体育祭編5
「きゃぁぁぁっ!!」
「やばいやばいっ……カッコよすぎーっ!」
「おおおぉぉぉっ!! やれーっっ!!!」
黄色い悲鳴と野太い歓声が混ざり合って、熱気に包まれている。今はクラスリレーの最中だ。学年ごとに行われるため、全部で三回リレーがある。それぞれのクラスで応援しているから、飛び交う声も多い。体育祭で一番盛りあがっている気がする。
真秀を含め、友達が出るから応援しようと椅子の上に立って見ている。が、前で同じようにして椅子の上に乗っている女の子が背が高くて微妙に見にくい。
「……見えないっ……」
つま先立ちでどうにか見えるが、バランスを崩しそうだ。今誰が走ってるか分からないけど、とりあえず応援してる感を出すためにそれっぽく声出しておこう。頑張れ頑張れー、ファイトー。
「まーくんふぁいとーっ!!!」
かなり遠くから陽くんの声が聞こえた。陽くん、確か色別リレーに出るからグラウンドの反対側にいるはずなんだけど……えっ、ここまで聞こえるのやばくない!?
というか真秀今走ってるのか。あんまり見えないけど……んー、あっ! あれかな、あれっぽいな。おー、走ってる走ってる。すごー、早いなぁ。いい感じに誰かと競ってる。抜かしたと思ったら抜かし返される。どちらも譲らない。……っと、ここでバトンタッチ。なかなか熱い展開だ。
「あれ、そういえばうちのクラスはどうなんだろう」
目を凝らして探してみる。が、見つからない。そもそも僕クラスの人あまり覚えてないから見分けがつかないだけかもしれない。既に入学して半年くらい経ってるのに覚えてないのはかなりやばい気もするけど、話したことがないと覚えられないんだよね……。ハチマキの色的にあれかな?
見つけたと思ったらゴールしてた。終わるの早い。順位……ここからだと良く見えないな。なんとなく真ん中っぽい。真秀の所は真ん中よりちょっと上、くらいかな。
「もー、他のクラスの子早すぎー!」
「でもでもうちのクラスもいい感じじゃない?」
「ってか、イケメン走ってたの見た?」
「見た見たー! あの金髪の子どこのクラスかな」
休みながらワイワイ盛り上がる女の子達。順位の話からイケメンの話へと変わってる。やっぱりイケメンって話題性強いんだ。まあ、男同士でも可愛い子の話だと盛り上がる……って僕そんな話したことないな。陽くんは猫の話と剛くん弄りしかしないし、真秀はそれ聞いてツッコミ入れてるだけだし。あ、剛くんはあの子可愛いよな、みたいなこと言うか。でも陽くんに気持ち悪がられてるから盛り上がるどころか剛くんの株が下がる一方になってる。
「いやぁあああっっ……!!!!」
「死んじゃう死んじゃうこれは無理っ!」
「……ごふっ、我一片の悔いなし……」
な、なんか前にいた女の子がバタバタ倒れてる。しかも断末魔? が聞こえたんだけど!? 鼻血出して倒れている人もいるし……ね、熱中症とか?
「えっ、大丈夫!?」
ドミノ倒しのように折り重なって倒れている女の子達に近寄る。皆手で顔を覆っているけど何が起きたんだろう。
「やばい……凛堂様……好き……」
「あれは惚れるわぁ……」
「さすがファンクラブ持ち……私も入ろう」
「……死ぬ……尊い……死ぬ……」
ぼそぼそと何か言いながら起き上がった。なんか、言い方悪いけどゾンビみたいだ……。めっちゃ鼻血出てるし……グラウンドに血溜まりできてるよ。とりあえずポケットティッシュ渡しておこう。あるだけ渡しておこう。出血やばいから。
「ああ……ありがと夢咲。死ぬところだった」
「助かったよ……夢咲様」
ティッシュでこんなにありがたがられるなんて人生初だよ。百円のティッシュに命を救われるってどんな状況? しかも様までつけられるなんて変な気分。
「柚山っちありがと!」
「ティッシュどうもね柚山ちゃん」
優も屍と化してる女の子にティッシュを寄付していたみたいだ。……そういえば優は無傷なんだ。いや、皆が何にダメージ食らったのか分からないけど。
「あ、透くん。さっきぶりですね!」
「うん、さっきぶりだね」
優がこっちに駆け寄ってくる。僕と優は、血溜まりができていない後ろの席にいって座ることにした。
「皆さん何とか正気に戻られたようで良かったです」
「うん……というかさ、何があったの?」
「あっ、透くんは見てなかったんですね」
「へ、見てないって?」
「実はですね、さっき二年生のリレーで緑髪の方が走ってたんですけど」
「緑髪……凛堂さんかな? さっき名前言ってたし」
「ああそうですそうです!」
「それで凛堂さんがどうしたの?」
「走ってる時にですね、皆さんが名前を呼んで応援してたんですよ」
「うんうん」
「そしたら凛堂さんがこちらに向かってウインクをして応援に反応したんです」
「なるほどなるほど?」
「その瞬間、皆さんが鼻から血を流して倒れました」
「わあ……それは……」
要するにファンサービスみたいな感じで凛堂さんが軽くウインクしたら皆が倒れたのか。ウインクしただけで相手を瀕死にさせるってどんなバトル漫画だよ。えっ、聞こえた断末魔ってもしかしてウインクに興奮してってこと? やばすぎるでしょ!?
「あれ、優は大丈夫だったんだ?」
説明できるってことは凛堂さんのキラーウインク(仮)を食らったってことだろう。ケロッとしてるけど平気なんだろうけど、なんでなんだろう。周りにびっくりしてそれどころじゃなかったのか、それともタイプじゃないから特に何も思わなかったのかな。
「え、私は……まぁちょっとドキッとはしましたけど……」
「あ、ドキッとはしたんだ」
「ち、ちょっとですよ? ま、まぁその好きな人……からされたらその、あれですけど」
好きな人から……そういえば優は好きな人いるんだっけ。盗み聞きしただけだから言えないけど。好きな人からされたらあれって……ええっ!? もしかして優もあんな風に倒れたりするってこと!? 想像つかないけどそういうものなのかな。
「え、あー、うん。あれ……うーん。優が……」
「な、なんか変なこと考えてませんか?」
「いや考えてないよ」
「でもさっきからチラチラ怪訝そうに見てる気がするんですけど」
「……好きな人からされたら優も倒れるのかな? って思って」
「た、倒れませんよ! 多分!!」
「多分なんだ……」
にしても凛堂さんウインクで人倒せるの凄いな。真秀のバンドメンバーっていう認識でしか無かったけど……まあ、人気ありそうな感じだったもんなぁ。普通にいい人そうだから僕も嫌いじゃない。むしろ文化祭以降たまにすれ違った時に挨拶してくれるから好印象しかない。
「とにかく……皆落ち着いて良かったね」
「そうですね」
ほっとしたのもつかの間、また前の方から悲鳴と断末魔が聞こえ、地面に女の子達が転がった。
「え、今度は何!?」
「……あっ、あれです! あのピンク色の!」
目をやるとピンク色特徴的な髪の色男。確か凛堂さんと同じバンドのメンバーの人……えーと春樹とか言われてたっけ? その人が片っ端から投げキッスをしていた。
「いやぁあああっ……っ!!!」
「櫻井さまぁァァァっ!!!」
「アイシテルぅぅぅっ!!!」
もはやリレー中ということを忘れているんじゃないかと思うほどの余裕。一応走りながらやってるみたいだけど、もう見える限りで大惨事だよ。
「なんかもうおかしくない!?」
「体育祭とは思えなくなってきました……」
何か事件でも起きたと言われれば信じそうなくらいだ。実際はただのリレー。紛れも無いリレー。
《えーと、皆さん落ち着いてくださっ、ぎゃああああァァァっ!!!》
アナウンスの人まで殺られてる! もう体育祭じゃないって! おかしいって!! この体育祭もう事件だよ!?
《落ち着いて! 落ち着きなさい!》
リレーで待機していた女の先輩達も殺られたようでリレーは一時中断となった。先生達は凛堂・櫻井リレー事件と名付け黙々と処理に当たっていた。いつも気だるげな担任の先生もぶつぶつ言いながら動いていた。




