フェアリーアイランド 恐竜テーマパークをぶっ潰せ
深い森の中で男は目覚めた。男と言っても年齢は十代後半くらいで、まだ青年と呼べる年頃だ。
「おにーさん、何しているの?」
青年を起こしたのは、幼い少女であった。歳は十歳前半くらいで、耳が不自然に長かった。
「うう、俺は……誰だ?」
少女に急かされて身を起こした青年は、片手を顔を伏せてしばらく思案したが、自分の事が思い出せなかったのだ。
「おにーさん記憶喪失って奴?」
「どうやら、そのようだな。しかし、名前と目的は思い出せた」
「名前は?」
「レイジだ」
「じゃあ、レイジおにーさんだね」
少女がほほ笑むと、レイジの脳裏に、ここにいない誰かの顔が一瞬だけ現れた。
「それで、目的というのは?」
少女の問いで我に返ったレイジは唯一残る自身の記憶を話した。
「妖精を追えだ」
「妖精?確かに魔王様の部下にそんな名前を聞いたことがあるね」
レイジは、いきなり手がかりを見つけたと喜び、少女の体に飛びついた。
「わっ、ちょっと強引だな、おにーさんは」
少女に諭されてレイジは体を離した。
「それで本当か!案内できるか?」
「ん~できるけど、その前に」
「?」
難しそうな顔をした少女はレイジの背後を指さした。
「あれを倒さないと!」
そこには、手にこん棒を持ち、鬼のように角が生えて立派な体を持つ生き物が一体いた。
「あれはオーガか?」
「あれっ?オーガの事は分かるの?」
(ん?確かに何故俺はあれがオーガであると知っているんだ)
レイジの疑問も他所にオーガは棍棒を振り回し二人に襲い掛かってきた。レイジは身を伏せたが、少女は軽快に躱すと右手をオーガに向ける。
「発射!!」
少女が叫ぶと、少女の手の平が一瞬だけ黒い穴が空き、圧縮された風の塊がオーガに向けて放たれた。しかし、風の塊はオーガの体勢を崩しただけで、ダメージはほとんど入っていない。
「やっぱりだめだね」
がっかりする少女だが、レイジはまだチャンスがあると叫んだ。
地面に倒れるオーガの鳩尾にレイジはそのまま、かかと落としを決める。
「わあ、凄いね。流石は身体能力に秀でた獣人ということだけはあるね」
獣人?何のことだとレイジは思ったが、オーガが怯んだ隙に少女にここを逃げ出すと提案し、二人揃ってその場を逃げ出した。
「ハァハァハァ、ここまで来れば大丈夫だよね」
まだ森の中だが、レイジと少女は先ほどの場所からかなり離れた場所まで逃げることに成功した。
「あっそうだ。まだ自己紹介がまだだった。私の名前はエーシア、エルフ族よ。レイジおにーさんは獣人族のようだけど、何の獣人?」
エーシアに問われたレイジは、自身の体を確認した。頭部に茶色の耳に、尻の上の方からは茶色の尻尾が生えていた。
「なんだこれは?」
まるで、自分には無い物が生えているという感触を覚えたレイジだが、エーシアは構わずに話を続けた。
「とりあえず、私の村がそばにあるから案内するよ。ついて来て!」
記憶がないレイジは、とりあえずの味方であるエーシアの後をついていき、深い森の中に入っていった。
西暦2150年、ニューヨーク、かつては数多の企業の本社や支社が置かれた摩天楼だが、今はたった一社の本社とその関連企業のみが席を置いていた。
そのたった一社の本社ビルの最上階の一室に二人の男がいた。プロジェクターの前に立つ男はとある企画の最高責任者である天宮司八島。もう一人は関連企業を含めて二十億を超える社員のトップに立つ男エデン社CEOロバート・ワイズマンである。
「国家の役目は崩壊し、世界には二つの超巨大多国籍企業が台頭しました。一つはヨーロッパ、中国の企業からなるセフィラ社、もう一つは我々、アメリカ、日本、インドの企業からなるエデン社です。両企業ともスプーンから軍艦までありとあらゆる分野に進出してきましたが、ここ数年両社が最も力を入れたのはバイオ産業です。そして人類の科学力はついに6500万年前の恐竜をも現代に蘇らせることに成功しました」
ここまで天宮司の説明を聞いていたロバートは不満そうに声を上げた。
「だが、その技術を最初に商業化に成功したのは、セフィラ社だろう?」
「おっしゃる通りです。セフィラ社が実用化に成功した恐竜の蘇生技術によって作られたダイナソーパークは大成功と言っても良いでしょう」
「年間来場者数の予測はかつてのアメリカが誇った夢の国を上回る規模だからな」
ロバートは昔を懐かしんだ。
「その通りです。ダイナソーパークが失敗するように我々は私設武装組織による度重なる妨害を行いましたが全て失敗に終わりました」
「敵の足を引っ張る作戦はやはり実を結ばないものだな」
「ええ、ですが、我々もセフィラ社には負けていません」
「セフィラ社が用意したのはすでに滅んだとは言え実在の生物、対して我々が極秘に計画してきましたのは、アメリカや日本で培われた異世界ファンタジー物です。我々は空想上の生き物を現代に生み出したのです」
ロバートは手元の携帯ディスプレイにある資料に改めて目を通した。
「ファンタジア・ワールドか、名前はともかく、遺伝子を操作して、映画に出てくるゴブリンやオーク、竜と言ったものを作るのは色々と外野がうるさいのでは?」
「ですが、我々の力は各国家の法律さえも凌駕します。今更、自然保護団体や失墜した宗教家が言って来てもどうしようもないでしょう」
倫理など関係ないという天宮司の主張に思う所はあるが、ロバートはあえてそこには触れなかった。
「太平洋にある島丸ごと使ってのテーマパークか、いかに我が社とは言え、社運を賭けるレベルだな。警備のために、レーザー兵器を搭載した新型のミサイル駆逐艦二十隻を常備配置とは」
「全く新しいものを作り上げるのです。その研究から生まれる価値はノーベル賞を百年は取り続けられるでしょう。当然セフィラ社の妨害も予測されます」
「ああ、分かった。ともかくこの企画の概要は理解した。で、今日は何のようだね?」
早く本題に入れとロバートは急かした。
「はっ、半世紀掛けた計画は最終段階に入り、島では我々の存在も知らずに独自の生態系や国家が誕生しています。ですが、一つここで問題が発生致しました」
「問題とは?」
「まず一つ目は、島に設置されたカメラの一部が意図的に破壊されたということ、もう一つは島の知的生物達が、妖精という生物がいると証言しているのを音声カメラが捉えたことです」
「?それの何が問題なのかね?最初のカメラの方は問題かもしれんが」
「我々は多くの空想上の生物を生み出しましたが、妖精と呼ばれる者は作っておりません。獣人やエルフなどの人間の体の一部を変えることには成功しましたが、人間を小型化して飛行能力のある羽を持たすなど、まだ技術的に不可能です」
ロバートの理解が追いついていないのを知り、天宮司は要点をまとめた。
「つまり、島には我々の想像を超える未知の種が誕生している可能性があります。さらにそいつは、島の知的生物では発見することもできない最新技術のカメラを破壊できるだけの知恵がある。恐らく戦闘力も高いでしょう」
「人類の手に余るモンスターが誕生している可能性があると?」
ロバートはエデン社が人類滅亡の引き金を引くことだけは避けたかった。
「はい、一応島の地下には、旧世代の兵器である核爆弾が設置されており、最悪の場合にはこれを起爆して島を葬りさることができますが、これは最後の手段にしたいです」
「ではどうする?」
「我が社の誇る私設武装組織の一つピースメーカーから一人のエージェントを島に派遣しました」
「現在は人間がいない島だろう?大丈夫か?」
「心配には及びません。そのエージェントは遺伝子手術を受けて、獣人として島に潜入しております。現在何やら不審な行動をとっていますが、彼なら上手くやってくれるでしょう」
「そ、そうか、ともかく上手くやってくれ。次の株主総会で私を降板させる事態だけは避けてくれよ」
「当然です。CEOには、ファンタジア・ワールドのテープカットをして頂く予定ですから」
天宮司は笑顔でほほ笑むとプレゼンを終えた。
(頼むぞ零士)
天宮司は島に派遣して自分の甥に自分の将来と会社の命運を託した。