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Abnormalization  作者: Gissele
1 篠突く雨とワルキューレ
1/6

Prologue

始めまして、Gisseleです。今回はプロローグなので、見ないなら見ないでOKです。

 彼女は、追いかけてくる死から逃げていた。


「逃げなきゃ……逃げなきゃ……!」


 彼女は、暗闇の中を走っていた。先程まで歩いていた大通りの眩しさが、今走っている路地裏の暗さを強く感じさせている。その暗さが、自分自身の未来を物語っているように見えてしまう。その恐怖が、彼女の心に巣食っていた。


「逃げなきゃ……逃げなきゃ……!」


 自分に何度も言い聞かせるように、そうすることで無理やり体を動かすために、今やるべきことを繰り返す。そうでもしなければ、恐怖に支配された体が言うことを聞いてくれなかっただろう。そして今も。言葉を絶やしてしまったら、もう一度動き出す自信なんてない。


「逃げなきゃ……逃げなきゃ……」


 右足と左足を交互に出す。そんな単純作業が、今の彼女には難しい。恐怖が体を凍り付かせ、焦りが呼吸を乱す。そして何よりも、背後から感じる脅威の存在が、体温を毟り取っていく。


「追いつかれないように……逃げなきゃ……」


 その脅威を見たのは、一人で駅まで歩いていた時のことだ。サークルのメンバーで食事をした帰り道、彼女は広い通りを歩いていた。その道は駅から真っすぐ伸びているため、その道を何も考えずに進んでいた。


 突然、甲高い声が聞こえた。おそらく女性の悲鳴であろう声が背後から聞こえたため、反射的に振り向いた。いや、振り向いてしまった。今では後悔しているだろう。振り返らなければ、何事もなく日常に戻れたのだから。


 振り向いた先にいたのは、男。人混みに飲まれ、あまりよくは見えなかった。それでも、右手に持っている鋭利な刃物と憎悪を孕んだ視線が、彼女への殺意とその末路を確信させた。


 間違いなく、あれは自分を殺そうとしていると。


 瞬間、あれから離れるように走った。できるだけ人混みに紛れることで、見逃してくれるのではないかと考えたけど、いくら走っても背中から感じる殺気と視線は消えてくれなかった。そこで焦ってしまい、気がついたらこんな路地裏に辿り着いていた。人はおらず、引き込まれるような暗さの中で、彼女の心は絶望と恐怖に塗りつぶされていった。


 しかし、心が壊れる前に身体が壊れた。


「あぐっ!」


 脚に力が入らず、もつれてしまった。走っていた勢いに従い、上半身が地面に叩き付けられる。痛みこそ感じないものの、力の抜けた体には強すぎる衝撃だった。そして、その余韻が去ったのと同時に、彼女の頭を恐怖が支配した。


 このままでは、殺される。


「い、嫌!」


 今すぐにでも逃げるべきなのに、気の迷いか後ろを向いてしまった。振り向いたとしても、そこには命を刈り取る死神がいるというのに。


 しかし。


「……なん、で」


 後ろには、誰もいなかった。


「え……でも、確かにわたしは……」


 周囲を見渡しても、人の姿どころか気配すら存在していなかった。背中を這い回る悪寒も、今は感じない。あの時見たものや今まで感じたことが、全て幻想だと語り掛けてくるような気がした。実際は、追いかけるのを諦めたとか、そんなところだろうけど。


「逃げきれた……のかな」


 安堵のため息と共に、体を疲労感が襲う。夢中になって忘れていたけど、かなりの距離と時間走り続けていたのだ。緊張と不安が覆い隠してきた脱力感は、瞬く間に体を支配した。しかし不快なものでもなく、助かった代償としては安いものとさえ思えた。もたらされた安心が、何よりも嬉しかった。


「帰らないと……遅くなったら礼が心配しちゃう……」


 不安が頭から抜けきってから、最初に思い浮かんだことは弟のことだ。高校生だし、家に置いてくることに抵抗はなかったものの、やはり心配なものは心配だ。当然、彼女の頭には帰宅の提案が浮かんでいたのだが。


「ここ、どこだろ」


 無我夢中で走り続けた結果、全く見たこともない場所に辿り着いていた。人の気配もなく、明かりの届かない典型的な路地裏は、どこか別世界のような雰囲気を醸し出していた。その異常な光景が、より頭を混乱させていた。


「ええと、帰り道は……」


 しかし、科学技術の発達はこの状況すらものともしない。彼女はすぐに携帯の地図アプリを起動し、自分の現在地と目的地を割り出す。どうやら彼女は円を描くように走っていたようで、ここから駅までの距離はそれほど遠くない。


「よかったぁ……。早く帰ろ……」


 体力の回復しきれていない身体に鞭を打ち、駅の方向へと振り向いた瞬間。



「……えっ?」


 死神のナイフが、彼女の胸に深々と突き刺さった。肉を裂く感触とナイフの異物感、なによりも溢れる血と痛みが彼女を襲う。消耗しきった彼女の身体はそれに耐えられず、糸が切れたように意識を失ってしまった。一瞬にして起こった現象を理解しきれていない彼女は、霞む視界の中にその死神を捉えた。


 確かに、あの時見た男で間違いなかった。なのに、あの時のような殺意は感じない。そんなことを思いながら、血の花を咲かせながら彼女は倒れた。




*





「……俺だ。終わったぞ」


「お疲れさま。無事に目標を襲えたようね」


「しかし、分からねえな。『目標を殺さず、重症を負わせろ』だなんて、そんなことに何の意味があるんだ?」


「あら、ご不満だったかしら?」


「別に。俺には関係のないことだ」


 ブツン。


「……それもそうね」


 既に通話は切れていた。それでも、【彼女】は律儀に返事をする。それが相手に聞こえていなくても、意味があると主張するように。


「仕込みが終わった以上、あなたはもう要らないもの」


 携帯電話を閉じ、空を見上げる。黒の濃い夜空に、小さく瞬く星が一つ見えた。【彼女】の口元が、少しだけ歪む。その理由は、【彼女】のみが知る。


「覆い尽くす闇の中に、消えそうな星が一つ」


 闇が光を飲み込むか。光が闇を貫くか。


「あなたは、一体どちらになるのでしょうね?」


 【彼女】が起こした、ある春の夜に起きた傷害事件。それこそが、復讐の物語の始まりだった。


投稿ペースは遅くなると思います。

次回から本格的に始めるので、よろしくお願いします。

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