体育祭編3
「あの……麗華さん、考えって……?」
待機場所に着いて、整列し終わったところで声を潜めて麗華さんに尋ねる。何も知らされないまま、本番を迎えるのはちょっと怖い。
「ぼくも言おうとしてたんだ。丁度良い、よく聞け」
「う、うん……」
「二人三脚、あれを速くするのがベストだろう?」
「そ、そうだね」
「だからだ。ぼくが夢咲を抱えて、夢咲は浮いた状態で走ればいい」
それは反則なんじゃないかな。ルール的に問題あるよね!?
「え……大丈夫、なの?」
「心配するな、ぼくの方が背は高いし、夢咲は軽そうだから平気だ」
そっちの心配じゃないよ!? あと身長低いの気にしてるからあまり言わないで欲しい。ついでに軽そうって何、軽そうって。
「網抜けはぼくの後ろを着いて来ればやりやすいだろう。ハードルはぼくが夢咲を掴んで潜る。分かったか?」
「うん……まぁ……」
「よし、絶対一位とるぞ!」
「おー……」
グッと拳を向けられたので、僕も真似して拳を出した。麗華さんが拳同士を軽くぶつけて嬉しそうにしている。漫画とかで見る光景だよね、これ。
「トウ、お前……女子と……!?」
「あ、剛くん」
「羨ましい! 妬ましい!!」
「やめて、剛くん。叩かないで!」
近くにいた剛くんとじゃれていると、剛くんの横にいる眼鏡をかけた男子が会話に加わって来た。The陽キャって感じの人だ。雰囲気がチャラい。
「そうだぜ、荒神。つーか俺とペアなのを喜べ!」
「喜べる訳あるかっ!!」
「ひ、酷い……俺との関係は遊びだったのね……」
「気色悪いからやめろっ!」
「そんなっ……好きって言ってくれたじゃない!」
「言ってないだろっ!?」
「忘れたなんて言わせないわっ……!」
「そもそもその口調はなんなんだ!?」
「女の子風にしてみただけー。楽しかった?」
「楽しくねーよ!!」
眼鏡男子はお腹を抱えてケラケラ笑っている。唐突に始まった茶番だけど、楽しそうでなによりだ。剛くんはいつも弄られる運命にあるんだね。
「こらそこ、静かに!」
「あっは、すいませーん」
「ほら、智晴がうるさいから怒られた!」
「いやいや、荒神もうるさかったっしょ」
「なんだと!!」
「怒るな怒るな。あんまりカッカしてるとトマトみたくなるよー。……あ、もうなってるか」
「ならねーよっ!!」
先生に怒られたばかりだと言うのに再びお腹を抱えて笑う眼鏡男子。目に涙を浮かべる位、大笑いしている。また先生に小言言われるんじゃないかな。
「えー、いいですかっ。移動しますよ、立ってくださいね、いいですかっ!」
いつぞやのテストの時の口癖いいですか先生が現れた。先生の声で周りの人がぞろぞろと動き出す。倣って僕と麗華さんも立ち上がって移動する。
グラウンドの右端まで進んで止まる。ここからスタートっぽい。ゴールは反対側。陸上トラック半分がコースみたいだ。一列に四組八人いる。で、十列。僕達は三列目。ちなみに剛くん達は四列目だ。
「始まったな……夢咲、準備はいいか?」
「うん。大丈夫」
「そうか。では安心してぼくに体を預けてくれ」
「……うん」
「ハチマキ、夢咲のでいいか?」
頷いて、ハチマキを麗華さんに渡す。既に一列目はゴールしていて二列目がスタンバイ。僕らの列も足を結んで用意し始めている。
麗華さんは渡したハチマキで結構キツめに結ぶ。……解けるのかな?
「さあ、やるぞ」
ついに僕達の列になった。立ち上がってピストルの合図を待つ。えっ、ちょっと待って、今から持ち上げ……あっ!
《おっと、赤組速い! 息ぴったりですっ!》
違う違うっ! 息ぴったりなんじゃなくて抱えられてるだけ! あああ、足が浮いてるからめっちゃ怖いっ……まさか鳴る前に掴まれて直後に合図でスタートなんて心の準備が間に合わないよ。
わ、もう網抜けの所だ。既に足の解かれてる。麗華さん、なんて仕事が早いんだ。
「ま、待ってなんでハチマキで腕を縛っ……!?」
「これで夢咲を引っ張る」
「えっあ、ちょっ……あぁあ"あ"っ……!!」
いった何これ痛っ……グラウンドの砂で体が削れる! 話が違うんだけど!? ねぇ待って。麗華さん待って!?
「よし、抜けたな」
「……グスッ……」
良かった……地獄が終わった……。痛かった……なんで僕、この種目にしたんだ……。あんなのもう拷問だよ……。なんでもいいとか言うんじゃなかった。
《赤組、仲間の一人を犠牲に驚異的な速さで網抜けしましたっ! 白組追い上げてます!》
「夢咲、ラストスパートだぞ」
「……うぅ……」
最早運ばれてるだけになってる。僕はされるがまま麗華さんに掴まれ、ハードルを潜っている。偶に足が地面に擦れて痛いけどさっきの地獄に比べると楽だ。もう早くゴールして終わって欲しい。泣きそう。
《赤組、ゴールしました! 続けて白、青、白でゴールです!》
「夢咲、やったな!」
「うん……良かったね……」
麗華さん、とても嬉しそう。良かったね、圧倒的速さだったもんね。僕の手足、擦り傷だらけなんだけどね。迷惑かけなくて良かったけどさ……お風呂でめっちゃ染みるだろうなぁ……。
《赤組、青組を抜かしました! いい勝負です!》
あ、剛くん達だ。青組と競ってて観客が盛り上がってる。応援にも熱が入っているようだ。おお、剛くん達一位だ……!
「オレ達も一位取ったぜ、トウ!」
「見てたよ、剛くんおめでとー」
「足、やばそーだね。だいじょぶー?」
「うん……」
智晴と呼ばれていた眼鏡男子が、苦笑い気味に尋ねながら、砂を払ってくれた。うわ、改めて見ると思ってたよりグロい感じになってるや。特に膝。
「俺、保健委員だし保健室つれてこーか?」
「んー……大丈夫」
「智晴に連れてってもらえよ、痛そうだぜトウ!」
「遠慮しないでいーから。手当てしてもらいなよ」
遠慮してる訳じゃなくて、消毒すると染みて痛いから行きたくない。でもこんなの子供っぽくて言えないし……。あと、体育の時に毎回毎回保健の先生にお世話になってるから恥ずかしいのもある。
「夢咲の怪我の責任はぼくにある」
「麗華さん……?」
「ぼくが保健室に連れて行こう」
「え……」
「もし痛いのなら姫抱きでもいいぞ」
「いや大丈夫。歩けるよ!」
姫抱きってお姫様抱っこのことだよね? それはちょっと、というかかなり恥ずかしいからやめて欲しい。しかも女の子にされるって余計恥ずかしい。男でも嫌だけど。
「あ、俺よりかわいー子に連れてってもらった方がいーもんね?」
「智晴、眼鏡取ったらブサイクだからな!」
「いや、トマトオンザブロッコリーに言われたくねぇし!」
「トマトオンザブロッコリーってなんだよ!?」
「え、トマトみたいな顔にブロッコリーのもじゃもじゃそっくりな髪をしている荒神のことだよー?」
「おま、どれだけオレをバカにする気だ!!」
「どれだけって……こーんくらい?」
「両腕広げんなっ!」
騒がしいな、トマトオンザブロッコリー。智晴くん、トマトオンザブロッコリーなんてパワーワードよく思い付くな。確かに顔はトマト髪はブロッコリーだ。体はゴリラ。全ての要素を合わせてあだ名をつけると、ゴンザレス・ゴリラゴリラ・トマトオンザブロッコリーになるね。うわ、長い名前。
《最後のペアがゴールしました!》
「終わったみたいだねー、退場かなー?」
「そうだな、智晴!」
「夢咲、歩けるか?」
「うん。大丈夫だよ、麗華さん」
僕は退場後、麗華さんに連れられて保健室に行った。保健室の先生は『あら、これはまた派手に怪我したわねぇ……』と言って躊躇いなく消毒液をかけてきた。僕は痛みで半泣きになりながら消毒を終え、絆創膏を何枚か貼られて帰された。時間にしてたった十分の出来事だった。




