2-22. 研修旅行⑥
「おいおいアカネ、なんのことなのかさっぱりわからないんだけど」
「とぼけたってしらばっくれたって話はあがってんのよ!リズが全て白状したんだから」
リズが白状だって?交わしたこともない約束をどうしてリズが言うもんか。
不思議に思い僕はアカネからリズに視線を移す。
「なぁリズ。僕たちそんな約束してないよな?」
「えっ、えっと……、てへっ」
てへっじゃねぇんだよ。
「一旦落ち着けよ、アカネ。そもそもリズはアカネに何って言ったんだ」
「そのまんまよ。明日アンタと大時計に行くって。私、知ってるんだから」
「何を?」
「大時計で結ばれた二人は一生添い遂げるんだって!知ってるんだから!」
はぁっと大きなため息をつく。もちろん、この情報をアカネに伝えたのは言うまでもなくチャイだろう。
だろうなんてものじゃない。チャイしかいない。
「おまえなぁ」
「ん?俺は噂をちょっと漏らしただけだぜ!そんな悲哀に満ちた瞳でこっちを見ないでくれたまえよ!」
わかっててやってるだろ。たまに見せるそういう計算高いところがやっかいなんだよなぁ。
「アカネ。僕から言うけれど、明日からは八人で行動する決まりだし、二人で大時計なんて行かないよ。そんな約束も一切してないし」
「嘘ついてんじゃないわよ。言い逃れなんて聞きたくもない!」
「聞く耳くらい持ってくれよ。本当に僕は何も約束してないんだ」
主犯は、きっと、リズだろうなぁ。
――ごめんなさい。
ほら。リズのやつ、何をきっかけにそんな嘘をつきやがる。
「なぁリズ、そろそろいいんじゃないか。このやっかいな嘘を訂正しない限りアカネは落ち着かないしみんなも面倒だろう」
はぁっと今度はリズがため息をつく。
「わかったよ。ごめんね、アカネ。ちょっとからかいたくなっちゃって、つい言っちゃった。私、明日リフォークの大時計に行くなんて約束してないから」
敵意に満ちた目が僕からリズに向けられるんだろうな、なんて頭の端っこで考えていたけれど意外とアカネは面食らったように、というかむしろほっとしたようにきょとんとした顔をして見せた。
「ほ、本当?」
「うん。ごめんなさい」
目を瞑り軽くお辞儀をして謝るリズ。
「ま、嘘ならいいのよ。嘘なら」
あっさりだな。
とりあえずこれで一件落着。八人仲良くどうでもいい世間話でもしようじゃないか。
――おもしろくないなぁ。
えっ?
心の奥にグサリと突き刺さるいたずら心に満ち溢れた心の声が聞こえたと思いきや。
リズはばっと立ち上がり僕の腕を引っ張って飛び出した。
「明日じゃなくて、今日!今日大時計に行ってきます!」
扉が勢いよく開かれ、僕は半ば引きずられる形で部屋の外に引きずり出された。
なんだか、もう、疲れた。どうにでもなってしまえ。
僕は抵抗することを諦めたんだ。
「こ、この!泥棒猫!!!」
アカネよ。僕たちは付き合ってすらいないんだし泥棒猫っていうセリフを吐く資格は持っていないんじゃないかい。
なんて冷静に考えながら待てーっと叫びながら追いかけてくるアカネを見送りながら引きずられて行くのであった。
***
「アカネちゃーん。どんなことがあってもホテル内で魔法を使うのはよくないなぁ」
その後。
僕はリズに連れられホテルの中をずっと逃げ回っていた。
外に出ればとも思ったけれど、アカネが問答無用に魔法をぶっ放してくるもんだからさすがのリズもこれには抵抗しようがなかったようだ。
ホテルの中で炎の魔法を使用する、それすなわち。
スプリンクラーは作動するは警報はなるはの大騒ぎ。
たちまち僕らは先生に捉えられ、夜通し説教を食らう羽目になったのだった。
「……すみません」
普段の素行には多少問題があるとはいえ、アカネがここまで見境ない行動を取るのには予想外だった。
リズもリズだ。人を使っておもしろがるなんて。
まぁ当人も、ここまでの事態になるとは思っていなかっただろうけれど。
本人曰くアカネの悔しがる顔とか驚いた顔が見たかったんだとさ。
果たしてその本心は僕に筒抜けなのだが。
嫉妬。
といったところか。
仮面の襲撃の一件だけで惚れてしまった、とは考えにくいし自画自賛にも程があるだろうがあいにくそういう結論に至るしかないのだ。
嬉しいんだけど、僕にはアカネがいるからなぁ。
と、贅沢な悩みに興じるのであった。
そして迎えた次の日。
さほど寝ることもできなかったアカネとリズと何故か被害者の僕はなかなか動かない身体を無理やり起こして朝ごはん会場へ。
「おっす!昨日は大変だったな!」
挨拶早々殺意が芽生えたのは初めてだよ。
「誰が火に油を注いだと思ってるんだ」
「ん?まぁ今はおいしそうなご飯を食べようじゃないか!」
本当にコイツは。
この一件、リズもリズだがチャイもチャイである。
「はぁ。まぁいいや。んで、今日はどこに行くんだっけ」
「それがショウには残念なんだが、リフォークの大時計とは反対側のフォルムって街だよ」
まったくもって残念ではない。
それから僕らはぱぱっと朝ごはんを平らげホテルの入口へ。
女の子の中に二人ほどクマができているやつもいるが、自業自得といったところだろう。
「さぁ!仲良く出発進行!!」
一番仲を引き裂こうとしているのは、実はチャイなのではないのか。
汽車に揺られること三十分。リフォークの街並みとはこれまたうってかわってビルが立ち並ぶフォルムに僕らはやってきた。
これだけ世界観が変わるとは、西部という地方に恐ろしさも感じる。
いや待て、僕らの地元だってそうか。
郊外の田舎と今住んでいるところとでは真逆の世界である。
「とりあえず、各自楽しむように!」
それから一体どれだけの時間を過ごしただろう。
最初こそ然程乗り気ではなかったが、未知の土地というものは歩くだけでも時間すら忘れてしまう。
気づけばあっという間にお昼どきになり八人仲良くレストランへ。
二日連続オムライスとまでは行かなかったが、西部のおいしい料理を堪能することができた。
「いやぁ、やっぱり旅行は楽しいな!」
「そうだね。チャイが側溝に落ちたのが一番おもしろかったな」
「なに馬鹿なこと言ってんだよ!ショウが人混みに流されて迷子になるくだりが一番だろ」
「そんなことより、スミレが優雅にベンチに座ってたところにナンパしに来た男どもをぶん投げた事の方が数倍おもしろいじゃない」
「な、なんてこと言うんですか!貴女こそリズとショウがベタベタしてるからってずっとイライラしてたわよ」
「それは関係ないでしょ!私たち、全然ベタベタしてないもんねー!」
「もうみなさん!喧嘩はやめてくださいっ!」
「ははは。もう何が何だか」
「……うるさい奴らだ」
旅行ってこんなにおもしろいんだ。
フォルムっていう土俵も大切だけれど、なによりこの八人で一緒に行動していること自体が楽しいんだ。
あっという間。それでもとても密度が濃い。
何気ない日常を切り取って思い出すだけでも何時間だって話せる。
「ちょっとショウ!アンタなにか弁明するならしてもいいのよ」
「もううるさいなぁ!リズが勝手に寄ってくるだけだろ!」
「アンタが拒否すればいいじゃない!私の横はいつでも空いてるわよ!」
「わぁお!アカネ、なんか益々大胆になってないか?」
「チャイは黙りなさい!この泥棒猫に好き勝手させちゃいけないのよ!」
「あぁー聞こえないー!ショウくん!早く帰ろー!」
僕は人生最高にイライラしてるアカネの顔がおもしろくて。
リズのなすがままに腕を引っ張られみんなより先に歩いていく。というか引きずられていく。
前を向いてズンズン歩いていくリズ。それを必死な剣幕で追いかけてくるアカネ。
僕を含めた三人のやり取りを変にニヤニヤしながら見ている残りの五人。
たぶんきっと。そのときは。僕だけが別の場所を見ていたから。
気づいてしまったんだと思う。
ふと現れたビルとビルの間。いわゆる細い暗い路地の奥に。
どこかで見かけた少女がうずくまっていたのを。
僕だけが見てしまったんだと思う。




