2-21. 研修旅行⑤
「え!?」
そんないきなり言われても。僕だってリアクションに困るというものだ。
「好きなのかもって、好きではないのか?」
「わからないからショウに聞いたんだ」
あぁ。だからあれほど僕に話したがっていたのか。
まさかチャイの言うとおり本当に好きな人だったとは。
いやいや、ちょっと待て。この話、そもそもロイが西部に逃げていた時のことだぞ。
なんで恋愛話になっている。
「ちょっと待って!どうしてそれが僕がロイに聞きたいことに関係あるんだよ」
「荒れてた僕を助けてくれた」
あぁ。なるほどね。
「は?」
にわかに信じがたい。
逃げた先で一体なにをやっとるんじゃこいつは。
「どういうこと?それを詳しく」
「難しい」
難しいじゃなくてさ。
「それがわかんないとロイがその子を好きなのかどうなのかもわからないだろ」
「わかったよ」
と、ロイは話し始める。
「こっちに逃げてきてしばらくは俺も荒れてた。いつ襲われるかわからなかったし、夜も眠れなかった。そんな時に彼女に会ったんだ。多分、会った瞬間から俺の心が動いていくのを感じた。どうしてかはわからない。だけど、しばらく話すうちに暗い感情に光が差してきたんだ。モヤモヤが晴れていく気がした。数日会っただけで俺はもう落ち着いてたんだ」
「それって」
一目惚れじゃないか。
ロイに限ってそんなことあるとは思わなかったけれど、人生わからないもんだ。
「クロウにも話したんだ。その子のこと。だけどクロウは気に入らなかったみたい」
「気に入らなかった?」
「俺たちの隠れていたところにその子を招待したんだれど、ものすごく激昂して。どうして他人を連れてくるんだって、そりゃ身の危険もあるからわかるんだけれど、そこまで怒らなくてもいいじゃないかって」
まぁクロウのことだ。本当に身を案じていたんだろうなぁ。
どこか不器用なところを感じるからなぁ。
「それからクロウとぎくしゃくし始めたんだよ。なんかいつも合ってた会話も噛み合わなくなっちゃって」
ふと思った。
「クロウさ。それ、嫉妬してるんじゃないの?」
「え?」
「命が掛かった逃亡中になにお前女作ってんだーって」
「そういうもんかな」
そういうもんだろ。
「それで、実はこれはまだショウには言ってないんだけど」
なんだ?
「西部で襲われたって言ったよね。逃亡生活の最終日。あれ、あの女の子を助けるためだったんだ」
「仮面が女の子を襲ったってこと?」
あの人の心すらない仮面のことだ。それくらいはしそうなものだが。
「いや、西部のアテナって奴」
誰だよそれは。初耳だぞ。
しかし仮面ではないんだな。
「こっちってテトラスがない代わりに独自の組織ができているみたいなんだよ。その悪い組織にどうもあの子が足を突っ込んじゃったらしくてね。それで」
「でもさ、クロウはその襲撃が一番正念場だったって言ってた気がするけれど」
「いろいろあってね。仮面の奴より強かったかも」
「そんな奴がこっちにはいるのかよ……」
そいつにお願いして仮面を倒してもらおうよ。な。
「でも仮面とそんなに直接戦ったことないから、強さの比較はできないかなぁ」
「え?でも襲撃に遭ってたって」
「奴の部下とね。仮面は初日に顔を現して以来一度も襲ってこなかったよ。学校で対峙したのが二度目だったくらい」
そうなのか。となればやはり仮面の強さは未知数だな。
「それで、その女の子は無事だったの?」
「それがそうでもないんだよ」
なにやら訳ありのご様子。詳しくは、まぁいいか。
「危機的状況は抜け出したとは言え、今度はあの子の方が俺らみたいに逃亡者になってて」
逃亡者、か。ちょうどロイとクロウの状況と入れ替わってしまった形になったんだな。
「そんな子が白昼堂々時計塔の前で話しててよかったの?」
「だからすぐにいなくなったでしょ」
それもそうか。本当に一瞬の瞬間を僕は目撃していたんだな。
「その子は大丈夫なの?」
「今のところはね。上手く逃げてるみたい」
「その子を助けるにはどうしたらいいんだ?」
人の心配より自分の心配もして欲しいものだが。
「……アテナを殺すほかないだろうね」
あれほど戦闘を嫌っていたロイの口から平然と殺すという単語が出てくるなど気味が悪かったが。
それも含めて襲撃で変わってしまったんだろう。
落ち着いた、とは言っているが変わっていることには間違いない。
攻撃も厭わなくなったしな……。
「これ以上、無茶はしないでくれよ。まずは自分の身をだな」
「わかってるよ。俺も強くなるから」
「もうロイは十分強いだろ」
「どうかな。少なくとも今のままじゃアテナにはまたボコボコにされるだろうし」
ボコボコにされたのかよ。そのアテナとかいう奴、相当やばい奴だな。
「それで、ショウ。俺は……」
「大丈夫。ロイはその子のことが好きだよ。絶対。一目惚れでよくそこまで好きになるなぁとは思うけれど」
一目惚れの女の子を助けるためにボコボコにされるくらいだぞ。
「……ちょっと待って。ショウ」
「ん?どした?」
「一目惚れ、じゃ、ない気がするんだよね……」
「またまたー」
一目惚れを否定されても困るぞ。
いや、わかるよ。一目惚れって少し恥ずかしいもんな。
大丈夫。大丈夫。
「ごめん、なんでもない」
恥じるな!ロイ!
君は今、大きな階段を上ろうとしているんだぞ。
「そういや、その女の子って名前は?」
「……ハル」
***
「お・そ・い・ぞ!」
「一体二人でなにやってたんですか!?」
「ショウ、アンタね……!」
「ショウくん、私を置いてそんな……」
ロイと二人で部屋に戻るとそこは入る部屋を間違えたかのような謎の空間が広がっていた。
あれ、ここ男子部屋だったよな。
さっきまで部屋一面に敷いてあった布団が隅に押しやられ、真ん中には長机。それを取り囲むようにこの部屋の住人であるチャイとクロウ、そしているはずもない女子達四人がそろい踏み。
チャイの奴、全員を呼んでくるとは恐れ入った。
「ちょっと待って!どうしてそんな変なことになってんだ!」
部屋に入るやいなやそんな引いた目で僕たちを見ないで頂きたい。
寒さに凍えた体か更に冷えてしまった。
「お前ら何処行ってたんだよ!秘密の逢瀬はもっとさりげなくやるもんだぞ!」
「飲み物買いに行ってただけだろ!」
「あれ?その飲み物は?」
「外で飲んできたんだよ!」
とニヤニヤ気持ち悪い笑みを浮かべているチャイを宥めながら僕もテーブルを囲む輪に入る。
ロイも僕の隣に腰掛けた。
「さぁて、役者も揃ったところで」
と、チャイがなにやら意味深に僕の方を見る。
なんだなんだ。これ以上僕とロイを探っても何も出ないぞ。
「ショウ。アンタ私になにか言うことはないの?」
「は?どうしたんだよ、アカネ」
僕の正面に座っているアカネはなにやら、うん、そうだな、これは文字通り怒っている。
一体全体、どうして怒っているかは僕には全くの謎である。
「リフォークの大時計って言ったら思い出すかしら」
「大時計がどうかしたのかよ。確かに今日四人で行ったけれど」
なんだなんだ。
どうしてそれでアカネが怒らなくちゃいけないんだ。
僕が首をかしげるとアカネはそれはもう勢いよく机に手を付く。
「アンタ、明日リズとそこへ向かう気だということはとっくにバレてるんだからね!」
一体全体、なにがどうなってそのような事態になったのかは本当に訳がわからないのだが。
取り付けたこともない約束が僕とリズの間になされていた。




