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1-6. '何か'

「はぁ……」


思いっきりため息をついた。もう、思いっきり。肺を限界までしぼませて。萎びた茄子みたいに。

何でかって。決まっているじゃないか。模擬戦だよ、模擬戦。

あんなにも豪快に弱さを露呈できる場所なんてないさ。


「いつまでため息ついてんのよ。幸せが逃げるっての」


僕とアカネは帰路の途中。

田舎から出てきた僕らにとってありがたいことに、この学校には寮があった。

当然、入らない理由はなく。

僕にとっては半ば強引にアカネと同じ寮に入ることとなった。

もちろん、棟は別だよ。

こう見えてもアカネは女の子。


「ため息ぐらいつかせてよ。もう、どうすりゃいいかわかんない」


幸せなんて、絶対に今舞い込んでこないから。

逃げる幸せなんて持ち合わせちゃいないだろう。


「いいじゃない、別に」


「何でさ。この学校は国の中でも名門中の名門なんだぞ。全く、場違いにもほどがある」


「場違いでいいじゃない」


「よくない」


「場違いな能力を、持ってるじゃない」


……。


「ショウってランクいくつだっけ?」


知ってるくせに。


「Eだけど。十分知ってるだろ」


「そっか、下から一番目の最低ランクだったっけ」


あぁそうだよ。最強さん。


「私のランクは覚えてる?」


「Bランクだろ。上から2番目の」


忘れるわけがない。

今日のローズマリー家のあの女の下とは到底思い難い。


「今日、私と戦ったわよね」


戦った、というか。

ただの喧嘩だ。


「それが?」


「あれ、私結構本気だったんだけれど」


へぇ。


「それがどうしたんだよ」


「わからないの?Bランクの本気がEランクに全て躱されたのよ?」


それは、違うじゃないか。


「それは僕の力じゃない」


「アンタのよ」


「違う!!」


珍しく声を張り上げてしまった。

張り上げられずにはいられなかった。

2,3羽のカラスが飛び立ち太陽をかすめていくほどに。

それはそれは強く。言い放ってしまった。


「何度も説明したけれど」


「何度も説明された。それでも、私はそれをアンタの力だと認めてる」


「自分でもなんの力かわからないのに?」


「そんなの私の知ったことじゃない」


無理矢理だよ。

無茶苦茶だよ。


「自分でも何なのかわからない力を使えるからって、それがどうしたっていうのよ。自分で説明がつかなくても、それはアンタが操ってる力なんだから、つまりはアンタの力なの。いい加減、それを納得しなさいったら」


感情論。

勝手な定義付け。

それでも。

アカネはこの正体不明の'何か'を僕の力だという。


「断言するわ。アンタならここで十分やっていける。いつまでもため息ばかりついてないで、それを自覚しなさい」


使い勝手のよくわからない、この'何か'を。

魔法なのかもわからない、この'何か'を。

どの属性にも当てはまらないだろう、この'何か'を。

僕ですらいつ使えるようになったのかも、どう使ったらいいのかもわからない'何か'を。

僕の力だという。


そう。

僕は'何か'を持って生まれた。

生まれた時から無意識にそうだった。

気がついた時にはもうそれだった。

それは僕が3属性の魔法を使えることとも、田舎者であることとも関係ない。

何に由来するかもわからない正体不明の支離滅裂なこの世の理から外れているのではないかというこの能力。


――だから、前向いて頑張りなさいよ。


アカネの心はそう思っていた。

アカネの心を僕はそう感じ取った。


「わかったよ。もうため息つかないから」


僕は人の心を感じ取れるんだ。



 ***



広い。広すぎる。

これが都会の寮というものか。

田舎には寮とかいう概念すらなかったから、てっきり粗末な宿屋程度のものとばかり思っていた。


高い天井、高級感溢れるベッド。

こじゃれたテーブルに、生活に必要なものは完備…と。


正直、ここまでいらない自宅に持って帰りたいぐらいだ。

こんなところにお金を払っているのなら、設備はいらないから減額してほしい。


「はぁ……」


ついてはいけないと言われたため息も、つかざるを得ない。

アカネは横いないしもう大丈夫だろう。

部屋に圧倒される自分に、また田舎者というレッテルを張られた感じがする。


因みにここは男子の寮らしい。

アカネはあんな少し恥ずかしい話をした後でも、平気で自分の寮へ向かっていた。

一方の僕はというと、アカネと別れた後、寮長さんに軽く挨拶を済ませて部屋に入ったところである。


ドサッ。


とりあえず、ごちゃごちゃした頭を整理したくて、おそらく無意識に豪華なベッドの上に飛び込んだ。

枕がとてもふかふかだ。

こんなのは冷えて硬いイメージの田舎じゃ味わったことのない感触。


「明日、どうしようかな」


心地よさに浸っているのも束の間、僕は先ほどの帰り道を思い返していた。

アカネは一応、この'何か'を認めてくれているといった。

僕の強さだという。


だけど、僕としては無理やり納得はしたつもりなんだけれど。

それでもやっぱり、まだ心に突っかかりみたいなものがある。


――その力の正体を知らない。


力の効果みたいなものは経験的にわかってきたつもりだ。

別に不特定多数の人間の心を読み取れるわけじゃない。

狙った相手の心のうちも感じ取れるわけじゃない。


僕が感じるのは


僕に向けられた


心の声だ


だけれど、一体この力の根源が果たしてなんなのか。

そして、これは魔法に分類されるのか。

僕としては、これまで一度も解答に近づいたことすらない。


「でも、使わなかったらただのEランクなんだよな」


そう。

Bランクのアカネについていくには、この力を使うことが必須条件。

僕に対する心、すなわち気持ちや考えが僕にだけ伝わってくる。

つまりは僕を攻撃対象としたときの相手の考えは手に取るようにわかってしまう。

そりゃ事前に来るところがわかっていれば、あんな猛獣の攻撃も躱せるさ。


「……よし」


アカネは認めてくれたんだ。今までで一番、はっきりと。

明日くらいは、アカネを信じてみよう。

多分、初めてだろうな。

自信を持ってこの力を使うのは。


自信なんて持てるわけがなかった。

僕に対する気持ちが無意識にわかるんだ。

今までどれだけの声を聴いてきたか。

いや、今それを思い返すのはよそう。


今まで嫌々ながらに使用してきたことは否めない。

それでアカネに全敗してきたことも否めない。


0勝19敗。


もし、明日アカネと当たることになったら、0を1に変えたい。

Eランクでもやれるってことを証明してやりたい。


「やろう!」


きっと入学という人生の転換期が僕に分岐点を与えてくれているのだ。

思いつめて。思いつめて。

僕は、これまでにない小さな覚悟をもって眠りについた。



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