放課後ハプニング
放課後、忘れ物したことに気がついて学校に取りに行った。家から学校までは本当にすぐ近くだから、全然大変ではない。それに、気がついたのも早かったから時間も遅くない。だから、校内にちらほらと少なくない数の生徒がいる。
だが、そのせいか。今、僕は聞いてはいけないことを聞いてしまった。
「ねね、夢咲くん誘ったんでしょ?」
「う、うん。いいよって言ってくれました」
「やったね、優ちゃん!」
「えへへ、勇気出して誘ってよかったぁ」
「私、優ちゃんの恋応援してるからね!」
「ありがとう琴ちゃん」
「頑張ってね! 告白……するんでしょ?」
「……え、っと……その……今はまだ隣に居られるだけで……」
「もう! そんなこと言ってたら誰かに取られちゃうよっ!?」
「だ、だってぇ……」
「好きなんでしょ? 夢咲くんのこと」
「う、うん。……好き……だよ。透くんのこと……でも」
「でも……?」
教室の扉越しの会話。この声は、琴音ちゃんと優だ。間違いない。二人は廊下側に近いところにいるみたいだ。扉は立て付けが悪いからか、少し隙間が空いている。……だから、微かに、だけど内容が聞き取れるくらいにははっきりと聞こえてしまったのだ。そこまで二人の声が大きいわけではない。至って普通の声量。たまたま、周りが静かだったのかもしれない。ともかく、聞いてしまったことは確かだ。
――優が、僕のことを好き?
勘違い……なんてことあるだろうか。だけど、琴音ちゃんは「夢咲くん」と言っていたし、優は「透くん」と言っていた。 同姓同名がいる? 僕は知らないけど、もしかしたらいるかもしれない。ひょっとしたら聞き間違いっていうことも。「夢咲」や「透」と言ったわけじゃないのかもしれない。
いや、でも。もし、もし優が僕のことを好きだったら? あの会話が僕のことだとしたら? その可能性はある……よね? むしろ高いよね? そんなピンポイントで名前だけ聞き間違えるなんてことある? めっちゃ似てる名前とかあるかな? というか、優の好きな人は僕であって欲しい。僕以外の誰か……を優が好きで告白しようとしている、なんて。少し……いや、かなり……嫌だ。
嫌だ? え、今僕嫌だって思った? えっちょっと待ってちょっと待って。落ち着いて考えよう。もう一度冷静に考えよう。優が誰かのことを好き→……嫌だ。優が僕のことを好き→……嬉しい。
「僕は……優のことが、好き……っていうこと……?」
確かに優は可愛い。いい子だし、気兼ねなく話せるし……僕とは違って運動神経も良い。たまに体育の時に見かけるけど、どのスポーツも上手くてかっこいい。勉強は苦手みたいだけど、一生懸命やってるし努力家で……。
良いところはたくさんある。友達として好きかって聞かれたら、好き……だろう。だけど、それだけで恋なのか? よく恋愛感情と友愛は違うって話を耳にするし。でももし他の人と優が結ばれたら嫌だって気持ちは本当だ。独占欲ってやつ? 陽くんや麗華さんが前に言っていた。それは好きな人だからこそ持つものだって話していた。
あっ! そうだ、真秀と前に恋愛ドラマ見た時に、相手とキスできるかどうかを想像してみて忌避感がなければ恋愛感情を持っているっていう確かめ方が出てきたな。それを試してみれば……えっ優と!? キスを!?
「あっ!?」
扉に手をぶつけた。ゴンッという音がして、優が振り返った。そして、僕と目が合った。優が驚いたように目を丸くする。
「とっ透くんっ!?」
「え、夢咲くん?」
優が声を上げて、遅れて琴音ちゃんの声が聞こえた。琴音ちゃん側からだと丁度僕が死角になっていたのか、驚きの声というよりも、優に聞き返しているような声色だった。
「あ……ちょっ、ちょっとね、わっ忘れ物を取りに来たんだ」
できるだけ自然を装って扉を開けて入った。全く装えてないけど。どもりすぎにも程がある。どんだけ演技下手なんだ僕。
「わ、忘れ物……ですか?」
「うん」
「あはは、珍しいね。夢咲くんが忘れ物するなんて」
「はは、うっかりね……忘れちゃって」
二人を通り過ぎて僕の席に向かう。横を通る時に二人の顔が見えた。優は顔を真っ赤にして目が泳いでいた。多分、さっきの会話を聞かれてないかと心配しているのだろう。対して、琴音ちゃんは平然としていた。それどころか少しにやにやと笑っていた。
目当てのものを見つけた。手に取って鞄にしまう。この空間にいるの気まずいし早く帰ろう。一刻も早くこの場から逃げたい。
「そ、それじゃあ……」
帰るね、と振り返って言いかけた時。
「あ、あの……透くん」
優に遮られた。
「その、なにか聞こえたり……しましたか? 教室入る時に……」
これは聞いてないと答えるべき場面のはずだ。もし、僕が反対の立場だったら聞かれてないことを願う。その相手が好きな人本人であってもそうじゃない人であっても。だから、ここは知らないふりをするべきだ。
「……なっ、なにも? き、きき聞こえてなんかいないよ? 全然、なにも聞こえなかったよ。本当に」
知らないふり下手すぎるでしょ僕!? もう声震えてるし、多分目なんて泳ぎまくってるし、絶対顔赤くなってる。だって顔熱いもん。さっきのこと思い出したら恥ずかしくなっちゃった。
「そ、その反応! 聞こえてましたね絶対!?」
「知らない聞いてない記憶にない」
「知ってるし聞いてるし覚えてますね!?」
「僕さ、今ね記憶喪失なんだ」
「苦し紛れにも程がありますよ!?」
こんなやり取りをしていたら琴音ちゃんが笑いだした。えらくツボに入ったらしく、机に突っ伏して声を押し殺し震えている。
そんな琴音ちゃんを見て冷静になったのか、優はさっきまでの怒涛の突っ込みから一転して小さい声で話し始めた。
「き、聞いたならもう気を遣わないでいいです……」
「えっ」
「返事とかいらないですから。元々告白するつもりなかったので」
「……その、えーっと……」
「忘れて下さい。できれば……これまで通り普通に接してください」
これまで通り普通に……か。ただの友達として普通に。何も無かったように。過ごせる? 僕はそんな風に。
「……それは、無理だよ」
「ぇ、あ……はは、そうですよね」
「だって僕、優が好きなんだから」
「ごめんなさ……えっ?」
数秒の沈黙。
「…………ちょっと、ちょっと待ってください!」
優が叫んだ。
「今……今好きって……っ!?」
「うん」
「……聞き間違い、では……?」
「ないよ」
優は両手で顔を覆った。指の隙間から見えるだけでも赤くなっているのがわかる。
あと、僕も同じくらい赤いと思う。気づいたら言ってたし、そのまま押し切ったけど、すごい恥ずかしい。そもそも、ここには琴音ちゃんもいるし! なんで僕、ここで言ったんだ!? もっとちゃんとした場面で言いたかったよ? でももう言っちゃったし……あぁ恥ずかしい……。この空間しんとしてるし、沈黙が辛い。
「ふふ、あはっ……良かったね! 二人とも」
沈黙を破ったのは琴音ちゃんだった。
「両思いってことが分かったし、晴れてカップル成立だっ!」
にこにこしながら、僕と優を見て言った。
「「カップル!?」」
僕と優の声が重なった。その様子を見て、琴音ちゃんはまた笑う。
「まさか、告白現場に居合わせることになるなんて思ってなかったけど……ね?」
「わわっ、もうやめてよ琴ちゃん!」
「夢咲くんも決める時は決めるねー! ふふっ」
「ちょっと笑わないでよ……恥ずかしいんだから」
聞かれていたと思うと恥ずかしくてもう穴があったら入りたい。だけど、琴音ちゃんも急にこんな展開になって驚いただろうな。さっきまで完全に蚊帳の外だったし……気まずいにも程があるよね。教室の外に出ようにも出られないし。
「はぁ……じゃ私は帰ろうかな! これ以上二人の邪魔にならないように」
「えっ、待ってよ琴ちゃん! 帰るの!?」
「うん。だって優ちゃん、ちゃんと夢咲くんと話したいでしょ?」
「え……あ、うん」
「というわけで! 二人ともじゃあね!」
琴音ちゃんは手を振って教室を出ていった。扉を閉める音がして、再び室内が静かになった。夕暮れ時の教室には、顔を赤く染めた僕と優が取り残された。




