2-28. 気づき
「リズ!」
僕がいきなり大声を出してリズの名前を呼んだもんだからアカネとリズの言い争いが瞬時にして止まった。
二人だけでなくスミレまでもがキョトンとした顔で面食らっているようだった。
「な、なによ、アンタ」
「さっき言ったこと!もう一回!」
「ショウくんといろんなところに行けて楽しかったなぁ……」
「そこじゃなくて!その前!」
「目を閉じれば走馬灯みたいに……」
そうだ。
走馬灯みたいに。そうなんだ。
どうして視覚的なイメージがうまく伝わってこないのか。
それは受け取るタイムスケールに大きな誤差があったからなんだ。
僕は今までずっと当人の回顧録を録画を見るように、そのままの時間軸で受け取ろうとしていた。
きっと無意識に。多分その方法しか思いつかなかったから。
でもそんなことは絶対にできないんだ。
だって……
記憶を思い出している当人はそれこそ走馬灯のように長い出来事を映像や気持ちも一緒くたにして一瞬で思い出しているんだから。
すなわち僕が受け取らなければならないのは単なる視覚的なイメージではなく。映画のような流れる映像ではなく。
もはやそれは’記憶’にも似た当人の思い出。
走馬灯のような長い一瞬の記憶を覗き見るということ。
僕は目に転写するのではない、まさに記憶そのものを取り入れるようなイメージで思い出を引き出さなければならないんだ。
「そうだよ!これなら!」
「おい、うるさいぞ、ショウ。一体どうしたんだよ」
あまりに感動的なひらめきだったせいか無意識のうちにはしゃいでいたらしい。
チャイに止められる頃には僕は機内で一人立ち尽くしていた。
「あ、ごめん」
指摘され恥ずかしさもあり僕はゆっくりと腰を下ろす。
それでもこの気づきに対する感動は潰えない。
「どうしたの?」
スミレが問う。
「わかったんだ。スミレの思い出を共有できる方法が」
「本当!?なら早速試しなさい!」
すぐに試したいのは山々だけれど、ロイが後ろにいるこの状況でもし何かあったらと考えると気が進まない。
「わかった。でも、東部に帰り着くまで待ってほしい」
「じれったいわね。わかったわ」
なぜだろう。スミレに試してはいないけれど、僕の中ではある種の確信めいた自信があったんだ。
***
飛行機は数時間かけて東部へと降り立ち、そこから1時間ほどでセントレア上級学校へとたどり着くことができた。
長い旅路のせいか一年生のみんなの顔には若干疲れも見え、早く帰りたそうにしている。
僕はといえばこの後、自室へ荷物を置きに帰ったのちにスミレに連行されることが決まっている。
ご飯も食べずになんともハードスケジュールを組まれてしまったものだ。
「わかってるわよね。20時に中庭だから」
帰り際さりげに耳打ちされたスミレの声が今もなお冷たく残る。
ロイとクロウと一緒に部屋に帰ると、ロイは晩御飯の支度を始めクロウは溜まっていた新聞に手を伸ばしていた。
「ちょっと出てくるよ」
三人での共同生活も少し慣れてきたとはいえ、まだ気を遣う部分も多い。
彼らも遠慮しているのかどこに、とかなにを、とか目的も何も問わず快く送り出してくれた。
むしろ今はその方がありがたいのである。
「遅いじゃない」
「遅いってまだ五分前だよ」
「私が十分前に来てから五分遅刻よ」
相変わらずこのお嬢様は扱い難い。
無理が通れば道理がひっこむとはまさにこのこと。
「じゃあ早速始めなさいよ」
「でも、いいの?僕がスミレの記憶を垣間見るということだよ」
そう。これは思い出を読み取るということ、すなわち、彼女の記憶を覗くということ。
もしかしたら見られたくない記憶まで覗いてしまう危険性もある。
どこまで正確に読み取れるのか。どこまでいらないところまで読み取ってしまうのか。
初めて試すことだから僕にもスミレにも想像はつかない。
「いいわよ。覚悟はできているわ」
「すごいね、スミレって。僕にはそう簡単には自分の思い出を人に差し出せないよ」
「それくらいテトラス・エドの捜索は私にとって大事なの。それに貴方常日頃から私たちの心を見透かしているんでしょ?今更記憶を見られたところで何も感じないわよ」
そう言われてもなぁ。
「今の気持ちと昔の思い出は全然違うと思うんだけれど」
「ぐちぐちうるさいわね。私がいいって言ってるんだから何を貴方が悩んでいるのよ」
「それもそうなんだけれどね」
最後の念押し、みたいなものだろうか。
やはり現時点での気持ちがスッと僕に伝わってしまうのも嫌だけれど、見せたくもないところまで見られてしまうと思うと抵抗を感じざるを得ない。
スミレの記憶。今から覗くのは彼女がテトラス・エドに救われたというシーンのみだけれど。
それでも、人の記憶を覗くという初めての経験になかなか踏ん切りがつかないでいた。
しかし、何事も初めてを超えなければ見えてこない世界がある。
ジル長官にも言われている。
魔法は試行錯誤の結果生まれた学問なのだと。
僕はこの裏側の顔しかない、この世に存在してはいけないという心眼の力の表側の使い道を見出さなければならないんだ。
目を閉じる。
そして自分の気持ちに整理をつける。
「わかった。それじゃあ」
僕は、今から冒険をする。挑戦をする。
この心眼というよく分からない忌み嫌われる力を使って。
スミレの心の中にあるテトラス・エドのイメージを共有する。
そしてそれが本当にロイなのか。彼女の思い違いなのかそうでないのかを、僕の目を通してはっきりさせる。
これは彼女にとっても前へ進むための大事な一歩なのだ。
「テトラス・エドに助けられた時の情景を思い出して」
ゆっくりと目を開く。
そして今まで映像として受け取ろうとしていた彼女の思い出を、記憶として走馬灯のように部分的に共有する。
長い出来事を一瞬の走馬灯に込めて。
走馬灯って言っても、死にはしないんだけれど。
彼女の記憶に自分の記憶を重ねる。
そして彼女が思い描いていることを自分も思い描く。
そうして、僕とスミレの記憶がリンクしていく。
「……」
スミレは思い出す。
そして、同時に僕も思い出す。
テトラス・エドに助けられた日のことを。
まるで自分が体験したことのように。




