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虚空の竜騎士  作者: 上原太樹
5/15

血を吸う砂 5

 ちょっと顔を出さなければならなかったが気付く者がいなかったのは新風にとって救いであった。

 車の音でタイミングを計りながら手榴弾の安全ピンを抜いた。そして、目の前を通るタイミングで手榴弾を放り込むと同時に隠れ家から飛び出した。こんなところに敵兵が隠れていると思っていなかったイラン空軍パイロットたちは車もろとも手榴弾によって吹き飛ばされた。燃料まで引火したためその爆発はすさまじい。乗っていた人たちは助からないであろう。飛び出した後はアサルトライフルで撃ち払うか銃剣で突き刺しながら滑走路に最も近い所にあるF-14Aトムキャットに向かった。

 (全く、よく散る銃だ。弾がもったいない。)

 もう1両近づいて来る車両から銃声が聞こえたが当たることはなかった。とっさに近くにあった物陰に入りつつライフル弾を車のエンジンに叩き込み手榴弾を車両の下に放り込む。車から数人が飛び出せたがそれ以外は盛大な爆発に巻き込まれた。竜は手榴弾が炸裂している間に弾倉を交換して爆発から逃れた兵士に数発ずつ弾を浴びせた。生死は不明だが戦闘能力は確実に奪われた。狙っていた機体に近づくとほかの機が駐機しているところに向かって最後の手榴弾を放り投げた。周囲にいる整備兵にもライフル弾を浴びせたり銃剣で突き刺したりして沈黙させてから機体によじ登りキャノピーを閉じた。

 竜は急いでエンジンの出力を最大まで上げる。後方で爆発の連鎖が起こる頃には滑走路で離陸滑走に入っていた。

 敵の戦闘機をかっぱらうとやることが多い。IFFを切り友軍の無線周波数に合わせる。追撃機がいつ上がって来るかもわからない状態で友軍にまで攻撃の対象にされてはどうやってもあがくこともできない。


 先の補給基地攻略戦から約24時間後の第31特殊航空戦術部隊は騒然としていた。新風竜からの交信『敵機と交戦中、支援を乞う。』新風が生きていることに歓声が沸いたがレーダーに映っている機のIFFは所属不明機が1機と数機の敵機が入り乱れているという事だけだった。そして、敵機の反応が所属不明機によって1つまた1つと反応が消えていく。

「司令。このペースで所属不明機がヨルダン軍機を撃墜したら、救援を送る意味がありません。」

「形だけになっていいだろう。誘導したい奴を上げるとしよう。」

 こいつの誘導を買いたがるようなヤツは気のくるっている奴のようにも見える。そんなことは司令だって分かっている。新風が寝返ったと言う可能性がないとは言えない状況であるため空戦能力の高い者の選抜にかかる。


(ミサイルロックオン・・・燃料ケチって高高度で巡航したのが仇になったか・・・)

 ミサイルのロックオンされた警報が鳴ると急降下をしつつ機首を反転させて接近するミサイルの大まかな方向を調べる。すぐに離脱した空軍基地方向からだと分かった。ミサイルとその後方の発射母機まで確認ができる。トムキャットが装備する高性能レーダー『AWG-9火器管制装置』のおかげと言える。冷静にチャフを放って急上昇とすぐに警報が解除された。ということは、アクティブレーダーホーミングミサイルの運用能力を持たない機種であり、ミサイルも旧式であると分かった。警報が解除されるとR-37を選択、追撃機に対して全弾発射。敵機も回避機動に移るが2機を撃墜した。だが、両者が向い合せとなったため新風の放ったミサイルが命中するころには赤外線誘導ミサイルの最大射程に近づいていたためドックファイトに入ってしまった。


 所属不明機確認にはマーベックやボリスなど戦闘能力の高い者が急遽選抜され急ぎの出撃準備を進めていた。クリスティーナはその内の1機F-111Fに近づいた。

「どうかしましたかね?お姫様。」

「お姫様はやめて、クリスティーナというちゃんとした名前がありますわ!」

「では改めて・・・クリスティーナ嬢、このような硝煙と油にまみれし汚れたこの穢れしところまでいかような目的をもって参られましたか?」

「乗せて頂戴!」

「?」

「リュウと話がしたいの!リオ(レーダー迎撃士官)してあげるから乗せて!」

「いや・・・」

「複座機を使っているのに相棒がいないのでは機体の性能を出しきれないでしょ。リオはいないよりいた方がいいわ!」

「・・・ふっ・・・分かりました。快適な空の旅は保証できませんが、どうぞお乗りください。」

「わがままを聞いていただき感謝します。」

 ほどなく、4機の戦闘機が基地を離陸して所属不明機の元へと向かった。


 新風はドックファイトに入って早々にミサイルで2機叩き落としたところで敵機は撤退。新風も機首を反転させた。

 ほどなくすると前方からも4機の反応があった。周波数を友軍のものに合わせるとやたらにやかましい。あんまりにもうるさいので『攻撃の意志はない。基地までの誘導を要請する。』と一言だけ言ってスピーカーの音量を目一杯まで下げた。新風の機は4方を包囲される形で基地まで誘導された。この間もやたらにうるさい奴がいたせいで管制官の誘導がまともに聞き取れなかったが、無事に着陸した。

 

 先ほど新風は『無事に』着陸したと言ったが、普通ならよくぞ無事に着陸したと言いたくなる状況であった。着陸前にガス欠寸前となり整備不良で水平尾翼と垂直尾翼の方向舵が効かなくなっていた。仕方なく、フラップを操作して機体をどうにか操っていたらそのフラップまでも故障してしまった。つまり、ただでさえ性能の悪いグライダーなのにもかかわらず操縦不可能な状態となったのである。車輪がちゃんと出てくれたこととエルヨンが機能していたことが救いであった。

(くはぁ・・・死ぬかと思った・・・)

 新風は乗機がトーイングカーによって格納庫まで運ばれている間、結果的な無線封鎖下で突っ伏していた。対基地攻撃任務の後に戦闘機やミサイルを相手にドックファイトをやらかし、パラシュート降下をしてから約半日砂漠を歩き、ようやく人のいる所に着いたと思えば敵の基地で神経をすり減らし、慣れない地上戦で普通科(歩兵)の真似までして、慣れない機体をかっぱらって空戦し、ようやく基地に着いたかと思ったら操縦不能で四苦八苦しながら地上に降りる。よくぞ肉体と精神がもったと言いたくなる。


 新風をMIA(戦闘中行方意不明)からKIA(戦死)にするか悩んでいた司令にとって、彼が無事に生還したことは非常に喜ばしい。また、近くまでイラン軍が展開しているなど貴重な情報までもたらしてくれた。だが、敵戦闘機と武器の鹵獲には少々困る。もっとも、戦闘機の方は故障してしまったが修理すれば飛ばすことが出来るし、彼の所有物とすれば問題はない。むしろ操縦席内で発見されたAK-74とその銃剣の方が問題だ。イスラエルは5.45mm×39弾5N7を採用していない。従って、1丁だけあっても意味がない。こちらはラノスに売っぱらうことで持ち込まかなかったことにしてしまえば余計な仕事をしなくて済む。


 司令は生還して間もない新風を呼びつけると労をねぎらいながらも敵基地のことを聞いていた。この話からすると、新風が迷い込んだのは攻略作戦の対象となった前線基地を兼ねた補給基地の後方にある空軍基地であった。国防陸軍からもたらされた情報まで加味すると、補給基地に4国の陸軍主力を集め、後方にある空軍基地にイラン空軍を中心とする航空部隊が入る。敵は集められるだけの戦力を集めてヨルダン国内の基地を奪取した第31特殊航空戦術部隊を撃滅し基地を奪還する計画を進行していた。また、新風がF-14A奪取のために射殺したのはイラン空軍のパイロットが含まれていたようだ。こちらは諜報部からの情報となるが、イラン軍では本国で機体とパイロットの補充を選抜しているらしい。

 新風は疲労を隠せなかったが終始何事もないかのように涼しい顔をしていた。だが、地上戦で殺したと相手がイラン軍の軍人であったと告げられた時は一瞬悲しそうな顔を見せた。

 司令はこの一瞬を見逃さなかった、いや、見逃したかった。日本はイランと国交がある上、イランは親日国としても有名。テロ支援国家と名指しされているためアメリカを中心とした原油輸出規制こそ守っているが、インフラや産業支援は積極的に行っており、イラン人留学生の受け入れにも積極的である。一方で、諸事情で十分な訓練ができないパイロットに訓練の機会を提供している。名目は民間機のパイロットだが軍人が含まれていることは誰が見ても明らかである。何せ、軍人が教官を行なったり、軍の訓練機を使用したりしているからである。無論戦闘機動などは教えず飛行に必要な基礎技術のみである。ある意味では、イランと日本との一層の友好関係のためである。無論、イランだけでなくほかの発展途上国の人に対しても行っている。そして、新風もそんな中で知り合った人でもいたのだろう。何せ、太平洋戦争初期の零戦並みの衝撃をリムパックでアメリカやEUに与えた人物だ。アラブ系の人たちの間では英雄同然。アラブ系パイロットは彼に合う名目で留学する人も少なくないほどである。戦時下で傭兵とは言え知り合いがいたかもしれないのに殺してしまったことが悔やまれるのであろう。

 この光景を見てしまった司令は安心した。以前に自分のことを血のない消耗品のように喋っていたので戦争で人の心すらなくしたのではないかと気になっていた。戦争をしに来ている傭兵とは言え戦闘機に乗っていなければ人なのだ。人として持っている感情や欲求が表に出る。

 指令室を後にした新風は宿舎には向かわず倉庫群の中のある一つの倉庫に入ってから宿舎に向かった。

 

 新風がかっぱらってきたF-14Aトムキャットだが、単純な整備ミスで燃料パイプが外れていたのとフラップの駆動部分が砂をかんで動かなくなっていた。動かせるようにするだけなら半分壊れたも同然のドラケンよりもはるかに楽。一部自作品や同じ規格の部品で修復すれば運用可能になる。比較の対象にしたドラケンの方は悲惨。修理すれば使えないわけではないが破壊されたアフターバーナーが手に入らない。ラノスも八方手を尽くしているが入手はどう考えても1週間以上かかるそうだ。このことは持ち主のクリスティーナにも伝えられたが、残念そうにする一方でどこか嬉しそうにしている。

 「―――と言うわけでボルボ社のアフターバーナーの入手には手間がかかりそうだ。他にも問題があるから1週間は確実に飛ばせねぇ。」

「そう・・・」

 クリスティーナの視線は試運転を行うための準備中の見慣れてないのによく知られている大型戦闘機に向いていた。グラマン製大型艦上戦闘機F-14Aトムキャット。可変後退翼を採用しF-15と並ぶ世界最強戦闘機の1つ。かつてはアメリカ海軍の制空戦闘機としてその名をはせ、映画などのでも取り上げられたこともありその名を知らぬ者はそうそういないだろう。だが、この戦闘機、それも実戦配備されているこの戦闘機を拝むのは簡単ではない。F-14はほとんど輸出されていない上、アメリカ海軍機はすべて退役されている。現存しているのは輸出されたが国交断然となったイランと友好国で数合わせとして輸入した日本のみ。ただ、日本に輸出された機は独自の改修によって単座戦闘機になっている。本来ならここにはないはずの戦闘機である。もっとも、日本の場合は可変翼機の技術が欲しかったと言う裏事情もあった。アメリカとしては余剰化しているF-16CファイティングファルコンやF/A-18Cレガシーホーネットを処分したかった。新規発注ならF/A18Eスーパーホーネットを買ってほしかった。だが、日本製部品なしでは米陸海空軍が満足に動くことすら出来なくなってしまうほか、高性能製品の製造もできなくなってしまうので極端なまでに強いことが言えない。

 盛大に脱線してしまったが、本来ないはずのものがあると言うのは奇妙なものである。さらにこの戦闘機がミグ社製やスホーイ社製の戦闘機と共に飛ぶとなるとさらに奇妙である。

 クリスティーナは一呼吸置いてから意気揚々と整備に夢中の新風の下に向かう。

「リュウ、後席乗ってあげる。」

「・・・要らない。」

「お願い、あぶれているの。邪魔しないから修理代稼がせて。」

「・・・邪魔だ。」

「そんなじゃけに扱わないでよ。」

「何かお困り事でもあるのでしょうか?」

「・・・ない。」

「あのね―――」

「―――」

「・・・」

「―――」

「・・・はぁ。」

「やった!これからはよろしくね!」

「やれやれ・・・」

 

 F-14が主翼を目一杯まで広げ、アフターバーナーの炎を輝かせて離陸していく姿は美しくいい絵にもなった。昨日の緊急着陸もスリル満点でいい絵だった。だが、離陸する瞬間にMiG-21(本当はJ-7)が近くにいたのが残念だった。カメラを構えながら渡辺勝は残念そうに舌打ちをした。どうせ一緒に写るなら冷戦時代のもう一つの最強戦闘機であるF-15か同じ時期に艦載機として活躍したF/A-18やF-4がよかった。改めて高度を上げていくF-14の後姿を撮影する。青空に向かって舞い上がって行く後ろ姿は凛々しくて美しい。実戦配備のトムキャットを撮れる感動を味わいつつ新たな被写体を探す。

 (あのトムキャットが降りて来たらパイロットの取材させてもらうぞ!)


「へぇ、日本人のブンヤさんかよ。また、高かそうなカメラ使ってんな。」

「日本の大手メーカーの最新モデル、1台で40万円も飛んじまった代物よ。」

「ひぇ~。」

「ほぉ~、それはすごい。さぞかしいい物だろう。だとすると、レンズの方も同等かそれ以上のものを付けているんだろ。」

「まぁね。レンズはいくつか持って来ているが、高い奴だと60万円ぐらいかな。商売道具だからしかないが。」

「まじかよ・・・」

「道具一式100万円単位か、それも最新モデル・・・よく持ち込めたな。」

「ははは、取材ビザといろいろなつてで何とか・・・」

「泥棒されねぇように気を付けな。儲けの悪いヤツは結構いるからな。」

「そういやお前も―――」

「俺はあぶれてねぇ!」

「おや?誰が『お前があぶれてる』って言った?」

「またその言い訳か、米人!」

「よくまぁケンカに持ち込むのが得ね。これも才能?」

「だろうな。」

「これが一眼カメラ?」

「撮ってみるか?」

「いいんですか?でも、操作が難しそうだな。」

「簡単に良い写真が取れるよ。」

「簡単なのですか?」

 今までカメラを扱うどころか見たこともほとんどないキムにとっては半信半疑な状態である。どうも、キムの国ではこのような高価な電化製品を持つ人はごくごく少数しかいない富裕層のみならしい。その富裕層であっても先進国の富裕層が持っていそうな電化製品や電子機器を揃えている人は少ないらしい。おかげで、カメラと言うと中古でピント合わせを手動で行うもう生産すらしていないフィルムカメラが多いらしい。

 渡辺は持っていたカメラをキムに持たせるとハリアーⅡの方に構えさせ操作方法を教えながらシャッターを押させた。撮れた写真をすぐにみられるのにも驚いていたが、あまりにも綺麗な写真でビックリしてしまった。ボリスやキトリも覗き込む。オートフォーカスや手振れ補正などいくつもの機能が自動で働くだけあって綺麗な写真になっていた。パソコンにつないで見てみるとピントの方もばっちりあっている。おかげで細かいところまでよく映し出していた。昨日、着陸した後に慌てて降りた時に付けてしまった傷まで詳細に写されていたためキムは赤面してしまった。周囲の人も笑ってごまかしたため、渡辺はハリアーⅡの操縦席の少し下についている一筋の線の正体が解らなかった。


「それそうと、クリスティーナはどこ行った?整備手伝ってもらおうと思ったのに。」

「クリスティーナ嬢なら一目ぼれした好青年と大空にいますよ。」

「ああ、リュウとね。機械のような冷たいヤツが好みとわねぇ・・・」

「リュウを説得するのにちょっと苦労したがな・・・」

「むしろ、よく説得できたと感心しちゃうよ。」

「あの野郎、俺より女たらしじゃないか!」

「あんたはしつこすぎるのよ!どっか行け!!」


 試運転を終えたF-14Aが着陸開始。今度は特に邪魔になるような被写体もなかったのでいい写真となった。機体が駐機場まで来るとキャノピーが開いた。パイロットが降りてくるところを近くで撮れる機会なんてそうそうない。後席に乗っていた美女には目が行ってしまったが、前席に乗っていた人物には仰天した。

「新風、新風竜三等空尉!?おい、ウソだろ!」

「・・・」

「何でお前ほどの名パイロットがこんなところで傭兵をやっているんだ!?」

「リュウ、この人知り合い?」

「・・・」

「どう言う事なんだ?おい、取材させてくれ!」

「機体の方は問題ない、簡易整備だけしておいてくれ。」

「分かった。駐機場まで運んでおくからもう休みな。ご苦労さん。」

 新風は整備兵と簡単な話をしただけで機体から降りてきた。

「フリーのカメラマン兼ジャーナリストの渡辺勝だ。取材させてくれ!」

「ん、私?それとも私たち?」

「・・・できれば機長の方に―――」

「(分かってはいたけど)・・・リュウ、インタビューぐらい受けてあげなよ。」

「・・・」

 クリスティーナもラダーを伝って降りてくる。だが、新風がすでに車両の方に歩いているのに焦ってか足元を滑らせてラダーから落ちてしまった。渡辺の手を借りて起き上ったが新風は振り向きもしない。

 新風がクリスティーナや渡辺の声を無視して車に乗ろうとすると渡辺は駆け寄って肩を掴む。

「新風竜だろ!な、何だってあんたほどのエースパイロットがこんなところにいるんだ?傭兵などやっているんだ?」

「放せ。」

「頼むから怖い顔しないでくれ。質問に答えてくれれば―――」

「マスコミは嫌いだ、去れ。」

「まぁそう毛嫌いしないでくれよ。こっちも仕事だし・・・」

「・・・去れ。」

 新風は渡辺の手を振り払うと車に乗り込んで運転手に行き先を告げた。動き出すとクリスティーナが悲鳴のような声を上げながら慌てて飛び乗って来た。いや、飛び乗ろうとしたら高さほんの少しだけ足りずドアに足が引っ掛かって後部席に顔面から飛び込んでしまった。新風は助手席に座っていたので巻き込まれずに済んだ。

 マーベックは駐機場に止っているある一機の作戦機を眺めては溜息をつき、溜息をついては眺めている。

(羨ましい・・・羨ましすぎるぞ、リュウ・・・)

 そんなマーベックにニヤニヤした中年の男が近づいて来る。マーベックは不快感を隠せない。

「借金はちゃんと返しただろ。」

「それはキッチリと支払われているぞ。」

「それのおかげで今月はビールを飲む金が無くなっちまった。」

「そんなこと、こっちには関係ないね。」

「それで、何用で来たんだ?」

「とっておきの情報が・・・」

「・・・」

「・・・」

 マーベックは嫌そうに1ドル札を数枚ほどラノスに渡すとニヤリとしながら口を開いた。

「へへへ・・・目の前にあるヤツの持ち主がこいつを売りたがっている。」

「はぁ?何だそりゃ?」

「売り出しはいつになるか分からないがな・・・」

「・・・」

「買わんか?」

「・・・他に買い手がいるのか?」

「フォルが45万ドルで希望している。」

「50万いや60万。」

「あいよ。値段が吊り上らないことを祈んな。」

 最低売却希望額を新風が伝えていないと言うこともあり、売却額の1分を手数料としてもらう事にもなっている。最低売却額が解らない以上値段を釣り上げるしかない。無論、釣り上げた分だけ懐に転がり込む金額が上がるのもありがたい。

(トムキャット~!!)


 傭兵部隊は人使いが荒い。何せ命からがら生還した人さえも搭乗機があるのなら容赦なくこき使う。

 翌日、昼からのスクランブル待機の入っていた新風とクリスティーナはほかの待機組と共に待機室にいる・・・のではなく、待機室にいるのは新風のみ。クリスティーナとキムと一緒に購買部にお菓子を買いに行っているし、残りは喫煙所で煙草を吸っている。この待機室をまともに使っている人はほとんどいない。そして、こんな時も容赦なく敵機がやってくる。やってくる頻度はその時にもよるが24時間から72時間に1回で落ち着いている。

「リュウ、離陸準備よし。いつでもいいが相棒はどうした?」

「知らない。離陸する。誘導しろ。」

「知らないじゃないだろ・・・どうせすぐに来るだろ、待っててやれよ。」

「時間が惜しい、1人でも十分戦闘はできる。エンジン出力を上げる、空気取り入れ口周辺から退避しろ。」

「後でどうなっても知らんぞ。」

 キムとクリスティーナがアラートハンガーには行って来るころ、F-14はアラートハンガーを出ようとしていた。

「あ~!ちょ、ちょっとぉ~、待ってよぉ~。」

 購買部でサイレンを聞いたクリスティーナとキムだが、買おうと思って抱えていた菓子を店員に押し付けてアラートハンガーに向かった。全力疾走したがハンガーに着くとクリスティーナの搭乗機はハンガーを出ようとしていた。声の限り怒鳴り散らしたが、結局置いて行かれてしまい、ショックに呆然としてしまった。キムはその光景を見ながらも自機に乗り込んでF-14の後を追った。


 ハリアーⅡと共に迎撃に当たったトムキャットは敵機2機に対してスパローを2発ずつ発射して1機を撃墜。ハリアーⅡも敵機2機に対してAMRAAMを1発ずつ発射して1機を撃墜。その後2対2のドックファイトに入る。キムは早々に後ろを取られてしまったため逃げ回るほかなかったが、新風はシザースで敵機の背後を奪い取るとミサイルであっさりと叩き落す。キムを追い立てていた敵機は機関砲で脅すことはあってもミサイルをロックオンすることが出来ないままトムキャットから放たれたミサイルによって撃墜した。

「あ、ありがとうございます・・・」

「管制塔、this is 新風竜。敵機は全て撃墜した。他に脅威となる存在は?over。」

「管制塔よりリュウ、キムへ。敵機の全滅を確認した。ほかに脅威となる戦力はない。帰投せよ。」

「管制塔、this is新風竜。roger。これより帰投する。out。」

「は、はい!」


 基地に戻ると出撃前のトラブルが解決されずに待ち構えていた。

「何で待ってくれないのよ!」

「間に合わない方が悪い。」

「待ってくれたっていいでしょ!相棒でしょ!」

「相棒?そんなやつはいない。」

「ちょっと、何よそれ!私はおまけ?」

「邪魔な荷物。」

「なっ!・・・ひ、酷い・・・」

「確かにトムキャットじゃ後席に人が居ようと居まいとあんまり関係ねぇんだけどよ、あんまりじゃねぇか。」

「そうだ!あんまりだ!トムキャットは二人乗って初めてその真価発揮する!」

「あの言い方はひどすぎます。」

「最低。」

「え!?何、この状況・・・」

「手の付けようがない。」

「美女に言う言葉じゃない。」

 新風は操縦席で淡々とシステムチェックを行いがら冷たく言い放つ言葉に同僚のパイロットはもちろん作業に当たっていた整備兵まで仰天。渡辺も予想すらしなかった言葉に唖然として商売道具を落としそうになってしまった。クリスティーナはその場で涙ぐんでしまうが、新風は顔色一つ変えることなく淡々と作業を続ける。居合わせた者は怒りを隠すことが出来ないが、恐ろしいほどあっさりと言って顔色一つ変えないことに呆れてしまった。


「美人さんが泣いているのを見ると黙っていられないな・・・」

 駐機場にいた人間の視線が新たな闖入者の下に集まる。

「そんなおっかねえ顔しねぇでくれよ。俺はダローニ、元EU空軍のイタリア空軍中尉。か弱き者のお味方ですよ。今日補充で来たんだがね、美女の泣き声のする方向に来ただけさ・・・麗しき美女を泣かせたのはどいつだ?」

 周囲にいる人たちの視線が一斉に操縦から降りようとしている1人の人物に視線が集まる。視線を集めた人物は、顔色一つ変えることなく落としたヘルメットを拾うと何事もないかのように歩き出した。

 ダローニはその1人に突進し胸倉を掴んだ。怒りを含んだ眼で睨みつけるが、睨めつけられた方は顔色一つ変えず動じる様子もない。

「え?美人さんを泣かせたそうじゃねぇか。」

「・・・」

「美人さんを泣かせといて悪気なしとは、いい度胸しているじゃねぇか!か弱い者に変わって成敗してやる!」

「・・・勝手に泣き出したせいで悪人扱いか、落ちた身にはどうでもいいが。」

 ダローニの拳が新風に当たろうとした瞬間、視界から新風の姿が消えて青一色になった。気付いたら、新風の足元に転がされていた。何が起こったのかさっぱりわからず、茫然としていた。おまけに何処も痛めた様子もない。

 新風はダローニの拳をかわすと出された腕を掴んで内股で投げてしまった。実に見事な一本であり、模範的な華麗な投げ技に目撃者は唖然とするか握手をするかのどちらかであった。その後は何事もなかったかのように去って行った。残されたのは何が起こったのかわからない人と多数の傍観者のみであった。

「何が起こったの?・・・」

「さぁ・・・ダローニって奴が出てきてリュウの胸倉を掴んで殴ろうとしたら・・・転んだ?」

「何が起こったんだ?・・・いや、リュウは何をしたんだ?」

「ダローニってヤツは転んだつうより転ばされた・・・いや、この場合は投げられたのか?」

「早すぎて分からなかったが、あれはジュウドウの技じゃないか。」

「少し柔道をかじったことがあるから俺には分かる。あれは投げ技の1つ内股。だが、あそこまで見事な内股を見たことがない・・・リュウはそうとな腕前の持ち主だ。」

「・・・?」


 アレクサンドル・ミハイロヴィチとエカチェリーナ・テレシコヴァは別々の場所からドンちゃん騒ぎを眺めていた。もはや呆れるほかなないような騒ぎであったためその場を後にした。

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