表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
絶対運命曲線  作者: みあ
1/6

第一話

 俺はツイてない。 

 一体どうしてこんな状況に陥ってしまったのか。 

 

「……と、いうわけで、この国に脅威を与えている魔王を倒してほしい。以上、聞きたいことがあれば彼女に聞きたまえ」 

 

 高台に設けられた椅子の上にふんぞり返っている痩せぎすな男が偉そうな口調で言う。 

 

「ということで、勇者様。私と一緒に旅立ちましょう!」 

 

 俺の横には、妙なピラピラがいっぱいついた、着るのが面倒くさそうな服の女の子。 

 年は10代の半ばほどか、力の入った声の割にはずいぶんと華奢な体格だ。 

 見た目は結構可愛らしい方だが、病弱でいつも入退院を繰り返しているお嬢様といった雰囲気だ。 

 

「ところで、早速聞きたいんだが」 

 

「なんでしょうか?」 

 

 辺りを見回すと、何か教会の礼拝堂のような雰囲気。 

 でも、それよりもなお目立つのは両側の壁に飾られた肖像画の数々。 

 皆、一様に俺のような現代人の衣服を身に付けている。 

 学生服の人間もいれば、警察官の格好をしている者。 

 果てはナース服やなぜかトランクス一丁の男までいる。 

 そういう俺はセーターとジーパンの上にエプロンを羽織っているだけだ。 

 

「あの絵はなんだ?」 

 

「あれは過去に召喚された勇者様方の肖像画です。皆、魔王を倒すためにここから旅立って行きました」 

 

 あー、俺以外にもここに来た奴がいるのか。 

 まあ、俺だけが選ばれる道理も無いわな。 

 

「で、何でまた勇者の召喚なんぞしたんだ?」 

 

「? 魔王を倒すためですけど……?」 

 

 少女は首を傾げながら聞き返す。 

 そういう意味じゃない。 

 今のは確かに俺の聞き方が悪かった。 

 

「過去に召喚された勇者がいるのに、どうしてまた勇者の召喚をする必要があるのかと聞いてるんだが」 

 

 合点がいったのか、少女の顔が晴れやかになる。 

 

「ああ。そういうことですか。皆さん、失敗されたんです」 

 

 すまないが、そこは笑顔で言う所じゃない。 

 

「せっかく国庫が空になるまで援助してやったのに、失敗ばかりしおって……」 

 

 椅子の上の男が愚痴るようにブツブツと呟く。 

 よく見ると、男が座っている後ろにも肖像画が飾られている。 

 痩せぎすの男と同じような服を着ている恰幅の良い紳士だ。 

 ひょっとしたら、同一人物なのかもしれない。 

 

「失敗って、具体的には?」 

 

 少女はどこからか帳面を取り出して、パラパラとめくり始める。 

 

「えーと、最初に召喚されたのはケイサツカンのフキタさま」 

 

 ああ、あの警察官の格好した奴か。 

 現代人の中ではまともに勇者としてやっていけそうな人材だ。 

 

「戦いに嫌気がさして、国庫からの援助で出たお金を元手に商売を始めるも上手く行かず。現在行方不明」 

 

 何だ、それは。 

 

「2番目はコウコウセイのセキグチさま」 

 

 ああ、あの学生服の奴ね。 

 あの世代ならゲームとかやってそうだし、意外と順応しそうだよな。 

 

「供をしていた神官と駆け落ち。現在2児の父親として家族のために奮闘中」 

 

 今時の若いもんは、何やってんだ。 

 あーそうか、ナニやってんだ。 

 今のは少しオッサンくさかったな……自己嫌悪。 

 

「えー、3番目の勇者様はカンゴシのアオヤマさま。貴族と結婚後、夫が死亡。莫大な遺産を手に入れて……」 

 

「もういいよ、ありがとう」 

 

 延々、勇者のその後を聞かされるのは心臓に悪い。 

 ……あのトランクス一丁の男が何者なのかは気になるけど。 

 

「で、俺は何人目の勇者様なんだ?」 

 

「あなたは101人目の勇者様です!」 

 

 元気な少女の声に嫌気がさしてくる。 

 101人、よりにもよって101人か。 

 100人とかならまだキリが良いから、何となく良い事が起こりそうな気もしないでもないが、101人か。 

 100人と1人って、なんかおまけみたいな感があって非常にムカつく。 

 

「この国の政治は、100人の神官と1人の王様とで成り立ってるんです」 

 

 そう聞くと、何だか俺が王様みたいな気分だな。 

 だが、気分が良かったのはただの一瞬だった。 

 

「神官1人が召喚できる勇者は生涯1人だけ。あなたが最後の希望なのです!」 

 

 あれ? ちょっと待てよ。 

 100人の神官と100人の勇者。 

 王様ってのは、あそこでふんぞり返ってる奴だとして、101人目の勇者を召喚したこの娘は? 

 

「申し遅れました。私はこの国の神官見習い、メルーシア・ファフネルです。メルって呼んでくださいね」 

 

 やっぱり、おまけじゃねーか! 

 どうすりゃいーんだよ、これから。 

 頭を抱えてへたり込む俺を、少女は心底不思議そうな顔で見下ろしていた。 

 

 


「……いらっしゃいませー」 

 

 深夜のコンビニエンスストア。 

 レジには俺1人。 

 一緒にいたバイト仲間はデートの約束があるといって、消えた。 

 本来なら2人で就くべきところを1人でやっているのだ。 

 

「……ありがとうございましたー」 

 

 とはいっても、こんな寂れた場所にあるコンビニに客が来ることなんて滅多に無い。 

 このコンビニもすぐにつぶれてしまいそうだ。 

 

「新しいバイト先、探そっかなー」 

 

 カウンターに寄り掛かりながらぼやいてると、外に何かの影がちらちらと蠢いている。 

 ひょっとして、強盗か? 

 手近にある武器になりそうな物は……と、壁に立てかけたモップに目がとまる。 

 

「どうか、強盗じゃありませんよーに」 

 

 モップを両手でしっかり握り、出入り口になっている引き戸をゆっくりと開く。 

 すると、そこにいたのは1人の少女の姿。 

 寒いのか、身体を丸めるようにしてうずくまっている。 

 

「あ? 何だ、子供か。脅かすんじゃねーよ、全く」 

 

 さっきまでビクビクしていたせいか、必要以上に声が荒くなってしまう。 

 

「ご、ごめんなさい。……ご、め……ふぇ」 

 

 しまった。 

 そういえば、店長にも言われてたっけ。 

  

『君は感情がすぐに言葉に出るわねぇ。気を付けないと、お客様が怖がって来てくれなくなるわよ』 

 

 うずくまって泣き出してしまった少女の姿に、店長の小言がよみがえる。 

 正直言って、本当に客が怖がってるとしたら、男のくせにオネエ言葉を使う店長の方だと思う。 

 でも、今この場でこの子を泣かせたのは間違いなく俺だ。 

 

「しょうがねーな。ほれ、こんな所にいたら風邪ひくぞ」 

 

 泣きじゃくる少女を追い立てるようにして店の中に連れ込む。 

 端から見ると、警察を呼ばれても文句を言えそうにない光景だとは思ったが、背に腹は替えられない。 

 

「うわー、ここ、あったかい。それに夜なのに、ピカピカしてる」 

 

 ついさっきまで泣いてたくせにもう泣き止みやがった。 

 しかし、不思議な感想を言う奴だ。 

 もう冬にさしかかろうとしているこの時期に店の中に暖房がついているのは当然だ。 

 夜でも明るいのは現代人なら常識だ。 

 

「なんだ? コンビニに来たのは初めてなのか?」 

 

「こんびに……? こんびにっていう街なんですか、ここ?」 

 

 いや、地名じゃなくてな。 

 明るい所でよく見ると、明らかに日本人じゃないのがわかった。 

 金色の髪は電灯の光をキラキラと反射して輝き、青い瞳が少しだけ涙の名残を見せながら潤んでいる。 

 染髪とカラーコンタクトという可能性も考えたが、目鼻立ちが日本人のそれとはかけ離れている。 

 服装はというと、こんな寒空の下でよくこんな薄着を、と思うほど薄いペラペラの白いワンピースのみ。 

 ……ひょっとするとヤバイ拾い物をしたんじゃなかろーか。 

 こんな寂れた街角で、こんな一般常識も知らなそうな外国人の少女。 

 すぐに思い付くのは頭にヤのつく商売の関係者か。 

 何にしても早々に帰らせたほうが良さそうだ。 

 

「コンビニっつーのは、店の名前だよ。この街の名前は……」 

 

 そこまで答えた所で、少女の腹の虫が鳴く。 

 小さな音だが、客のいない深夜のコンビニでは実によく目立つ。 

 

「あ、あの、すみません……」 

 

 消え入りそうな声で謝って来る。 

 視線は棚の上にあるパンに釘付けだ。 

 

「金、持ってんのか?」 

 

「……持ってないです。ごめんなさい」 

 

 本当にしょうがねーな。 

 俺はおもむろに棚の上の新発売と銘打たれたメロンパンを手に取ると、封を開けて少女に手渡す。 

 

「……あの、これは?」 

 

「俺の奢りだ。食わねーんなら返せ」 

 

 そう言うと、少女はパンをちぎって口に運ぶ。 

 

「美味しいです! ありがとうございます!」 

 

「礼はいいから、早く食え。他の人間に見られたらヤバイだろうが」 

 

 ったく、茶も出してやった方がいいだろうな。 

 ふと、悪戯心が芽生える。 

 ジュースの棚からペットボトルを取り出し、パンを食べ終えた少女にふたを開けて手渡す。 

 

「何ですか、これ? すごい色してますけど、甘い匂いもする。フラガッタみたい」 

 

「フラガッタ? まあ、何の事か知らないけど、飲んでみろよ」 

 

 少女が恐る恐る口を付ける。 

 次の瞬間。 

 

「ぴあーー! 口の中がしゃわしゃわしてますー!」 

 

 少女はやかんの湯が沸騰したみたいな声を上げる。 

 俺はそれを聞いて、してやったりと腹を抱えて笑う。 

 

「ひどいですよー! こんなの飲ませるなんて!」 

 

「悪い悪い。でも俺の奢りなんだから良いだろ? これくらい面白い見世物もそうそうないぜ」 

 

 俺の奢りという部分に反応したのか、少女がもう一度コーラを口に含む。 

 

「ぴゅあー!」 

 

 何度も同じ事を繰り返し、ようやく慣れたのか、コーラを飲み終える。 

 その様子を見ていた俺は笑いすぎて腹が痛い。 

 

「くっくっく。なんか一年分くらい笑った気分だ」 

 

「むー」 

 

 不貞腐れる少女に真っ直ぐ向き直る。 

 そろそろ家に帰さねーとな。 

 いつまでもここに置いとくわけにも行くかねーし。 

 俺が口を開こうとしたその時、一瞬早く少女が口を開く。 

 

「私、決めました」 

 

 何を? 

 返事をしようと思ったが何故か声が出ない。 

 少女の指が俺の額に当てられる。 

 

「見知らぬ街に来て一昼夜。こんなに優しくしてくださったのは、あなたが初めてです」 

 

 だから? 

 

「あなたこそ、勇者にふさわしいと私は考えます」 

 

 勇者? 

 一体、何の話だ? 

 

「私の勇者様に、世界の運命を切り開く勇者様になってください」 

 

 少女の顔が近くなる。 

 ちょっ、まさか! 

 唇に柔らかな感触が押し当てられる。 

 周りの風景が真っ白な光に塗りつぶされていくのと同時に口の中にコーラの味がほのかに広がっていった。 

 

 

 

 空の色は黄緑色。 

 昼間なのに黄緑色の空には紫色の月が光っている。 

 非常に目が悪くなりそうな配色だ。 

 

 ここに来た時にはじめて見たこの世界の色。 

 俺が住んでいた世界とは明らかに違う遠い世界。 

 石造りの家屋が立ち並ぶ、まるでRPGを彷彿とさせる中世風の町並み。 

 その世界のオープンカフェのような所に俺たちはいる。 

 

「なあ、勇者ってあんな適当に選んじゃって良いのか?」 

 

「良いんです! アローラだって自分の好みで勇者様を選んだんですから!」 

 

 メルが顔を赤らめながら声を荒げる。 

 ひょっとしたら、俺と同じようにあの時の事を思い出していたのかもしれない。 

 

「アローラ?」 

 

 初めて聞いた名前だ。 

 

「私の2才年上の幼馴染で、100人目の勇者様を召喚した神官です」 

 

「その娘って、美人?」 

 

 俺のその言葉に、彼女は目を吊り上げる。 

 

「勇者様にはっ、私みたいな子供の神官見習いはご不満かもしれませんがっ!」 

 

「いや、こうなったら一蓮托生だし、不満は無いんだけど……」 

 

 彼女の話によると、勇者を元の世界に戻せるのは召喚した神官だけらしい。 

 ただし、元の世界に戻してしまうと神官資格を失ってしまうそうだ。 

 帰ることが許されるのは、魔王を倒した時のみ。 

 現在も魔王とやらを倒すために旅を続けている勇者もいるらしいし、適当にやってればいつかは元の世界に帰れるだろう。 

 

「お客様、お飲み物はどういたしますか?」 

 

 いつの間にか来ていた給仕係がメニューを差し出してくる。 

 違う世界のはずなのに何故かスラスラと読めるのは何か不思議な力でも働いてるのか? 

 そう思いながら少女を見ると、むくれた顔でこれまた不思議な色のフルーツをつついている。 

 仕方ないな。 

 メニューを読み進めていくと、どこかで聞いたような名前が書いてある。 

 

「じゃあ、このフラガッタってのをひとつ」 

 

「かしこまりました」 

 

 驚いたような顔をこちらに向ける少女に小さく笑って見せる。 

 

「コーラとどれだけ違うのか、体験してみないとな」 

 

 俺の言葉に、再びむくれて見せる少女。 

 やがて運ばれてきたフラガッタは小さなカップに入った黒い液体。 

 添えられていたスプーンでかき混ぜると思っていたよりもサラサラしている。 

 匂いはどことなく香ばしいような甘い香り。 

 カップを掴み、意を決して口を付ける。 

 

「……苦っ!」 

 

 コーヒーじゃねーか、これ! 

 それも散々煮詰めた濃縮コーヒーの味わいだ。 

 

「笑ってんじゃねーよ、コラ」 

 

 メルはあの時の仕返しをするかのように笑っている。 

 

「これはねー、ここにある糖蜜を入れて飲むんですよ」 

 

 笑いながら飲み方を教授してくれる彼女に感謝しつつ、未来の事に思いを馳せる。 

 

「魔王を倒したら、もう一度俺の世界に来い。そうしたら、もっと面白いもん飲ませてやる」 

 

「ハイハイ、期待してますよー、勇者様」 

 

「俺も期待してるぞ、み・な・ら・い、神官様」 

 

 再び声を張り上げる彼女を見て笑いながら、フラガッタを口に含む。 

 あー、コンビニ放って来ちまったな。 

 間違いなく、クビだな。 

 まあいいか、しばらくは職業:勇者で食って行けそうだし。 

 

 口の中にはどこか苦味が混じった甘い味が広がっていた。 


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ