文化祭編7
「それでは、始めさせて頂きます」
黒髪の女の子は畳に座り深く礼をする。すごい、これだけでもう優雅だ。何が優雅と聞かれても答えられないけど取り敢えず優雅だ。
「堅苦しいとは思いますが、どうか足をお崩しになってごゆっくりとお楽しみください」
再度礼をする黒髪の女の子。その子は顔を上げたかと思うと、スっと立ち上がり裏へ消えていった。あの子がやるんじゃないのかな?
あまりキョロキョロするのも場違い感が半端なくなるからできないけど、周りが気になってしょうがない。こういうのってマナーとかあるのかな。ありそうだよね、どうしよう。
「こちら紅葉に見立てた練り切りになります。どうぞ、お取り回し下さい」
さっきの黒髪の女の子とは別の、青い浴衣を着たお団子頭の女の子が和菓子を運んで来た。その子の後ろにも何人かいて、赤い浴衣の子や黄色い浴衣の子などが同じ和菓子を持っていた。
「こちら、どうぞ」
間隔を空けて和菓子置いてる様子だ。うわぁ……なんかもうすごい緊張する。僕の前には来ないで欲しい。ちょっと、無理なんか無理色々と無理。
「あ、透くん。これ……」
いつの間にか優の所まで回っていたみたいだ。そっと僕に渡された。なんだろうこれ、全然紅葉に見えないけどなんかカラフル。取り方とか分からないけど他の人の真似しておこう。あっやばい、落とすかと思った。え、何だよもう掴みにくいなこの箸!
やっとの事で食べられた和菓子はとても美味しかった。中身餡子なんだね、中身っていうか全部餡子だけど。色が違うだけで餡子しかないんだけども。因みにこし餡。滑らかで美味しい。
「お終いに致します」
皆の前でお茶を点てていた子が深々と礼をする。お終いって言ってるけど裏からお茶運ばれてる。あ、僕の所にも来た。全く終わる気配ないけどそういう作法なのかな。わぁ、美味しそうこの抹茶。餡子で喉がすごい乾いたから余計美味しそう。
「……熱っ」
思ったより熱かった。でも美味しい。静か過ぎて落ち着かない。お茶熱い。足痺れてきた。お茶熱い。足やばい。取り敢えずお茶熱い。あっ隣の人飲み終わってる。ちょっ、お茶熱い。
「……透くん、大丈夫ですか?」
「うん。でも少し待って」
「はい。私もまだ動けないので……」
「足、やばくない?」
「やばいです」
無事にお茶会は終わったみたいだけど僕と優の足が無事じゃなかった。お茶は熱かったけど頑張って飲んだ。その先にまさかこんな地獄が待っていたなんて……!
「くぅ……日頃動かない僕の足をここまで痺れさせるとは、恐るべし!」
「それは一体どういう意味なんですか……?」
「いや、気にしないで」
一緒にお茶会に参加していた人も何人かはこの地獄に陥っているようだ。ざまぁみろ、僕は治ってきたぞ。よし、動ける!
「優、大丈夫そう?」
「は、はい。なんとか……」
「無理しないでね」
「あの、少し手を貸してもらってもいいですか?」
「うん。いいよ」
僕達はちょっとふらつきながら茶道部を後にした。お茶とお菓子は美味しかったけど足がやばいな、本当に。痺れもそうだけど膝が痛い。体が一気に老朽化してる。
「もうそろそろ真秀さんのライブ始まりますね」
「そうだね。今から行けば丁度よさそう」
「会場はどこでしたっけ?」
「えっーと、確か……多目的ホールだったかな?」
「多目的ホール……二階にありましたね」
「うん。階段上がってすぐ!」
会話しながら外靴から上履きに履き替える。多目的ホールは行ったことないけど、場所は知ってるし迷うことはないだろう。はぁ、それにしてもまだ足が痛いや。
「わっ! すごい人ですねっ!」
「本当だ……何この人だかり。多すぎじゃない!?」
今現在、真秀の前のバンドがライブ真っ只中なのだろう。音が漏れ聞こえている。その音源に近づけば近づくほど人が多くなる。入口の前なんて飴に群がる蟻ぐらい集まってる。
「おい透、こんな所で何してんだ?」
「……へっ? ま、真秀!?」
「ああ。驚き過ぎじゃないか?」
後ろから声を掛けられて振り向くと真秀がいた。片手に水を持ち、もう片方はポケットに手を突っ込んでいる。真秀は不思議そうに首を傾げて僕達を交互に見ている。
「真秀さん、なんで外にいるんですか?」
「なんでって……水を買いに行ってたんだよ」
「真秀、ライブは?」
「これからだけど?」
「準備とかしなくていいんですか?」
「まあ、大体は終わってるからな。つか控え室すぐそこだし」
真秀が指差したのは多目的ホールの隣の教室。僕らがいる所の真横だ。確かに、ドアの窓からギターが置いてあったり数人が話していたりする様子が窺える。
「暇なら寄ってくか?」
「え、いいの? 僕ら部外者だけど……」
「別に大丈夫だろ。あいつらの友達も来てたし」
「なんか申し訳ないです……」
「そこまで気にすることないだろ?」
真秀は教室のドアを開け、僕らを通した。えっ、なんか芸能人に会った気分なんだけど。教室には真秀以外に四人。全員男だ。
「あっれー、それサッキーの友達?」
「ああ。幼馴染とそのクラスメイトだな」
「へぇ、斉木の幼馴染ってその子なんだ?」
「そうそう。あ、男の方が幼馴染だからな」
「そっちの可愛い子ちゃんはだーれ?」
「おい、拓真……女子に食いつくなよ。引かれるぞ?」
「わーお、真くんに窘められちゃった!」
「皆そのくらいにしておきなよ。あの二人、困っちゃってる的な感じだよ?」
入った瞬間騒がしくなった。上から順に、マスクをしたチャラそうな金髪イケメン。ピンク髪にバンダナをした色気のある美青年。黒髪を頑張ってセットしたであろう感じのこの中では割と普通顔の人。皆を窘めていた落ち着きのありそうな緑髪のこれまた女の子人気のありそうな顔立ちの人。皆が一斉に喋る。……っていうか顔面偏差値高すぎじゃない?
「なんか女の子達が好きそう……」
「皆さんキラキラしてます……」
「五月蝿くて悪いな。あ、透達も座るか?」
「ああいや大丈夫……」
「大丈夫です……」
真秀はギターの置いてある所に行って、片手に収まるほどの機械を持ち何かし始めた。何してるんだろう、あれ。
「あはは……悪いね騒がしくて」
ぼーっとしていると緑髪の人に話しかけられた。彼は苦笑いを浮かべている。この人、なんとなく苦労人ような気がする。多分この個性的なメンバーのリーダー的存在だと思う。雰囲気がそんな感じだもん。
「あっ、ねぇ君さー、さっき俺と会ったよね?」
金髪のチャラそうなイケメン。えっ、会ったことないんだけど。新手のナンパかな。僕男だけど。もしかして優に言ってるの?
「ほらー、ESSの所でフォーク渡したじゃん?」
「え……あああっ!」
「思い出してくれたかにゃー?」
「今思い出したよ。ESSにも入ってるんだ……」
「そうだよーん。運命的だねー?」
「そうでもないと思う」
「あらら、辛辣だねー」
掴みどころのない人だ。ケラケラと笑っていて纏う空気が軽い。なんかペースが乱される。
「可愛い子ちゃん、俺っちとデートに行かない?」
「いや、その……えっーと……」
「あっ、その前に連絡先教えてよ。QRみーせて!」
「え、あの……ちょっと……?」
黒髪の人が優に絡んでる。優めっちゃ困ってる。助けてあげた方が良いのかな。というか一人称俺っちであんまりいない気がするんだけど珍しい人だな。
「こら結城くん。困らせちゃダメだよ」
「もー、お堅いなぁ。凛堂は」
緑髪の、凛堂と呼ばれた人が止めに入った。やっぱりあの人リーダー格だよね。完全にそうだよね。なんか楽譜っぽいの読んでるけどさっきから仲裁に入ってるから全然読めてなさそう。
「凛堂は清純派だからね。仕方が無いと思うよ?」
「春樹は俺っち側だもんなー」
「そうだね……可愛い子には積極的に声をかけるべきだと思うよ」
「別に僕は清純派ではないんだけどね。二人の積極性は凄いよね、本当……」
取り敢えずキャラが濃いな。後、凛堂さんが可哀想になってきた。このタイプって苦労するよね。真秀見てるとよく分かる。だって一番迷惑かけてるの僕だからね。凛堂さんは真秀タイプだ。
「あ、そろそろ裏に行くか?」
「ん、ああそうだね。ほら行くよそこの三人?」
「おっけーだにゃーん」
「よーし、俺っちのいい所見せるぞ!」
「仕方ないね……全く」
皆がギターやらなんやらを持って動き出した。結局この人達の流れに飲まれて呆気に取られたまんまだった。いや本当個性強すぎない?
「透達は正面から入れよ?」
「わ、分かってるよ……真秀」
「その、あっち行きましょうか。透くん」
「うん」
こうして僕は控え室とされている教室から出て、多目的ホールに入った。真秀達はまだ裏で準備しているのかステージにはおらず、前のバンドと思わしき人達が片付けをしていた。
「なんだかワクワクしますね」
「うん。結構本格的なんだね……」
僕達はできるだけ前に行って、ライブが始まるのを待った。




