。 

 

「ゆ、勇者様! 一人で歩けます!」 

 

「いいから! 疲れてるんだろ、帰ったらちゃんと約束守るから!」 

 

「本当ですか?!」 

 

 途端におとなしくなった少女を両手に抱え、メルの部屋へと急ぐのだった。 


 


 

「勇者様! なんか小さい人が入ってます!」 

 

 写真を初めて見た人間はそんな感想を持つのか。 

 布団の上でへばりながら、彼女の声に耳を傾ける。 

 

「あれ?」 

 

 少女の声に疑問が混ざる。 

 まさか、壊したんじゃなかろうな。 

 

「なんだ?」 

 

 画面を覗き込むと、そこには一人の少女の姿。 

 

「ちっ。まだそんなもんが残ってたのか」 

 

 メルの手から携帯を取り上げ、データを消そうとするもどうしても踏ん切りが付かない。 

 

「その人……?」 

 

 メルの質問に、俺はつい声を荒げてしまう。 

 

「違う! こんな奴知らねーよ!」 

 

 それは嘘だ。 

 だが、彼女はもういない。 

 3年前のあの日、あの約束の日、彼女は俺を置いてどこかへ消えてしまった。 

 

「……もう、どこにもいないんだよ」 

 

 俺の気落ちした様子を見かねたのか、少女が話し始める。 

 

「あの、この人、私見た事ありますよ」 

 

 きっと俺を元気付けようとしてくれているのだろう。 

 彼女の心を思うと、さっきの自分の態度が子供の癇癪のようにも思えて恥ずかしくなってくる。 

 

「ああ、悪かった。そんな嘘を言ってまで元気付けようとしなくてもいいよ」 

 

「ですから、嘘じゃありません! イチノセマコトさんですよね?」 

 

 あれ? 俺、こいつに名前教えたっけ? 

 

「……何で知ってんだ?」 

 

「勇者様です! シェリルさんの勇者様。77番目の勇者様なんですよ!」 

 

 彼女の言葉を聞いて、俺の運命が音を立てて動き出したのを感じた。


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