文化祭編3
「次の人……こちらにどうぞ……」
不気味さを出すためなのか、ぼそぼそと囁くような声で扉の前にいる案内人が僕らを呼ぶ。受付をしている彼女は特に怖い仮装はしていないが妙に場所の雰囲気に合っていて変な怖さがあった。
「ちょっとあらぽん、あんまりくっつかないでよ〜」
「た、頼むからオレから離れないでくれ!」
「えぇ〜暑い……やだぁ〜」
剛くんは陽くんの腕にしがみついてぴったりとくっついている。陽くんは鬱陶しそうに剛くんの手を振り払おうとしている。最終的に剛くんは陽くんの袖を掴む形に落ち着いた。
「なんか……すごいカップルみたいじゃない?」
「透、あれは見るな」
「うん、分かった」
真秀は冷めた目で一瞥し、諭すように僕に言う。陽くんも真秀も慣れた対応をしているので、これはきっといつものことなんだろう。
「あ、あの……そろそろ、説明……いいですかね?」
受付の人が困ったように僕達を見てくる。いけない、迷惑だっただろうか。
「懐中電灯を持って進み、中にいる少女にこの指を渡してあげてください……それではいってらっしゃい……」
真秀が懐中電灯を受け取り、陽くんが血のついた指を受け取る。剛くんはそれを見て息を詰まらせていた。
「さて、行くか」
「そうだね〜、れっつご〜!」
「もうダメだもうダメだもうダメだ……」
真秀は冷静に、陽くんは楽しそうに、剛くんは絶望しきった顔である。僕はというと、勿論怖いので真秀の腕を掴んでいる。置いていかれたら終わりだ。
開かれたドアの先の暗闇に足を踏み入れる。中は薄暗く、懐中電灯で照らさないと足元が見えない。慎重ち歩いて行くと、突然、教卓がガンガンと激しい音を鳴らし始めた。
「ヒィィィヤァァァァ!!!!」
剛くんの絶叫が響き渡った。
「もう、うるさい〜!」
陽くんが作り物の指で剛くんの顔面をビンタする。すると、さらに剛くんの悲鳴が響き渡った。
「お前ら何してるんだよ……行くぞ?」
「うん、進も〜う! ね、まーくん」
「死ぬ、死ぬ……オレはここで死ぬんだ……」
「ちょっと、大丈夫? 剛くん」
少し歩くと、迷路の入口のようなものがあった。四つん這いにならなくては通れない程のサイズだ。真秀は屈んで少しキツそうにしながらも進んでいく。僕達もそれに倣う。
「うわっ!?……なんだ、生首か……」
前の方で真秀の驚いた声が聞こえる。……なんか今最後に冷静に変な事言ってた気がするんだけど。え、生首って言わなかった? どういうことだ。
「あ、本当に生首転がってる〜。じゃま〜」
僕の前にいる陽くんの声だ。だからなんでそんな冷静なんだ。生首転がってるって何? いや、お化け屋敷だし演出なのは分かるけどね。それにしても邪魔の一言で終わらせるのすご過ぎないかな。この先何が待ってるのか不安でしかない。
「うわぁぁぁぁあ!!……あっ、生首!」
進んでいくと道の真ん中に血塗れの人間の頭が落ちていた。暗くてよく見えなかったせいで、手で触ってしまい驚いたが、手触りからマネキンだろうと分かると少し安心した。
せっかくだから通り抜ける前に、生首を後ろを通るであろう剛くんと目が合う位置にセットしてからその場を離れる。少し進むと予想通りの声が聞こえた。
「イヤァァァァァ!! 誰、止めて、呪わないで!」
剛くんが叫ぶなか、お化け役の人が耐えきれなくなったのか笑い声がくすくすと聞こえる。
「あ、やっと出口だ……」
ようやく迷路の出口が見え、四つん這いの姿勢から開放される。普段動かないから、これだけでも結構体力を使って大変だった。ちょっと汗かいちゃった。
「なんか後ろの方で剛二の断末魔が聞こえたが大丈夫なのか?」
「平気でしょ〜、大丈夫大丈夫〜」
「マネキンの頭、リアルだったね」
「ああ、あれ頭にぶつかったからビックリしたな」
「えぇ〜、まーくん頭に生首落ちてきたんだ。いいなぁ〜!」
「……陽くん、変わってるね」
迷路の出口付近でそんな会話をしながら剛くんが出てくるのを待っていると、息を切らした剛くんが這いずって出てきた。
「目が合った……呪われた……終わりだ……」
「ごめん、それ仕掛けたの僕」
「どうしてだよおおおおおお!?!?」
半泣き状態で怒られた。本当にオカルト系が苦手なみたいだ。……ちょっと罪悪感が。まぁいいか。
「次、進むか」
「うん! 次はどんな仕掛けがあるかな〜?」
「逃げちゃダメだ逃げちゃダメだ逃げちゃダメだ」
「剛くん本当に大丈夫……?」
鬼気迫る表情の剛くんは今にも死にそうだ。次仕掛けが来たらショック死するんじゃないかなこれ。対して陽くんはワクワクと楽しそうに進んでいく。同じ場所に来てるとは思えない。
「かえ、して……返して……私の、指……頂戴……」
真っ直ぐ進んだ先には、曲がり角があった。その角っこには長い髪の、これまた血塗れの女性が椅子に座っていた。彼女はずっと返して、と小さな声で言っている。
「これ、受付の人が言ってた少女じゃ……?」
僕がそう言うと、陽くんは目を輝かせ女の人に指を差し出した。真秀はよく出来てるな……と呟いている。さっきから思ってたけどこの二人は明らかにおかしい。肝が据わりすぎている。
「……どうして……許さない……許さない許さない」
突然、立ち上がった女性は僕らに向かって手を伸ばし、追い掛けてきた。ちょっと待って、置いてかないで。反射的に真秀達が走り出してる。酷い、僕足遅いのに!
「待って待って! 僕これが限界なの、ねぇ待って! 置いてかないでよ!?」
僕は出口まで走るが全然皆に追いつけない。このままじゃあの人に追いつかれ……ない。振り向いたら少しスピード調整してくれている。なんならもう歩いてこっちに来てる。優しいな、このお化け。
何とか出口までたどり着きドアを開けると、三人が目の前にいた。
「悪い、びっくりして置いてった」
「ごめんね〜、最後のはちょっと驚いちゃった」
「……オバケ……コワイ。もうムリ」
二人が謝る中、剛くんは放心状態だった。僕はちょっとした出来心でイタズラをすることにした。置いていかれた腹いせだ。
「どうして……置いていったの……許さない許さない許さない!!」
「キィィィヤァァァ!!!!」
「……ふっ、結構似てるなそのモノマネ」
「とおるんおもしろ〜い!」
さっきの女性のモノマネをしたら、真秀と陽くんに意外と受けた。剛くんは予想通りだ。ざまあみろ。
「あ、僕そろそろシフトの時間だ」
携帯を取り出し時間を確認すると、担当時間の十五分前になっていた。回る時間は沢山あると思っていたがあっという間に過ぎてしまっている。
「とおるん、もうすぐなの〜?」
「うん。ちょっと抜けるね」
「なら、どうせだし次は透の所に行ってみるか?」
「おお、いいな! 疲れたしな!」
「あらぽんの好きなところだもんね」
「メイド喫茶だもんな。良かったな剛二」
「え、キッモ……」
「違うからな!?」
というわけで教室に到着したわけなんですが……少しトラブルが起きました。僕のクラスは全員女子、何人かは衣装を着て、接客。それ以外は裏方で商品を作ったり盛り付けたりする。僕は当然裏方だと思っていたんだ。なのに……先に来ていた優と琴音ちゃんに肩を掴まれて手渡されたのはメイド服。
「あの、僕は男だよ?」
「そうですね、はいこれ、着てください!」
「優、それはおかしいよね!?」
「おかしくないよ! クラス皆でいい思い出を作ろうよ、ね? 夢咲くん!」
「琴音ちゃん!? 正気に戻って! これを着た所でクラスのいい思い出にはならないよ!?」
完全に気が狂っている。準備が忙しくて頭がやられてしまったのかもしれない。絶対におかしい。そして傍から見ている真秀は一人で大笑いしていやがる。なにあれ、すごい腹立つ。
「諦めるんだな、夢咲。これは仕事だ」
「れ、麗華さんまで!?」
「潔くこれを着ろ。夢咲」
「嫌だ! 絶対に嫌だ!!」
結局、僕は力で押さえつけられ、教室の端に設置された更衣室で着替えさせられる羽目になったのだった。僕はこんなの望んでいないのに!




