2-27. 研修旅行11
ロイはそのままチャイを押しのけて部屋の外へと飛び出して行ってしまった。
僕もそれを追いかける、が、チャイに左腕をグッと掴まれてしまう。
「なんだよ。離してよ」
「今追いかけたところで何か変わるとは思えねぇんだけどなぁ。一人にしてやりなよ」
仕方ない。確かにこのまま追いかけていったところで彼に何と声をかけていいか今はわからない。
大切な人を守る為に人を殺すなんて、そんなことがあっていいのか?
少なくともそこに対する僕の価値観とロイの価値観は大きく異なっている。いや、大きく異なってしまったんだ。
あの、襲撃のせいで。
「ショウ。一体何で喧嘩したんだ?」
「いや、別に……」
チャイには組織'α'には関わるなとさっき言われたばかり。弁明の一つも出て来ない。
「別にじゃないだろ。今の。お前とロイが喧嘩なんて珍しい」
「……」
「まぁいいぜ。話したくなったら話してくれ」
と、チャイはこれ以上の詮索は諦めたのか部屋の奥に進み寝転がった。
それを見て僕はそっと部屋を後にした。
***
「なによ、いきなり呼び出して」
「いや、ちょっとね」
「はっきりしないわね。私じゃなくてリズの方がいいんじゃないの?」
「それは違う」
こういうとき。一人でどうしようもなくなったとき。
やっぱり僕が助けを求める、というか相談しに向かうのはアカネのところだった。
決してリズなどには真似できない。
「で、なに?」
なかなか口火を切り出せない僕にアカネはイライラしている様子。
よしっと覚悟して僕はさっきあったことを素直にアカネに話した。
「なるほど。それはアンタが怒るのも無理ないわね。むしろ怒らなかったら私が怒っていたわよ」
「アカネに怒られるのは嫌だな」
アカネは僕と同じ考えだったようだ。結構安心した。
「でも、もしアンタが同じ状況だったら。アンタがアテナって奴に追われててそいつを倒せばアンタが助かるなら、ロイの気持ちもわからなくもないわね」
もし僕がハルで、アカネがロイの立場だったら。
アカネはアテナを殺してでも僕を守りたい。そう言ってくれた。
いやでも、その逆なら。
アテナを殺すことでアカネが助かるのなら。もし、それしか手段がないのなら。
僕は迷わずこの道を選べるのだろうか。
殺す実力が如何の問題じゃない、僕は素直に選べるとは思えなかった。
「ロイが変な行動をしないように明日は注意しなくちゃね」
そうだ。研修旅行は明日まで。
明日はお昼まで自由行動でそれから直ぐに東部へと出発しなければならない。
それまでに何もなければ僕たちは組織'α'の干渉からほぼほぼ抜け出すことができる。
アカネとロイの動きに一層気をつけると話し合ったところで僕は部屋へと戻った。
するとどうだろう。すでにロイ、クロウ、チャイの三人は帰ってきているではないか。
「ただいま」
「おう!西部に来ても逢瀬を欠かさないとはすごいやつだな!」
チャイといえば人が変わったようにいつもの陽気な調子に戻り僕に対するいじりを忘れない。
それをロイもクロウも何事もなかったかのようにスルーしている。
つまりはいつもの光景。喧嘩なんてなかったかのような。
「うるさいな」
僕はロイの顔をあまり直視はできなかった。
それでもその日はすぐに過ぎて行ったんだ。
***
研修旅行もあっという間に三日目。
とはいえこの日は午前中しか自由な時間はない。
僕たち八人は近場を軽く見て回ってお土産を選ぶことに決めていた。
「ショウ、昨日は、その、ごめん」
ホテルから歩いて数十分のところにある商店街で西部名物のお菓子やら置物やらを見ていたとき、不意にロイから声をかけられた。
「え?あ、いや、こっちこそ」
あまりに唐突だったからうまく返答できなかったけれど、それでも仲直りの兆しは見えたという感じか。
それまで喋れてなかったからな。向こうから話してくれるとありがたい。
「あの後ジル長官に聞いたんだけど、ハルは東部に連行して東部管轄の施設で保護するんだって。一応容疑がしっかりと固まるまでらしいけれど、とりあえずは無事に済んだみたい」
「そうなんだ。それはよかった」
なるほど。不確定だったハルの安全が担保されてそれでロイの機嫌も少し戻ったのか。
しかし、根本的な解決には至っていないのが事実だ。
犯罪組織'α'はのうのうと活動しているだろうし、そのリーダーであるアテナは生きている。
またいつハルが襲われるとも限らない。
「アテナは、どうするの?やっぱり、殺すの?」
「とりあえずは様子を見るよ。ハルは東部にいるわけだし、きっとアテナもそうそう手出しはできないはずだ。それに……」
それに、とロイは一呼吸おいて。
「……頑張って'倒せる'道を探すよ」
倒せる、と。ロイは殺すという道を捨てた。
あれからクロウと話したのか、ジル長官の相談を受けたのか、はたまた自問自答したのかはわからないが。
それでもロイは僕の提案した道を受け入れてくれたんだ。
思わず笑みがこぼれた。
「そうだね。僕も何かできることがあれば協力するよ」
「ありがとう」
無事、一件落着。
昨日アカネと相談して色々心配したけれど、全て杞憂に終わり思いの外あっさりとこの一件は解決した。
***
「ちょっとアンタ、なんでリズの隣なのよ」
「仕方ないだろ!みんなでクジ引いて平等に選んだんだから!」
「ごめーんアカネ!ショウくん、やっぱり私がいいみたい!」
「黙りなさいよね!これは平等なクジの結果よ」
帰りの飛行機。三日間動きに動いたからみんな疲れているのかと思いきや存外元気で、元気が有り余っていてこうもうるさい状況になっているのだ。
八人分の指定席券を渡された後、チャイの提案で男女混ざってのくじ引きを結構。案の定リズの隣を引いてしまったという結果になった。
離陸してから10分も経たないうちにアカネが突っかかる。
座ってみて初めて隣がわかったんだから仕方ないけれど、あからさまに大きな声を出さないでほしい。恥ずかしい。
周りは同級生だらけで、まぁいいんだけれど、それでもやっぱり恥ずかしい。
「アカネは置いといて、旅行楽しかったね!ショウくん!」
「私をのけ者にしないでくれる?」
「アカネ落ち着けって。挟まれてるスミレがなんとも言えない表情してるぞ」
「もう貴方達の言い争いは見飽きたわ」
仮面の襲撃後とは思えないほどの楽しい毎日で。
この研修旅行の目的も大体は果たせそうな感じだった。
あの日を忘れるわけにはいかない。それでも、いつまでも後ろを向いていてもいけない。
僕たちは、前に進まなくちゃいけないんだ。ブルーム先輩の死を忘れることはなく。
「旅行に浮かれるのもいいけれど、貴方ちゃんと練習しているんでしょうね?」
言い争いを続ける両側のアカネとリズに挟まれている僕とスミレ。
スミレはこそっと僕に耳打ちをする。
「うーん、さすがに旅行中まで練習ってひどくないですか?」
このお嬢様、一時は猛烈ストイックに魔法の鍛錬に励んでいたけれどこんなところまで飛び火しないでいただきたい。
せっかくの旅行を楽しませてくれよ。
「はぁ、これだから低ランクは。呆れたわ」
僕は一体何人に罵倒されたらいいのだろう。
とはいえ、スミレが言うのも最もで心眼をコントロールするために練習が必要なのも事実なのである。
相手への命令、心の干渉はある程度できるものの視覚的イメージをインプットすることに四苦八苦しているのが現状だ。
どうもうまく伝わってこない。というかよくわからない。
「ほんっと、楽しかったなぁ旅行!この三日間があっという間だったよ!」
僕やスミレの心配はさておきリズはにこやかに笑っている。
本当に楽しそうだなリズは。心配事なんて何もないみたい。
隣のスミレにいびられる僕の気持ちもわかってくれたまえよ。
「だよね!ショウくん!』
「あ、あぁ、そうだね」
「ショウくんと行ったリフォークの大時計がついさっきのことみたいだなぁ!また行きたいね!」
「アンタは二度と行かなくていいわ」
リフォークの大時計に行ったのは二日前。さっきのことだなんて大げさだなぁ。
アカネもムキになりすぎてはいないだろうか。
「目を閉じればもうそこはショウくんと行った色々なところが走馬灯のように蘇ってくるよ!楽しかったなぁ!」
「アンタ!いい加減うるさいわよ!」
走馬灯。
僕はその表現にある閃きを覚えたんだ。




