2-25. 研修旅行⑨
「ショウくーん。何か忘れてることないかな?」
他のクラスメイトから遅れること1時間。ようやくご飯にありつけた僕たちはみんなから嫌な視線を感じながら早々と食べきるのであった。
急に刺激された胃も治らないままお風呂へと向かい、上がった先に待っていたのはポカポカと湯気を出しながら髪をタオルで乾かしているリズであった。
「ん?何かあったっけ?」
「や・く・そ・く!」
これでもかと顔を近づけて話しかけてきたリズにただでさえお風呂上がりの紅潮した顔が赤くなる。
そういえば咄嗟にそんな単語もでていたっけか。
「あ、あぁ、それはだね……」
「リフォークの大時計、行ってくれるんだよね!」
どうしてこの女の子はここまで目を輝かせることができるんだろうか。
「手を離してくれないと行かないとは言ったけれど、離してくれたからって行くとも言ってないじゃないか」
「えぇー!なにその屁理屈!」
「そう怒るなって。仕方ないだろ。離してくれそうになかったんだから」
これまたこれみよがしにしょんぼりとうなだれるリズ。
喜怒哀楽が激しすぎるとこちらもついていけなくなってしまう。
「そんなに私とリフォークの大時計に行くのが嫌なの!?」
「別に嫌ではないけれど、行ってなにするんだよ」
答えはわかっているつもりだけれど。
「そんなの!永遠の愛を誓い合うに決まってるじゃん!」
よくもまぁこうも堂々と告白できるものだよな。
僕たち、まだ付き合ってもいないんだけれどなぁ。
「僕はリズと誓うつもりはないけれど」
「そんなの!やってみないとわかんないじゃん!」
一応今このタイミングで告白されて振ったという状況が成立するのだろうか。
なんと流れ作業な。
「わかんないって、今こうして誓わないって言ってる訳なんだけれど」
「そんなにアカネが好きなの!?」
唐突によくもまぁ堂々と言えるものだよな。
僕は少し考えて、ややこしくなるかどうかは度返しにして、まぁつまりはこれ以上考えるのが面倒くさくなってありのままを伝えることにした。
「うん。そうだよ」
「じゃあなんで付き合ってないの!?」
チャイやロイからも同じようなこと言われたっけか。
なんだ。旅行ってこういう話が必然的に多くなっちゃうのか。
「告白したけど振られたんだよ」
「じゃあ私にもまだ脈アリじゃん!」
「んー、まぁ、どうなんだろうね」
「ってか、一回振られたのにまだ好きってめっちゃ女々しいんだね!」
「うるさいな。いいだろ別に」
よくよく考えてみれば女々しさの塊なのかもしれない。
確かに振られた女の横に常に張り付いているからなぁ。
と、これ以上深く考えるのを僕はやめた。
「そっか。まぁいいや。私は諦めないもんね!」
どうしてこんなにリズが僕のことを好いてくれているのか全くの謎なんだよな。
あの仮面との一瞬でどうしてここまで。
別に特段悪い気もしないし、他の男の子からみたら羨望の対象なんだろうけれど、ってこんなことを自分で考えるのもちょっとおこがましいんだけれど、客観的にみても理由が不明なのである。
「これ以上アカネに変なこと吹き込むなよ……」
ニマーっと不敵な笑みを浮かべて去って行くリズであった。
「ショウくーん!何か忘れてることないかな?」
「お前は本当に嫌味なタイミングで出現するよな」
チャイはどうしてこうも人を食ったような瞬間に姿を現すのだろうか。
「まぁまぁいいじゃないか!人目に付くところで大声で話してる二人にも責任の一端があるってもんだぜ!」
「特段チャイと交わした約束なんてないと思うけれどなぁ」
無駄に正論を重ねて突っ込んでくるチャイの言葉は流すに限る。
下手に言葉を重ねてしまうと口では負けてしまうのがオチなのだ。
「ん?いやいや、俺だけじゃなくみんなに隠していることがあるんじゃねぇかなぁって思ってさ!」
「隠していること?なんだよ、それ」
そしてチャイは僕の隣に腰掛けると耳打ちかと思うくらい顔を近づけて小声で囁く。
「どうして忘れ物なんて嘘をついたのかなってね」
「……!」
正直心臓が飛び出るのかと思った。
小声で呟かれているくせに大声で罵倒されたような、とにかくお風呂上がりで火照っているというのに冷や汗が止まらなかった。
「その顔は、図星かな?」
「チャイってチャラチャラしてる割にはいろんなところ見てるよな」
「お?わかった?俺って実は天才なんだぜ!」
二学期間チャイと仲良くしてきたが、僕はチャイのこの二面性がたまに怖くなる時がある。
へらへらしている裏で何か見通しているんじゃないか、全て見通されているんじゃないかと錯覚に陥るんだ。
「んで?どうしてそんなあからさまな嘘ついたんだよ」
「べ、別に嘘なんかついてないよ」
と、なかば嘘はバレているのだがあくまでも突き通す覚悟をした。
認めなければいいじゃないか!
「じゃあ何を忘れてきたんだい?」
「……」
「まさか思い出とかでも言いだすんじゃないかと思ったぜ」
「どうして嘘だと思うんだよ!」
「靴の裏にさ」
即答。
電光石火。
光の速さで僕の嘘がバレた理由を話された。
「血が、ついていたように見えたんだけれど、それは俺の気のせいじゃないだろ?」
ジル長官の魔法で表面的には全て消えたと思っていた血が、靴の裏に残っていたのか……。
さすがにそこまで気付く余裕はあの時になかったと思う。
「忘れ物を取りに行って服が破けて帰ってくるのは百歩譲ってOKだとしても、血まで持って帰ってくるとなると話はどうも別の方向に進まざるを得なくなると思うんだけどなぁ」
「点と点がつながったってか」
「おまけにあの焦り様。俺はショウが一体全体どういう事件に巻き込まれているのか心配してるだけなんだぜ!」
ここまで言われては言い逃れもできない、そう判断した僕はハルやロイといった個人名は出さずに話すことに決めた。
「……路地の奥に女の子が倒れててさ。あまりにひどかったから助けていたんだよ」
「靴の裏にべっとりと血が付着するほど危険な状態の女の子をショウが一人で助けられるとは思わないけどな」
またコイツは瞬時に的確に痛いところをついてきやがる。
「たまたま通りがかった人が助けてくれたんだよ。その人と一緒に介抱していたんだ」
「路地の奥なんだろ?その現場。そう簡単に人がいるとは思えないけどな」
「……いたんだから仕方ないだろ」
文字通り、偶然にもジル長官がいたんだから。
「ふぅん。俺はてっきりショウが何やら危ない橋を渡っているんじゃないかとヒヤヒヤしてたんだぜ!?」
「危ない、っていったら危なくなかった訳じゃなかったよ」
「ほぉ?」
僕は個人的な興味もあってチャイに尋ねることにしたんだ。
「チャイってさ、西部の組織'α'って知ってる?」
「……」
先ほどの返答とは打って変わって、チャイはすぐには答えなかった。
知らないんだろうか。
「ショウ。ひとつ言っておきたいんだが」
「ん?」
「西部でその名前を口に出すのはタブーってやつらしいぜ」
知らなかった。
そこまで凶悪な組織なのだろうか。名前を恐れられるくらいに。
「どうして知ってるんだよ」
「これもあくまで噂だけどな。極悪非道なその組織は入ったが最後、脱退は認められない異常な組織だと聞いたことがある。入るも地獄。出るも地獄ってやつだ。関わった人間は幸せには決してなれない」
「……」
「ショウ。早い事手を引けよ。これはおまじないみたいなものとして言われてるんだが、組織'α'と遭遇した時の決まり手は……」
一体なんだっていうんだ。
「'遭遇しなかった'ことにするんだぜ」




