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文化祭編4

 貧弱な僕は女の子達に取り押さえられて、腕を引っ張って教室の端に作られた簡易的な更衣室へ連行された。



「余り時間もないのでぱぱっと済ませちゃいましょう!」



 優はそう言うとテキパキと必要な服を僕の前に置いていく。琴音ちゃんはメイク道具を用意している。麗華さんは既に着替え終えたらしく、優と琴音ちゃんの分の服を準備していた。



「それじゃあ夢咲くん、着替え終わったら呼んでね」

「……う、うん」

「メイド服を着たらこのウィッグを着けてメイクアップするから」



 琴音ちゃんはさも当然のようにそう言って、物陰の奥の方へ消えて行った。なんだか知らない間にメイド服を着ることになってるし、その上ウィッグとメイクまですることになっている。どこまで用意周到なんだ。



「はぁ……これを着るのか……」



 まさか自分で作ったメイド服を使って自分で着ることになるなんて誰が予想していただろうか。そもそも女のコ用の服なのに僕が着るのも問題があると思う。


だけどまあ、文化祭の出し物で男女逆転カフェなんてものをやっているクラスもあったし、こういう時ならノリでなんとかなるかもしれない。元々あってないようなプライドなんて捨てることにした。今はとにかく楽しもう。仕方ない、だってこれは僕の意思ではどうすることも出来ないのだから。



「えっとシャツは僕のをそのまま使えるとして……スカートとリボン、カチューシャか」



 他にも色々あるが取り敢えずスカートを履いてみた。膝から下がスースーして少し心もとない感じがする。女の子はいつもこんなのを履いているなんて……なんて防御力が低いんだ。ゲームで例えるならこれは防御力1くらいじゃないだろうか。


 そんなくだらないことを考えながら襟元に着けるようのリボンを手に取る。これは後ろの方でマジックテープで止められる仕様になっていた。



「んー、こんなものかな……」



 大方付属品を着け終えた僕は、携帯で自分の姿を確認する。うん、当然のことながらめっちゃキモイ。真秀や剛くんに笑われるであろう未来は火を見るより明らかだ。なんとなくだけど陽くんだけは無邪気に褒めてくれそうな気がする。



「そろそろ着替え終わったかな?」



 ダンボールで仕切られた薄い壁越しに琴音ちゃんの声が聞こえた。僕はその問いかけに返事を返すと着替えを終えたらしい琴音ちゃん達が扉風のダンボールを開けて入ってきた。



「わぁ、似合ってるね!」

「とっても可愛いですよ、透くん」

「あまり違和感ないな、夢咲」



 口々に褒めてくれるがこれは100%お世辞だろう。というか褒められても嬉しくない。これでも一応男なんだから。可愛いよりはかっこよくなりたいんだ。今は女装しているけど違うんだ。本当に違うから。



「よし、じゃあぱぱっとメイクしちゃうね!」

「あ、その前にウィッグ着けた方がいいんじゃないですか?」

「確かに……そうだね。そうしよっか!」

「ぼくはあまり詳しくないから二人に任せてもいいか?」

「うん、夢咲くんのことは任せて!」



 僕がなにかするまでもなくどんどん準備が進んでいく。髪はピンで止められ、いつの間にかウィッグが被せられ……今はメイクをして貰っている。だが、これがかなりきつい。何故かって? それは少し今の僕の状況を想像してみてもらえれば分かると思う。



「あ、ごめんね。ちょっと目を閉じてくれるかな?」

「……うん」

「んー、いい感じかな。じゃあ目を開けて?」

「……ん」

「じゃあ次は口をほんの少しだけ開けて貰える?」

「……」



 僕は今こんな風にされるがままでメイクされている。目の前には琴音ちゃんが視界いっぱいにいる。何をしているかは分からないんだけど時々、琴音ちゃんの指が僕の顔に触れることがある。多分メイクの何かだとは思うんだけど……少し、というか、かなりドキドキする。


 さらに、だ。メイク中、琴音ちゃんは僕の顔を覗き込んでくる。目と鼻の先ほど近くにいる状態で、じっと目を見つめられる。黒曜石のような瞳が僕の目を真っ直ぐ捉えてくる。僕は動けないから見つめ返すしかない。


 それに加えて、琴音ちゃんからは仄かに甘い匂いがする。確か、前に教えてくれた琴音ちゃんが気に入っている香水の香りだったと思うんだけど、僕の前で琴音ちゃんが動く度に香りも揺らいで流れてくる。


 どうしよう。こんなの、今まで体験したことがない。別に変なことを考えている訳では無い。でも、心臓がドクドクと鳴っているのが分かる。恥ずかしいし緊張するし、何より照れくさい。



「……ん、終わったよ!」



 さっきよりは身を一つ引いた所で琴音ちゃんはいつものようににっこりと笑った。隣にいた優にメイクしたから見て、と言っている。



「わぁ……本当に女の子みたいですね!」

「いやぁ、私もすごく可愛くできたと思うよー!」



 二人はワイワイ楽しそうに話している。僕は未だに胸の奥がドキドキしている。普段あまり女の子と関わることなんて少ないからだろう。……クラスにはいっぱいいるけど話したりするのなんてほんの一部の人だけだからね。



「よし、じゃあ皆準備できたし、営業再開!」

「じゃあ外にいる人呼んできますね」

「ぼくらも接客の用意をしようか」

「……うん。僕も手伝うよ」



 皆がそれぞれ動き始める。優が外に行った後、直ぐに入ってきたのは廊下で待たせていた真秀達だった。他にも琴音ちゃんの友達らしい人も何人か入ってきて、琴音ちゃんは彼女達と話している。



「お、なかなか様になってるじゃないか、透」



 にやにやしながらからかうように話しかけてきたのは真秀だ。片手には僕のクラスで売っているジュースに丸いアイスを入れたお手製ドリンクを持っている。



「トウ可愛いな! ちょっと写真撮ろうぜ!!」

「やだ。キモイんだけど誰?」

「それはね〜、ゴリラのごりぽんだよぉ〜」

「あらぽんから進化したんだ?」

「違うよ〜、退化の方だよ〜!」

「なんかオレへの扱い酷くないか!?」



 続いて話しかけてきたのはごりぽんこと剛くんと笑顔で毒舌を吐く陽くん。ここの会話はいつも通りだ。相変わらず酷いことを言われているけど、何故かにこにこしていて嬉しそうな剛くんはドMなんじゃないだろうか。



「もう……いいから早く座ったら?」



 僕がそう言うと真秀達はより一層にやにやして面白いことでも思いついた小学生みたいな顔で僕に話しかけてくる。



「いやいや透、そこはあのセリフだろ」

「そうだ! メイドっぽく可愛く言ってくれよ!!」

「わぁ〜、透ちゃん。案内してくれるの〜?」

「僕は絶対やらないからね!?」

「おいおい……ノリ悪いぞ?」

「あ、トウ照れてるんだろ!」

「透ちゃん。早く早く〜!」

「陽くん、しれっとちゃん付けするのやめて!?」



 揃いも揃って僕をネタにしてくるとはなんて酷い奴らだ。後ちゃん付けにするのは本当に辞めて欲しい。

そして剛くんのウザさがいつもの二割増だ。ふざけんなよ、このゴリラ。今度からゴンザレスって呼ぶぞ。


 僕は無言で睨み付けながら近くにあった席に三人を案内する。僕の醜態なんて見てないでさっさと他の所にでも行ってくれればいいのに。



「なあなあ、あの茶髪の子可愛くね?」

「え、どれどれ……お、本当だ」

「あの子、名札に透花って書いてあるな」

「透花ちゃんか……お前、ああいう子タイプだろ?」

「おう。なんで知ってんだ」

「小学校からの付き合いだからな」

「流石親友だな!」

「だろ。告ってくるか?」

「いや、そんな勇気ねぇよ……」



 端っこの方にいる男子二人組がコソコソと離している。会話の内容はよく聞こえないけどさっきからチラチラと周りを気にしているようだ。多分優や琴音ちゃん達を見てるんだろうな。



「そういえば、名前も女子っぽくしてるんだな」



 真秀が今気づいたというように名札を見ながらそう言った。僕は胸の辺りについている名札を見る。これは着替えた時にいつの間にか着けられたもので透花と書かれている。



「うーん……なんか女の子達が用意してたみたい」

「初めから透ちゃんにメイドさんやって貰うつもりだったのかなぁ〜?」

「まあ、その方が面白いしな」

「いや、トウは面白いとかじゃなくてただ単に可愛いぞ! 本物の女子と見間違えるほどだぜ?」

「え、嬉しくないけどありがとう」



 僕は接客を殆ど女の子に任せたまま真秀達とお喋りしていた。今日は校内だけの発表だからあまり人も来ないし、来てる人は殆どクラスの子の友達らしい。



『今日の文化祭は終了です。速やかに、片付けを始めて下さい』



 生徒会によるアナウンスが入った。時計を見ると営業終了の時間になっていた。


 いつの間にか今日の文化祭は終わりを迎えていたようだ。まだ明日もあるとはいえ、僕がシフトに出るのは今日だけだし明日はクラスとは関わらないだろうからなんか文化祭自体が終わってしまったような感じを覚える。



「なんだか始まったらあっという間だったなぁ」



 少しずつ客がいなくなって行って、続々と戻ってきた皆の手によってゴミが片付けられ破損があった所は修復され……ホームルームも直ぐに済み、皆が帰り始めた。


 蜘蛛の子が散ったようにガランとしてしまった教室を見て、僕も帰ろうと鞄を手に取った。もちろん、メイクも取ったし服も着替えたから今の僕はちゃんとした男子高校生の格好に戻っている。



「ん……今日はちょっと疲れたな……」



 一日を終えた安心と慣れない事をしたことから急に眠気が襲ってきた。早く帰って寝たい。そう考えながら教室の扉を出ると、丁度教室に入ろうとしていた優とばったり鉢合わせた。



「きゃっ!?」

「わあっ! ごめん、大丈夫?」



 優は両手にペンキを塗るのに使ったハケを抱えていた。よく見るとそのハケは濡れていて、綺麗になっている。恐らく洗ってくれていたのだろう。



「優はまだ居たんだね」

「は、はい。修復の時使ったハケを洗ってまして」

「そっか。僕も手伝えばよかったな……」



 どうせ皆がやっている間やること無くて暇だったしやることがあるなら優の所に行けばよかったな。



「透くんは今から帰りですか?」

「あ、うん」

「……あの、それなら途中まで一緒に帰ってもいいですか?」

「え? いいけどどうかしたの?」

「いえ……その、ちょっと話したいことがありまして」



 いつもとどこか変わった様子の優だったので、心配に思って一緒に帰ることにした。といっても僕の家はすぐそこなので短い時間ではあるんだけども。



「話したいことって何?」

「その、明日って……何か予定ありますか?」

「明日? 特にないけど。あ、真秀のライブ見るよ」

「真秀さんのライブですか?」

「うん。それがどうかしたの?」

「えっと、良ければ一緒に見ても構いませんか?」

「ライブ?……いいけど、なんか意外だね?」



 優は大人しいから軽音部のような騒がしい所は苦手そうなイメージがある。ひょっとして真秀目当てなのだろうか。



「あ、……その、実は友達に真秀さんのライブの様子を撮って欲しいと頼まれたので。一人で行くのは少し心細いな……と思って」

「ああ、そういうことね。いいよー、僕も一人で見るのはちょっと場違い感があって行きずらかったし」

「そうなんですね。良かったです!」

「あれ、そういえば琴音ちゃんは誘わなかったの?」

「えっ、あ、その用事があるみたいで……」



 それにしても、真秀のライブの様子を撮って欲しいなんて頼む友達は真秀のことが好きなんだろうか。真秀って昔から女の子人気高そうなんだよね。あんまり中学の時のこと知らないけどさ、偶にラブレターとか貰ってたっぽいし。


 まあ、そんなことはどうでもいいんだけど、優と一緒なら少しは気が楽かもね。未だに真秀繋がりじゃないと友達らしい友達はいないし女の子の中なら優が一番話しやすい。



「あっ、ねぇねぇ、明日予定無いなら僕と一緒に回らない?」

「へっ……? い、いいんですか?」

「うん。というか明日は人も多いし途中で合流するよりかは最初からいた方がいいかなって」

「そ、そうですね! じゃあお願いします!」



 会話が一区切り着いた所で、タイミング良く家に着いた。またね、と手を振って別れる。


 部屋に入って鞄を置いて一息つく。良かった、明日ぼっちで回らなくて済む。しかも多少は気心が知れている優となら緊張しないでいい。そこまで考えてハッとする。



「あれ……これってもしかして……?」



 特に深く考えず誘っちゃったけど、二人で回るってなんかちょっとやばいような気がする。だから優も少し驚いた顔をしていたのかもしれない。嫌がられてたりはしない、よね?


 僕は不安に思いながらも明日に向けていつもより長めの休息をとることにした。

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