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2-26. 研修旅行⑩

'遭遇しなかった'ことにする。

つまりはハルとは出会わなかったことにする。

そうチャイから忠告を受けた僕は一人お風呂から部屋までの廊下を歩いていた。


ハルが手を出した、入ってしまったという組織'α'。

名前を口に出すことすら恐ろしいとされる極悪非道な組織にどうしてハルは入ってしまったのか。

追われる身、と言っていたけれど果たして追われているのはどこなのか。何なのか。

疑問に疑問を重ね続ける度に、僕はますます遭遇しなかったことにはできなくなってしまう。


どうしても、ハルを助けてやりたいという思いが先行してしまうんだ。

なぜだかはわからない。単にロイの想い人であるが故なのかもしれない。

この一件のことを、僕はロイに話すべきなんだろうか。

それをずっと考えながら気がつけばもう部屋の前。


「おかえり」


部屋を開けるとそこにはロイしかいなかった。


「あれ?クロウとチャイは?」


「わからない。すぐ戻ってくるんじゃないかな」


クロウはさておき、チャイのやつまだ戻っていなかったのか。

神出鬼没なやつだ、まったく。


「ロイ、ちょっと話があるんだけれど」


「なに?」


迷いに迷って、僕はロイに話すことに決めた。

ハルと遭遇しなかったことにはどうしてもできなかったんだ。


「ロイは、ハルが組織'α'の一員だってこと、知っていたの?」


「……」


唐突な質問にロイも面食らった様できょとんとした顔をされてしまった。

ものの数秒でそれはいつものロイに戻ったのだが。


「うん。それは、知ってたけれど……」


一呼吸置いてロイは続ける。


「どうしてそれをショウが知っているの?」


「今日、ハルに会ったんだ」


「……どこで?」


ロイは静かに言った。僕の次の言葉を伺う様に。

妙な緊張感が僕を、この部屋を支配する。


「実は忘れ物をしたっていうのは嘘で、僕は誰かが倒れていたのを助けにいってたんだ。それが、ハルだった」


ロイは僕の言葉を聞くや否や立ち上がり僕の胸ぐらをガシッと掴んだ。

あまりの速さに、表情の恐ろしさに、僕は抵抗することも心の声を聞くこともできなかったんだ。


「倒れていた!?どうしてもっと早く言わないんだ!」


「こ、断られたから……」


「断られた?」


正直に話した。ロイの手から力が抜ける。


「ハルはロイを呼ぶことを拒んでいたんだよ。どうしてかはわからないけれど」


「……」


ロイは答えなかった。ただ俯いて、僕を掴んでいた右手をじっと眺めていた。


「そっか。ハルが、断ったのか……」


なにもそんな振られたみたいな態度をとらなくても。

いや、振られたという表現に間違いはない気もするけれど。


「ハルは、無事なの?」


「……」


果たして僕はなんと答えればいいのか。

ありのままを話すしか、ない、だろうけれど。


「実はジル長官がたまたま居合わせてさ。長官のおかげで身体は大丈夫だよ。だけど……」


「……無事なんだね。今はそれだけで、よかったよ」


ロイは僕がその後言うべきことを察したのか珍しく人の言葉を遮って話を終えようとした。

そりゃ、わかるよな。組織'α'の立場、ジル長官の立場を考えたら当たり前だよな。

僕だってわかるというか教えられたというのにロイに至っては一層わかってるはずなんだ。

彼女の危険な立場も。全部含めて。


「改めて聞くんだけれど、どうしてロイは彼女をそんなに助けたいの?」


「……」


最初は一目惚れだからだと思っていた。

そりゃそうさ。東部で精神的にショックを受けていたところに現れて、その心の傷を癒してくれたんだから。

守りたいと思うのも当然、そう考えて当然。なんだけれど。


「僕はハルが犯罪組織の一員だって聞かされて、正直なところ素直に救いの手を伸ばすべきなのか迷っているんだ。傷ついた人を蔑ろにはできないけれど、長官の言い分も最もで……」


「ショウはハルのことを知らないからそう言えるんだよ」


ロイは俯いたまま僕に強く投げかけた。


「ショウだけじゃない。長官も含めて誰もハルのことをわかってないんだ。彼女は確かに組織'α'に属してはいるけれどそれは仕方ないことなんだ」


「仕方ない?」


「ハルは、正義の味方になりたいんだよ」


一体何を言い出すんだロイは。


「正義の味方が犯罪組織の片棒を担いでいるなんてどこのダークヒーローなんだよ」


ロイが入っていることがすっと頭に入ってこなくて僕はちょっとつっかかってしまった。

言った直後に思ったけれど本当に嫌な言い方だよな。



--ヒロインだよ。



そうですね。女の子ですね。それは僕が間違えたけれど、なにも突っ込まなくても。

いや、声には出していないから別にいいんだけれどさ。


「悪を内から正すため。組織の全容を明らかにして壊滅させるためには自分がその一員になるしか方法がなかったんだ。俺は勿論反対したけれどハルの意志はかなり堅くてさ。考えれば考えるほど最善の策なんだけれど、ハイリスクハイリターンで彼女の身の安全は全く保障できないんだよ」


「悪を正すために、悪の内側に入り込む……いわゆる、スパイってやつか?」


「そうだね。だけどそのスパイも失敗に終わった」


「失敗……?」


「そうだよ。だから組織'α'のリーダー、アテナに命を狙われたんだ」


アテナ……。

たしかロイが西部に亡命中、最後に襲われた敵の名前だったはず。

そうか。ロイはハルを助けるためにアテナと戦ったんだ。

きっとハルのスパイ活動が明らかになってしまって、それで彼女を助けるために……。


「それで、追われる身だって……」


「うん。俺がアテナを殺せばハルは助かるんじゃないかと思ったんだけれど、なかなか強くてね。多少手傷は負わせられたけれど殺すことはできなかった。昨日久しぶりに会っていろいろ聞いたんだけど、それからしばらくの間は負われることもなくて潜伏できていたらしいんだけれどね。でも、今日、ついに手が伸びてしまった」


アテナを殺せば。と、ロイははっきり言った。

逃亡中なにがあったかは想像するしかないが、言葉ひとつとっても少しだけ以前のロイとは変わっていることはわかる。


「でもよかったよ。ハルは悪じゃなさそうだ」


ロイへの畏怖の念は少し強まるばかりだが、ハルへの思いは変わらないようで安心した。

そして何よりハルはこちら側の人間だとわかってほっとした。


「それでも、彼女が一層危険な状況であることには変わりない。明日にでも、俺がアテナを……」


「大丈夫だよ!」


ロイが何を企んでいるかすぐにわかってしまったから僕はロイの両肩をぎゅっと掴んで諭した。

これ以上、ロイに人殺しをさせてはいけない。

一体、逃亡中に何人殺めたのかはわからないけれど。


'桁が違う'


クロウの声が頭の中でこだまする。


「ハルは今、ジル長官のもとだ。つまりは東部が組織'α'の容疑者として拘束しているってことだ。それが解かれるまではきっと大丈夫だよ。解かれたとしても、まぁ、それはつまりは、東部の刑務所に入ってしまうということだけれど。東部にいる間は襲われることはないはずだよ」


死ぬよりは、殺されるよりは、捕まっている方がまだマシだ。

それに東部にいる間はジル長官に掛け合えばなんとかしてくれるかもしれない。

立場上難しいかもしれないが。


「だけど、それも確実なことじゃない。アテナさえ、アイツさえいなければ全てが解決するんだ。組織'α'の崩壊とハルの安全。一石二鳥じゃないか」


「だけど人殺しはよくないよ!これ以上犯罪に手を染めてほしくないんだ!」


「……相手は西部だけじゃない、東部の人々をも脅かしている組織'α'のリーダーなんだよ。殺したところで、それは果たして犯罪になるのか?犯罪よりも価値はないのかい?」


「価値があるとかどうとかの問題じゃないだろ!人としておかしいって言ってるんだ!別に殺さなくても捕まえるだけでいいじゃないか!」


僕がここまで大きな声を出すのは久しぶりかも、と思ったけれどついさっきも大嘘つきの大声マンだったっけ。

しかしお互いがヒートアップしてしまうこの現状、誰も止める人は部屋にいない。


「捕まえられるならとっくにやってるよ。アテナはそういう次元じゃない。殺すか、殺されるか。仮面と同じ次元に立ってるんだ」


「そう決めつけてるだけだろ!やろうと思えばどうとだって……!」


なんと無責任な。アテナの実力も知らないくせに。

なんて、激昂した僕に言ってくれる人が一人でもいてくれればよかった。


「ハルを助けるためには俺はそれしか思いつかないんだよ!」


激昂した僕を止めたのは、さらに声を張り上げたロイだった。

あまりの圧力に、威圧感に僕は呑まれてしまう。そして、次の言葉が出てこなかったんだ。


「おいおい、うるさいな。廊下まで聞こえてきたぞ?なんだ?喧嘩か?」


ふと訪れた一瞬の沈黙の間に、チャイがドアを開けて現れた。

またコイツはとんでもないタイミングで入ってくるな。もう少し早めに入ってきてもよかったんじゃないか、と思っても仕方がなかった。



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