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2-31. スミレの記憶③

白虎、朱雀、玄武、そして青龍。

四神の名を冠して呼ばれていた彼らがその後姿を見せることは一時もなかった。

一糸まとわぬ私に毛布をかけてくれた青龍でさえも、ただの一度も後戻りしてくれることはなかった。

戦いはものの数秒で終わったに違いない。

刹那の間海辺を照らしていた明るい光も今は途絶え、あたりは静寂と月明かりのみが包み込んでいる。

しかし間もなくして警察の関係者と思われる数人が別荘へ訪れ、私の保護や動かなくなってしまった祖父への対応、周辺の捜査等手際よくこなしていた。

様々な質問を投げかけられたが、私には口を動かす余裕もなくただ下を見つめてずっと俯いていた。


私に残ったものは汚れることのなかったこの身体のみ。

最愛の祖父は最後は私の祖父としてではなく赤の他人としてこの世を旅立った。

数日後、私は警察に寄り添ってもらいながら実家へと帰ったが待っていたのは叱責の言葉。

私がなんとかできたんじゃないか、と。何のために魔法を教えているのだ、と。

私のせいで祖父は死んだのではないか、と。

辛く厳しい文字通りの現実を両親から叩きつけられた。


私は縋ることしかできなかった。

レン。

心を休める存在はもう彼女しか残されていなかったのだ。

彼女に家柄の愚痴を言うといつも私に同じことを言う。


「それだけ期待されてるってことなんだよ。恵まれてるってことなんだよ」


祖父が亡くなった現実をレンに話すがどうか迷うことさえしなかった。

誰かに話さなければ、私のせいではないと言ってくれなければ、私は耐えることができなかったのだ。

それが現実逃避であることは百も承知。しかし、この期間だけは、逃げたかった。


「過去に沈んではだめだよ」


青龍の言葉は私を後押しなんてしてくれなかった。

記憶狩りの事件後、レンには一度だけ会うことができた。

期待されている、恵まれている。

その一言は今の私には重いけれど、現実を突きつけられる言葉なのだけれど。

その言葉でさえも、私は欲しかったのかもしれない。

そう、いつも通り、笑いながら。

だけど。


「……ごめんなさい」


レンは私の顔すらまともに見ずに。

いつもの台詞なんて吐くことさえ能わずに。

ただひたすら私に謝り続けた。


きっと私の置かれた状況をさも私のように察してくれて、そして言葉が出なかったのだ。

そう思おうとしたんだけれど。その時はそう思ったんだけれど。

今思えば、このことに加えて。

私への最期の挨拶をしたかったのかもしれない。



レンはその日から二度と姿を現さなくなった。



こうして私の拠り所たる人々は、私の祖父と唯一の友達のレンは。

私の前からいなくなった。

と、同時に私は決意したのだ。

強くなろうと。

この世界の誰よりも。果てしない力を身に着けようと。

与えられた現実を丸呑みにして。置かれた境遇を全て私の中に背負い込んで。

誰も傷つけなくていいように。


祖父は私が強ければ抜け殻にならなかった。

友達は私が強ければあんな悲しい顔はしなくてよかった。いなくなりもしなかった。

全て今の状況は私が蒔いた種だ。

そう考えるしかなかったのだ。


以後、さらに友達もつくらなかった。

元から嫌われる立場で作りにくい状況ではあったと自負はしているけれど、この時から私から歩み寄るということは一切しなくなった。

時間の無駄なのだ。

下級学校に行く時間すら惜しい。私には時間が足りなかった。

これからは両親の厳しい指導から逃げない。なんなら両親すら超えてみせる。

それだけの絶対的な力。私はそれだけを追い求めていた。


力だけを追い求める私の目標が、私の理想がエドと呼ばれていた彼らの中の一人、青龍だった。

ほとんど一瞬の出来事だったが私の記憶には鮮明に残っている。

四人組を構成していたことやその後の調査から私は彼らがおそらくテトラスの一つだと悟った。

テトラス・エド。そして青龍。

その人に匹敵するくらいの力を私は求めた。


そして常に一番を目指した。

下級学校では名声をほしいままにしていたが、それは上級学校でも同じ。

かに、思えた。

ロイという存在がそこにはいた。

初めて会った時から感じていた。彼の中に眠る膨大な魔力を。

それを試す意味でも私は入学早々彼に模擬戦を申し込んだ。

瞬間恐怖すら抱いた彼の潜在能力を超えることができれば私は上級学校でもトップに立てる、そう思ったから。


しかし、結果は惨敗だった。

勝敗は引き分けでも実力では完全に私の敗北で完全に劣っていた。

記憶狩り以来これほどの屈辱と力の差を感じたのは初めての経験だった。

私を越える実力を有している同世代など巡りあったことがない。

その高揚感のまま、私は彼をライバルに据えてしまった。

もう友達は作らない。そう決めていたから。

好敵手としておいておけばそれは私の教義に反さない。はずだったんだ。


だけど。

魔術競技祭を境にロイは姿を消した。


そうか。そうなんだ。

私は疫病神なんだ。

祖父もレンも私の周りから消えていった。

今度はライバルのロイまでもいなくなった。

私は深いつながりを求めてはいけないんだ。そういう運命にあるんだ。


もう友達なんて、ライバルなんて絶対に作るものか。

ロイに抱いた一回の甘えですら神様は許してくれなかった。

こんな悲しみを、もう二度と味わいたくない。

私は何もかもが嫌になった。


気が付けば私はまた一人だった。

空いた時間を魔法の鍛錬に回す日々が続いていた。

以前よりも一段と厳しく。自分を痛めつけることを自分から望んでいた。

それから間もなくして私はSランクになった。

実感した。私は強くなったのだ。

おそらくこの学校で誰よりも強くなったのだ。

これでもう誰も傷つくことも消えることもない。そう思っていた。


だけど、どうして。

神様は何度も私にいたずらをするのだろう。


仮面の襲撃に私はまたしても何もできなかった。

記憶狩りのあの男に抱いた時よりも強い恐怖の念を覚えた。

それ故か、あの時のことを思い出していたせいなのか、私の身体は全くと言っていいほど動かなくなった。

なのに、どうして。

私より弱いはずの。低ランクのはずのブルームやローレンシア、アカネにショウは立ち向かっていけるのだろう。

いや彼らは強いのだ。

私より、心が強いのだ。

私なんて、本当はさみしがりで弱虫なだけの女の子。

身体的な強さは得られたかもしれないが、内面的な強さは何ら備わっていないただのでくのぼう。


私は再び死を覚悟した。

記憶狩り以来の再びの感覚。

それでも私は死ななかった。

二度目の死から救ってくれたのはロイだった。


しかし、どうして、何故、このタイミングで。

私はロイがどうしてもあの時私を助けてくれた青龍と重なって見えたのだ。

あの一瞬で感じた暖かさ。以前のロイには感じなかったものをこうして感じてしまった。

私の目標。私の憧れ。


ロイは違った。祖父のようにレンのように消えたままになることはなかった。

ロイは帰ってきて、そして私にまた希望の糸を垂らしてくれた。


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