表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
26/50

文化祭〜準備編1〜

 高校一年、二学期初めにある大きな行事。そう、文化祭だ。夏休みが明け、二週間後にはもう文化祭が始まってしまう。その為に、今日の五、六時間目のロングホームルームの時間を使って催し物を決めていたのだった。



「じゃあ学級委員に司会進行を頼もうか」



 先生はそう言って教壇から降り、真っ直ぐに僕の方へと向かってきた。そしてチョークを差し出す。



「えっ、何ですか?」

「お前だろ、学級委員」

「……あっ」



 すっかり忘れていた。そうだった。僕はこの無気力教師に学級委員長を押し付けられたのだった。僕は渋々前に出て黒板にチョークを滑らす。



「……先生、私も手伝います」



 声の方向に振り向くと琴音ちゃんが此方にやってくるのが見えた。どうやら副委員長として僕を手伝ってくれるらしい。というかもう琴音ちゃんが学級委員長の方が良かったと思うのは僕だけかな。



「えっと……誰か意見ある人、いますか?」



 琴音ちゃんがそう聞くと、皆は顔を見合わせるだけで誰も意見を言おうとはしなかった。いつもうるさいこのクラスらしくない。



「あー、はい」



 静寂を破って手を挙げたのはあの無気力教師。あの先生が提案なんてするのかとちょっと、いやかなり意外だ。どういうことなのだろうか。



「楽なのは完成された商品を売ることだと思う」



 やっぱり楽をすることしか考えてないよね、この人。いやまあ、準備期間短いし、楽な方がいいのは僕も同意なんだけどさ。



「というわけで、喫茶店とかでいいんじゃないか?」



 案外普通の意見だ。とりあえず、黒板に書いておこう。既製品喫茶、これでいいか。



「他に意見ある人いますか?」



 僕が黒板に書いたのを見届けて琴音ちゃんがまた質問を繰り返す。先生が言ったことで言いやすくなったのか今度は複数の人が発言し始めた。



「もう喫茶店でいいよー」

「だよね、楽だし」

「喫茶店ならメイド喫茶とかよくなーい?」



 クラスの中心人物とも言える陽キャ達がそう言うと騒がしさは一気に増した。とりあえず喫茶店ということは決まったみたいだけど、メイド喫茶やらチャイナドレスを着ようだの、色んな話が飛び交っている。


 確かにここ、僕以外は女の子しかいないから、そういうの着たらとても様になるのだろうけど……大丈夫なのだろうか。予算とか、その他諸々。そんなことを考えつつ飛び交う意見を黒板に書き記していく。



「じゃあここら辺で多数決を取ります」


「「「はーい」」」



 琴音ちゃんがそう言って黒板に書かれた文字を読み上げていく。ほとんどが喫茶店で、衣装が違うだけだったけど、メイド喫茶が半数を超えた為、僕らのクラスの催し物はそれになった。



「……メイド喫茶、かぁ……」



 隣で琴音ちゃんがぼそっと呟いた。メイド喫茶、という単語が聞こえた気がするけど……あ、そういえば琴音ちゃんはバイト先の制服がメイド服っぽい感じだったけ。前に一度真秀と一緒に遭遇したんだよね。



「おーし、決まったなー」



 先生の気だるげな声が聞こえ、それに応じて琴音ちゃんが言葉を返す。



「はい、他にやることはありますか?」

「んじゃ、次は何を売るかと装飾の方向性だな」

「わかりました」



 テキパキと司会進行する琴音ちゃんのおかげでどんどんやることが決まっていく。ガヤガヤと騒がしく話す皆を琴音ちゃんがまとめて僕に書くことを伝えてくれた。


 えーと、売り物は元値百円のアイスとミニケーキで装飾はポップでSNS映えするようなもの。メイド服はゴリラのお店で何着か買って、当番制にする……こんな感じか。商品を作らない分、人手も少なくて済むのか。


 大方、話がまとまり黒板に書き終えたところで時計を見ると六時間目の終了五分前を指していた。テンポよく進んだと思ったけど案外時間がかかったんだな。



「じゃー、決まったから残り時間は自由でいいぞー」



 先生はそう言って教室の端にあるパイプ椅子に座って居眠りを始めた。クラスメイト達は携帯を弄り始め装飾はこんな感じにしようなどといった話をしている。なんか僕、このまま何もしないで終わりそうなんだけど……大丈夫かな。


 自分の席に戻ってぼーっとしながら真秀達は何をやるんだろうと考えた。ちなみにさっきゴリラのお店という単語が出たから剛二君のことを思い出したわけでは断じてない。もちろん、ゴンザレス・ゴリラゴリラを思い出して笑いそうになったわけでもないのだ。



〈キーンコーンカーンコーン〉



「じゃ、このままホームルームやるぞー」


「「「はーい」」」


「連絡事項特になし。はい、解散」



 六時間目が終わったと思ったらすぐにホームルーム。そしてそれも即座に終わった。相変わらずあの先生やる気ないよね。そりゃ話長いよりはいいけどさ。


 せっかく早く終わったんだし真秀のクラスにでもよって行こう。いつもあっちが迎えに来てくれるからたまには僕から行くのもありだろう。


 荷物をまとめて席を立とうとしたところで、聞き覚えのある声に引き止められた。その声の方に振り向くとその声の主、琴音ちゃんがいた。



「あの、夢咲くん。これなんだけど……」



 そう言って差し出してきたのは一枚の紙。よく見ると文化祭の出し物などを記入するようになっている。そういえばさっき先生から琴音ちゃんに何か渡されていたっけ。多分、この書類だろう。



「先生から頼まれたんだけど、私が書いちゃって平気かな?」

「うん、お願い」

「書いたら提出しておくね!」

「ありがとう」



 琴音ちゃんさらさらとシャーペンを滑らし、白紙の紙を埋めていく。……少しくらい僕も手伝った方が良かったかも、とは思ったけど書くだけなら僕がいなくても大丈夫だろう。むしろ僕がいたら邪魔になりそうだし、また今度手伝える時に声をかけよう。



「じゃあ、またね。琴音ちゃん」

「うん! また明日」



 挨拶をしてから教室を出た。そしてすぐ近くにある別の教室の前で立ち止まる。どうやら僕のクラスは相当早くホームルームが終わったようで、真秀達のクラスはまだ帰りのホームルームの真っ最中だった。


 仕方なく扉の前で待っていると陽麻君と目が合った。陽麻君は小さく手を振ると、その左隣にいる剛二君に肩を叩いて知らせ、剛二君も同じように手を振ってきた。その仕草が昨日見たゴリラが手招きしている動画とそっくりだったので思わず笑いそうになってしまった。


 僕が笑うのを必死に堪えている間に此方のホームルームも終わったらしい。ガタガタと席を立つ音が聞こえ始めた。何人目かが通り過ぎた後で真秀が現れた。



「あぁ、透か。ちょっと待ってろ」



 真秀は右手にシャーペンを、左手に一枚の紙を持っていた。それは琴音ちゃんが持っていたものと同じものだった。そういえば真秀って割と積極的に働くタイプだった。


 一人で納得していると真秀の後ろからゴリラと陽麻君がひょっこりと顔を覗かせた。



「外だと暑いし中においでよ〜」

「…………(クイクイッ)」



 また剛二君がモノマネをしているけどそれには触れないようにしようと決め、僕は教室の中へ入った。クーラーが効いているらしく、中はひんやりとして心地が良かった。


 真秀が黙々と作業を進める中、僕は二人と話していることにした。どちらも部活があるので長くは居れないみたいだけど、準備をサボりたいとかなんとかで他の人よりは長く教室にいるようだった。



「とおるんのクラスは何やるの〜?」

「とおるんって誰だ!?」

「透くんのことに決まってるでしょ、あらぽん」



 なんかいつの間にか僕にまであだ名がつけられていた。陽麻君は何かとあだ名で呼ぶことが多いけど、いつもふわふわした名前のような気がする。それは陽麻君の話し方のせいもあるのかもしれないけども。



「えっと、僕のクラスは……メイド喫茶かな」

「えぇ〜、あらぽん大喜びじゃん!」

「いや、なんでオレなんだよっ!?」

「陽麻君達は何するの?」

「ボク達はお化け屋敷だよ〜」

「ビビらすから覚悟しとけよ!!」

「本物のビビりがイキってる~〜っ」

「う、うるせぇっ!」



 会話の間にさらっと剛二君を弄る言葉を入れてくる陽麻君。途中途中で真秀が笑って、ペンが止まってしまってる。



「はぁ、やっと描き終わった……」



 真秀はそう言った後、「提出してくる」と僕らに一声かけて教室を出ていった。すると真秀が出て行くタイミングを見計らっていたかのように陽麻君が真秀のことを話題にあげた。



「ねぇねぇ、とおるんっ!」

「ん? 何、陽麻君?」

「最近ましゅまろが軽音楽部に入ったの知ってる?」

「えっ、真秀が?」

「うん。しかも文化祭でライブするんだって〜」

「何それ!?」



 衝撃の事実が発覚してしまった。あの野郎ただでさえモテるというのに更に人気の上がる部に入りやがったな。よし、こうなったらライブに行って盛り上げてやろうじゃないか。



「ボク、ましゅまろに時間聞いたから、とおるんも一緒にライブ行かない?」

「行くっ!」

「あっ、オレも!」

「じゃあ、三人でましゅまろのライブ行こー!」



 そう話がまとまった後、丁度いいタイミングで真秀が教室へ戻ってきた。盛り上がっている僕達を見て少し目を丸くした。



「おお……凄い騒いでるな。何かあったのか?」



 真秀がそう尋ねると陽麻君は首を振り「なんでもないよ〜」と言うと机に置いてあったリュックサックを背負った。それを見て剛二君もそれに倣う。



「じゃあボク達はそろそろ部活行くね〜」

「二人ともじゃあなっ!」



 僕達は簡単な返事をし、数分後に準備を終えた真秀とともに教室を出た。



「再来週にはもう文化祭だね」

「二日間準備に費して金・土で文化祭だよな」

「その前にも色々書類とか出さないといけないし」

「割とハードスケジュールだよな」



 そんな話をしているうちに家の前に着いてしまった。僕は真秀と挨拶を交わしそのまま家に入った。文化祭……中学の時は合唱コンクールだったし、そもそも学校行事にはほとんど参加しなかったけど。なんだか楽しそうな予感がするなぁ。鞄を床に置きながらそんなことを考えた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ