文化祭編2
教室に戻って来た僕達は予め決めておいたシフトを確認し、最初の当番の人以外は各々好きなように校内を見に行った。もちろん、僕もその中の一人だ。
「あっとおるんが来たよ〜、ましゅまろ」
陽麻君が顔の横でひらひらと手を振る。朝は僕のことを『透くん』と呼んでいたのに、またあだ名に戻っている。どうやら陽麻君は呼び名がコロコロ変わるらしい。
「……陽麻はもう少し呼び名を統一したらどうだ?」
「え、なんでぇ〜?」
「いや、毎回変わるから誰のことか分からん」
「確かに。僕も反応できない時があるよ」
「そうかなぁ……?」
「オレも呼び名を決めた方がいいと思うぞ!」
各々に名前について指摘された陽麻君は考え込むように右手を顎に当てたまま俯く。そして何か名案が思いついたかのように、顔を綻ばせながらぱっと顔を上げる。
「あ、皆であだ名を作っちゃおうよ〜!」
「「「あだ名?」」」
「そうそう! その方がいいと思うんだ〜」
「あだ名あった方が仲良さそうな感じはするよね」
「なに少し嬉しそうにしてるんだ、透」
「お、オレも違うあだ名で呼ばれたいな!」
装飾されいつもとはまるで雰囲気の違う廊下を歩きながらどんなあだ名がいいか、ワイワイと話が弾む。周りではそれぞれのクラスが店の宣伝をしている声が響いている。
「焼きそばいりませんかー。名物はうちの担任をモチーフにしたゴーレム焼きそばでーす」
「男女反転カフェ、3-2で営業中!」
「演劇、白雪王子とりんご姫。もうすぐ開始します」
「お化け屋敷、恐怖の館……ぜひ体験しに来てくださいませ……」
「タピオカ屋さんやってまーす!」
各クラスの宣伝を聞いて興味がそれたのか陽麻君や真秀が視線をずらす。それぞれ、陽麻君は男女反転カフェに、真秀はお化け屋敷に目を向けていた。ちなみに剛二君はさっき人並みに攫われていった。今必死に戻ってこようとしてる。
「ねぇねぇ、男女反転カフェ行ってあだ名決めようよ〜。ボク甘いもの食べたいなぁ」
剛二君が戻ってきたのを確認して、陽麻君は僕達がいる少し先の一風変わった場所を指差す。あだ名はともかく甘いもの食べたいというのが強い気がする。
提案どうり店に入るとなかなか手の込んだ装飾が施されていた。黒板には僕のクラス動揺、女の子受けしそうなイラストが描かれている。だが、それよりも目を引くものがある。それはもちろんこの出し物の名前の通り……男子が女子制服を、女子が男子制服を着て接客しているのだ。女子はともかく男子はやばい。だって髪にリボンとか着けてたり、口調がオネエだったりしてるから。しかも驚くことに皆ノリノリなのである。語尾にニャンをつけるとかもう日常生活でいたら頭おかしい人認定される思う。……文化祭のノリってすごいな。僕はゴメンだけど。
「いらっしゃいませにゃん♪」
ダンボールで作られたであろうカウンターに行くとガタイの良い男子が野太い声で接客してくれた。陽麻君は笑いを堪えきれずに顔を背け肩を震わせている。
そして小声で『あらぽんみたい……』と呟いていた。これは一体どういうことなんだ。どこが剛二君みたいなんだ!?
「ご注文は如何致しますにゃん♪」
「え、ああ……じゃあ俺はこの抹茶ケーキで」
かなり引いている様子の真秀がメニューを指差して注文する。これは陽麻君の発言を聞いて剛二君に対して引いてるのか、このノリノリで猫ポーズをしたりしている店員に引いているのかどっちなんだろう。
「ボクはミルククレープにする〜」
「あ、僕は苺ケーキかな」
「オレはチョコケーキがいいな」
全員が注文し終えると、店員の彼は後ろにいる女子に伝えると笑顔でこちらに向き直った。
「準備ができたら席に運ぶのでどうぞ座ってお待ちくださいにゃん♪」
未だに顔を引き攣らせたままの真秀は一度頷き、身近にあった席へ座った。僕らもそれに続いて二人ずつ向かい合わせの形で座る。席順は僕と真秀が隣同士で陽麻と剛二君が隣同士。僕は陽麻君と向かい合わせだ。
「そういえばあだ名どうするんだ?」
ケーキが来るのを待っている間、真秀がそう切り出すと陽麻君は待ってましたというように堰を切って話し始めた。
「ボクね、皆で別々のあだ名使いたい!」
「皆で別々……ってことは一人に対して三つあだ名を作るのか?」
「うん。その方が楽しいと思って〜」
「じゃあ剛二は変える必要ないな」
「真秀は剛二、陽麻君はあらぽん、僕は剛二君って呼んでるもんね」
「オレにも新しいあだ名くれよ!」
「えぇ〜、あらぽんの考えるのめんどくさい……」
「前に透が言ってたゴンザレスでいいだろ」
「僕はゴン・ザレスって言ったんだよ」
「そんなのどうでもいい! てかまともなあだ名にしてくれよ……」
色々と話した結果、何故か僕だけが剛二君の呼び名を変更して剛くんと呼ぶことになった。一文字省いただけだし割と普通のあだ名で剛二君……じゃなくて剛くんも嬉しそうだ。
「お待たせしました。ご注文の商品をお持ちしたにゃん♪」
さっき僕達を接客してくれた坊主頭の肩幅の広い先輩が片手に四つのケーキが乗ったトレーを持って現れた。手のひらサイズの小さな四角いケーキだが表面に艶がありとても美味しそうだ。皆違うものを頼んだので机には色とりどりのケーキが並んでいる。
僕達は初めに自分が頼んだものを一口食べ、その後シェアというの名の強奪をしたり、本当にちゃんと分け合ったりした。どれも味が濃くて美味しい。
「俺は結局誰の呼び名も変わってないな」
大方食べ終えたところで真秀が言う。食べながらあだ名決めを続けていたのだけど、真秀だけは何故か誰も呼び名が変わらなかった。まあ、十五年ずっと透って呼ばれてたのに急に変えられても違和感しかないから僕としては別にいいと思うんだけど。そもそも真秀が誰かのことをあだ名で呼ぶとか想像つかない。
「別にいいんじゃない? 真秀には合わないよ」
「それはそうだが……陽麻はいいのか?」
「ん〜、まーくんはそっちの方がしっくりくる〜」
「オレは逆に全員呼び名変わったぞ!」
ややこしいのでまとめると、真秀は変わらず皆のことを呼び捨て。僕は剛二君から剛くん、陽麻君から陽くん、真秀はそのまま。陽くんは僕のことはとおるんで固定。あらぽんも変わらず。真秀のことだけまーくんへと変更した。剛くんは僕らの名前から一字ずつ取って、ハル、トウ、シン……と呼ぶらしい。陽くんと僕はともかく真秀からシンはなかなか強引だと思うけど真秀は特に気にしていないようだった。
「……真秀からシンって慣れなくない?」
「そうか? 俺は中学の時そう呼ばれることもあったからなんとも思わんが」
「まーくん、シンって呼ばれてたの〜?」
「ああ、最初読みを間違えられたことがあってな。それから取ってシンって呼ばれてたな」
「どういう間違え方されたんだ、シン!?」
「しんしゅうだな」
「……すごい間違え方だね。なんか国みたい」
僕が引きこもっていた時のことだからそんな風に呼ばれてたなんて知らなかったけど、その状況めっちゃ見たかった。絶対面白いと思う。
「まあ、あまり見かけない名前だからあっちも困惑したんだろ」
そう言って最後の一欠片を口に放り込む。僕は抹茶味が苦手だから食べてないけど真秀曰く美味しいらしい。後で携帯でどこから仕入れたのか調べるとか言っていた。
真秀はケーキが乗っていた紙皿をまとめ、僕らの分も一緒にゴミ箱へ捨てに行った。僕らは荷物を持って出る準備をしながら待つ。
「次はどこへ行こっか」
「ボク、お化け屋敷行きたいなぁ〜」
「お、お化け屋敷か。べっ別に怖いわけじゃないが違うとこに……」
「ねぇ、まーくん! お化け屋敷行かな〜い?」
「いいな。面白そうだし行ってみるか」
途中で剛くんが渋っていたけど陽くんと真秀が乗り気になってしまった為、僕らの後ろを嫌々ながら着いてくる。多分剛くんは怖いのが苦手なんだろう。僕も得意なわけではないしホラー映画とかは絶対に見ないけど、昔から真秀に付き合わされてお化け屋敷には行っていたから最近は慣れた。余談だが未だにホラーゲームや映画は無理である。理由は夜、夢に出てきそうで怖いから。
「空いてるからすぐ入れそうだよ〜!」
「そうみたいだな」
「あまり待たなくて済みそうだね」
「ま、待て! 一人にしないでくれ!!」
まだ入口前なのに既に怖がっている剛くんを尻目に二人は壁に貼られている血塗れの説明文を読んでいる。見た目的に一番怖がりそうな陽くんは真秀と一緒にどんな仕掛けがあるかという話をしていた。この廊下の角にある恐怖の館と題したお化け屋敷の周りには不気味な雰囲気が漂っている。赤い手形、血塗れの掲示板、煤けたお墓……とてもよく作り込まれている。
剛くんが怖がっている分いつもよりは大分安心しているが見れば見るほど恐怖が煽られる。二人に置いていかれないようにしようと覚悟を決めて、もうすぐ訪れるであろうその時を待った。




